失われた大河の章
「あれ、今日は遺跡自体が閉鎖されてるな……?」
たくさんのゲストが賑わう昼食の時間、普段ならその賑わいに比例するかのようにクリスタルスカルの魔宮も大勢のゲストで埋め尽くされているはずだ。それなのに、今日は一人も魔宮の中に入っていかないどころか、キャストや遺跡の関係者すら見当たらない状況だ。フートが入り口をふさぐように置かれた看板に目をやると、「休止」の文字が堂々と記されていた。
この様子だと、バギーのメンテナンスか何かだろうか。三人は少しだけ顔を見合わせた後、同時にうなった。
「休止しているというのなら、丸一日はここにいないだろう。レイジングの所に行こう。もしかしたら、彼女なら何か知っているかもしれないしね」
フートとアルフレードはしっかり頷き、炎と水の神が曲げた特徴的なレールを持つ遺跡へと歩みを進める。相変わらず、すれ違うゲストの人数は数え切れなくて、フートは一人目からカウントを放棄していた。
「おっ、いたいた! キュウー!」
レイジングスピリッツの異名を持つ遺跡にて、フートは見慣れたポニーテールの少女の名を呼んだ。光の加減によって青にも赤にも見える不思議な白い髪を持つ彼女はレイジングスピリッツのキュウ。この遺跡に祀られし炎の神イクチュラコアトルと水の神アクトゥリクトゥリの力が衝突したことにより生まれた存在——であるが、本人にはつい最近までその自覚は無かったらしく、この遺跡の作業員の一人として働いていた。
キュウはフートの声に気が付いたらしく、おもむろに立ち上がって三人に視線を合わせた。
「あれ、フート、アルフレード、マリン? 三人ともどうしたの?」
「それはこっちの台詞だぜ、お前がチチェンと一緒にいるなんて珍しいじゃないか。あっ、もしかして二人って……」
まるで揶揄うかのように声を弾ませたフートに、マホガニー色の長髪を風になびかせた青年——インディ・ジョーンズ・アドベンチャー:クリスタルスカルの魔宮のチチェンはため息をつきながら立ち上がった。そのサックスブルーの瞳からは白い視線が向けられているのは気のせいではないだろう。
「別に卑しい理由なんてありませんよ。レイジングの方で盗難事件があったとのことで、捜査の手伝いに来たまでです。本日は魔宮ツアーが休止してまして、暇でしたからね」
「珍しいじゃないか。魔宮探検ツアーが休止なんて、何かあったの?」
「実のところ、あの遺跡でも盗難があったのです。そっちは専門の方々 が我々キャストを含めた部外者を立ち入り禁止にして捜査しているのです、暇つぶしに同類 の捜査を手伝いに来たまでです」
「も〜めちゃくちゃ助かるよ! うちのチーム、ただでさえ神様達がお怒りになってから人手不足だからさー」
両手をパチンと合わせてへにゃりと笑うキュウを横目に、チチェンはまた一つため息をついた。今度は短めの、少し軽いものであった。
「あれ、でも三人は何しに来たんだっけ? 様子からして私とチチェンを探しに来たみたいだけど」
「実はな――」
「僕らも君たちの手伝いに来たんだ。遺跡泥棒の話は、今やロストリバーデルタ中で噂になっているからな」
「え⁉ マイル、俺たちはあのワゴンについて――」
「レールウェイ、君は車両トラブルが起きた時にその車両の車掌が何かしたんだろうと決めつけるタイプのアトラクションなのかい?」
「何その嫌味⁉ そんなことする訳ないだろ‼︎ ちゃんと車両に何があったのかを調べて、原因を究明するに決まってるじゃないか!」
「だよね、良かった」
「な、何が……?」
「君たちはさっきのワゴンの店主を疑ってるんだよね」
マリンからの唐突な質問に、フートとアルフレードは思わず顔を見合わせた。
「まあ……めちゃくちゃ怪しいし、そんな時に周辺の遺跡に泥棒入ったなんて聞くし……」
「オレもアルフレードと同じだ。怪しい奴を疑って何が悪いんだ?」
「いや、それについては僕も同感なんだ。ただ、何の証拠も無いのにあの店主を疑っては、逆に僕たちが嵌められる気がしたんだよ。彼、意外と口が回るタイプだっただろ?」
アルフレードは試しに先ほどの会話を頭の中で再生してみることにした。確かに、商品の仕入れ経緯も鵜呑みにしてしまいそうなくらいありふれたものであったし、ひとまず筋が通っていた。うん、例え彼が疑わしくても、証拠が無くては決定打に賭けるのは明白であろう。
