シンク&アリア③
「過去を一個だけ変えられるとしたら何を変えたい?」
「そんなもしもの話、して意味ある?」
「いーじゃん。興味あるよ、ボクは」
いつもの如く唐突に話題を振られる。もしもの話はあまり好まない。考えたところで意味がないからだ。どうであれ、目の前にある現実が全てだと思っている。
「アンタはあるの? 変えたい過去」
「それがなくてさ」
「話が始まらないね」
「そーなの。だからシンクの場合を聞いてみたくて」
知ったことではなく、暇潰しに巻き込まないで欲しい。……残念ながら、今はボクも暇だが。諦めて少しだけ付き合ってやることにする。
「アンタは常に自分の選択に満足してそうだよね。結果が良くても悪くても」
「そりゃね。その時々、自分にとっての最善を選んでるつもりだから。結果が悪かったとしてもそれ以上はなかったと思うよ」
そういうところが頑固さや融通の利かなさに繋がっている気がするが、良いところだとも思っているので触れないでおく。言うと調子に乗りそうなので言ってはやらないが、こいつの思い切りの良さは評価していた。
「あと、過去を変えるってちょっとズルいじゃん。自分の言葉や行動の責任から背を向けるみたいで、なんかやだ」
「意外とアンタって真面目だよね。仕事はサボるクセに」
「ふつーだよ。仕事はサボるけど」
自認が「普通」である事実に内心呆れてしまう。地核から拾ったんだから責任を持てとボクに迫られて、結果ここまで至っている奴の責任感が普通である筈がない。導師に対するあれやこれも同様だ。
以前、導師が何かの折に「アリアは背負わなくていい他者の責任まで負ってしまう」と言っていたのを思い出す。異論はない。そういう奴だ。
「で。変えたい過去ある?」
「………………」
問われて、考えようとした訳ではなかった。ただ自然とそれが浮かび、同時にそれを口に出来ない自分に気付いてしまっただけだ。例えば……過去を変えれば、ボクは生まれてこないで済んだかもしれない。
でも。以前のボクなら躊躇わず口にしただろうそれは、勝手に出ていくことはなかった。生まれてきたかった訳ではない。生きていることに辟易ともする。
それでも、と視線をそちらへやる。ボクの回答を待って小首を傾げている無神経な女。ボクが生まれてこなかったなら、この女の隣にボクはいない。ボク以外の誰かが手を差し伸べられ、そこにいた───考えると、不愉快だ。
「シンク?」
「……ないよ。癪だけど、現状に不満はないからね」
「……そっか。よかった」
アリアが柔らかく微笑む。本心からボクの回答を「よかった」と思っているのが伝わって、少し居心地が悪い。この女は本当に無神経の塊で、少しの言葉で読み解かなくていい背景まで拾ってみせる。ボクの回答にどれだけのものが含まれているか、勝手に想像したに違いない。お人好しのお節介だ。
でも、そうしてアリアがボクのことで感情を動かす事実に気分はいい。アリアにとって意味のある存在は二つだけ。その一つが自分であることを、実感と共に受け入れられるから。
(……もし、過去が一つ変えられるなら)
考える気もなかったのに、思い付いてしまう。生まれてきたことを呪ったボクが、今になって抱くもの。訪れないと分かっている「もしも」に願うなら。
アンタと、もっと早く出会いたかったよ。