失われた大河の章
精霊は目の前で狼狽える人間をただただ見下ろしていた。そこまで代わり映えのない景色だというのに、まるで知らない所に迷い込んだ子供の様に縮こまって、辺りを忙しなく見回している。まあしかし、人間が誰一人としていなくなったロストリバーデルタというのは、ただの人間からしたら不気味なものなのだろう。
「……まさか、このようなことになるとはな。ただの不届き者であるなら放っておく算段であったが、貴様は超えてはならん境界を越えた。それは、許されぬこと。どのような事があろうと、だ」
湧き出る感情を最大限に押さえつけながら言葉を紡いだつもりなのだが、音として発した声は存外低いものであった。そんなシウィトルの感情を察知したのか、男はひっ、と情けなく小さな悲鳴を上げた。
「だ、誰だお前は⁉ この俺をなんだと思って——」
「貴様がどのような名誉を振りかざそうが、俺から見ればこの地にやって来た愚かなヒトの一匹に過ぎない。人ならざるものであるアトラクションの存在を知らされていたのであれば当然、俺のことも知っていると思っていたが——どうやら、俺が買いかぶりすぎたか」
大きくため息を吐き、一歩、また一歩と詰め寄っていく。男は目を見開いて、激しい運動をしているわけでもないのに息が上がり始めている。へたり込みながらも後ずさって距離を置こうとするが、シウィトルは無表情を保ちながら男に近寄るのをやめない。
「く、来るなっ……来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼ うああああああああああああッ‼」
男は半ば理性を飛ばしたのだろう、手に縛り付けたように離さなかったナイフを闇雲に振り回しながらシウィトルに突進してきた。戦いなどと縁を結ばなかったであろう無様な剣筋は、シウィトルの目には何よりも遅いものとしか映らない。
軽く体をひねっただけで、男の攻撃を躱せてしまった。微かに刃物を振り回した際の独特な空気の流れが肌に触れるが、実力も経験も皆無なせいで、命のやり取りに発展させるには程遠いものであった。
シウィトルは槍を顕現させると、威嚇の意も込めて穂先を男に向けた。対象を見失って失速した男はすぐさまこちらを捕捉して、もう一度ナイフを振り回しながら突進してくる。どうやら、この槍は見えていないようであった。
届く。
そう判断するが早いか、瞬きのうちにシウィトルは男の手の間をすり抜けるように、穂先がナイフに当たるように突き上げた。金属が触れ合う高音が鼓膜を震わせ、簡単に手放されてしまった刃物が放物線を描きながら遥か後方へと飛ばされていく。
強い力で手元を弾き飛ばされた男は、反動で尻餅をついた。真っ青になった顔色と、開ききった瞳孔でこちらを見上げる様は、なんともまあ、哀れなものだ。
シウィトルは槍を持ち直しながらため息を吐いた。
「……所詮はヒトの子。このような者相手に手も足も出せぬアイツ らが憐れよな」
「殺さないで殺さないでお願いします‼ 何でもします‼ 盗んだ遺物は全部元の場所にお返します‼ だから殺さないでええぇッ‼」
いつの間にか地面に頭を擦り付けるようにひれ伏しながら、男は泣き喚いていた。先頃までの威厳はどこへやら、はたまた最初から無かったのかはわからない。いずれにせよ、アトラクションらの原則 を盾に鬼の首を取ったような態度をとっていた男だ。信用などというものはないだろう。
シウィトルは穂先で男の頭を上げると、首元に突きつけ、冷たく見下ろした。
「騒ぐな、それ以上騒ぐようなら貴様の首を掻っ切る。今の貴様に必要なのは、俺の問いかけに応えることのみ」
「わ、わかった‼ わかったからあ‼」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れた顔で、男は必死になって首を盾に振っていた。命がかかっているこの状況で嘘をつくなどあり得ないだろうと判断して、シウィトルは槍をしまった。
「——一つ、貴様の真の目的は何だ。金儲けだ何だと騒いでいたようだが、貴様は外部から来た人間、アトラクション共の存在を知っていることへの説明がつかん。嘘偽りなく、全てを話せ」
