1.退屈な魔女の館

ヒイロは長椅子へ身体を預け、肩に掛けていた黒いマントを無造作に脱ぎ捨てる。
白い脚を組み直しながら、ぼんやりと天井を見上げた。
机の上では、先ほどの薬瓶が淡く光を揺らしている。

完成までに時間は掛からなかった。
彼女ほどの薬師になれば、調合そのものは半ば呼吸のようなものだ。
それでも、雑には作れない。

素材の状態。
魔力の均衡。
ほんのわずかな配合の差。

どれか一つ狂えば、薬は簡単に別物へ変わってしまう。

だが依頼人たちは、そういう過程には興味を示さない。
完成した薬だけを欲しがり、その価値を金額へ置き換えようとする。

ヒイロは小さく息を吐くと、ゆっくり立ち上がった。
バルコニーへ続く窓を開ける。
夜風が入り込み、桜色の髪を静かに揺らした。
山の麓では、眠らない都市が無数の灯りを瞬かせている。

欲望と金と暴力。
あの街では今も、それらが絶えず渦巻いているのだろう。
ヒイロは手すりへ寄りかかりながら、その景色を退屈そうに眺めた。

「……退屈だわ」

ぽつりと漏れた声は、夜風に溶けて消える。
世界を憎んでいるわけではない。
ただ、何も変わらない。

誰もが彼女を恐れ、
誰もが彼女を利用しようとし、
そして勝手に疲弊して離れていく。

残る者はいない。

部屋の隅には、男が拾い損ねた黄金の延べ棒が一本転がっていた。
ヒイロはそれを見つめ、ふっと鼻で笑う。

「こんなもの積まれても、退屈は埋まらないのに」

テーブルに置かれたグラスの中で、琥珀色の液体が静かに揺れた。

彼女が欲しいのは、金でも権力でもない。
少なくとも、怯えながら命令を待つだけの相手ではなかった。

「少しくらい、自分の意思で動く奴はいないわけ?」

夜景へ向けた呟きに、答える者はいない。
けれどもし。
彼女の世界へ踏み込んできても潰れず、
勝手に隣へ居座るような何かがいるなら。

その時は少しくらい、この長い退屈も変わるのかもしれなかった。

ヒイロは静かな夜空を見上げ、わずかに目を細める。

「……まぁ、期待するだけ無駄でしょうけど」

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