失われた大河の章
太陽がもうすぐ南に登る頃。ゲストらがユカタンベースキャンプに集まりだす頃だ。ここ最近のゲストたちは〈外の世界〉の暑さについて以前よりも酷くなったと話しているそうだが、ここロストリバーデルタは低緯度に近い地域の一角であるにもかかわらず、ゲストたちが話すような蒸し暑さは感じられないように思える。もっとも、アトラクション達が住む時代や国とは異なる時空間の話であるため、比較のしようがないのだが。しかし、ストームライダーのフートだけは、彼らのこぼす愚痴にずっと相槌を打っていた。おそらく、彼らの世界の気候ではストームの発生率も格段に上がるはずだ。そのために、自分が生まれたのだから。
さて、そんな話はさておき、フート、エレクトリックレールウェイのアルフレード、海底二万マイルのマリンはようやくロストリバーデルタの観光にありつけることができた。今はこの地 の守護者も敵対していないし、ここのアトラクションらとも気軽に交流できる。最後のポートに行く前に、この場所を知っておくに限る。まあ、それで二回ほど厄介事に巻き込まれたのは確かではあるが。
「ん? ねえ、あれってグッズワゴンかな。新しくグッズ出るなんて予定あったっけ?」
アルフレードの一言で、残る二人も足を止めた。彼が指さす方に視線を向けると、確かに、見慣れないワゴンが一台ある。全体的に焦げ茶色の木材で統一された外観はポップコーンワゴンよりもみすぼらしく、妙な雰囲気を纏っている。そのせいか、ワゴンにはゲストが一人も寄り付いていない様子であった。おどろおどろしいと言ってもホテルハイタワーの方がまだ、上品であるような気がする。
「ホントだ。『フューリーギフトワゴン』? 変な名前だけど、面白いもの売ってのかな? オレちょっと見てくるぜ‼」
「え、ちょっとストームライダー⁉ 勝手にいかないでよ‼ ……って、聞いてないし……マイル、どうする?」
マリンは暫時考えるそぶりを見せたあと、アルフレードの方を見ることなく答えた。視線の先にあるのはもちろん、件のワゴンである。
「ふむ、今回ばかりは彼に賛同しようかな。遠目で見ている限り、普通のギフトワゴンじゃなさそうだし。試しに僕たちも行ってみるとしよう」
「えぇ……絶対怪しいじゃないか……」
「なら君は待っていると良い、その代わり、僕らに何かあったら頼んだよ」
「なんでそんなことも言うのさ‼ 俺も行くって‼」
漂う雰囲気に圧倒されるアルフレードを他所に、マリンもいつもよりも軽い足取りでそのワゴンへと向かっていった。むろん、アルフレードもほとんど強制的にそちらへと向かうこととなったのだが。
アルフレードが二人に追いつく頃にはもう、フートは珍しくかぶりつくように商品を眺めており、マリンも趣味に浸るような面持ちでそれらを見つめていた。分野は異なるがそれなりの知識があるマリンはまだ楽しいかもしれないが、フートに関してはこれで良かったのだろうか。まあ、好奇心旺盛な彼の事だ、目新しいものはどんなものでも、雨上がりの雲間から覗く太陽の様にきらめいているのだろう。
「あ、二人も来てくれたんだな!」
「もう、ストームライダー、勝手に突っ走るのはやめろって何度も言ってるじゃないか!」
アルフレードのお小言にフートはえへへ、と言わんばかりの苦笑いと共に頭を軽くかいた。
「悪かったって! なあ、それより見てくれよ、なんだか面白そうな物売ってるぜ!」
「全く反省してないじゃないか……ちょっと見たらすぐ帰るよ」
それからというものの、三人は店主の温かな笑顔に見守られながら品物を吟味していた。
アルフレードが見ているのは土色ながらも微かに鮮やかな塗料の色合いを残した破片だ。このロストリバーデルタに来てからというものの、遺跡発掘現場で似たようなものはこれまでに幾度となく見かけたが、いかんせん壺だったものなのかはたまた別の装飾品なのかは判別がつかないままである。
フートは目についた品を一つ手に取って上から覗き込んだり、下から見上げたりを繰り返している。ツルツルとした手触りと、ある程度の太さを持つそれは武器の一部にも骨の一部にも思えて、妙な気分だ。