詰問的な口調ではあるが、声色は威圧するようなものではなく至って冷静なものであった。とにかくすぐにこれまでの経緯を話そうと口を開くが、シウィトルは「冷静になれ。まとまりのない話は却って相手を煽るだけだ」と、至極冷静に伝える。怒りなど孕ませていないと、新緑を宿した瞳は伝える。
その感情が伝わったのか、男は昂った呼吸を整えるためか深呼吸をし始めた。その呼吸音を、シウィトルはただ黙って聞いている。何度目かの深呼吸が終わった後、男はぽつぽつと語り始めた。
「……元々、私はあのようなことをするために来たわけではないんです。ただインディジョーンズ先生と考古学の研究ができればいいと、そう思っていただけなのです。しかしある日、夢に一人の精霊の姿を見ました。猛々しく、まるで武神のようなお姿でしたが、鬱蒼とした木々の中で空を見つめていたのです。その慈愛に満ちた姿に、この精霊はこの地——ロストリバーデルタを守護する者なのだと、そう感じたのです。今思えば、貴方によく似た精霊でした」
最後の言葉に引っかかるものがあるが、まだ肝心な部分を聞き出せていない。シウィトルは続けろ、の一言だけを告げた。
「私は急いで残った原住民にこのことを話しました。しかし、伝承が残っているどころか、その存在すら知らないと。あろうことか、私が研究チームの者たちからの嘲笑を受ける羽目となり……何がクリスタルスカルだ、炎と水の神だ‼ そんなものよりもこの失われた大河をずうっと守ってくださった精霊様の伝承を残すべきだ‼」
彼はそこまで言い切ると、はっと我に返ったように拳を開いた。
「……そう憤った時にはもう、別の研究チームにいた彼と行動を共にしていました。彼は正真正銘、金目的で遺物の窃盗を企てていましたので、この機に嫌がらせでもしてやろうと」
「……まったく、人間はどれほど俺を失望させれば気が済む」
男は黙って俯いた。シウィトルが——失われた大河の守護者が、次に何を告げるかを知らずに。
「第一に、お前が見たのは神ではなく精霊だ。神は人々の信仰が無ければ存在意義を失い、消滅するものだが精霊に信仰は必要ない。それらは自然や概念が一つの結晶となってそこにあるだけの存在だからな」
精霊を信仰する人間もいるが、それは所詮人間たちが縋る虚像に過ぎない。実際の精霊というものは、人間の願いに応えることもなければ見向きすらしない。ただ悪戯に自然や概念に宿り、遊びの感覚で災厄や恵みをもたらす。ある意味では神よりも厄介な存在だということは、シウィトル自身が一番よくわかっていた。
だからこそ、問いたださねば。
「第二に、お前のしたことはお前のエゴでしかない。お前の犯した罪は、この地の精霊の怒りに抵触する。真に彼を慕っているというのなら、このような罪は二度と犯すな。さもなくば——俺が、この地を守護する者として、お前を裁定することになる」
「……そ、それって!」
男の顔に浮かんだのは、先ほどのような恐怖ではなく、信仰していたものに対する色だ。しかし、今のシウィトルには必要のないもの。ただそれだけであった。
「さて、俺の正体などどうでも良い。お前にもう一つ問いかける」
まばゆい光が散って、シウィトルとケビンが姿を現した。いや、正確にはずっとそこにいたのだ。ただ空間が切り取られて別の場所に飛ばされていたように錯覚していただけだ。詳しい原理は未だにわからない。
「あ、シウィトル! ずいぶん遅かったな、どうよ、そいつとっちめてくれたか⁉」
フートが目の前に駆け寄ったからか、あるいは元からか、シウィトルは腕を組んだまま「ふん」と鼻で笑った。
「たかが人の子に刺す槍などあるか。そもそも、俺の仕事はこの地の守護であって人間の罪を裁定することではない」
「ケッ、相変わらず嫌味ったらしいヤツ!」
「何とでも言え。わかったらさっさとその人間を連れて行くんだな、二度と俺の目の前に晒すな」
「ひっでぇいくらやらかしたとはいえそんな言うか普通⁉」
そのまま踵を返してスタスタと立ち去るシウィトルに非難を飛ばすフートの肩を、マリンは軽く叩いた。
