12.霧深き館の不調和な訪問者

「ヒイロ様の住まう館は、外見以上に美しい緊張感に満ちている……」

「ひとりごとが多い。黙りなさい」

ヒイロは振り返りもせず、淡々と歩き続ける。

やがて一枚の扉の前で足を止めた。

「ここが商談室よ」

扉を開けると、重厚な木のテーブルと革張りのソファだけが置かれた、簡素な部屋が広がっていた。

調合器具も魔術的な仕掛けもない。
余計なものはすべて排除された、まさに“仕事以外の意味を持たない部屋”。

ここでは、アウグストの視線がヒイロに直接届きにくい。
魔力の揺らぎさえ遮られるような、落ち着いた空気が部屋の内側に沈んでいた。

ヒイロはアウグストの袖口に触れもしないまま言う。

「ここなら余計な気配に邪魔されない。さっさと入りなさい」

アウグストはその声の硬さに、また喉の奥を震わせた。

「……やはり、あなたは私を理解していらっしゃる……。
 この上なく“ふたりきり”を演出してくださるなんて」

「黙りなさいと言ったはずだけど?」

ぴしゃりと斬るような声で言い捨てて、ヒイロはソファに腰を下ろした。

アウグストは恭しく会釈しながら向かいの席へ座る。
目の奥には熱が宿り、白衣の裾がふわりと揺れた。

「さて、さっさと用件を話して。
 お金を持ってそうだから相手してあげてるだけ。それ以上でも以下でもないの」

アウグストは、言葉を浴びせられるたびに、さらに深く沈むように微笑んだ。

「……あなたから“それ以上”を望むだなんて、恐れ多いことです……。
 けれど、あなたの声は……胸に刺さって離れない……」

資料を取り出したヒイロは、その独特の陶酔を華麗にスルーした。

廊下の向こうで、ライが低く唸り、ヴァンの視線がわずかに光る。
バッドの気配がふっと動き、フォーンの無表情な“見守り”が商談室の外から注ぎ込まれる。

この男が危険であることを、館全体が理解していた。

だがヒイロは、無表情で、仕事の調子のまま──
目の前の資料へ視線を落とした。
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