4.孤独の果て、魔女の血に溺れる[R15]

礼拝堂に、張り詰めた沈黙が落ちた。
蝋燭の炎が小さく爆ぜ、壁に映る二人の影を不気味に震わせる。
ヴァンの黄金の瞳は、射抜くような鋭さでチカフィールを捉えていた。それは明確な拒絶の光でありながら、その奥底には、自分でも気づかぬほどの微かな迷いが澱(よど)んでいる。

ヒイロは、静かに、深く息を吸った。
彼女はあえてゆっくりと歩を進め、長椅子の影を抜けてヴァンとの距離を詰めていく。
革靴の硬い音が石床に響くたび、重苦しい静寂の中に淫靡な緊張が波紋のように広がり、教会の空気を震わせた。

「ねえ、ヴァン」

低く囁くような声が、冷たい闇に溶けていく。

「あんたが人を襲わずに、たった独りで誇り高く生きているのは立派だと思うわ。だけど……本当に、このまま朽ちて終わらせるつもり?」

黄金の瞳が、痛みに触れられたかのようにかすかに揺れた。

「私は……もう血を求めない。この乾きと共に消える。……それでいい」

「いいえ、ちっとも良くないわ」

ヒイロは冷ややかにかぶりを振った。
マントの隙間から覗く白い肌が、揺れる光に淡く照らされ、闇の中に艶やかに浮かび上がる。

「人を避け、血を拒み、ただ闇に沈んでいく。――それは“高潔”じゃないわ。ただの『死の延長』よ。あんたは生きることから逃げているだけ」

ヴァンの喉から、怒りとも苦痛ともつかぬ掠れた音が漏れた。
だが、その吐息は彼女の言葉を否定しきれず、絶望を分かち合うように激しく震えていた。

ヒイロはさらに一歩踏み込み、その声を甘く、抗いがたい魔力を含んだ低音へと変えた。

「契約をしましょう。ヴァンと私が魂を結べば、人を襲わずとも、力を取り戻せる。……ヴァンは永遠の孤独から解き放たれ、私はヴァンという稀代の力を手に入れる。互いに、これ以上ない利益があるはずよ」

「……契約だと」

ヴァンの声は、ひどく掠れていた。
その言葉をなぞること自体、数百年もの間、頑なに閉じ続けてきた心の扉を無理やり抉じ開けられている証拠だった。

頭上のバッドが、不安そうに身をよじらせる。
「……ぎぎぎ」
(……おい、ヒイロ。本気か? こいつは自分の血さえ忌んでるんだぞ。並大抵の覚悟じゃ……)

「もちろん、本気に決まっているでしょう?」

ヒイロは不敵に笑んだ。その眼差しは、獲物を追い詰めた捕食者のように残酷で、同時に慈悲深い。

ヴァンはゆっくりと、耐えかねたように目を伏せた。
長い、あまりに長い沈黙が流れる。
やがて彼の唇から、奈落の底から響くような重く低い声が落ちた。

「……魔女よ。ただの血を分かち合う程度では、私の渇きは癒えない。……契約は成立しない」

ヒイロの瞳が、好奇心に細められる。

「なら、何が要るの? 言ってみなさい」

ヴァンの視線が、ヒイロの顔から、その肢体へと、吸い寄せられるように下りていった。
その一瞬に漂った獣じみた濃密な熱気に、ヒイロの心臓が一度だけ強く脈打つ。

「――女の、最も深いところから流れる血。その『源(みなもと)』を私に捧げること。……それでしか、魂の縛(ばく)は結べない」

ヒイロは一瞬だけ息を呑み、白磁のような頬に朱が走った。
だが、彼女はすぐに唇の端を吊り上げ、愉悦の笑みを深めた。

「なるほど……。誇り高き黒の吸血鬼と、禁忌を弄ぶ魔女の契約。……相応しい条件じゃない」

ヴァンの黄金の瞳は、激しく揺れていた。
数百年守り抜いた孤独の誓いと、目の前に差し出された、甘美で残酷な救済。
その瞳は、生まれて初めて――拒絶ではなく、一人の女への狂おしいまでの渇望を映し出していた。
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