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それは、部活終わりにいつものように帰り支度をしている時だった。
「夏祭り?」
「そ、来週末花火があるってさ!」
ぐい、とユニフォームを引っ張り脱ぎながら、そう霧野は言った。
夏祭り。ホーリーロードの地区予選が終わったばかりで、全くと言っていいほどサッカー以外のことが頭になかった。
「ほら、ホーリーロードも一区切りついたし」
「これからだろー?」
浜野から茶々を入れられる霧野。良いだろ少しくらい、ま、あんまり試合にも出てないしなー、などという会話をしている。
先輩方の活躍もあり、地区予選ではあまり活躍の目はなかった俺たち1軍1年は、少々燻っているのも確かだった。
「全国大会ではベンチ入りしたいよな」
「俺たちならするさ」
俺はある種の確信を持って、そう口にした。実力的にも申し分ない、センスが光る浜野に、堅実なプレーができる霧野であれば、絶対に近いうちにベンチ入りを果たせる。
「な、恥ずかしいやつ!」
「……、恥ずかしくないだろ」
耳を赤くした霧野と浜野が俺から顔を背ける。……本当のことを言っただけなのに。
俺は黙々と帰り支度を進める。それを見た霧野が慌てて口を開いた。
「あいや、待てよ神童! だから夏祭り!」
「……何だ」
「みんなで行こうぜ、って話だよ」
……みんなで。ちり、と胸が痛んだ気がして、内心首をかしげる。
俺は今、何を考えて、落胆したのだろう。
「ちゅーかそれ、他の1年メンツも誘って行かね?」
「賛成!」
ぴっと勢いよく手を挙げ、浜野と笑いあう霧野を見ると、やはり胸がチリチリと痛む。俺はそれを見ないふりをして、じゃああとは倉間と速水を誘っていくか、と声をかけた。
浜野もいつも仲良くしているメンバーだからか頷き、霧野も満足げに笑っていたので、俺の選択は間違っていなかったのだろう。
「あんまり大所帯だと身動きとりづらいしな」
「やー、他のやつらが夏祭りではしゃぐの全然想像できないしいいんじゃね?」
何だか失礼なことを言いつつも、とりあえず話がまとまったらしかった。
俺は話に夢中な二人を放って、部室の戸締り点検をする。
「あっそうだ! 俺一個やりたいことあってさ」
「お、何々」
「みんなで浴衣着るってやつ!」
「おー! めっちゃいいじゃんそれ!」
だろだろ? とかなり得意げに笑う霧野。窓よし、モニタの電源よし、ロッカーも全部空、よし。二人が盛り上がっているのを横目に、点検を手早く済ませてチェックリストにチェックをつけていく。
「やっぱ甚平卒業して浴衣が大人って感じするじゃんか」
「わかる~! 大人だよな~!」
少し、分かる気がする。例に漏れず小学生までは、と親から甚平を着せられていた俺も、やはりうっすらと大人が着る浴衣へはあこがれがあった。
……尤も、倉間あたりは、浴衣なんてはしゃいでだせぇ、私服でいいだろ、なんて言いそうだが。
「というわけだ神童」
「どういうわけだ」
チェックリストを片しつつ、思わず突っ込みを入れる。
「神童も浴衣着ようぜ、練習終わりにここで着つけて行こう!」
「……えっ、持ってくるのか?」
結構な荷物になると思うが、と続けようとしたが、二人とも聞く耳を持たない。
しょうがないかとため息をつきつつ、もう出るぞと二人の背中を無理やり扉の外に押し出した。
花火。夏祭り。屋台。頭の中がだんだん二人の会話によって浸食されていく。
俺も二人に負けず劣らず、はしゃいでしまっているらしい。
そして、浴衣。霧野の浴衣を想像しかけて、我に返る。どうして、俺はそんなものを想像しかけたのか。結局この日は、それが何なのか分からないまま、一日を終えた。