「てことは、俺達が今すべきことは、あいつが犯人かもしれないっていう決定的な証拠を探すこと?」
「そう。そうすれば、僕らが得意とする“人助け”も同時にできるだろ」
「なるほどな! さすがマリンだぜ!」
「三人とも、こそこそどうしたの?」
いつの間にか二人と距離を置いて話していたらしい、フートは若干心臓が飛び跳ねるのを感じながら、首を横に振った。
「あっ、いやなんでもないんだ! それよりキュウ、チチェン、オレ達も捜査に加わるよ! 人手は多くて越したことないだろ?」
「うん! 君たちの実力は確かだし、捜査の効率も良くなるかも! お願いしたいな!」
チチェンは何も言わなかったが、腕を組んで一度だけ頷いたのを見る限り、賛成してくれたのだろう。
フートはアルフレードとマリンを見つめ、二人からも賛成の頷きを確認した。
「よーし、みんな、頑張っていこうぜー!」
照り付ける日差しに負けないフートの声が、静けさを纏う遺跡の石壁に染み込んでいった。
アルフレード、チチェンは遺跡の発掘現場での調査に向かい、マリン、キュウの二人はロストリバーデルタを一周しつつ目撃者がいないか聞き込みをするのだそうだ。一人この場に残されたフートも、証拠になるものが無いか一歩を踏み出した。
夏の日差しが照り付ける中でも、この遺跡は涼しげな静寂に包まれている。時々アルフレード達の話声が聞こえるものの、それも離れているためかこの遺跡の騒音になるには力が及ばないようだ。なんだか証拠を探すためとはいえ、黙って下を向いているのも気味が悪くなってくる。フートは顔を上げて大きく伸びをした。その拍子に近くにあった箱が目に入る。焦げ茶色をあと一段階焦がしたような深い茶色の、さほど大きくない箱。それだけならまだ特筆すべき点は無い、問題はその箱に書かれている文字が全て一致していないという所だろう。白いペンキで書かれたらしい研究チームのサインや、発送先の住所、内容物について記載された紙の向きが全てバラけている。キュウ曰く、この遺跡の発掘に来たチームは専門家ではなくほとんど素人に近い人の集まりらしいが、そんなチームだとして、文字の向きくらいはそろえるだろう。
なんだか気になって箱を隅々まで眺めていると、地面に明らかに自分のものではない足跡がくっきりと刻まれていた。箱の乱れといい、足跡といい、間違いなく犯人のもので間違いないはずだ。大きさからして大人の男性、人数は一人分。よし、これならみんなに相談しても問題ないだろう。
そろそろみんなが帰ってくる頃合いだろう。フートは遺跡の入り口にむけて足を動かした。
数分後、遺跡の奥からチチェンとアルフレードが会話もなくやってきて、キュウとマリンが小走りでこちらに駆け寄って来た。双方表情が曇っており、なんだかいい雰囲気とは言い難い。
「どうだった? 何か、気になる事とかあったかな」
「なあ、この遺跡って神が暴れてから人の出入りってあったか?」
「ううん、ゲスト以外出入りは無いはず。特に発掘の現場は厳しく規制してるからね。何か気になる事でもあったの?」
フートは手を顎に当てて唸った。
「……あのさ、さすがにここの発掘チームって、荷物を雑に置くような奴らじゃないよな?」
「まあ……さすがに向きは揃えるかな。じゃないと中身がそこら辺に散らばっちゃうし」
「だよなぁ……じゃああの足跡を残した奴が犯人ってことで間違いないな」
「足跡?」
「ああ。この遺跡の出口繋がるように足跡があったんだ」
「ストームライダー、少し良いかい」
「んあ? どうしたんだマリン」
「その足跡は何人くらいのものだったんだ?」
「一人分だぜ」
「単独犯ということか……? ストームライダー、何か地面に車輪痕とか無かった?」
フートはもう一度現場の記憶を反芻してみたが、マリンの言うような痕跡は少なくとも自分が見た範囲だと覚えが無い。その意を込めて首を横に振ると、マリンは腕を組んで視線を下にずらした。
「やはりおかしい。レイジングが言っていた数と一致しない」
「え、そうなのか?」
「ああ。レイジング曰く、朝発掘チームの者が確認した限り、数百個ほどの遺物が盗まれていたそうだ。それほどの個数が盗まれたのだとしたら、箱に詰めこむにしても重さ的に運ぶための台車が必要になるはずだ」
「それに関しては、インディからさっき聞いたよ。彼の魔宮から盗まれたのは原型を留めていないものや、比較的小さいものらしいんだ。しかも、それなりの重さになる量じゃあなかったみたい。レイジング、君のところもそうらしいね?」
