2.退屈な魔女と摩海の魔族
短い茶髪、獲物を射抜くような琥珀色の鋭い瞳。
そして、端正な顔立ちに浮かぶ不遜な笑み。
男は、異界から強制的に引きずり出された直後だというのに、怯えるどころか退屈を追い払ったような顔をしている。
むしろ品定めするように、ヒイロの姿をじろじろと眺め回した。
「……へぇ」
深い、低い声が調薬室に響く。
「まさか人間側から、こんな強引に引っ張られるとは思わなかったぜ」
ヒイロは応えず、静かに男を観察した。
肌に突き刺さるような魔力の圧力、圧倒的な存在感。
間違いなく、この世の理の外側にいる上位の存在。
けれど、不快感はなかった。
むしろ、凪いでいた彼女の日常という水面に、初めて重い小石が投げ込まれたような、胸の昂りを感じていた。
男はゆっくりと口元を歪め、彼女との距離を詰める。
「で? 俺を呼び出したのは、お前か」
その声音には、絶大な力を持つ魔族特有の傲慢さと、それ以上に強い好奇心が滲んでいた。
媚びも、警戒も、怯えもない。
目の前の魔女を、対等な「面白い存在」として認めているような不遜な態度。
ヒイロは一瞬だけ目を細めた。
そして、この予期せぬ出会いを祝福するように、ほんの少しだけ、艶やかに笑った。
男は消え残る赤い火の粉をブーツの先で踏み砕きながら、悠然と一歩前へ踏み出した。
その動作には、未知の場所へ呼び出された戸惑いなど微塵も感じられない。むしろ、招かれた客人が広間に足を踏み入れるような、ごく自然で堂々としたものだった。
ヒイロは、その一挙手一投足を静かに観察する。
通常の魔族であれば、召喚の衝撃に顔を顰めるか、あるいは牙を剥いて召喚者を威圧するものだ。だが、目の前の男からはそんな殺気立った空気は微塵も感じられない。
それどころか、まるで住み慣れた自分の庭にでも戻ってきたかのような、不遜な落ち着きを漂わせている。
「……随分と余裕ね」
ヒイロが、試すような視線を向けて言う。するとバッドは、面白そうに肩を竦めてみせた。
「慌てる理由がないからな」
琥珀色の瞳が熱を帯び、彼女の鮮やかな桜色の長髪をなぞるようにゆっくりと細められる。
「それに、悪くない」
「何が?」
「お前」
あまりにも迷いなく、あまりにも自然に返されたその言葉。ヒイロは、心臓の鼓動がわずかに跳ねるのを感じ、眉をピクリと動かした。
次の瞬間だった。
重力から解き放たれたかのような速さで、バッドが距離を詰める。
わずか一歩。
瞬きする間に、濃厚な魔族の気配がすぐ鼻先まで迫る。
大きな手が彼女の桜色の髪へと伸びた。指先がさらりと毛先を掬い上げ、そのまま――恭しく、かつ大胆に、熱い唇がそこへ落とされる。
「――っ!?」
ヒイロの目が見開かれた。
常に余裕を崩さず、あらゆる事象を掌の上で転がしてきた彼女にとって、これは完全に想定外の事態だった。
反射的に半歩後ずさり、彼の手から逃れる。
だがバッドは深追いせず、ただ愉快そうに、獲物の動揺を楽しむような表情で彼女を見つめていた。
そして、端正な顔立ちに浮かぶ不遜な笑み。
男は、異界から強制的に引きずり出された直後だというのに、怯えるどころか退屈を追い払ったような顔をしている。
むしろ品定めするように、ヒイロの姿をじろじろと眺め回した。
「……へぇ」
深い、低い声が調薬室に響く。
「まさか人間側から、こんな強引に引っ張られるとは思わなかったぜ」
ヒイロは応えず、静かに男を観察した。
肌に突き刺さるような魔力の圧力、圧倒的な存在感。
間違いなく、この世の理の外側にいる上位の存在。
けれど、不快感はなかった。
むしろ、凪いでいた彼女の日常という水面に、初めて重い小石が投げ込まれたような、胸の昂りを感じていた。
男はゆっくりと口元を歪め、彼女との距離を詰める。
「で? 俺を呼び出したのは、お前か」
その声音には、絶大な力を持つ魔族特有の傲慢さと、それ以上に強い好奇心が滲んでいた。
媚びも、警戒も、怯えもない。
目の前の魔女を、対等な「面白い存在」として認めているような不遜な態度。
ヒイロは一瞬だけ目を細めた。
そして、この予期せぬ出会いを祝福するように、ほんの少しだけ、艶やかに笑った。
男は消え残る赤い火の粉をブーツの先で踏み砕きながら、悠然と一歩前へ踏み出した。
その動作には、未知の場所へ呼び出された戸惑いなど微塵も感じられない。むしろ、招かれた客人が広間に足を踏み入れるような、ごく自然で堂々としたものだった。
ヒイロは、その一挙手一投足を静かに観察する。
通常の魔族であれば、召喚の衝撃に顔を顰めるか、あるいは牙を剥いて召喚者を威圧するものだ。だが、目の前の男からはそんな殺気立った空気は微塵も感じられない。
それどころか、まるで住み慣れた自分の庭にでも戻ってきたかのような、不遜な落ち着きを漂わせている。
「……随分と余裕ね」
ヒイロが、試すような視線を向けて言う。するとバッドは、面白そうに肩を竦めてみせた。
「慌てる理由がないからな」
琥珀色の瞳が熱を帯び、彼女の鮮やかな桜色の長髪をなぞるようにゆっくりと細められる。
「それに、悪くない」
「何が?」
「お前」
あまりにも迷いなく、あまりにも自然に返されたその言葉。ヒイロは、心臓の鼓動がわずかに跳ねるのを感じ、眉をピクリと動かした。
次の瞬間だった。
重力から解き放たれたかのような速さで、バッドが距離を詰める。
わずか一歩。
瞬きする間に、濃厚な魔族の気配がすぐ鼻先まで迫る。
大きな手が彼女の桜色の髪へと伸びた。指先がさらりと毛先を掬い上げ、そのまま――恭しく、かつ大胆に、熱い唇がそこへ落とされる。
「――っ!?」
ヒイロの目が見開かれた。
常に余裕を崩さず、あらゆる事象を掌の上で転がしてきた彼女にとって、これは完全に想定外の事態だった。
反射的に半歩後ずさり、彼の手から逃れる。
だがバッドは深追いせず、ただ愉快そうに、獲物の動揺を楽しむような表情で彼女を見つめていた。