9.夜明けの残熱と萌黄の迷い
嵐の夜が明けきらぬ頃。
ライの身体は熱にうなされるように震えていた。
汗が肌を伝い、呼吸は浅い。
夢の底でなお、ヒイロの魔力が揺れている。
傷を癒された夜。
額へ触れた指先の温もり。
あの時、身体へ流れ込んだ魔力の感覚だけが、何度も夢の中で繰り返される。
ライは苦しげに寝返りを打った。
胸の奥が熱い。
鼓動が速い。
息を吸うたび、薬草と焔(ほのお)、それに微かな甘い香りが鼻をかすめる。
忘れようとしても離れない。
「……っ」
思わず胸元を掴む。
理由は分からない。
ただ、この熱だけは抑えられなかった。
やがてライは耐えきれず、ベッドから降りる。
裸足のまま廊下へ出ると、足は迷うことなく実験室へ向かっていた。
(……なんで)
止まりたい。
自室へ戻りたい。
そう思っているのに、身体は言うことを聞かない。
実験室の前で足が止まる。
扉の隙間から、まだ微かに魔力の名残が漂っていた。
ライは息を呑む。
その瞬間だった。
「……来たのね」
静かな声とともに扉が開く。
長い髪を下ろしたヒイロが、こちらを見ていた。
ライは何か言おうと口を開く。
けれど声にならない。
代わりに膝から力が抜け、その場へ崩れ落ちた。
「……ヒイロ様……」
絞り出した声は掠れていた。
「ボク……抑えられなくて……」
ヒイロは慌てる様子もなく歩み寄る。
そっとライの額へ手を添えた。
その温もりに触れた途端、荒れ狂っていた熱がわずかに和らぐ。
「傷を癒した時の魔力が、まだ残っていたのね。昨夜の魔力に引かれて、共鳴しているだけよ」
静かな声だった。
ライは苦しそうに首を振る。
「でも……苦しいんだ……」
額から離れようとしたヒイロの手を、とっさに掴んだ。
「……っ」
触れた瞬間、熱が弾けるように全身を駆け抜ける。
離したくない。
離れたら、また苦しくなる。
そんな衝動だけが身体を支配していた。
「こんなっ……ふうにしたのは、ヒイロ様なんだからっ……責任、とってよ……!」
震える声だった。
訴えなのか、助けを求めているのか。
ライ自身にも分からない。
そのまま彼女へ縋りつく。
額を肩口へ押し当てるようにして、荒い息を繰り返した。
ヒイロは振り払わなかった。
肩へ回された腕を静かに受け止める。
「……落ち着きなさい、ライ」
額へ添えた指先から、ゆっくりと魔力を流す。
暴れていた魔力が、少しずつ静まっていく。
ライの荒かった呼吸も、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「……ヒイロ様が、いないと……」
掠れた声が漏れる。
ヒイロはほんの少しだけ眉を寄せた。
「違うわ」
ライが顔を上げる。
「今のあんたは、自分の魔力と私の魔力の区別がついていないだけ」
静かな声が続く。
「苦しいのは事実よ。でも、その理由を今決めつける必要はないわ」
ライは何も答えられなかった。
ヒイロは額から手を離す。
「今日は休みなさい」
短く告げる。
「……寝れば落ち着くわ」
そう言うと踵を返し、机の上の薬瓶へ視線を戻した。
「ほら。歩けるなら、自分の部屋へ戻りなさい」
振り返ることなく告げられたその声は、いつもと変わらず淡々としていた。
それが今のヒイロなりの気遣いなのだと、ライはまだ知らなかった。
ライの身体は熱にうなされるように震えていた。
汗が肌を伝い、呼吸は浅い。
夢の底でなお、ヒイロの魔力が揺れている。
傷を癒された夜。
額へ触れた指先の温もり。
あの時、身体へ流れ込んだ魔力の感覚だけが、何度も夢の中で繰り返される。
ライは苦しげに寝返りを打った。
胸の奥が熱い。
鼓動が速い。
息を吸うたび、薬草と焔(ほのお)、それに微かな甘い香りが鼻をかすめる。
忘れようとしても離れない。
「……っ」
思わず胸元を掴む。
理由は分からない。
ただ、この熱だけは抑えられなかった。
やがてライは耐えきれず、ベッドから降りる。
裸足のまま廊下へ出ると、足は迷うことなく実験室へ向かっていた。
(……なんで)
止まりたい。
自室へ戻りたい。
そう思っているのに、身体は言うことを聞かない。
実験室の前で足が止まる。
扉の隙間から、まだ微かに魔力の名残が漂っていた。
ライは息を呑む。
その瞬間だった。
「……来たのね」
静かな声とともに扉が開く。
長い髪を下ろしたヒイロが、こちらを見ていた。
ライは何か言おうと口を開く。
けれど声にならない。
代わりに膝から力が抜け、その場へ崩れ落ちた。
「……ヒイロ様……」
絞り出した声は掠れていた。
「ボク……抑えられなくて……」
ヒイロは慌てる様子もなく歩み寄る。
そっとライの額へ手を添えた。
その温もりに触れた途端、荒れ狂っていた熱がわずかに和らぐ。
「傷を癒した時の魔力が、まだ残っていたのね。昨夜の魔力に引かれて、共鳴しているだけよ」
静かな声だった。
ライは苦しそうに首を振る。
「でも……苦しいんだ……」
額から離れようとしたヒイロの手を、とっさに掴んだ。
「……っ」
触れた瞬間、熱が弾けるように全身を駆け抜ける。
離したくない。
離れたら、また苦しくなる。
そんな衝動だけが身体を支配していた。
「こんなっ……ふうにしたのは、ヒイロ様なんだからっ……責任、とってよ……!」
震える声だった。
訴えなのか、助けを求めているのか。
ライ自身にも分からない。
そのまま彼女へ縋りつく。
額を肩口へ押し当てるようにして、荒い息を繰り返した。
ヒイロは振り払わなかった。
肩へ回された腕を静かに受け止める。
「……落ち着きなさい、ライ」
額へ添えた指先から、ゆっくりと魔力を流す。
暴れていた魔力が、少しずつ静まっていく。
ライの荒かった呼吸も、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「……ヒイロ様が、いないと……」
掠れた声が漏れる。
ヒイロはほんの少しだけ眉を寄せた。
「違うわ」
ライが顔を上げる。
「今のあんたは、自分の魔力と私の魔力の区別がついていないだけ」
静かな声が続く。
「苦しいのは事実よ。でも、その理由を今決めつける必要はないわ」
ライは何も答えられなかった。
ヒイロは額から手を離す。
「今日は休みなさい」
短く告げる。
「……寝れば落ち着くわ」
そう言うと踵を返し、机の上の薬瓶へ視線を戻した。
「ほら。歩けるなら、自分の部屋へ戻りなさい」
振り返ることなく告げられたその声は、いつもと変わらず淡々としていた。
それが今のヒイロなりの気遣いなのだと、ライはまだ知らなかった。