2.退屈な魔女と摩海の魔族
館の最奥に位置する、広大な調薬室。
壁一面を埋め尽くす薬品棚と、鈍い光を放つ古い蒸留器具。そこには、真夜中を過ぎてもなお、琥珀色の柔らかな灯りが満ちていた。
机の上では、魔力反応を刻むモニターが淡いリズムで点滅し、最新のノートPCが静かに熱を帯びている。そのすぐ隣には、時代を逆行したような古めかしい魔術書が無造作に積み上げられていた。デジタルとアナログが混ざり合うその光景は、主である魔女の奔放な知性を象徴しているようだった。
ヒイロは椅子の背もたれに身を預け、長い脚を組んで退屈そうにページをめくっていた。
「……つまらないわね」
呟きと共に、重厚な表紙の一冊をパタンと閉じる。
禁薬精製術、古代呪術論、異界植物学。
どれも世の術者が一生をかけて追い求める至高の知識だが、天才を自負する彼女にとっては、既に読み飽きた物語に過ぎない。
書庫の片隅で埃を被っていた一冊を手に取ったのも、本当に、ただの気まぐれだった。
黒ずんだ革の装丁、掠れた金のタイトル。指先から伝わる微かな魔力の脈動が、彼女の肌を心地よく刺激する。
ヒイロは片手で頬杖をつき、面白がるようにそのページを眺めた。
「……上位魔族召喚術?」
わずかに、桜色の髪が揺れる。
召喚術そのものは、彼女にとって手慣れた手遊びのようなものだ。だが、そこに記されていたのは、現代の洗練された魔術体系とは真逆の、野性的で粗削りな原初の術式だった。
並の術者ならば、このページを開いた瞬間に溢れ出す負の魔力に飲み込まれ、正気を失うことだろう。
けれどヒイロは、まるで流行りの小説の結末を予想するように、事もなげに本を閉じた。
「まぁ、暇潰しくらいにはなるかしら」
それは、未知の香辛料を試す時のような、軽い興味だった。
数時間後。
調薬室の床には、緻密かつ大胆な曲線で魔法陣が描かれていた。
赤黒い魔力光が、夜の静寂を浸食するように静かに脈動し、室内の空気を微かに震わせる。
ヒイロは黒いローブを羽織り、魔法陣の中央へと歩み出た。揺らめく光を浴びて、彼女の桜色の長髪が艶やかに輝く。
片手に携えた古いグリモワールを開き、彼女は薄く唇を開いた。
「失敗したらしたで、それはそれで面白いかもしれないわね」
低く紡がれた呪文が、旋律となって室内を満たしていく。
瞬間。
魔法陣が、まるで叫びを上げるように激しく明滅した。
空間が裂け、熱風が彼女の頬を撫で、赤い火花が火の粉となって舞い散る。
次元の裂け目から溢れ出したのは、息が詰まるほど濃密で、それでいて不思議と芳醇な魔力。
ヒイロは眩しさに目を細めながら、その「到来」を待ち構えた。
やがて、炎の残滓を踏み越えるようにして、一人の男が姿を現した。
壁一面を埋め尽くす薬品棚と、鈍い光を放つ古い蒸留器具。そこには、真夜中を過ぎてもなお、琥珀色の柔らかな灯りが満ちていた。
机の上では、魔力反応を刻むモニターが淡いリズムで点滅し、最新のノートPCが静かに熱を帯びている。そのすぐ隣には、時代を逆行したような古めかしい魔術書が無造作に積み上げられていた。デジタルとアナログが混ざり合うその光景は、主である魔女の奔放な知性を象徴しているようだった。
ヒイロは椅子の背もたれに身を預け、長い脚を組んで退屈そうにページをめくっていた。
「……つまらないわね」
呟きと共に、重厚な表紙の一冊をパタンと閉じる。
禁薬精製術、古代呪術論、異界植物学。
どれも世の術者が一生をかけて追い求める至高の知識だが、天才を自負する彼女にとっては、既に読み飽きた物語に過ぎない。
書庫の片隅で埃を被っていた一冊を手に取ったのも、本当に、ただの気まぐれだった。
黒ずんだ革の装丁、掠れた金のタイトル。指先から伝わる微かな魔力の脈動が、彼女の肌を心地よく刺激する。
ヒイロは片手で頬杖をつき、面白がるようにそのページを眺めた。
「……上位魔族召喚術?」
わずかに、桜色の髪が揺れる。
召喚術そのものは、彼女にとって手慣れた手遊びのようなものだ。だが、そこに記されていたのは、現代の洗練された魔術体系とは真逆の、野性的で粗削りな原初の術式だった。
並の術者ならば、このページを開いた瞬間に溢れ出す負の魔力に飲み込まれ、正気を失うことだろう。
けれどヒイロは、まるで流行りの小説の結末を予想するように、事もなげに本を閉じた。
「まぁ、暇潰しくらいにはなるかしら」
それは、未知の香辛料を試す時のような、軽い興味だった。
数時間後。
調薬室の床には、緻密かつ大胆な曲線で魔法陣が描かれていた。
赤黒い魔力光が、夜の静寂を浸食するように静かに脈動し、室内の空気を微かに震わせる。
ヒイロは黒いローブを羽織り、魔法陣の中央へと歩み出た。揺らめく光を浴びて、彼女の桜色の長髪が艶やかに輝く。
片手に携えた古いグリモワールを開き、彼女は薄く唇を開いた。
「失敗したらしたで、それはそれで面白いかもしれないわね」
低く紡がれた呪文が、旋律となって室内を満たしていく。
瞬間。
魔法陣が、まるで叫びを上げるように激しく明滅した。
空間が裂け、熱風が彼女の頬を撫で、赤い火花が火の粉となって舞い散る。
次元の裂け目から溢れ出したのは、息が詰まるほど濃密で、それでいて不思議と芳醇な魔力。
ヒイロは眩しさに目を細めながら、その「到来」を待ち構えた。
やがて、炎の残滓を踏み越えるようにして、一人の男が姿を現した。
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