「うん。だから、最初はそんなに大事にならないだろうなーって思ってたんだ」
アルフレードからの説明を受けても、マリンはまだ腑に落ちないのか「ごめん、少し考えさせてくれないかな」とだけ残して皆に背を向けてぶつぶつとつぶやきながら思考し始めた。こうなってしまっては誰も止められないのは明白なので、フートは別の話題を切り出すべく口を開いた。
「そういえば、目撃情報とか無いのか? こういう事件って、大体怪しい人物を見た! とか、あるあるだろ?」
「そう思って、キャストに聞き込みをしたのですよ。そうしたら、口を揃えてわからないと言っていましてね。日中はゲストの目も多いでしょうし、わからないということは、〈パーク〉と〈外の世界〉との接続が途切れる時間帯での犯行だったのでしょう」
「てことは、夜中か……うーん、マジでわかんなくなってきたぜ?」
「気になることと言えば、キャストからこんな情報もありましたね。ここ二日ほど、とあるキャストと連絡が取れないそうですよ。一人はレイジングの同僚であるスティーブン、もう一人は私の同僚なのですが名前まではわかりませんでした。どう関係しているかは、今のところわかりませんがね」
言い終わると同時に、チチェンは深いため息をついた。思えば、今日の彼はいつも以上にため息をついているような気がする。マリンと同じく聡明なはずの彼がすぐに答えらしきものを出さないのだから、相当厄介な相手なのだろうか。
「やっべ……頭こんがらがって来たなこれ……」
「うん、とりあえずその連絡が取れないっていうキャストのことも覚えておいた方が良さそうだね。ところで、マイルは大丈夫かな」
アルフレードが視線を向けると同時に、マリンは顔を上げて首を横に振った。眉間に皺が刻まれていて、眼鏡越しに覗くゴールデンバタフライフィッシュにも似た金色の瞳を細めている。
「すまない、一人で考え込んでしまって。ある程度見当がついたし、今日の捜査はこれくらいにしておこう。いくら緊急事態とはいえ、根詰めても成果が出ないようでは意味が無いからね」
皆が頷いたのを皮切りに、五人は遺跡に背を向けて歩き始めた。
そんな小さきアトラクションの事を、“彼”は一人、静かに見下ろしていた。木々にも似た新緑の瞳で。
たくさんのゲストが賑わう昼食の時間、普段ならその賑わいに比例するかのようにクリスタルスカルの魔宮も大勢のゲストで埋め尽くされているはずだ。それなのに、今日は一人も魔宮の中に入っていかないどころか、キャストや遺跡の関係者すら見当たらない状況だ。フートが入り口をふさぐように置かれた看板に目をやると、「休止」の文字が堂々と記されていた。
この様子だと、バギーのメンテナンスか何かだろうか。三人は少しだけ顔を見合わせた後、同時にうなった。
「休止しているというのなら、丸一日はここにいないだろう。レイジングの所に行こう。もしかしたら、彼女なら何か知っているかもしれないしね」
フートとアルフレードはしっかり頷き、炎と水の神が曲げた特徴的なレールを持つ遺跡へと歩みを進める。相変わらず、すれ違うゲストの人数は数え切れなくて、フートは一人目からカウントを放棄していた。
「おっ、いたいた! キュウー!」
レイジングスピリッツの異名を持つ遺跡にて、フートは見慣れたポニーテールの少女の名を呼んだ。光の加減によって青にも赤にも見える不思議な白い髪を持つ彼女はレイジングスピリッツのキュウ。この遺跡に祀られし炎の神イクチュラコアトルと水の神アクトゥリクトゥリの力が衝突したことにより生まれた存在——であるが、本人にはつい最近までその自覚は無かったらしく、この遺跡の作業員の一人として働いていた。
キュウはフートの声に気が付いたらしく、おもむろに立ち上がって三人に視線を合わせた。
「あれ、フート、アルフレード、マリン? 三人ともどうしたの?」
「それはこっちの台詞だぜ、お前がチチェンと一緒にいるなんて珍しいじゃないか。あっ、もしかして二人って……」
まるで揶揄うかのように声を弾ませたフートに、マホガニー色の長髪を風になびかせた青年——インディ・ジョーンズ・アドベンチャー:クリスタルスカルの魔宮のチチェンはため息をつきながら立ち上がった。そのサックスブルーの瞳からは白い視線が向けられているのは気のせいではないだろう。