マリンは比較的原型がとどまっているものをじっと凝視していた。宝石が嵌っていたであろう箇所からは、持ち主や神に捧げるべき輝きは既に失われていた。そもそも宝石は風化するのだろうか、海を専門としているが大抵は水によって保護されているからか宝石部分は残ることが多い。これはまた新しい発見をしたものだ。
「なんか、オレが思ってたのと違うワゴンだったかも……」
一通り商品を見回した後、フートが発した一言がこれである。何を期待していたのかはわからないが、少なくともこのワゴンではがっくりと落とされた彼の肩を再び持ち上げることはできないのだろう。
「うん。明らかにゲスト向けの売り物ではないようだったな。店主、これは一体?」
「ああ、これですか。インディジョーンズ博士らの遺跡発掘チームはご存じですか? これらの品々は歴史的研究的価値が無いものとして処分されるはずのものだったのですが、なんと譲り受けることができたんですよ」
三人は顔を見合わせる。
「え? そんな貴重なものを売りに出していいの?」
「そうだぜ、いくら研究に使えないものとはいえ、せっかくなら取っておいた方が良かったんじゃないか?」
「はは、それができるくらいならそうしたかったのですが……」
店主は一瞬迷ったように眉を顰めると、一呼吸置いてから話し始めた。
「私の家はとても貧しくて、日ごろの仕事で食いつないで行くので手一杯なんですよ。はあ……こんな状況じゃなければ、手元に残しておきたかったのですがねぇ……ですが、こんな私よりもこの品々を思い出の一部として大切にしてくださる方がいると思うと、その気持ちすらおこがましく思えるのですが。おっと、もうこんな時間ですね、一度店を離れて休憩しなくては。では親愛なる観光客の皆さん、午後の時間にまたお会いしましょう!」
人当たりの良い爽やかな笑みと挨拶を残し店主は休憩の札を引っかけながら足早に立ち去った。その姿を三人は呆然と見つめているだけである。なんだかその後ろ姿に見えない影が張り付いているように感じるのは気のせいだろう。
「さて、今の会話に含まれる違和感はどこだろうな。ストームライダー、君の意見を聞かせてほしい」
「え、オレ⁉ どこにも違和感なんてなかったんだけど!」
「何、君もあのギフトワゴンに疑問を抱いたから調査に赴いたんじゃないのかい?」
「だからさっきも言ったじゃん面白そうだから見に行ったって‼︎ ……言ったっけか? 言ってなかった気もする……いや、とにかく、そんな頭良いことお前しかできないんだって!」
「…………」
「わかった‼︎ わかった考えれば良いんだろ‼︎」
マリンから向けられる白い視線から目を背けるように、フートは必死に頭の中の映像を巻き戻した。ありきたりな会話のように見えて、きっと何か妙なものが隠されているに違いない、というか隠されてくれないと困る。
「ええっと……ロストリバーデルタに長くいるけど、遺物売ってるやつなんて今回が初めてだからわかんないなぁ……てか、遺物の価値って学者ならともかく一般の奴がそんなにわかるもんなのか?」
「なんだ、要点は掴めているんじゃないか」
「え?」
「マイル、どういうこと?」
「考えてもみなよ、ここに来るゲストの中には確かに考古学の知識を持つ人もいるけど、基本的には遺物にどういう価値があるかどうかなんて判断できない人の方が大半だ。そんな相手にさっきみたいな説明をしたら……あとはわかるかな?」
マリンは淡々と語るが、事態は二人が思った以上に深刻なものである。そのことに気が付いた瞬間から、フートとアルフレードは顔から血の気が引くような気分に侵食されていった。
マリンの言う通り、考古学の知識のあるゲストなど、基本的には一握り。ゲストが『パーク』に訪れる理由は夢と魔法に包まれたこの地で、束の間の休憩と癒しを求めるためだ。本格的な考古学を学ぼうという意欲を持ち合わせて訪れるはずがないのだ。こればかりは、見逃して良いはずがない。
「さっきの謳い文句を鵜呑みにして、何のためらいもなく買ってしまう……それ、偽物をつかまされたらゲストの皆が損するだけじゃんか‼」
