2.退屈な魔女と摩海の魔族

――なるほど。

魔力接続型の契約。
互いの魔力経路が一本の管のように直結している今この瞬間こそ、最も“細工”が通りやすい。

ヒイロはゆっくりと腕を伸ばし、男の広い肩へ、愛しむような手つきで指先を添えた。

「じゃあ最後まで付き合ってもらうわ」

囁きが空気に溶けると同時に、床の魔法陣が激しく明滅した。
室内の熱が一気に膨張し、調薬室の空気が悲鳴を上げるように震える。

男は一瞬だけ、その野性的な勘で異変を察知し、眉を動かした。

「……お前、まさか」

「ふふ」

ヒイロは勝利の確信を持って、唇の端を美しく歪める。

「最初から、完全に信用するわけないでしょう?」

乱雑に積まれていた魔術書の間から、一枚の契約書が意志を持ったように浮かび上がった。
時を経て茶褐色に焼けた古い羊皮紙。その表面には、不吉なほど鮮烈な赤い魔力文字で、主従を固定する拘束術式が綴られている。

男が小さく舌打ちをする。
だが、もはや抗う術はない。互いの魔力は深く、濃密に接続され、主導権を奪う術式は既に成立寸前まで組み上がっていた。

「ここにサインしなさい」

ヒイロが突き出した契約書を前に、男は数秒の沈黙を守った。
そして――。絶望するどころか、抑えきれない好奇心に突き動かされるように、その口元を深く歪めた。

「ははっ」

短く、しかし深い満足感の籠もった笑い声。

「面白ぇ女」

男は迷う素振りさえ見せず、指先に纏わせた赤いインクで、自らの魂を差し出すように契約書へその名を刻み込んだ。

その瞬間。

魔法陣が視界を白く染めるほど爆ぜるように輝き、空間そのものが大きく捩じ切れる。
男の長身が、紅蓮の霧へと鮮やかに溶けていき――やがて光が収まったあとには、床の上にぽつんと、黒い三角帽子の姿が残されていた。
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