失われた大河の章

 失われた大河を照らす太陽は、南中高度をとっくに過ぎていて、そろそろ西日が肌に痛くなる時間だ。それでも辺りの活気はそのまま、そしていつの間にか腹の虫が活発に鳴いている。先ほどまで妙な事件の調査をしていたからだろうかレストラン付近から漂う香りが普段よりも濃いような気がする。
「なあ、そろそろレストラン空いたかな。なんか食いにいかないか?」
 フートが尋ねると、キュウは腕を組んで唸った。
「そういえばもうそんな時間だったね。よーし、みんな手伝ってくれたし、今日は私の奢りだよー!」
「よっしゃー! じゃあオレ……ん? 待て、何か貼り付けてあるぞ」
 入り口にレイジングスピリッツと表記された看板に、遺跡の物々しさに似合わない紙が一枚貼り付けられている。フートは何のためらいもなくその紙を手に取り、内容に目を通した。
『精霊の怒りは静まらぬ。愚かなる人の子、我らは精霊の憤怒を取り鎮むべし』
「なにこれ……怪文書? でも、精霊って誰のこと? うちの神様は関係なさそうだなぁ」
「精霊の、怒り……あの守護者、何を考えているのやら」
 のんきなキュウの伸びと、本日何度目かもわからないチチェンのため息を横目に、フートら三人はここロストリバーデルタの化身である守護者の事が脳裏に浮かんだ。そういえば、ここ最近はずっとこのポートに入り浸っているものの、彼がアトラクションに顔を出すことは無かった。他のポートよりもよほど放任主義なのかとも考えたが、誰よりもこの地を愛する精霊だ。見つけられないだけで今日もどこかに潜んでいるのだろう。と、思いつつも、遺跡泥棒ぐらい懲らしめてくれてもいいのではないだろうか。微温的な彼をフートは心の中で貶していた。
 まあ、そんなことはどうでも良いとして。今は昼食を摂ることを優先しなくては。沈みそうになる気分を切り替えて、再び歩を進めようとしたその瞬間のことだった。
「ストームライダー、レールウェイ、待って!」
 マリンに引き留められたのだ。しかもその声色は、戦場に立った時のような緊迫感を孕んでいる。
 何があったのかわからないまま足を止めて、マリンに視線をやると、とある一点を見つめて何かを警戒しているように顔を歪めていた。
「んあ? マリン、どうした……」
「え、二人とも、なにかあったの——って」
 小首を傾げながら視線の先を振り返ったフートも、急に足を止めた二人を見つめたアルフレードも、ようやくマリンが見つけたらしい異常を理解できた。いや、実感させられたと言った方が正しい。
 マリンの視線の先にあったのは、先ほどまで新しいギフトワゴンがあった場所だ。午後になったらまた営業を再開すると主人は言っていたはずなのだが、まるで最初からギフトワゴンなんて存在していなかったかのように、その場所には何もなかった。
 一気に血の気が引いていく感覚と、跳ね上がる心臓の鼓動に嫌な予感を覚えながらアルフレードは叫んだ。
「さっきのギフトワゴンは⁉︎」
「跡形もない……嘘だろ、普通のワゴンって、確か営業時間終わってもその場に残しておくよな⁉︎」
 フートも同意を求めたくてマリンを見つめるが、当の本人は少し俯いて顎に触れながら何か考え込んでいる。その呑気さを恨みたいというよりは、彼が思考を巡らせるほどに事態は深刻なのだと気付かされるから、胸の内側がどんどん暗くなっていくのだ。
「どうやら、事態は一刻を争うみたいだ。レイジングたちには悪いけど、ここからは僕らだけで行動した方が良さそうだね」
 三人は硬く頷き合うと、弾かれるように走り出した。とにかく、嫌な予感を打ち消さなくては意味がない。
「あれ、三人とも、どうしたの?」
「キュウ、ごめんな! 昼飯はこの事件を解決した後に奢ってくれ!」