「マジかよ……なら、この遺物を管理してたやつに判断してもらうしかなさそうじゃないか? インディジョーンズ博士のチームってことは、チチェンの遺跡だよな、一応聞きに行こうか!」
「ああ、それが一番さ」
「うーん……嫌な予感がするなぁ……」
七つのポートを渡り歩いてもなお、トラブルは付き物。アルフレードの半ば諦観が込められたつぶやきは、密林に住まう鳥のさえずりによってどこかに隠されてしまったようだ。
さて、そんな話はさておき、フート、エレクトリックレールウェイのアルフレード、海底二万マイルのマリンはようやくロストリバーデルタの観光にありつけることができた。今は
「ん? ねえ、あれってグッズワゴンかな。新しくグッズ出るなんて予定あったっけ?」
アルフレードの一言で、残る二人も足を止めた。彼が指さす方に視線を向けると、確かに、見慣れないワゴンが一台ある。全体的に焦げ茶色の木材で統一された外観はポップコーンワゴンよりもみすぼらしく、妙な雰囲気を纏っている。そのせいか、ワゴンにはゲストが一人も寄り付いていない様子であった。おどろおどろしいと言ってもホテルハイタワーの方がまだ、上品であるような気がする。
「ホントだ。『フューリーギフトワゴン』? 変な名前だけど、面白いもの売ってのかな? オレちょっと見てくるぜ‼」
「え、ちょっとストームライダー⁉ 勝手にいかないでよ‼ ……って、聞いてないし……マイル、どうする?」
マリンは暫時考えるそぶりを見せたあと、アルフレードの方を見ることなく答えた。視線の先にあるのはもちろん、件のワゴンである。
「ふむ、今回ばかりは彼に賛同しようかな。遠目で見ている限り、普通のギフトワゴンじゃなさそうだし。試しに僕たちも行ってみるとしよう」
「えぇ……絶対怪しいじゃないか……」
「なら君は待っていると良い、その代わり、僕らに何かあったら頼んだよ」
「なんでそんなことも言うのさ‼ 俺も行くって‼」
漂う雰囲気に圧倒されるアルフレードを他所に、マリンもいつもよりも軽い足取りでそのワゴンへと向かっていった。むろん、アルフレードもほとんど強制的にそちらへと向かうこととなったのだが。
アルフレードが二人に追いつく頃にはもう、フートは珍しくかぶりつくように商品を眺めており、マリンも趣味に浸るような面持ちでそれらを見つめていた。分野は異なるがそれなりの知識があるマリンはまだ楽しいかもしれないが、フートに関してはこれで良かったのだろうか。まあ、好奇心旺盛な彼の事だ、目新しいものはどんなものでも、雨上がりの雲間から覗く太陽の様にきらめいているのだろう。
「あ、二人も来てくれたんだな!」
「もう、ストームライダー、勝手に突っ走るのはやめろって何度も言ってるじゃないか!」
アルフレードのお小言にフートはえへへ、と言わんばかりの苦笑いと共に頭を軽くかいた。
「悪かったって! なあ、それより見てくれよ、なんだか面白そうな物売ってるぜ!」
「全く反省してないじゃないか……ちょっと見たらすぐ帰るよ」
それからというものの、三人は店主の温かな笑顔に見守られながら品物を吟味していた。
アルフレードが見ているのは土色ながらも微かに鮮やかな塗料の色合いを残した破片だ。このロストリバーデルタに来てからというものの、遺跡発掘現場で似たようなものはこれまでに幾度となく見かけたが、いかんせん壺だったものなのかはたまた別の装飾品なのかは判別がつかないままである。
フートは目についた品を一つ手に取って上から覗き込んだり、下から見上げたりを繰り返している。ツルツルとした手触りと、ある程度の太さを持つそれは武器の一部にも骨の一部にも思えて、妙な気分だ。
マリンは比較的原型がとどまっているものをじっと凝視していた。宝石が嵌っていたであろう箇所からは、持ち主や神に捧げるべき輝きは既に失われていた。そもそも宝石は風化するのだろうか、海を専門としているが大抵は水によって保護されているからか宝石部分は残ることが多い。これはまた新しい発見をしたものだ。
「なんか、オレが思ってたのと違うワゴンだったかも……」
一通り商品を見回した後、フートが発した一言がこれである。何を期待していたのかはわからないが、少なくともこのワゴンではがっくりと落とされた彼の肩を再び持ち上げることはできないのだろう。
