6.夜明け前の共鳴

ライの返事を聞くと、ヒイロは腕を組んだまま小さく頷いた。

「取引成立ね」

その一言で話は終わったと言わんばかりに、彼女は実験台へ置かれた薬瓶を片付け始める。
そんな様子を窺いながら、ライは恐る恐る尋ねた。

「……実験って、何をするの?」

「その時になれば分かるわ」

ヒイロは手を止めない。

「安心して。死なない程度には加減するから」

「それ、安心って言わないよ……」

思わず漏れたライの本音に、近くにいたバッドが吹き出した。

「ははっ、言うようになったじゃねぇか」

「ご、ごめんなさい……!」

ライは慌てて両手で口を押さえる。
怯える少年を見ようともせず、ヒイロは淡々と答えた。

「謝る必要はないわ。嫌なら断ればいいだけでしょう。――その代わり、この館から出てってもらうだけ」

「断らない!」

ライはすぐに首を横へ振った。そこに迷いはなかった。

「外より、ずっとましだから……」

その答えに、ヒイロは短く「そう」と返しただけだった。

片付けを終えた彼女の背中を見送りながら、バッドが壁にもたれて腕を組む。

「お前にしちゃあ、ずいぶんあっさり決めたな」

「珍しいものは近くで観察した方が効率がいいもの。それに働かせれば薬草採取くらいには使えるでしょう?」

薬棚を閉め、ヒイロは冷淡に言い切る。バッドは苦笑した。

「まあ、お前らしい答えだな」

ライは二人のやり取りを黙って聞いていた。
助かった――そう思うには、まだ不安の方が圧倒的に大きい。この冷酷な魔女を信用していいのかも分からなかった。

けれど、追い出されなかった。それだけは紛れもない事実だった。

ヒイロは扉の前で足を止める。
振り返ることなく、冷たい声を残した。

「傷が塞がるまでは勝手に動かないこと。死なれたら後始末が面倒だから」

それだけ告げると、彼女は実験室をあとにした。
重い扉が静かに閉まる。

室内にしばらく沈黙が続いたあと、残ったバッドが小さく肩をすくめた。

「聞いただろ?」

「……え?」

ライが顔を上げる。バッドは不敵に口元を緩めた。

「面倒だなんだと言っちゃいるが、あいつは拾ったもんを途中で放り出すような奴じゃねぇよ」

「……」

「ま、死ぬ気で働けってことだ。精々こき使われな」

バッドは楽しげに笑いながら、部屋を出ていく。

一人残されたライは、薄暗い実験室の天井を見上げた。
まだ、何も始まっていない。

それでも――少なくとも今夜は、あの恐ろしい追手を気にせず眠れる。
その事実だけが、限界まで張り詰めていた心をほんの少しだけ緩めていた。

こうしてライは、魔女の館で働くことになった。
それは保護でも救済でもない。

魔女と一匹のニホンオオカミが交わした、奇妙な「取引」の始まりだった。
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