__当日。朝イチに迎えに来た霧野は、高々と浴衣の入った袋を見せつける。
「じゃーん! ちゃんと持ってきたぜ!」
「あらあ、良いわねえ」
見送りに来た母がおっとりと笑う。なるべく一人で着付けができるように簡易的なタイプを選んでもらった、と興奮したような口調で話す霧野に、母はにこにこと、拓人もそうなのよ、と勝手に話をしている。
「っもういいだろ、霧野も母さんも」
「おう! 行こうぜ!」
行ってきます!と元気よく返事をした霧野に、母とメイドが手を振る。いつものこととはいえ、友人と母が話すと何だかむずがゆくてたまらない。追い立てられるように家をでる。
道中も、スキップでも始めるんじゃないかというほど浮かれた調子の霧野に、しょうがないなと笑みが零れる。でも内心、俺も同じくらい浮かれていた。夏休みに入ったばかりというのもあり、これといって夏らしいことをまだしていなかったところに、花火というイベントがやってきたのだ、当然といってもいい。
「楽しみだな!」
「ああ」
とっても。
__部活がようやく終わり、すべての片付けを終え、倉間達のいる2軍部室に集まる。
「おい、マジでみんな持ってきたのかよ」
「ちゅーか倉間は持ってきてないわけ?」
「……持ってきたけどよ」
「やりぃ!」
ぼそぼそと恥ずかしそうにそっぽを向いて言う倉間に、浜野は肘で軽く小突いている。5人ともしっかり浴衣を持ってきたらしい。全員やはり一人で着付けができるよう、簡易的な作りで兵児帯のものを持ってきていた。
「俺押さえるから神童先に着なよ」
「え? あ、ああ助かる」
軽く羽織った段階で、霧野にそう声をかけられる。白い指が伸びて、俺の腰に触れる。
くすぐったくて、触れられた場所が妙に熱をもって、びくりと体を震わせる。
……何でもないはずだ。
「よし、じゃあ次は俺の番な!」
はい、と俺の正面に立った霧野は、帯を手渡す。
何故か妙に緊張しながらも、慎重に腰に手を回して巻いてやる。
俺と同じく、少しくすぐったそうに身を捩る霧野に、動くなと笑うと同じようにくすくす笑う。
「ありがとな! おいそっちは大丈夫か?」
「ちゅーか助けて……」
「今行く!」
倉間と浜野と速水は案の定というか、お世辞にも綺麗とは言い難い状態になっていた。
霧野に提案されてお互いで着付け合っていなければ、同じようになっていただろう。
俺は速水と倉間を助けつつ、霧野が浜野の着付けを手伝ってやっているのを横目に見る。霧野も俺も、親から着付け方をある程度習っていたおかげで、何とか手伝うことができた。
……俺だけで良かったのに、とまた胸がチリチリと痛んだことは、見ないふりをした。
__色とりどりの屋台が並んでいる。わたあめ。やきそば。りんごあめ。ヨーヨー釣りに射的。食べ物の屋台を見つけると片っ端から買っていく浜野と倉間に呆れつつ、でも俺もなんだかんだと目移りしてしまっていた。
「ほい、神童」
霧野に声をかけられ驚いて振り向くと、大きな白い雲が目の前に現れる。わたあめだ。
俺に手渡しながら、自分の分に大きく口を開けてぱくりと一口。
「え、あ、あぁ…… ありがとう」
「ほういはしあして(どういたしまして)」
次はしょっぱいのが良いよな、と食べ終わってもいないのに次の屋台を探して、屋台の光を反射した瞳がきらきらと輝くのに、俺は釘付けになった。
真似て俺も一口。口に入れた瞬間、あっという間にほどけて消えていく。甘ったるいがその分軽くて、この暑さでもいくらでも食べられそうだった。
俺が食べ終わるのを見計らって、霧野は俺の左手をぐいと引いた。たこせんあるぜ、焼きそばとどっちがいい?などと言いながら、ぐいぐいと先へ連れていかれる。倉間や浜野があっという間に見えなくなってしまう。