 頭に疑問符を浮かべながら問いかけてきたキュウに律儀に言葉を返せたのは、フートだけだった。それでも彼女と訝しげな視線を送っていたチチェンに状況を説明することは叶わない。どうにかして、店主を見つけなければいけない気がしたから。
 とにかく足を動かさなければ、その一心で三人は散り散りになって突っ走っていた。昼一番の混雑時間を過ぎたためか、心なしかゲストの数が少ないように思える。西陽が暑い。
「ちょっとごめんな! ここらへんで、大荷物を持ったキャスト見なかったか?」
 それでもフートは前を歩いていたゲストの一人を呼び止める。後になって気がついたが、この聞き方ではカストーディアルキャストを指していると思われても仕方がなかっただろう。それでも、ゲストは怪訝そうな顔をしながらこちらの様子を伺っていたが、少しして気圧されたように絞り出した。
「え、いや、見てませんが……」
「だよな……ごめん、何でもないんだ。教えてくれてサンキューな!」
 早く捕まえなければ、どこに逃げられるかわからない。そんな焦りはあったものの、なるべく持ち前の笑顔を崩さないようにしながら、フートは再び地面を蹴った。走っている間に、焦りは沸々と勢いを増して怒りに変化していき、耳元で唸る風を切る音がまるで嘲笑のようにも聞こえてくるほどだ。
「——ん?」
 だが、その怒りの原因はもう一つあった。その諸悪の根源が、目の前で呆然と辺りを見渡している。この状況下で悠々自適に日光浴をしている青年——焦茶色の髪に特徴的な緑と赤の服を纏う彼が、目に入ってしまったのだ。
「あっ‼ シウィトルお前こんなところで何してんだよ‼」
 つい叫んでしまったためか、近くの木から鳥が慌てて飛んでいく。そう、目の前の彼こそ、ロストリバーデルタの化身シウィトルだった。『SPRITS』に加担することなく、この地を守り抜いた精霊。であるのだが、そんな彼から忌々しそうな視線を向けられている。新緑の葉にも似た緑の瞳が険しそうに細められていた。
「見ての通り、何もしていないが。それをお前に邪魔された、とでも言うべきか」
「いやオレのせいかよ‼︎ ポートの守護者ってもっと頼りがいあると思うんだよな‼」
「俺が頼れるかどうかなど、この時代よりも後に生まれたお前に推し量れるものなのか。まったく、笑えもせんな。大体にして、盗人ごとき人間同士でどうにか解決できるだろうよ。少なくとも、俺が直接粛清するまでもない」
 そう言って、シウィトルは再び目を閉じた。まるで昼寝の続きを邪魔するなと言いたげな雰囲気を纏い始めた彼に、フートはいつの間にか右手で拳を作っていた。
「お前ッ……いや、今はお前に構ってる暇なんてないんだった。アイツを探さないと‼ あーあ、すげえ守護者様が手伝ってくれたら良かったんだけどなー!」
「俺はお前たちが本当にどうしようもなくなった時以外手出しはせん。それまでは、自力でどうにかしろ」
 言い終えると同時に、シウィトルの姿は新緑の木々の中に消えていった。これは、どちらかと言えば転移したのだろう。チチェン並みのため息をついて、フートはぐしゃぐしゃと頭を掻きむしった。
「行っちまったし……クソ、一人でどうにかしますよっと‼」
「おーい、誰かいませんかー!」
 突然、そんな悲鳴が耳に入る。
「ん? なんの騒ぎだ……?」
 音の大きさからして、ここから少し離れたところからのようだ。そちらに向かうべく足を動かした時には、もう、先の精霊の存在などすっかり頭から抜け落ちていたように思える。
 声のした方へ駆け寄ると、そこには既に数名ほどの人集りができていた。どうも路上パフォーマンスとも違う物々しい雰囲気からして、穏やかな空気を感じない。
「どうしたんだ?」
「キャストさんですか⁉︎ この方が倒れていて……!」
