無印
しんとした部屋に紙をめくる音だけが響く。
たまにペンを走らせる音が混じるが、それ以外は何の音もしない。
「…ねえ鬼道クン」
返事はない。
「鬼道クン、てば」
無視。
俺は小さくため息を吐いた。
恋人と二人きりだというのに、甘い空気にもならない。
どうしてこんな状況になってしまっているのか。
つい昨日から、試験前ということで部活動そのものはおろか、グラウンドの使用禁止が言い渡された。
結果、手持ち無沙汰となってしまった俺は、明日試験勉強をしないかとの誘いに一も二もなく頷いた。
そこで、俺の考えが甘かったことを知る。
…まさか、本当にそれしかしないとは。
ただでさえデカい家に上がりこむことに緊張していることに加えて、恋人の部屋にお邪魔する、というイベントに少なからず浮かれていた俺は、生真面目な恋人の性格を読み違えていたことに歯嚙みした。
成績が特段悪いわけでもない俺は、ざっくり復習を済ませたところで早々に勉強に飽いてしまっていた。
つまらない。
普段ゴーグルに隠されている赤い瞳が、テキストの文字を追い、丁寧にノートに書き留めているのを観察しているのにさえ、もう飽きようとしている。
最低限の成績を維持してさえいればいい俺と違って、きっと求められるものが違っていて、生真面目にそれに応えようとしているのだろう。
きっと、それを重荷とも苦とも思っていないはずだ。当然だからと。
何でそんなやつが俺なんかとそういう関係になろうなんていう気になったのか。
今でも俺は不思議でたまらない。
机に突っ伏すのをやめ、こそこそと隣へ寄ってみる。
ちらりと目線をこちらにやるが、特に何か言うつもりはないらしい。
俺はそれをいいことに、そのまま肩に寄りかかり、猫みたいにすり寄ってみた。
「おい」
さすがにこれは駄目だったらしい。
手元を見ると、ノートの字が歪んでしまったらしかった。
反応をもらえたことに気をよくした俺は、そのまま話しかけようとした瞬間。
着信音が響いた。
舌打ちをして体を離すと、視界の端で捉えたディスプレイに『佐久間』の文字が見える。
余計に舌打ちをしたくなった。
電話をかけてくる佐久間クンにも、当然のようにそれに応答する鬼道クンにも。
話を始めた鬼道クンの前にある勉強机を、少し向こうに追いやる。
鬼道クンは怪訝そうな顔をしながら、静かにしろとでも言いたげな目で俺を見ている。
でも、そんなこと当然、俺は無視する。
机との間に体を滑り込ませると、鬼道クンを見下ろす位置に膝立ちになった。
俺の影で赤い瞳ごと暗く陰る。
濁りのない赤い瞳の中に俺だけが映っていることに、少しずつ満たされていくのを感じた。
ただ、まだ足りない。
話を続けている鬼道クンの首に小さくキスを落とす。
「、あ…。いや、大丈夫だ。何でもない」
誤魔化すくらいまだ余裕があるらしい。
早くその電話を切ってしまえばいい。
俺はもう一度首に唇を当てて、跡をつける。
「いっ! …ああ、すまない。その方向で、とりあえず頼む。」
それじゃ、と言って電話を切る鬼道クンと、その首筋に綺麗に赤くついた跡を見て、俺はようやく満足した。
と、いきなり視界が反転する。
また、吸い込まれそうな赤い瞳が俺だけを映している。
ああ、俺だけだ。やっと。俺だけの。
俺を見るその視線が何だかオオカミみたいだ、とか思っている間に、唇を食われた。
(いって! 噛むことあるかよ!)
(…うるさい)
たまにペンを走らせる音が混じるが、それ以外は何の音もしない。
「…ねえ鬼道クン」
返事はない。
「鬼道クン、てば」
無視。
俺は小さくため息を吐いた。
恋人と二人きりだというのに、甘い空気にもならない。
どうしてこんな状況になってしまっているのか。
つい昨日から、試験前ということで部活動そのものはおろか、グラウンドの使用禁止が言い渡された。
結果、手持ち無沙汰となってしまった俺は、明日試験勉強をしないかとの誘いに一も二もなく頷いた。
そこで、俺の考えが甘かったことを知る。
…まさか、本当にそれしかしないとは。
ただでさえデカい家に上がりこむことに緊張していることに加えて、恋人の部屋にお邪魔する、というイベントに少なからず浮かれていた俺は、生真面目な恋人の性格を読み違えていたことに歯嚙みした。
成績が特段悪いわけでもない俺は、ざっくり復習を済ませたところで早々に勉強に飽いてしまっていた。
つまらない。
普段ゴーグルに隠されている赤い瞳が、テキストの文字を追い、丁寧にノートに書き留めているのを観察しているのにさえ、もう飽きようとしている。
最低限の成績を維持してさえいればいい俺と違って、きっと求められるものが違っていて、生真面目にそれに応えようとしているのだろう。
きっと、それを重荷とも苦とも思っていないはずだ。当然だからと。
何でそんなやつが俺なんかとそういう関係になろうなんていう気になったのか。
今でも俺は不思議でたまらない。
机に突っ伏すのをやめ、こそこそと隣へ寄ってみる。
ちらりと目線をこちらにやるが、特に何か言うつもりはないらしい。
俺はそれをいいことに、そのまま肩に寄りかかり、猫みたいにすり寄ってみた。
「おい」
さすがにこれは駄目だったらしい。
手元を見ると、ノートの字が歪んでしまったらしかった。
反応をもらえたことに気をよくした俺は、そのまま話しかけようとした瞬間。
着信音が響いた。
舌打ちをして体を離すと、視界の端で捉えたディスプレイに『佐久間』の文字が見える。
余計に舌打ちをしたくなった。
電話をかけてくる佐久間クンにも、当然のようにそれに応答する鬼道クンにも。
話を始めた鬼道クンの前にある勉強机を、少し向こうに追いやる。
鬼道クンは怪訝そうな顔をしながら、静かにしろとでも言いたげな目で俺を見ている。
でも、そんなこと当然、俺は無視する。
机との間に体を滑り込ませると、鬼道クンを見下ろす位置に膝立ちになった。
俺の影で赤い瞳ごと暗く陰る。
濁りのない赤い瞳の中に俺だけが映っていることに、少しずつ満たされていくのを感じた。
ただ、まだ足りない。
話を続けている鬼道クンの首に小さくキスを落とす。
「、あ…。いや、大丈夫だ。何でもない」
誤魔化すくらいまだ余裕があるらしい。
早くその電話を切ってしまえばいい。
俺はもう一度首に唇を当てて、跡をつける。
「いっ! …ああ、すまない。その方向で、とりあえず頼む。」
それじゃ、と言って電話を切る鬼道クンと、その首筋に綺麗に赤くついた跡を見て、俺はようやく満足した。
と、いきなり視界が反転する。
また、吸い込まれそうな赤い瞳が俺だけを映している。
ああ、俺だけだ。やっと。俺だけの。
俺を見るその視線が何だかオオカミみたいだ、とか思っている間に、唇を食われた。
(いって! 噛むことあるかよ!)
(…うるさい)