「別に卑しい理由なんてありませんよ。レイジングの方で盗難事件があったとのことで、捜査の手伝いに来たまでです。本日は魔宮ツアーが休止してまして、暇でしたからね」
「珍しいじゃないか。魔宮探検ツアーが休止なんて、何かあったの?」
「実のところ、あの遺跡でも盗難があったのです。そっちは
「も〜めちゃくちゃ助かるよ! うちのチーム、ただでさえ神様達がお怒りになってから人手不足だからさー」
両手をパチンと合わせてへにゃりと笑うキュウを横目に、チチェンはまた一つため息をついた。今度は短めの、少し軽いものであった。
「あれ、でも三人は何しに来たんだっけ? 様子からして私とチチェンを探しに来たみたいだけど」
「実はな――」
「僕らも君たちの手伝いに来たんだ。遺跡泥棒の話は、今やロストリバーデルタ中で噂になっているからな」
「え⁉ マイル、俺たちはあのワゴンについて――」
「レールウェイ、君は車両トラブルが起きた時にその車両の車掌が何かしたんだろうと決めつけるタイプのアトラクションなのかい?」
「何その嫌味⁉ そんなことする訳ないだろ‼︎ ちゃんと車両に何があったのかを調べて、原因を究明するに決まってるじゃないか!」
「だよね、良かった」
「な、何が……?」
「君たちはさっきのワゴンの店主を疑ってるんだよね」
マリンからの唐突な質問に、フートとアルフレードは思わず顔を見合わせた。
「まあ……めちゃくちゃ怪しいし、そんな時に周辺の遺跡に泥棒入ったなんて聞くし……」
「オレもアルフレードと同じだ。怪しい奴を疑って何が悪いんだ?」
「いや、それについては僕も同感なんだ。ただ、何の証拠も無いのにあの店主を疑っては、逆に僕たちが嵌められる気がしたんだよ。彼、意外と口が回るタイプだっただろ?」
アルフレードは試しに先ほどの会話を頭の中で再生してみることにした。確かに、商品の仕入れ経緯も鵜呑みにしてしまいそうなくらいありふれたものであったし、ひとまず筋が通っていた。うん、例え彼が疑わしくても、証拠が無くては決定打に賭けるのは明白であろう。
「てことは、俺達が今すべきことは、あいつが犯人かもしれないっていう決定的な証拠を探すこと?」
「そう。そうすれば、僕らが得意とする“人助け”も同時にできるだろ」
「なるほどな! さすがマリンだぜ!」
「三人とも、こそこそどうしたの?」
いつの間にか二人と距離を置いて話していたらしい、フートは若干心臓が飛び跳ねるのを感じながら、首を横に振った。
「あっ、いやなんでもないんだ! それよりキュウ、チチェン、オレ達も捜査に加わるよ! 人手は多くて越したことないだろ?」
「うん! 君たちの実力は確かだし、捜査の効率も良くなるかも! お願いしたいな!」
チチェンは何も言わなかったが、腕を組んで一度だけ頷いたのを見る限り、賛成してくれたのだろう。
フートはアルフレードとマリンを見つめ、二人からも賛成の頷きを確認した。
「よーし、みんな、頑張っていこうぜー!」
照り付ける日差しに負けないフートの声が、静けさを纏う遺跡の石壁に染み込んでいった。
アルフレード、チチェンは遺跡の発掘現場での調査に向かい、マリン、キュウの二人はロストリバーデルタを一周しつつ目撃者がいないか聞き込みをするのだそうだ。一人この場に残されたフートも、証拠になるものが無いか一歩を踏み出した。
夏の日差しが照り付ける中でも、この遺跡は涼しげな静寂に包まれている。時々アルフレード達の話声が聞こえるものの、それも離れているためかこの遺跡の騒音になるには力が及ばないようだ。なんだか証拠を探すためとはいえ、黙って下を向いているのも気味が悪くなってくる。フートは顔を上げて大きく伸びをした。その拍子に近くにあった箱が目に入る。焦げ茶色をあと一段階焦がしたような深い茶色の、さほど大きくない箱。それだけならまだ特筆すべき点は無い、問題はその箱に書かれている文字が全て一致していないという所だろう。白いペンキで書かれたらしい研究チームのサインや、発送先の住所、内容物について記載された紙の向きが全てバラけている。キュウ曰く、この遺跡の発掘に来たチームは専門家ではなくほとんど素人に近い人の集まりらしいが、そんなチームだとして、文字の向きくらいはそろえるだろう。
なんだか気になって箱を隅々まで眺めていると、地面に明らかに自分のものではない足跡がくっきりと刻まれていた。箱の乱れといい、足跡といい、間違いなく犯人のもので間違いないはずだ。大きさからして大人の男性、人数は一人分。よし、これならみんなに相談しても問題ないだろう。