 倒れているらしい本人以上に憔悴しきった顔で状況を説明するゲストの隣に跪き、病人の姿を観察する。服装からして、チェック柄のシャツとテラコッタのパンツ、特徴的な麦わら帽子はキュウことレイジングスピリッツに所属するキャストのものと同一だ。
 なぜ、遺跡がある方面からだいぶ離れたこの場所にいるのか、フートがそう訝しんでいると、彼は微かに呻き声を漏らした。そういえば、自分がここに呼び寄せられたのも、彼が倒れているからであったっけ。考えても解決しそうにない疑問を抱く前に、目の前の彼をどうにかしてやらなくては。
 フートはキャストを仰向けに寝かせ直し、顔を覗き込んだ。瞼は固く閉じられているものの、一見目立った外傷は見当たらない。
「おい、大丈夫か? オレの声は聞こえるよな?」
 軽く肩を揺らしながら問いかけると、キャストは重たそうに目を開けた。右手で額を押さえ始めたが、頭痛でもするのだろうか。
「うぐ……ケビンの野郎、裏切りやがってよぉ……」
「ケビン……? 誰だそれ」
「な、何でもねぇよ……それより助けてくれ、痛くてかなわねえや……」
 やけに憎まれ口を叩く男ではあるが、そんな彼でも手がかりを探す鍵になり得るはずだ。応急処置程度の介抱をした後に話を聞いてもいいだろう。フートは彼の半身を起こそうと、再度キャストを覗き込んだ。ふと、彼の胸元に取り付けられた名札と胸ポケットからはみ出ている茶色の破片が視線の端に入り込んだ。何気なくそちらに目をやると、名札には『スティーブン』と刻まれている。……ん? スティーブン?
 フートは有無を言わさずに胸ポケットに手を突っ込んで破片を取り出した。咄嗟の出来事であったためか、キャストはその動きを止めることは叶わず、ただ茫然と彼を見つめるだけだった。取り出した茶色の破片は、ずっしりと重い。材質まではわからないが、キュウのようなキャストが普段持ち歩くことはまずあり得ない。だとしたら——
「お前、さては遺跡泥棒だな⁉︎ こんなところで進展があるとは思わなかったぜ‼」
「はぁ⁉︎ な、なんのことだよ遺跡泥棒って⁉︎」
「オレの直感がそう言ってる‼︎ お前はきな臭いってさ‼︎ ほらちょっと大人しくしとけよな‼︎」
「理不尽だなおい⁉︎ って、いだだだだっ⁉︎ やめて死ぬ‼ 締まってる‼ 締まってるって‼」
 どこかで聞き覚えのある名前だとは感じていたが、チチェンが言っていた連落がつかないキャストの名前と一致する。目を覚ました直後の一言がお礼ではなく、誰かへの恨み言を吐であったのもそうだが、何よりも決定的な証拠が手の中にある。ならば逃がすわけにはいかないだろう。
 フートは体重をかけながら馬乗りになると、服の中に隠していた【イマジナルタブレット】——ゲストらが持つスマートフォンにも似たタブレット端末のこと。アトラクションのみが所有しているアイテムである——を取り出した。アルフレードとマリンに無線を繋げ、二人を呼び出す。緊急の連絡であったからか、二人ともすぐに通話へと応じてくれたようで、切羽詰まった声が返ってきた。
「アルフレード! マリン! 聞こえるよな⁉︎ 今すぐ俺が言う場所に来てくれ‼ 犯人の一人を見つけたぜ‼」
 フートが急いで現在地の座標を送る。しばらくして無線は途切れ、それとほぼ同時に二人が全力で駆けつける姿が目に映った。フートが手を振って合図すると、アルフレードが徐々にスピードを落として、止まりながら跪いた。
「まさかこんな形で見つかるなんてね」
「まったくだ」
 追いついたらしいマリンもアルフレードの言葉に頷きつつ、スティーブンを見下ろした。首はほとんど動かさず、視線だけで彼を見下ろす。そんな仕草に、スティーブンはひっと情けない悲鳴をあげて体をこわばらせた。
「さて、単刀直入に聞こうか、お前の仲間はどこに向かったんだ。話さないというのなら、こちらも手段は択ばないが」
「わ、わかった‼ 言う、言うから殴らないでくれ‼」