「うん。明らかにゲスト向けの売り物ではないようだったな。店主、これは一体?」
「ああ、これですか。インディジョーンズ博士らの遺跡発掘チームはご存じですか? これらの品々は歴史的研究的価値が無いものとして処分されるはずのものだったのですが、なんと譲り受けることができたんですよ」
三人は顔を見合わせる。
「え? そんな貴重なものを売りに出していいの?」
「そうだぜ、いくら研究に使えないものとはいえ、せっかくなら取っておいた方が良かったんじゃないか?」
「はは、それができるくらいならそうしたかったのですが……」
店主は一瞬迷ったように眉を顰めると、一呼吸置いてから話し始めた。
「私の家はとても貧しくて、日ごろの仕事で食いつないで行くので手一杯なんですよ。はあ……こんな状況じゃなければ、手元に残しておきたかったのですがねぇ……ですが、こんな私よりもこの品々を思い出の一部として大切にしてくださる方がいると思うと、その気持ちすらおこがましく思えるのですが。おっと、もうこんな時間ですね、一度店を離れて休憩しなくては。では親愛なる観光客の皆さん、午後の時間にまたお会いしましょう!」
人当たりの良い爽やかな笑みと挨拶を残し店主は休憩の札を引っかけながら足早に立ち去った。その姿を三人は呆然と見つめているだけである。なんだかその後ろ姿に見えない影が張り付いているように感じるのは気のせいだろう。
「さて、今の会話に含まれる違和感はどこだろうな。ストームライダー、君の意見を聞かせてほしい」
「え、オレ⁉ どこにも違和感なんてなかったんだけど!」
「何、君もあのギフトワゴンに疑問を抱いたから調査に赴いたんじゃないのかい?」
「だからさっきも言ったじゃん面白そうだから見に行ったって‼︎ ……言ったっけか? 言ってなかった気もする……いや、とにかく、そんな頭良いことお前しかできないんだって!」
「…………」
「わかった‼︎ わかった考えれば良いんだろ‼︎」
マリンから向けられる白い視線から目を背けるように、フートは必死に頭の中の映像を巻き戻した。ありきたりな会話のように見えて、きっと何か妙なものが隠されているに違いない、というか隠されてくれないと困る。
「ええっと……ロストリバーデルタに長くいるけど、遺物売ってるやつなんて今回が初めてだからわかんないなぁ……てか、遺物の価値って学者ならともかく一般の奴がそんなにわかるもんなのか?」
「なんだ、要点は掴めているんじゃないか」
「え?」
「マイル、どういうこと?」
「考えてもみなよ、ここに来るゲストの中には確かに考古学の知識を持つ人もいるけど、基本的には遺物にどういう価値があるかどうかなんて判断できない人の方が大半だ。そんな相手にさっきみたいな説明をしたら……あとはわかるかな?」
マリンは淡々と語るが、事態は二人が思った以上に深刻なものである。そのことに気が付いた瞬間から、フートとアルフレードは顔から血の気が引くような気分に侵食されていった。
マリンの言う通り、考古学の知識のあるゲストなど、基本的には一握り。ゲストが『パーク』に訪れる理由は夢と魔法に包まれたこの地で、束の間の休憩と癒しを求めるためだ。本格的な考古学を学ぼうという意欲を持ち合わせて訪れるはずがないのだ。こればかりは、見逃して良いはずがない。
「さっきの謳い文句を鵜呑みにして、何のためらいもなく買ってしまう……それ、偽物をつかまされたらゲストの皆が損するだけじゃんか‼」
「マジかよ……なら、この遺物を管理してたやつに判断してもらうしかなさそうじゃないか? インディジョーンズ博士のチームってことは、チチェンの遺跡だよな、一応聞きに行こうか!」
「ああ、それが一番さ」
「うーん……嫌な予感がするなぁ……」
七つのポートを渡り歩いてもなお、トラブルは付き物。アルフレードの半ば諦観が込められたつぶやきは、密林に住まう鳥のさえずりによってどこかに隠されてしまったようだ。
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