5.言葉なき執着の足音

薄暗い館のリビングには、夜の静寂が満ちていた。

ヒイロは昼間から依頼で出払っており、館に残された男二人は、それぞれ静かに夜を迎えていた。

部屋の隅の椅子では、ヴァンが静かに本をめくっている。彼はふらりと一人で出かけることも多いが、夜になればこうして館に戻り、一人で静かに過ごす。ここが彼にとって、一番安心できる居場所になりつつあった。

ソファには、夜になって元の姿を取り戻した魔公子バッドが、気怠げに身を横たえている。短髪の茶髪に切れ長のツリ目。茶色のジップジャケット姿の彼は、椅子の上のヴァンを睨みつけるように、低い声で呟いた。

「……寝ねぇのか」

低く、億劫そうな、だが鋭い男の声。ヴァンはページをめくる手を止めず、淡々と返した。

「別に」

「ふん。なら勝手にしろ」

バッドはそれ以上何も言わず、また目を閉じた。お互いに深く干渉する気はない。
ヴァン自身も、なぜ自分がこうして起きているのか、明確な理由は考えていなかった。ただ、ヒイロがまだ帰っていない。だから、ここにいる。本人はそれが彼女の帰りを「待っている」という行動だとは、自覚すらしていなかった。

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深夜、重い玄関の扉が静かに開く音が響いた。

依頼を終えて帰ってきた桜色の髪の魔女――ヒイロが、リビングへと入ってくる。彼女は部屋の灯りの中に、すでに自分より先に帰って椅子に座っていたヴァンの姿を見つけ、何でもないことのように声をかけた。

部屋の灯りの中に、すでに自分より先に帰って椅子に座っていたヴァンの姿を見つけ、彼女は何でもないことのように声をかけた。

「帰ってたのね」

ヴァンは本を閉じ、静かに立ち上がる。無事な姿を瞳の奥に焼き付けるように見つめてから、小さく、声を落とした。

「……遅かったな」

「ええ、少し手間取ってね」

ヒイロは不敵に微笑みながらも、ヴァンがこの時間にまだ起きていることに視線を向けた。

「夜だから外へ出るんじゃないの?」

吸血鬼なら夜こそ活動的になるのではないか、という純粋な疑問だった。だが、ヴァンは小さく首を振る。

「夜だからだ」

「……?」

「お前には……逆に見えるだろうが、私にとっては逆だ」

ヴァンにとって、夜の闇を出歩くことこそがこれまでの孤独の象徴だった。ヒイロに血を与えられ、孤独から解放された今、彼が夜に求めるのは、彼女のいるこの館の安らぎだった。

「なるほど」

ヒイロは少しだけ考えてから、衣服の裾を整え、言葉を続けた。

「なら、ここにいればいいわ。あんたがどこでどう過ごそうが、あんたのの勝手だもの」

ヴァンは言葉を失い、ただ彼女を見つめる。

ただ「ヴァンが夜にここにいる」という事実を、彼女はそのままフラットに受け入れていた。500年の闇を生きてきた吸血鬼にとって、その過不足のない距離感が、酷く心地心地よかった。

「それじゃあ、おやすみ」

ヒイロは不敵に微笑み、自分の部屋へと歩いていく。

ヴァンはその背中を黙って見送った。ただそれだけの、けれど確実に何かが積み重なっていく、館の静かな夜だった。
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