 スティーブンが庇うように顔の前で手を広げたのを見て、マリンは睨むのを止める。しかし表情は緩めず、視線も鋭く尖らせたままだ。さっさと言えという催促にはちょうどいいだろう。
「ケビン――俺の仲間なら、ここから南の方に向かった。それ以上はなにもわかんねぇよ‼」
「それだけ聞ければ十分だ。ストームライダー、レールウェイ、先を急ごうか」
 フートは頷いて立ち上がる。そのまま方向転換しようと体を動かすと、アルフレードが二人の名を呼んだ。
「……二人とも、ここは俺に任せて先に行っててくれるかな」
「アルフレード? どうしたんだ」
「多分、目を離した隙にこいつ逃げると思うんだ。だから、俺がこいつをキュウ達のところに届ける間に、二人はもう一人を捕まえに行った方が良いと思って」
 二人を見上げる彼のスカイブルーの瞳は、いつになく鋭い光を宿していた。優しいアルフレードのことだ。きっと、この件自体彼なりに思うところがあるのだろう。
それを汲み取ることができたから、フートは難なく彼の提案を飲み込むことができた。それはマリンも同じであったようで、視線を送ると軽く頷いてくれた。
「なるほど。わかった、あとのことはオレたちに任せてくれよな、アルフレード!」
「吉報を持ち帰れるように善処するよ」
「うん、いってらっしゃい!」
 アルフレードの激励を背に、二人は南の方角へと走り出した。確か、マーメードラグーンにつながるゲートがある方面であったはずだ。
 ゲスト達曰く、もうそろそろマーメードラグーンが見えてくる位置まで走り続けると、明らかにトラッシュ缶とは違う荷台を引きながら歩く男性が二人の視界に入り込んだ。チチェンと同じ制服に身を包んだ男。あれがケビンとやらなのだろう。
「待て‼」
 フートが力一杯に呼び止めると、男は素直にこちらを振り向いた。その顔には見覚えがある。午前中に立ち寄った、あのギフトワゴンの店主であった。
「おや、先ほどのゲストさんじゃありませんか! こんなところで再会するとは、今日は——」
「お前の無駄口なんてどうでも良い。さっさとその荷物を下ろしてもらおうか」
 慇懃無礼な言葉を切り捨てて、マリンはその人の良さそうな笑みを浮かべた店主——もとい、ケビンを睨めつけた。ケビンは顔に笑みを貼り付けたまま、二人を見つめている。あからさまに空気が重くなる、ぴりっと肌を刺激するような緊張感がその場の空気を冷やしていく。
「……何を言い出すかと思えば。親愛なるゲストさん、これは、私の商売に必要な物資なのですよ。なあにを勘違いされているのか存じ上げませんがね、強盗まがいの事はおやめいただきたい」
「よく言うぜ、どれも譲ってもらったんじゃなくて誰もいない間にこっそり盗んだくせに。そんな汚い手段を取ってまで金が欲しかったのかよ」
 少し低い声でフートが責める。ケビンは何も返さないまま、ただ見つめてくるだけだ。彼の青い目の奥に、どうも黒い塊が見えるようで居心地が悪い。
「なあ、ケビン。今ならまだ軽い罰で済むかもしれないだろ。大人しく自白して、正直に全部話してみようぜ? もしかしたら何か別の解決策が——」
「ある訳ないからこうしてんだろ」
 説得を遮り、ケビンはぴしゃりと言い放った。突如としてその顔から笑みが消えて、まるで仮面のような、人形のような、そんな無表情を浮かべた。なぜだか、背中に悪寒が走る。
「それは……どういう意味だ」
「さっきも言ったよな? 何勘違いしてんだってさ。お前らみたいなただの観光に来た無知なよそ者と違って、俺は残された道なんざ無いの。わかる? ああ、理解してくれなんて言わないぜ? はなから理解されたくてやってる行動じゃないしな」