「霧野」
「俺はたこせんにしようかな!」
「……はぐれたんだが」
「え」
きょとん、としたのち、慌ててきょろきょろと周りを見渡すが、霧野にもやはりもうあいつらの姿は見えなくなっていたようだった。せっかくみんなで来たのに、と肩を落とす霧野に、今度は俺がたこせんを二つ買って手渡す。
「ありがとう……」
「大丈夫だ。 どうせあいつらも屋台に夢中だろう」
携帯を取り出し、速水に軽く一報を入れておけば、きっとあいつら全員に伝わるだろう。
すっかりしょぼくれてしまっていたが、たこせんを一口食べた瞬間に目が輝く。早く食えと急かされ、俺は苦笑いをしながら言われた通りにかぶりつく。ぱ、と口いっぱいに広がるソースの香り。たこやきとえびせんべいの組み合わせなんて考えたこともなかったが、なるほど屋台に出るだけある。
「な、これ食ったら花火の場所確保に行こうぜ」
携帯の時間を確認した霧野が、口の端にソースをつけながら言う。くすりと笑って、ソースを指摘すると、少し顔を赤くしながら拭った。
霧野が言うには、人気の少ない、良く見える場所を教えてもらったが、少々歩くので早めに出発したいとのことだった。俺がそれに頷くと、またしても俺の手を引いて歩きだす。
別に迷子になるわけでもないのに、どうして俺の手を引くのか。そう聞こうにも、言葉が喉の奥につっかえて出てこない。触れた指先が、手のひらが、熱を持ったようでそわそわと落ち着かない。
ふと前を行く霧野の顔を見た。表情は見えないが、耳が少しだけ赤く見えた気がした。
河原にみんなが並んで座っているのを横目に、そのまま手を引かれて人気のない神社にたどり着いた。
な、良いところだろ、と満足そうに言うその顔に、小さく笑って頷いた。
ほとんど二人きりのようなところで、互いの浴衣の衣擦れの音と蝉の声だけが響く。
「……なあ、神童」
「え?」
意を決したような声に、ぱ、と振り向く。ひどく真剣な面持ちで俺を見ている霧野の瞳の中に、不安そうな顔をした俺が映っているのが見える。霧野が続けて口を開こうとしたのと同時に、花火が上がった。
「、あ」
「っわ、見たか霧野!」
大空を大輪の花が埋め尽くす。ひときわ大きな花火が、辺り一面を照らし出したときに、興奮して霧野の顔をぱっと見る。花火に目を奪われた霧野の横顔が、あまりに綺麗に照らされていて、息を呑む。
「あぁ。 きれいだな」
先ほど、呼び止めたことは何だったのか。真剣な面持ちから、穏やかな笑みへと変わっている。どれくらい、花火を二人で見つめていたのか分からないが、しばらくした後で再び霧野は口を開いた。
「……なあ、神童。 俺、」
花火の轟音にかき消されそうなくらい、小さな声。けれど、それはちゃんと俺の耳に届いた。
目線は花火のまま、霧野は続ける。
「ほんとは、お前と二人で見たかった、って言ったら笑うか?」
「っえ、」
霧野にしては珍しく、俺の目を見ようとしない。花火に目を奪われた、ふりをしている。
目線を下に落とすと、霧野の握ったこぶしが、小さく震えているのが分かった。
「霧野」
「悪い、その。 ……何でもない」
何もかもをあきらめたようなその声音に、俺は咄嗟に霧野の手を掴んだ。
驚いて目を丸くした霧野の瞳に、上気した頬の俺が映っている。
分かったんだ、霧野。ずっと俺が、ひりつくような胸の痛みを抱えてた理由が。
「俺も。 ……俺も二人が良かった」
最後とばかりに、立て続けに火薬の音がする。一つ一つが大きく、あたりをぱっと明るく照らし出す。でも俺達には、そんなこと関係がなかった。
終わりを告げる花火に、俺たちも友情に終わりを告げた。