そろそろみんなが帰ってくる頃合いだろう。フートは遺跡の入り口にむけて足を動かした。
数分後、遺跡の奥からチチェンとアルフレードが会話もなくやってきて、キュウとマリンが小走りでこちらに駆け寄って来た。双方表情が曇っており、なんだかいい雰囲気とは言い難い。
「どうだった? 何か、気になる事とかあったかな」
「なあ、この遺跡って神が暴れてから人の出入りってあったか?」
「ううん、ゲスト以外出入りは無いはず。特に発掘の現場は厳しく規制してるからね。何か気になる事でもあったの?」
フートは手を顎に当てて唸った。
「……あのさ、さすがにここの発掘チームって、荷物を雑に置くような奴らじゃないよな?」
「まあ……さすがに向きは揃えるかな。じゃないと中身がそこら辺に散らばっちゃうし」
「だよなぁ……じゃああの足跡を残した奴が犯人ってことで間違いないな」
「足跡?」
「ああ。この遺跡の出口繋がるように足跡があったんだ」
「ストームライダー、少し良いかい」
「んあ? どうしたんだマリン」
「その足跡は何人くらいのものだったんだ?」
「一人分だぜ」
「単独犯ということか……? ストームライダー、何か地面に車輪痕とか無かった?」
フートはもう一度現場の記憶を反芻してみたが、マリンの言うような痕跡は少なくとも自分が見た範囲だと覚えが無い。その意を込めて首を横に振ると、マリンは腕を組んで視線を下にずらした。
「やはりおかしい。レイジングが言っていた数と一致しない」
「え、そうなのか?」
「ああ。レイジング曰く、朝発掘チームの者が確認した限り、数百個ほどの遺物が盗まれていたそうだ。それほどの個数が盗まれたのだとしたら、箱に詰めこむにしても重さ的に運ぶための台車が必要になるはずだ」
「それに関しては、インディからさっき聞いたよ。彼の魔宮から盗まれたのは原型を留めていないものや、比較的小さいものらしいんだ。しかも、それなりの重さになる量じゃあなかったみたい。レイジング、君のところもそうらしいね?」
「うん。だから、最初はそんなに大事にならないだろうなーって思ってたんだ」
アルフレードからの説明を受けても、マリンはまだ腑に落ちないのか「ごめん、少し考えさせてくれないかな」とだけ残して皆に背を向けてぶつぶつとつぶやきながら思考し始めた。こうなってしまっては誰も止められないのは明白なので、フートは別の話題を切り出すべく口を開いた。
「そういえば、目撃情報とか無いのか? こういう事件って、大体怪しい人物を見た! とか、あるあるだろ?」
「そう思って、キャストに聞き込みをしたのですよ。そうしたら、口を揃えてわからないと言っていましてね。日中はゲストの目も多いでしょうし、わからないということは、〈パーク〉と〈外の世界〉との接続が途切れる時間帯での犯行だったのでしょう」
「てことは、夜中か……うーん、マジでわかんなくなってきたぜ?」
「気になることと言えば、キャストからこんな情報もありましたね。ここ二日ほど、とあるキャストと連絡が取れないそうですよ。一人はレイジングの同僚であるスティーブン、もう一人は私の同僚なのですが名前まではわかりませんでした。どう関係しているかは、今のところわかりませんがね」
言い終わると同時に、チチェンは深いため息をついた。思えば、今日の彼はいつも以上にため息をついているような気がする。マリンと同じく聡明なはずの彼がすぐに答えらしきものを出さないのだから、相当厄介な相手なのだろうか。
「やっべ……頭こんがらがって来たなこれ……」
「うん、とりあえずその連絡が取れないっていうキャストのことも覚えておいた方が良さそうだね。ところで、マイルは大丈夫かな」
アルフレードが視線を向けると同時に、マリンは顔を上げて首を横に振った。眉間に皺が刻まれていて、眼鏡越しに覗くゴールデンバタフライフィッシュにも似た金色の瞳を細めている。
「すまない、一人で考え込んでしまって。ある程度見当がついたし、今日の捜査はこれくらいにしておこう。いくら緊急事態とはいえ、根詰めても成果が出ないようでは意味が無いからね」
皆が頷いたのを皮切りに、五人は遺跡に背を向けて歩き始めた。
そんな小さきアトラクションの事を、“彼”は一人、静かに見下ろしていた。木々にも似た新緑の瞳で。