 ケビンは懐から何かを取り出し、わざとらしくこちらへと向けた。それが刃物だと気がついた瞬間、フートとマリンは血の気が引くような感覚を覚え、飛び出しそうになる足を必死で抑えた。ここで大騒ぎになってしまってはいけない気がして、足を地面に押さえつけるように踏みしめた。
「おい、こんなところで暴れるつもりか⁉︎」
「だってお前ら、どうせ人間じゃないんだろ? ヒトの皮を被った化け物なんだったら、俺が何してもどうにかできんだろ? なあ、なあなあなあなあ‼」
 夏だというのに、ここ一帯の空気は冷え込んでいるような気がしてならない。彼が豹変したのもそうだが、自分たちの正体に気がついている事、それ自体が一番の問題だ。
 原則として、アトラクションはパークに侵攻する『ヴィラン』という魔物を退治するためだけに隠された力の解放を許されている。ヴィラン以外に攻撃を仕掛けることは禁忌であり、いわゆるアトラクション達の超えてはならないラインというものだ。
 しかし、人間達にはアトラクションと普通の人間の区別がつかない。仮想の源イマジネーションに溢れた場所とはいえ、現実世界に住む生き物がパークの存在を実在しているものとして認識することができないはずなのだ。これが二人を凍り付かせた理由だ。ケビンはこちらが手を出せない理由を後ろ盾にして、他のゲストをも巻き込もうとしている。しかも自分たちは止めることは叶わず、ただ傷つけられていく人々を見ることしかできない。人間の抗争に、アトラクションが介入してはならない。この原則ルールがこんなにも忌まわしいと感じたことはなかった。誰が明かしたのかもわからない現状に、フートは奥歯を噛み締めて、無意識に拳を作っていた。
「ほらほら、どうしたんだよ。来いよ化け物畜生がよ‼」
——やるしか……ないのか‼
 だからと言って、この遺跡泥棒の件を無関係なゲストに押し付けるわけにはいかない。どんな罰を受けようとも、死人が出るよりはマシだろう。受けるなら自分一人で、マリンは関係ない。
 そう心に決めて、フートはケビンに飛び掛かろうと脚に力を込めた。
「……あ? なんだこの音」
 が、それもケビンのこの言葉で不発に終わった。ケビンは怪訝そうに周りを見渡しているが、二人に 何も聞こえない。聞こえたとしてもゲストの雑踏だけだ。
「音……?」
「え、オレ何にも聞こえないんだけど……」
「嘘ついてんじゃねぇよ。この古くせえ鐘の音も、テメエらが仕組んだんだろ‼︎」
 半信半疑で耳をすませてみるが、そのような音は聞こえない。聞こえるのは鳥のさえずり、絶えず流れ続けるエル・リオ・ペルティードのさざめき。自然の音だけに包まれたロストリバーデルタで、そんな人工物の音は聞こえるはずがなかった。
「いや、僕には何も聞こえないが」
「オレも。鐘の音なんて、どこで鳴ってんだよ」
「白々しいんだよ‼ ほら聞こえるじゃねぇか‼ それで空間がひっくり返、って――――う、あああああああああああああああ⁉︎ なんだ⁉︎ なんで誰もいなくなって——嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ‼‼ 怖い‼ 誰かッ、誰か助け——」
 突然顔面蒼白になりながら腰を抜かしたケビンだったが、マリンが駆け寄るよりも先にパネルをひっくり返すように消えていった。どこかで見覚えのある転移の仕方に、マリンはその場で立ち尽くすことしかできない。
「消え……た? どうなっているんだ。それに、今の消え方は……」
「……ああ、やっぱりお前は見過ごさなかったんだな」
 フートがぽそりと呟いた言葉は、マリンには届かない。いや、それどころか誰にも届かずに風に流されていったのだろう。いずれにせよ、こんな事を願わずとも、彼には届いているだろうから。
「——頼んだぜ、シウィトル」
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