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一軍の部室の鍵の管理は、一軍の3年以外、主に2年で持ち回ることになっている。
俺はよく知らないけど、少し前に揉め事が起こったらしかった。
三軍にいた、うだつの上がらない3年が2年のロッカーを荒らしたらしい。

浜野曰く、スパイクに画びょうを仕込まれただとか、ユニフォームが売り飛ばされただとか。
まあそれが本当かどうかはどうでもよくて、結局その面倒事が俺の番になってしまったということが問題だった。

のろのろと帰り支度を進めているところを、浜野が背中を軽く叩いて、じゃ!と帰っていった。
そのあとを速水が小走りに追いかけていくのを見届けて、はあ、と息を吐いた。
3年生なんてとっくのとうに帰ってしまっているから、あいつらが帰ってしまえば、もうあとは俺くらいだ。

戸締り確認用のチェックシートを手に、ひとつずつ見て回る。
そんなに多くないはずだけど、アナログな確認方法に苛立ちを覚えるのも確かだった。

そんな時、出口側のドアが不意に開いた。
弾かれたように顔を上げると、そこには見慣れた紫色の髪の毛。

「お、やってんねえ」

ひらひらと手のひらをこちらに向かって振りながら、俺の方に向かってくる。

「え、なんで」
「や、そりゃ待つだろ」

恋人なんだから、と当たり前のように俺に向かって微笑みかけてくる。
当番が倉間だって分かってたから、みんなが帰るまで待ってたんだよな、ってさらりと口にする南沢さんに対して、俺は心臓がうるさく主張するのを黙らせようと必死で、うす、みたいな返事しかできない。

南沢さんは少し笑ったあと俺の手元をのぞき込んで、上出来じゃん、と褒めてくれる。
なのに俺は急に距離を詰められたことに動揺して、言葉がうまく頭に入らない。
南沢さんいい匂いがするとか、俺は汗臭くないかなとか、いつもより声が優しい気がするとか。

「もーちょい居ても良いよな?」

俺の気も知らないで、南沢さんはそこらに適当に腰掛けた。隣を軽く叩いて、俺に座る様に促す。
職権乱用とかそんな言葉が頭をよぎったけど、まあちゃんと仕事はこなした訳だし。
俺は自分に言い聞かせるように言い訳を並べて、南沢さんの横におとなしく座った。

でも、緊張で顔も見れないし、何を話せばいいのか分からない。
俺がむっつりと黙り込んだままでいると、ちょっと上から息を吐く音が聞こえた。
呆れたんだろうか、なんて俺がじわじわ不安に蝕まれそうになっていると、不意に頭に手が置かれた。

「倉間」

大きくて暖かい、優しい手が、髪の毛を撫でる。
ふたりきりの時にしか聞けない甘い声は、いつまで経っても慣れない。
ずるい。俺の名前が特別に聞こえるじゃないか。

「なあ、こっち向けよ」
「…やです」

自分でもわかるくらい、顔に熱が集まっているのがわかるのに、こんな情けない顔見せられる訳がない。
はあ、と少し怒りと呆れを含んだようなため息を吐かれた。

と同時に、腕が俺の腹回りに回ってきて、ぐい、と強引に引き寄せられた。
ぐっと近くなる体温と匂い。くらくらする。

「なあ、倉間」

ずるい。
甘え方を知っていて、俺の操り方を知っていて。
少し素直じゃないけど、ちゃんと好意は行動の端々から伝えてきて。
全てが、手慣れていて。

俺ばっかり余裕がないみたいで、本当、嫌になる。
南沢さんの一挙一動に心臓も心も振り回されて、訳分かんなくなるばっかりだ。

「ず、るい」
「は?」

困惑したような声、なのに何故か腕はさらにキツく力を込められる。
抜け出せなくなった俺はやけくそとばかりに、洗いざらい吐いてしまう。

「南沢さんばっかり、余裕で、ずるいですよ…っ、いっつも余裕ないの俺ばっか、で!」

ぐるん、と視界が回る。
一瞬何が起こったのか分からなかったけど、どうやら抱きしめられてるらしかった。

あのなあ、と怒ったような少し震えた声が聞こえた。
俺の心臓の音も相変わらずうるさいが、それとは違う心臓の音が、俺と同じくらいの速さの音が混ざって。

「先輩なんだから、余裕ないとこ、見せないようにしてんだろうが…!」

照れ隠しみたいに唸るような声でそう言う姿に、先ほどの余裕の欠片も見えなかった。
お前に嫌われたくないから、と掠れた声が耳に届く。

たった一つしか変わらないはずなのに、そのたったひとつの差でこんなにも違うのかと思っていた。
ただ南沢さんは、俺にそう見えていることを知っていて、ただ応えようとしてくれただけだったんだ。
他人をよく観察していて、何でも器用にこなしてしまうこの人が、できないはずがなかった。

でもそんな南沢さんが、今は、急に俺とそう違わないただの子どもに見えて。
ああ、俺の事で余裕をなくしてるんだなってことがありありと分かって。

視界の端に映った、南沢さんの真っ赤になった耳。
舞い上がった俺は衝動に駆られるままに、その耳にキスをした。

その拗ねたような感情は、泡のように消えた。
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