来年もまた二人でここに来ような、とはにかむ霧野に、もちろんと大きくうなずき、繋がれた左手を握り返した。
「夏祭り?」
「そ、来週末花火があるってさ!」
ぐい、とユニフォームを引っ張り脱ぎながら、そう霧野は言った。
夏祭り。ホーリーロードの地区予選が終わったばかりで、全くと言っていいほどサッカー以外のことが頭になかった。
「ほら、ホーリーロードも一区切りついたし」
「これからだろー?」
浜野から茶々を入れられる霧野。良いだろ少しくらい、ま、あんまり試合にも出てないしなー、などという会話をしている。
先輩方の活躍もあり、地区予選ではあまり活躍の目はなかった俺たち1軍1年は、少々燻っているのも確かだった。
「全国大会ではベンチ入りしたいよな」
「俺たちならするさ」
俺はある種の確信を持って、そう口にした。実力的にも申し分ない、センスが光る浜野に、堅実なプレーができる霧野であれば、絶対に近いうちにベンチ入りを果たせる。
「な、恥ずかしいやつ!」
「……、恥ずかしくないだろ」
耳を赤くした霧野と浜野が俺から顔を背ける。……本当のことを言っただけなのに。
俺は黙々と帰り支度を進める。それを見た霧野が慌てて口を開いた。
「あいや、待てよ神童! だから夏祭り!」
「……何だ」
「みんなで行こうぜ、って話だよ」
……みんなで。ちり、と胸が痛んだ気がして、内心首をかしげる。
俺は今、何を考えて、落胆したのだろう。
「ちゅーかそれ、他の1年メンツも誘って行かね?」
「賛成!」
ぴっと勢いよく手を挙げ、浜野と笑いあう霧野を見ると、やはり胸がチリチリと痛む。俺はそれを見ないふりをして、じゃああとは倉間と速水を誘っていくか、と声をかけた。
浜野もいつも仲良くしているメンバーだからか頷き、霧野も満足げに笑っていたので、俺の選択は間違っていなかったのだろう。
「あんまり大所帯だと身動きとりづらいしな」
「やー、他のやつらが夏祭りではしゃぐの全然想像できないしいいんじゃね?」
何だか失礼なことを言いつつも、とりあえず話がまとまったらしかった。
俺は話に夢中な二人を放って、部室の戸締り点検をする。
「あっそうだ! 俺一個やりたいことあってさ」
「お、何々」
「みんなで浴衣着るってやつ!」
「おー! めっちゃいいじゃんそれ!」
だろだろ? とかなり得意げに笑う霧野。窓よし、モニタの電源よし、ロッカーも全部空、よし。二人が盛り上がっているのを横目に、点検を手早く済ませてチェックリストにチェックをつけていく。
「やっぱ甚平卒業して浴衣が大人って感じするじゃんか」
「わかる~! 大人だよな~!」
少し、分かる気がする。例に漏れず小学生までは、と親から甚平を着せられていた俺も、やはりうっすらと大人が着る浴衣へはあこがれがあった。
……尤も、倉間あたりは、浴衣なんてはしゃいでだせぇ、私服でいいだろ、なんて言いそうだが。
「というわけだ神童」
「どういうわけだ」
チェックリストを片しつつ、思わず突っ込みを入れる。
「神童も浴衣着ようぜ、練習終わりにここで着つけて行こう!」
「……えっ、持ってくるのか?」
結構な荷物になると思うが、と続けようとしたが、二人とも聞く耳を持たない。
しょうがないかとため息をつきつつ、もう出るぞと二人の背中を無理やり扉の外に押し出した。
花火。夏祭り。屋台。頭の中がだんだん二人の会話によって浸食されていく。
俺も二人に負けず劣らず、はしゃいでしまっているらしい。
そして、浴衣。霧野の浴衣を想像しかけて、我に返る。どうして、俺はそんなものを想像しかけたのか。結局この日は、それが何なのか分からないまま、一日を終えた。
__当日。朝イチに迎えに来た霧野は、高々と浴衣の入った袋を見せつける。
「じゃーん! ちゃんと持ってきたぜ!」
