シンク&アリア④
「シンクの名前ってヴァンが決めたんだよね?」
「そうだよ。それが?」
「うーん」
それが何か、と問う視線にボクは体を傾けて唸る。何、と言ってしまうと本当に言葉にしづらいのだが……話が進まないので気持ちを固める。
「由来、聞いたけどさ。なんかなぁって思って」
「別にどうでもいいでしょ。名前なんか個体識別に使えれば十分だ」
「それはそうなんだけどね」
否定はしない。でもなんだか味気ない……を通り越して、ちょっぴり不愉快なのだ。彼を表す大切な名前がそうして安易に決められてしまった事実が。使い捨てのゴミ───その、証左のようで。
「名前ってさ、その人を表すものだと思うんだよね。形を与えて、存在を許すもの。誰かに貰うものなら尚更さ」
「……それで?」
「知っての通り、ボクはテセに名前をあげた。それは祝福で、祈りなんだ。想いの通りに生きて欲しいっていう、ボクの身勝手な」
「祈り、ね。アンタに似合いだよ」
「どーも」
とにかくさ、と話を続ける。
「シンクの存在に祈られたことがそれっぽっちっていうのが……なんか、やだ」
「ガキ」
「うっさい」
軽い応酬があるが、シンクは笑っていた。ボクのお節介を悪感情では受け取っていない。それが分かるから、ボクは一歩彼の内側に踏み込む。あの時、テセにそうしたように。
「だからさ。シンクの名前に、ボクなりに意味をつけてもいい?」
「……後付けして、意味あるの?」
「あるよ。呼ぶ内にきっと馴染むから」
「……そ。好きにしなよ」
ふい、と顔が背けられる。断られなかったなら十分だ。ボクがそうしたい真意は、きっと伝わっている。
「まず名前を分解して由来に触れるんだけど」
「アンタってとんでもない感情派なのに妙に理屈っぽいよね。訳分かんないよ」
「そんなこと言われましても」
自然と振る舞ってこれなのだから仕方がない。思考を切り替えてシンクの名前の由来に話を戻す。
「シンクロって、『同期する』とか『同調する』って意味が基本なんだよね。これを語源まで遡れば……ちょっと割愛するけど、『シン』と『クロノス』に分けられるんだ」
「へぇ。意味は?」
「『シン』が『共に』って意味。『クロノス』はクルアーンっていうものと関係があって……ざっくり言うとアイオンに近しいよ。『時間』を意味する概念なんだ」
「よく知ってるね」
「こういうの、趣味だから」
大体どこにも出番のない趣味ではある。でもこうして名付けや意味付けを行いたい時には役に立つ。無駄な知識とも言えない。
「要約すると『時間を共にする』ってことだと思う。だから同期や同調を意味に持つんじゃないかな」
「………………」
「シンク?」
黙ってしまったので名前を呼んで様子を伺う。彼は……すぐにおかしそうに笑った。
「ハッ……趣味がいいね」
「へ?」
「意味。それでいいよ」
「それって……『時間を共にする』?」
「そう」
意味も何も、ちょっと語源まで遡っただけだ。そんなものでいいのかと軽く困惑していれば、小さく息を吐かれる。
「分からない?」
「何が?」
「……ホント鈍いね、アンタ」
立ち上がるとボクに触れられる距離に来る。額を軽く小突かれて伝えられた。
「時間を共にする───アンタに時間を預けたボクにぴったりだ」
「……依頼は破棄したでしょ」
「それでも変わらないよ。ボクの時間はアンタのモノ。アンタと『一緒に』刻まなきゃ意味がない。ボク独りで生きられる訳がないんだからさ」
「……いいの? それで」
「いいよ。アンタと時間を共にするためのボク───不満なんかある訳ない」
囁いて、指先が頬を撫でた。ゆっくりと近付き触れるだけの優しいキスがある。それは何かを誓うような、そんなニュアンスで届いて。
ボクを見下ろす瞳の温度が、胸の奥を落ち着かなくさせる。
「名前。呼んでよ」
「……今?」
「今」
全然許してくれない。意地悪だと思う。でも、そうしてねだられるとボクは弱い。彼がボクに名前を呼ばれたいと思う理由も分かるから。
「アンタがボクの名前に意味をくれるんでしょ」
「……うん」
君の名前に意味があって欲しい。存在に、在り方に、祝福があって欲しい。君に───ボクの祈りが届いて欲しい。
君は、無意味な存在なんかじゃない。
シンク、と。
ボクが呼ぶ名には、特別な温度がある。