「ストームライダー、その辺にしておけ。今の彼はおそらく虫の居所が悪いんだ。無理もない、彼は誰よりもこの地を愛しているんだからね」
「……まあ、そうだけどさ」
「それより、僕らにはまだやるべきことがあるだろ。例えば——こいつをインディ達の所に連れて行く、とかな」
「そ、そうだった! お前、まずはチチェン達に謝れよなー」
「は、はい……」
何をされたのかは知る由もないが、とにかくしおらしくなったのなら問題はないだろう。フートとマリンはすっかり萎縮した男を連れて、その場を後にした。
「……なんであんなことしたんだっけ」
ぽつりと呟いた男の言葉と、その姿を見下ろすシウィトルの姿には気がつかないまま。
時間は少し前、シウィトルがケビンにもう一つの質問をしたところまで遡る。
「二つ、お前はどうしてあの二人が人間でないことに気が付いた。今し方述べたが、お前は外の世界から来たゲストとは違い、此方の人間だ。しかし、此方の人間にも外の世界の人間にも、アトラクションという存在を感知することはできない。そもそも、俺が見えている時点でお前には何かしらの力が干渉しているとしか思えない。言え、誰から俺の存在を——〈パーク〉の定理について聞かされた」
「……あの、これに答えて殺されるとかは……」
「お前は巻き込まれた身だ、せいぜい記憶消去程度で済ませてやる。案ずるな、この世界の真理に到達できる者など、まずいるはずがないからな」
「ええと……それなら……」
今思い出しても、やはり予想通りであったと思う。というか、それ以外の選択肢が無いのだ。しかし彼にポートの守護者までも見せるような仕掛けをも施したところで、一般人であるあの男にできることはない。せいぜいアトラクションを足止めするのが関の山だ。それどころか、あんな小競り合いのような騒動を起こさせても、嫌がらせにすらならないはずだ。
「黒い髪に、魔法使いのような帽子を被った少年から聞かされた、か——あの男は一体何を企んでいる。俺達への干渉といい、『SPRITS』の結成といい、パークをどうするつもりだ」
未だに掴めない男のことを思い浮かべながら、シウィトルは空を見上げた。
徐々に茜色に染まりつつある空は、こんなにも狭いものであっただろうか。暑さは未だ張り付くようで、夜になっても収まることはないのだろう。
「……まさか、このようなことになるとはな。ただの不届き者であるなら放っておく算段であったが、貴様は超えてはならん境界を越えた。それは、許されぬこと。どのような事があろうと、だ」
湧き出る感情を最大限に押さえつけながら言葉を紡いだつもりなのだが、音として発した声は存外低いものであった。そんなシウィトルの感情を察知したのか、男はひっ、と情けなく小さな悲鳴を上げた。
「だ、誰だお前は⁉ この俺をなんだと思って——」
「貴様がどのような名誉を振りかざそうが、俺から見ればこの地にやって来た愚かなヒトの一匹に過ぎない。人ならざるものであるアトラクションの存在を知らされていたのであれば当然、俺のことも知っていると思っていたが——どうやら、俺が買いかぶりすぎたか」
大きくため息を吐き、一歩、また一歩と詰め寄っていく。男は目を見開いて、激しい運動をしているわけでもないのに息が上がり始めている。へたり込みながらも後ずさって距離を置こうとするが、シウィトルは無表情を保ちながら男に近寄るのをやめない。
「く、来るなっ……来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼ うああああああああああああッ‼」
男は半ば理性を飛ばしたのだろう、手に縛り付けたように離さなかったナイフを闇雲に振り回しながらシウィトルに突進してきた。戦いなどと縁を結ばなかったであろう無様な剣筋は、シウィトルの目には何よりも遅いものとしか映らない。
軽く体をひねっただけで、男の攻撃を躱せてしまった。微かに刃物を振り回した際の独特な空気の流れが肌に触れるが、実力も経験も皆無なせいで、命のやり取りに発展させるには程遠いものであった。
シウィトルは槍を顕現させると、威嚇の意も込めて穂先を男に向けた。対象を見失って失速した男はすぐさまこちらを捕捉して、もう一度ナイフを振り回しながら突進してくる。どうやら、この槍は見えていないようであった。
