8.白霧が護る魔女の館
森へ踏み込んだハンターたちは、急に視界を失った。
「霧だ!」
「さっきまで晴れてたじゃねぇか!」
にわかに風向きまで変わり始める。
進んでも進んでも、景色が変わらない。まるで森そのものに弄ばれているかのような錯覚が彼らを襲う。
そのとき。
霧の向こうに一人の男が立っていた。
黒いマントに漆黒の長髪。
周囲の白さを吸い込むような黄金の瞳だけが、暗がりのなかで静かに光っている。
ヴァンは一歩も動かない。ただそこに佇むだけで、圧倒的な捕食者の威圧感が場を支配した。
「……帰れ」
低い声だけが森に響いた。
次の瞬間、霧の中に無数の影が揺れる。
人ではない何かが、自分たちを囲んでいるように見えた。
「ば、化け物……!」
底知れない恐怖に駆られたハンターたちは、来た道も分からぬまま森を逃げ惑う。
やがて結界の外へ転がり出る頃には、館の場所どころか森へ入った方角さえ思い出せなくなっていた。
しばらくして、バッドが実験室へ戻る。
「ぎぎ」
(終わったぜ)
その後ろからヴァンもゆっくり入ってくる。
やはり昼間の行動で少し疲れたのか、長身の身体に微かな気怠さを滲ませ、小さく息をついていた。
「……しばらくは来ない」
「そう」
ヒイロは短く頷くと、再び薬壺へ視線を落とした。
「これで静かになるわね」
ライは窓の外を見つめたまま、小さく息を吐く。
限界まで張り詰めていた肩の力がようやく抜けていくのを、自分の内側で感じていた。
「……ありがとう」
ぽつりと漏れた声は、誰に向けたものとも言えなかった。
ヒイロは手際よく薬草を量りながら、顔も上げずに答える。
「勘違いしないで。館の中で騒がれると迷惑なの。追い返したのはそのためよ。庇ったわけじゃないわ」
「……うん」
ライは苦笑する。そっけない拒絶の奥にある、小さな温かさをその身に感じていた。
「それでも、ありがとう」
今度ははっきりとそう言った。
ヒイロは返事をしない。
代わりに、目の前にあった薬瓶を一つ無造作に手に取り、ライへと差し出す。
「なら手を動かしなさい。感謝は仕事で返して」
「……はいはい」
ライは瓶を受け取ると、照れ隠しのように笑った。
その様子を見ていたバッドが、面白がるように帽子を揺らす。
「ぎぎ」
(素直になったじゃねぇか)
「うるさい」
気恥ずかしそうに言い返しながらも、ライの表情は先ほどまでより少しだけ明るかった。
恐怖に怯えるだけの獣だった少年が、魔女の館という奇妙な居場所のなかで、一歩を踏み出した瞬間だった。
「霧だ!」
「さっきまで晴れてたじゃねぇか!」
にわかに風向きまで変わり始める。
進んでも進んでも、景色が変わらない。まるで森そのものに弄ばれているかのような錯覚が彼らを襲う。
そのとき。
霧の向こうに一人の男が立っていた。
黒いマントに漆黒の長髪。
周囲の白さを吸い込むような黄金の瞳だけが、暗がりのなかで静かに光っている。
ヴァンは一歩も動かない。ただそこに佇むだけで、圧倒的な捕食者の威圧感が場を支配した。
「……帰れ」
低い声だけが森に響いた。
次の瞬間、霧の中に無数の影が揺れる。
人ではない何かが、自分たちを囲んでいるように見えた。
「ば、化け物……!」
底知れない恐怖に駆られたハンターたちは、来た道も分からぬまま森を逃げ惑う。
やがて結界の外へ転がり出る頃には、館の場所どころか森へ入った方角さえ思い出せなくなっていた。
しばらくして、バッドが実験室へ戻る。
「ぎぎ」
(終わったぜ)
その後ろからヴァンもゆっくり入ってくる。
やはり昼間の行動で少し疲れたのか、長身の身体に微かな気怠さを滲ませ、小さく息をついていた。
「……しばらくは来ない」
「そう」
ヒイロは短く頷くと、再び薬壺へ視線を落とした。
「これで静かになるわね」
ライは窓の外を見つめたまま、小さく息を吐く。
限界まで張り詰めていた肩の力がようやく抜けていくのを、自分の内側で感じていた。
「……ありがとう」
ぽつりと漏れた声は、誰に向けたものとも言えなかった。
ヒイロは手際よく薬草を量りながら、顔も上げずに答える。
「勘違いしないで。館の中で騒がれると迷惑なの。追い返したのはそのためよ。庇ったわけじゃないわ」
「……うん」
ライは苦笑する。そっけない拒絶の奥にある、小さな温かさをその身に感じていた。
「それでも、ありがとう」
今度ははっきりとそう言った。
ヒイロは返事をしない。
代わりに、目の前にあった薬瓶を一つ無造作に手に取り、ライへと差し出す。
「なら手を動かしなさい。感謝は仕事で返して」
「……はいはい」
ライは瓶を受け取ると、照れ隠しのように笑った。
その様子を見ていたバッドが、面白がるように帽子を揺らす。
「ぎぎ」
(素直になったじゃねぇか)
「うるさい」
気恥ずかしそうに言い返しながらも、ライの表情は先ほどまでより少しだけ明るかった。
恐怖に怯えるだけの獣だった少年が、魔女の館という奇妙な居場所のなかで、一歩を踏み出した瞬間だった。