3.摩海の鼓動と魔女の回路

山々に深い夜霧が降り立ち、館の輪郭を曖昧に飲み込み始めた頃。
重厚な石造りの扉を、静寂を切り裂くような激しい打撃音が叩いた。
あまりに乱暴なその響きに、ヒイロは膝の上で広げていた古い魔導書から、不快げにゆっくりと顔を上げる。

「……騒がしいわね」

長椅子へ優雅に腰掛けた彼女の肩先で、黒い三角帽子が小刻みに、面白がるように揺れた。

「ぎぎぎ」
(焦ってる匂いがするな)

「犬みたいなこと言わないで」

ヒイロは立ち上がり、気怠げな足取りで応接間の扉を開く。
そこに立っていたのは、幽霊のように青ざめた痩せた男だった。仕立ての良さそうな高級スーツは泥と煤で無残に汚れ、額にはねっとりとした脂汗が浮いている。
裏社会で幾多の修羅場を潜り抜けてきた男特有の、鋭くも切羽詰まった視線が彼女を射抜いた。

「ヒイロ殿……頼む、助けてくれ……!」

男は震える手でアタッシュケースを差し出し、その蓋を跳ね上げた。
中には、見たこともないほど禍々しい黒い鉱石が収められている。
どくん、どくん、と。
それは無機物であるはずの石が、まるで生きた心臓のように不気味な脈動を繰り返していた。

その瞬間。肩に乗った帽子がぴくりと跳ねる。

「ぎぎぎ……」
(おい、それ)

ヒイロは冷徹な観察者の目で、その石を細めた。

「知ってるの?」

「ぎぎ」
(摩海の鉱石だ)

使い魔の言葉に、彼女の美しい眉がわずかに跳ね上がった。

「……は?」

人間界の地層から採掘されるはずのないものだ。
摩海は、理の異なる別世界。禁忌の召喚術でも使わない限り、本来は繋がることすら絶望的なはずの場所だ。

男は彼女の反応に怯えるように、激しく首を振った。
「海外の闇市場で手に入れた……! “不老の素材”になるっていう、眉唾だが魅力的な話だったんだ……!」

「馬鹿ねぇ」

ヒイロは呆れ果てたように、深くため息を吐き出した。
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