2.退屈な魔女と摩海の魔族

「な、何をするのよ、いきなり……!」

珍しく、凛とした声が上擦る。
隠しようもなく頬へ熱が集まっていく感覚に、ヒイロは自らへの苛立ちを込めて小さく舌打ちした。

こんな子供のような反応、自分らしくない。
そう言い聞かせるが、髪を伝って唇に残った生々しい感触が、胸の奥を落ち着かなく掻き回し続けている。

男はそんな彼女の狼狽えを愛でるように眺めながら、低く、喉を鳴らして笑った。

「知らないのか?」

「……何を」

「高位契約だよ。互いの魔力を直接繋ぐには、接触が一番早い」

もっともらしい理屈を、わざとらしく芝居がかった口調で並べ立てながら、男はヒイロを見下ろす。
その琥珀色の瞳の奥には、彼女の冷静さをさらに剥ぎ取ろうとするような、挑発めいた余裕がゆらゆらと揺れていた。

ヒイロは数秒の沈黙を置き――やがて、滞っていた熱を逃がすように小さく息を吐いた。
すでにその瞳から狼狽の色は消え、いつもの凛とした静寂が戻っている。

彼女は指先で桜色の髪を肩の後ろへ払い、不敵なまでの余裕を湛えて、ゆっくりと口元を歪めた。

「……随分好き勝手してくれるじゃない」

「嫌だったか?」

「別に」

間を置かない即答だった。
媚びるような弱さなど微塵も見せず、むしろ相手を呑み込もうとするような、負けず嫌いな笑みがその唇に浮かぶ。

ヒイロは逃げるのをやめ、逆に男へと一歩詰め寄った。そして、彼の鍛えられた胸元へ、白く細い指先を軽く押し当てる。

「でも勘違いしないで。召喚したのは私よ」

涼やかな青い瞳が、獲物を定めるように細められる。

「つまり今は、私の館の中。少しは礼儀を覚えた方がいいんじゃないかしら?」

男は一瞬だけ虚を突かれたように黙り、次いで、重低音の響きを伴って喉の奥で笑った。
その不遜な態度は、彼女の威圧を受けてもなお揺るがない。

恐れない。
媚びない。
まるで、最初からこの世界の王として並び立つのが当然であるかのような、一点の曇りもない瞳。

ヒイロはその挑戦的な視線を真正面から受け止め――ふと、憑き物が落ちたように小さく笑った。

不思議と、不快ではなかった。
むしろ、これまでこの館を訪れた誰よりも、彼は自然体でそこに存在している。
金に眼を眩ませて媚びる者でも、魔女の悪名に恐怖して震える者でもなく、土足でこちらの境界線へ踏み込んでくる厚かましさ。

その図々しさが、妙に鼻について。
同時に、ひどく刺激的で面白かった。
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