届く。
そう判断するが早いか、瞬きのうちにシウィトルは男の手の間をすり抜けるように、穂先がナイフに当たるように突き上げた。金属が触れ合う高音が鼓膜を震わせ、簡単に手放されてしまった刃物が放物線を描きながら遥か後方へと飛ばされていく。
強い力で手元を弾き飛ばされた男は、反動で尻餅をついた。真っ青になった顔色と、開ききった瞳孔でこちらを見上げる様は、なんともまあ、哀れなものだ。
シウィトルは槍を持ち直しながらため息を吐いた。
「……所詮はヒトの子。このような者相手に手も足も出せぬ
「殺さないで殺さないでお願いします‼ 何でもします‼ 盗んだ遺物は全部元の場所にお返します‼ だから殺さないでええぇッ‼」
いつの間にか地面に頭を擦り付けるようにひれ伏しながら、男は泣き喚いていた。先頃までの威厳はどこへやら、はたまた最初から無かったのかはわからない。いずれにせよ、アトラクションらの
シウィトルは穂先で男の頭を上げると、首元に突きつけ、冷たく見下ろした。
「騒ぐな、それ以上騒ぐようなら貴様の首を掻っ切る。今の貴様に必要なのは、俺の問いかけに応えることのみ」
「わ、わかった‼ わかったからあ‼」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚れた顔で、男は必死になって首を盾に振っていた。命がかかっているこの状況で嘘をつくなどあり得ないだろうと判断して、シウィトルは槍をしまった。
「——一つ、貴様の真の目的は何だ。金儲けだ何だと騒いでいたようだが、貴様は外部から来た人間、アトラクション共の存在を知っていることへの説明がつかん。嘘偽りなく、全てを話せ」
詰問的な口調ではあるが、声色は威圧するようなものではなく至って冷静なものであった。とにかくすぐにこれまでの経緯を話そうと口を開くが、シウィトルは「冷静になれ。まとまりのない話は却って相手を煽るだけだ」と、至極冷静に伝える。怒りなど孕ませていないと、新緑を宿した瞳は伝える。
その感情が伝わったのか、男は昂った呼吸を整えるためか深呼吸をし始めた。その呼吸音を、シウィトルはただ黙って聞いている。何度目かの深呼吸が終わった後、男はぽつぽつと語り始めた。
「……元々、私はあのようなことをするために来たわけではないんです。ただインディジョーンズ先生と考古学の研究ができればいいと、そう思っていただけなのです。しかしある日、夢に一人の精霊の姿を見ました。猛々しく、まるで武神のようなお姿でしたが、鬱蒼とした木々の中で空を見つめていたのです。その慈愛に満ちた姿に、この精霊はこの地——ロストリバーデルタを守護する者なのだと、そう感じたのです。今思えば、貴方によく似た精霊でした」
最後の言葉に引っかかるものがあるが、まだ肝心な部分を聞き出せていない。シウィトルは続けろ、の一言だけを告げた。
「私は急いで残った原住民にこのことを話しました。しかし、伝承が残っているどころか、その存在すら知らないと。あろうことか、私が研究チームの者たちからの嘲笑を受ける羽目となり……何がクリスタルスカルだ、炎と水の神だ‼ そんなものよりもこの失われた大河をずうっと守ってくださった精霊様の伝承を残すべきだ‼」
彼はそこまで言い切ると、はっと我に返ったように拳を開いた。
「……そう憤った時にはもう、別の研究チームにいた彼と行動を共にしていました。彼は正真正銘、金目的で遺物の窃盗を企てていましたので、この機に嫌がらせでもしてやろうと」
「……まったく、人間はどれほど俺を失望させれば気が済む」
男は黙って俯いた。シウィトルが——失われた大河の守護者が、次に何を告げるかを知らずに。
「第一に、お前が見たのは神ではなく精霊だ。神は人々の信仰が無ければ存在意義を失い、消滅するものだが精霊に信仰は必要ない。それらは自然や概念が一つの結晶となってそこにあるだけの存在だからな」