「あらあ、良いわねえ」
見送りに来た母がおっとりと笑う。なるべく一人で着付けができるように簡易的なタイプを選んでもらった、と興奮したような口調で話す霧野に、母はにこにこと、拓人もそうなのよ、と勝手に話をしている。
「っもういいだろ、霧野も母さんも」
「おう! 行こうぜ!」
行ってきます!と元気よく返事をした霧野に、母とメイドが手を振る。いつものこととはいえ、友人と母が話すと何だかむずがゆくてたまらない。追い立てられるように家をでる。
道中も、スキップでも始めるんじゃないかというほど浮かれた調子の霧野に、しょうがないなと笑みが零れる。でも内心、俺も同じくらい浮かれていた。夏休みに入ったばかりというのもあり、これといって夏らしいことをまだしていなかったところに、花火というイベントがやってきたのだ、当然といってもいい。
「楽しみだな!」
「ああ」
とっても。
__部活がようやく終わり、すべての片付けを終え、倉間達のいる2軍部室に集まる。
「おい、マジでみんな持ってきたのかよ」
「ちゅーか倉間は持ってきてないわけ?」
「……持ってきたけどよ」
「やりぃ!」
ぼそぼそと恥ずかしそうにそっぽを向いて言う倉間に、浜野は肘で軽く小突いている。5人ともしっかり浴衣を持ってきたらしい。全員やはり一人で着付けができるよう、簡易的な作りで兵児帯のものを持ってきていた。
「俺押さえるから神童先に着なよ」
「え? あ、ああ助かる」
軽く羽織った段階で、霧野にそう声をかけられる。白い指が伸びて、俺の腰に触れる。
くすぐったくて、触れられた場所が妙に熱をもって、びくりと体を震わせる。
……何でもないはずだ。
「よし、じゃあ次は俺の番な!」
はい、と俺の正面に立った霧野は、帯を手渡す。
何故か妙に緊張しながらも、慎重に腰に手を回して巻いてやる。
俺と同じく、少しくすぐったそうに身を捩る霧野に、動くなと笑うと同じようにくすくす笑う。
「ありがとな! おいそっちは大丈夫か?」
「ちゅーか助けて……」
「今行く!」
倉間と浜野と速水は案の定というか、お世辞にも綺麗とは言い難い状態になっていた。
霧野に提案されてお互いで着付け合っていなければ、同じようになっていただろう。
俺は速水と倉間を助けつつ、霧野が浜野の着付けを手伝ってやっているのを横目に見る。霧野も俺も、親から着付け方をある程度習っていたおかげで、何とか手伝うことができた。
……俺だけで良かったのに、とまた胸がチリチリと痛んだことは、見ないふりをした。
__色とりどりの屋台が並んでいる。わたあめ。やきそば。りんごあめ。ヨーヨー釣りに射的。食べ物の屋台を見つけると片っ端から買っていく浜野と倉間に呆れつつ、でも俺もなんだかんだと目移りしてしまっていた。
「ほい、神童」
霧野に声をかけられ驚いて振り向くと、大きな白い雲が目の前に現れる。わたあめだ。
俺に手渡しながら、自分の分に大きく口を開けてぱくりと一口。
「え、あ、あぁ…… ありがとう」
「ほういはしあして(どういたしまして)」
次はしょっぱいのが良いよな、と食べ終わってもいないのに次の屋台を探して、屋台の光を反射した瞳がきらきらと輝くのに、俺は釘付けになった。
真似て俺も一口。口に入れた瞬間、あっという間にほどけて消えていく。甘ったるいがその分軽くて、この暑さでもいくらでも食べられそうだった。
俺が食べ終わるのを見計らって、霧野は俺の左手をぐいと引いた。たこせんあるぜ、焼きそばとどっちがいい?などと言いながら、ぐいぐいと先へ連れていかれる。倉間や浜野があっという間に見えなくなってしまう。
「霧野」
「俺はたこせんにしようかな!」
