9.夜明けの残熱と萌黄の迷い
夜が更けるにつれ、館は静けさを深めていった。
寝台に横になったライは、何度目かの寝返りを打つ。
眠れない。
昼間の出来事が頭を離れないわけではない。
それなのに、胸の奥だけが落ち着かなかった。
雨が硝子窓を叩く音を聞きながら目を閉じた、その時だった。
廊下の奥に、淡い紫色の光が揺れた。
ライはゆっくりと身を起こす。
誰かがいる。
そう思うより早く、足は寝台を降りていた。
裸足のまま廊下へ出る。
冷えた床を踏みしめ、息を潜めながら光を追う。
辿り着いた先は、ヒイロの私室だった。
重厚な扉の隙間から、紫色の魔力が細く漏れている。
途切れ途切れの呪文。
衣擦れの音。
聞いたことのない、静かな声。
ライは無意識に息を止めた。
部屋の中には、ヒイロだけではない気配がある。
もう一つ。
それが誰なのか気付いた瞬間、ライは目を見開いた。
バッドだった。
昼間の三角帽子ではない。
夜だけ、人の姿へ戻ったバッド。
金色と紫色の魔力が、静かに重なり合っていく。
互いの魔力が触れるたび、部屋の空気が微かに震えた。
ライは扉から目を離せない。
見てはいけない。
そう思う。
それでも、視線は逸らせなかった。
その時だった。
ヒイロが、ゆっくりと顔を上げる。
普段とは違う、穏やかな表情。
ライは思わず息を呑んだ。
(……あんな顔、するんだ)
胸の奥が、ちくりと痛む。
理由は分からない。
ただ、その場に立っているのが苦しかった。
ライは音を立てないよう、そっと扉から身を離した。
これ以上見てはいけない。
そう思うのに、最後まで視線を断ち切ることができず、名残を振り払うように踵を返す。
廊下へ戻ると、窓を打つ雨音だけが静かに響いていた。
自室へ戻り、寝台へ身を投げ出す。
瞼を閉じても、脳裏に浮かぶのは契約の光景だった。
金色と紫色の魔力。
そして――普段は見せない、ヒイロの穏やかな微笑み。
「……なんなんだよ」
誰に向けた言葉でもない。
胸の奥のざわめきは消えず、身体だけがじわりと熱を帯びていく。
雨音に耳を澄ませながら、ライの意識はゆっくりと深い闇へ沈んでいった。
寝台に横になったライは、何度目かの寝返りを打つ。
眠れない。
昼間の出来事が頭を離れないわけではない。
それなのに、胸の奥だけが落ち着かなかった。
雨が硝子窓を叩く音を聞きながら目を閉じた、その時だった。
廊下の奥に、淡い紫色の光が揺れた。
ライはゆっくりと身を起こす。
誰かがいる。
そう思うより早く、足は寝台を降りていた。
裸足のまま廊下へ出る。
冷えた床を踏みしめ、息を潜めながら光を追う。
辿り着いた先は、ヒイロの私室だった。
重厚な扉の隙間から、紫色の魔力が細く漏れている。
途切れ途切れの呪文。
衣擦れの音。
聞いたことのない、静かな声。
ライは無意識に息を止めた。
部屋の中には、ヒイロだけではない気配がある。
もう一つ。
それが誰なのか気付いた瞬間、ライは目を見開いた。
バッドだった。
昼間の三角帽子ではない。
夜だけ、人の姿へ戻ったバッド。
金色と紫色の魔力が、静かに重なり合っていく。
互いの魔力が触れるたび、部屋の空気が微かに震えた。
ライは扉から目を離せない。
見てはいけない。
そう思う。
それでも、視線は逸らせなかった。
その時だった。
ヒイロが、ゆっくりと顔を上げる。
普段とは違う、穏やかな表情。
ライは思わず息を呑んだ。
(……あんな顔、するんだ)
胸の奥が、ちくりと痛む。
理由は分からない。
ただ、その場に立っているのが苦しかった。
ライは音を立てないよう、そっと扉から身を離した。
これ以上見てはいけない。
そう思うのに、最後まで視線を断ち切ることができず、名残を振り払うように踵を返す。
廊下へ戻ると、窓を打つ雨音だけが静かに響いていた。
自室へ戻り、寝台へ身を投げ出す。
瞼を閉じても、脳裏に浮かぶのは契約の光景だった。
金色と紫色の魔力。
そして――普段は見せない、ヒイロの穏やかな微笑み。
「……なんなんだよ」
誰に向けた言葉でもない。
胸の奥のざわめきは消えず、身体だけがじわりと熱を帯びていく。
雨音に耳を澄ませながら、ライの意識はゆっくりと深い闇へ沈んでいった。
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