精霊を信仰する人間もいるが、それは所詮人間たちが縋る虚像に過ぎない。実際の精霊というものは、人間の願いに応えることもなければ見向きすらしない。ただ悪戯に自然や概念に宿り、遊びの感覚で災厄や恵みをもたらす。ある意味では神よりも厄介な存在だということは、シウィトル自身が一番よくわかっていた。
だからこそ、問いたださねば。
「第二に、お前のしたことはお前のエゴでしかない。お前の犯した罪は、この地の精霊の怒りに抵触する。真に彼を慕っているというのなら、このような罪は二度と犯すな。さもなくば——俺が、この地を守護する者として、お前を裁定することになる」
「……そ、それって!」
男の顔に浮かんだのは、先ほどのような恐怖ではなく、信仰していたものに対する色だ。しかし、今のシウィトルには必要のないもの。ただそれだけであった。
「さて、俺の正体などどうでも良い。お前にもう一つ問いかける」
まばゆい光が散って、シウィトルとケビンが姿を現した。いや、正確にはずっとそこにいたのだ。ただ空間が切り取られて別の場所に飛ばされていたように錯覚していただけだ。詳しい原理は未だにわからない。
「あ、シウィトル! ずいぶん遅かったな、どうよ、そいつとっちめてくれたか⁉」
フートが目の前に駆け寄ったからか、あるいは元からか、シウィトルは腕を組んだまま「ふん」と鼻で笑った。
「たかが人の子に刺す槍などあるか。そもそも、俺の仕事はこの地の守護であって人間の罪を裁定することではない」
「ケッ、相変わらず嫌味ったらしいヤツ!」
「何とでも言え。わかったらさっさとその人間を連れて行くんだな、二度と俺の目の前に晒すな」
「ひっでぇいくらやらかしたとはいえそんな言うか普通⁉」
そのまま踵を返してスタスタと立ち去るシウィトルに非難を飛ばすフートの肩を、マリンは軽く叩いた。
「ストームライダー、その辺にしておけ。今の彼はおそらく虫の居所が悪いんだ。無理もない、彼は誰よりもこの地を愛しているんだからね」
「……まあ、そうだけどさ」
「それより、僕らにはまだやるべきことがあるだろ。例えば——こいつをインディ達の所に連れて行く、とかな」
「そ、そうだった! お前、まずはチチェン達に謝れよなー」
「は、はい……」
何をされたのかは知る由もないが、とにかくしおらしくなったのなら問題はないだろう。フートとマリンはすっかり萎縮した男を連れて、その場を後にした。
「……なんであんなことしたんだっけ」
ぽつりと呟いた男の言葉と、その姿を見下ろすシウィトルの姿には気がつかないまま。
時間は少し前、シウィトルがケビンにもう一つの質問をしたところまで遡る。
「二つ、お前はどうしてあの二人が人間でないことに気が付いた。今し方述べたが、お前は外の世界から来たゲストとは違い、此方の人間だ。しかし、此方の人間にも外の世界の人間にも、アトラクションという存在を感知することはできない。そもそも、俺が見えている時点でお前には何かしらの力が干渉しているとしか思えない。言え、誰から俺の存在を——〈パーク〉の定理について聞かされた」
「……あの、これに答えて殺されるとかは……」
「お前は巻き込まれた身だ、せいぜい記憶消去程度で済ませてやる。案ずるな、この世界の真理に到達できる者など、まずいるはずがないからな」
「ええと……それなら……」
今思い出しても、やはり予想通りであったと思う。というか、それ以外の選択肢が無いのだ。しかし彼にポートの守護者までも見せるような仕掛けをも施したところで、一般人であるあの男にできることはない。せいぜいアトラクションを足止めするのが関の山だ。それどころか、あんな小競り合いのような騒動を起こさせても、嫌がらせにすらならないはずだ。
「黒い髪に、魔法使いのような帽子を被った少年から聞かされた、か——あの男は一体何を企んでいる。俺達への干渉といい、『SPRITS』の結成といい、パークをどうするつもりだ」
未だに掴めない男のことを思い浮かべながら、シウィトルは空を見上げた。
徐々に茜色に染まりつつある空は、こんなにも狭いものであっただろうか。暑さは未だ張り付くようで、夜になっても収まることはないのだろう。
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