「……はぐれたんだが」
「え」
きょとん、としたのち、慌ててきょろきょろと周りを見渡すが、霧野にもやはりもうあいつらの姿は見えなくなっていたようだった。せっかくみんなで来たのに、と肩を落とす霧野に、今度は俺がたこせんを二つ買って手渡す。
「ありがとう……」
「大丈夫だ。 どうせあいつらも屋台に夢中だろう」
携帯を取り出し、速水に軽く一報を入れておけば、きっとあいつら全員に伝わるだろう。
すっかりしょぼくれてしまっていたが、たこせんを一口食べた瞬間に目が輝く。早く食えと急かされ、俺は苦笑いをしながら言われた通りにかぶりつく。ぱ、と口いっぱいに広がるソースの香り。たこやきとえびせんべいの組み合わせなんて考えたこともなかったが、なるほど屋台に出るだけある。
「な、これ食ったら花火の場所確保に行こうぜ」
携帯の時間を確認した霧野が、口の端にソースをつけながら言う。くすりと笑って、ソースを指摘すると、少し顔を赤くしながら拭った。
霧野が言うには、人気の少ない、良く見える場所を教えてもらったが、少々歩くので早めに出発したいとのことだった。俺がそれに頷くと、またしても俺の手を引いて歩きだす。
別に迷子になるわけでもないのに、どうして俺の手を引くのか。そう聞こうにも、言葉が喉の奥につっかえて出てこない。触れた指先が、手のひらが、熱を持ったようでそわそわと落ち着かない。
ふと前を行く霧野の顔を見た。表情は見えないが、耳が少しだけ赤く見えた気がした。
河原にみんなが並んで座っているのを横目に、そのまま手を引かれて人気のない神社にたどり着いた。
な、良いところだろ、と満足そうに言うその顔に、小さく笑って頷いた。
ほとんど二人きりのようなところで、互いの浴衣の衣擦れの音と蝉の声だけが響く。
「……なあ、神童」
「え?」
意を決したような声に、ぱ、と振り向く。ひどく真剣な面持ちで俺を見ている霧野の瞳の中に、不安そうな顔をした俺が映っているのが見える。霧野が続けて口を開こうとしたのと同時に、花火が上がった。
「、あ」
「っわ、見たか霧野!」
大空を大輪の花が埋め尽くす。ひときわ大きな花火が、辺り一面を照らし出したときに、興奮して霧野の顔をぱっと見る。花火に目を奪われた霧野の横顔が、あまりに綺麗に照らされていて、息を呑む。
「あぁ。 きれいだな」
先ほど、呼び止めたことは何だったのか。真剣な面持ちから、穏やかな笑みへと変わっている。どれくらい、花火を二人で見つめていたのか分からないが、しばらくした後で再び霧野は口を開いた。
「……なあ、神童。 俺、」
花火の轟音にかき消されそうなくらい、小さな声。けれど、それはちゃんと俺の耳に届いた。
目線は花火のまま、霧野は続ける。
「ほんとは、お前と二人で見たかった、って言ったら笑うか?」
「っえ、」
霧野にしては珍しく、俺の目を見ようとしない。花火に目を奪われた、ふりをしている。
目線を下に落とすと、霧野の握ったこぶしが、小さく震えているのが分かった。
「霧野」
「悪い、その。 ……何でもない」
何もかもをあきらめたようなその声音に、俺は咄嗟に霧野の手を掴んだ。
驚いて目を丸くした霧野の瞳に、上気した頬の俺が映っている。
分かったんだ、霧野。ずっと俺が、ひりつくような胸の痛みを抱えてた理由が。
「俺も。 ……俺も二人が良かった」
最後とばかりに、立て続けに火薬の音がする。一つ一つが大きく、あたりをぱっと明るく照らし出す。でも俺達には、そんなこと関係がなかった。
終わりを告げる花火に、俺たちも友情に終わりを告げた。
来年もまた二人でここに来ような、とはにかむ霧野に、もちろんと大きくうなずき、繋がれた左手を握り返した。
