シンク&アリア①
「肝試しをしよう」。
誰がそんなことを言い出したのかは脇に置く。兎角、旅の途中の息抜きに、唐突に肝試しが敢行されることになった。古い屋敷の入り口で放置される。
「くっだらない……ねぇ。ボク寝ていい?」
「賛成。宿に戻って寝よう」
付き合うのが怠すぎて問えば、想定と違ってアリアはボクの提案に乗った。小さな違和感。仮面の向こうから様子を見れば、アリアが周囲を気にしているのが分かる。
「アンタ、挙動がおかしくない?」
「全然ないない。いいから戻ろう。ここ曰く付きだって聞いたしさ」
「……ふぅん」
分かりやすすぎて、口元に笑みが浮かんだ。そのまま核心に踏み込んでやる。
「幽霊、怖いの?」
「別にっ? 全然、そんなことないですけど」
「眼が泳いでるよ」
「うっ……」
相変わらず嘘や誤魔化しが下手くそな奴だと思う。すぐに視線を下げ、体を小さくしながら肯定が返された。
「……オバケってさ。攻撃通じないじゃん」
「ホントにアンタって野蛮人だね。殴れれば一つ目巨人でも怖くないって言い出しそうだよ」
「物理が当たるなら実際怖くないと思う」
「想定通りの回答をドーモ」
これだからこの女に可愛げが足りないのだ、と思って幽霊を怖がる様をもう一度見てやる。……こうしていれば可愛げの一つや二つ、あるかもしれない。ボクはすぐに方針を変える。
「肝試しのルールは屋敷を順路通りに一周して戻る、だっけ?」
「やめようって言ったじゃん」
「ここに一人置いていかれるのとどっちがいい?」
「どっちも嫌……」
小さな子供のように駄々をこねる様が少しおかしい。普段から聞き分けはないが、これは別種のものだ。思う存分からかってやりたくなる。
「アンタが来なくても一人で行くよ。じゃあね」
「ま、待って……!」
歩き始めてしまえば慌てて追ってくる。一人で宿へ戻ることすら出来ないなんて馬鹿らしい。屋敷の庭を通り過ぎるボクの後ろに隠れるように、ひっそりとついてきていた。
「ホントに入るの……?」
「幽霊なんか実在しないよ」
「分かんないじゃん。見えてないだけかも」
「見えもしないものを信じるの?」
「怖いんだって……」
理屈ではない、と言いたいらしい。言い分を無視して正面玄関を押し開いた。中は少し埃っぽい。入り込めば、扉が後ろ手に閉まる。
「ひゃあ……!」
「ただ扉が閉まっただけでしょ」
「真っ暗になったら怖いよそりゃ」
「アンタの能力は何のためにあるワケ?」
「あ……」
指摘されて思い至ったらしい。すぐに第六音素に呼び掛けて灯りを生み出す。と言っても瞬くような強烈な光ではない。自身と周囲を照らす程度の常識的な灯りだ。
「少なくとも肝試しの灯りを作るための能力じゃないやい」
「あってよかっただろ?」
「それはそう」
単純な奴だ。そんなやり取りの間に眼も随分闇に慣れた。仄かな灯りもあることだし、躊躇わずに踏み入る。───そのボクの動きを何かが阻んだ。
「……なに?」
「いや、あの、ホントに行くの?」
「ここまで来て帰るように見えてるの?」
「だって、こんなの何の意味もないよ」
「遊びに意味なんかイチイチ考えないよ」
後ろから左腕にすがり付いている存在に呆れを示す。幽霊が怖いというのは分かっていたが、ここまでとは。どうやら本気で怯えているらしい、と情報を更新する。
「動きづらいから離れてくれる?」
「後生ですから」
「随分軽い嘆願だね」
実在もしないものに怯えてボクにすがってる様は気分がいいが、だからといって歩きづらい状態を続けたいとは思わない。いざという時に身動きが取れなくても困る。
「じゃあ、あの」
「うん?」
「手を、繋いでいただけませんか」
「………………」
思わず沈黙したのは、ボクの未熟な精神性によるものか。いや、大体がアリアが悪い。この無神経女は毎度、こうやってとんでもないことを言い出す。その度にボクは仮面の向こうで言葉を失くすのだ。
「……ダメ?」
「………………」
何も言えない。手を繋ぐなんて子供のようで好みはしない。でも、ボクにとってアリアと繋がれる手は特別な意味を持つ。繋いでしまいたい……その欲求が、ボクに素直に口を開かせない。
そうしている間に、アリアは勝手にボクの手に触れる。手袋越しでも伝わる温度。柔らかい感触。それが、ボクを頼るように力を込めて。
「へへ」
「……何笑ってる」
「振り払われないから。ありがと」
「……ふん」
仮面をつけていてよかった、と思う。第六音素の仄かな灯りに照らされたなら、居心地が悪かっただろう。自分でも、今どんな顔をしているか分からないのだから。
「行くよ」
「うん……」
繋がれた手をそっと引いて。
ボクは慣れない歩調で先導するように歩き出した。
*****
「皆はよくここを回って帰ってこれたよね……」
「実際に人間が生きて戻ってるんだ。そんなに怯えることないんじゃないの?」
「それは説得力ある。採用」
単純な奴、ともう一度心の中で感想を漏らす。それでも怖いものは怖いらしく、繋がれた手は解かれない。
「それで? 曰くってどんなの?」
「一家惨殺だって」
幽霊は怖いクセに一家惨殺という事実はケロリと口にするのだから意味が分からない。普通は事件の方が怖いだろ。
「五人家族と女中さんがいたらしいんだけど、全員殺されたって話。父親の死体は食卓に座らされて、自身の臓器を食器に盛られてたってさ」
「ふぅん。なら、ここにはその父親の霊が出るかもね」
「へっ?」
触れた手から緊張が伝わるのを感じながら扉を無情に開けてやる。薄暗い中にダイニングテーブルが見えた。当然事件当時のままである筈もなく、表面上は片付けられている。事件以降放置された屋敷だというから、ある程度荒んではいるが。
「……何もいない?」
「今のところはね」
「手、離さないでね」
「ハイハイ」
いつもこれだけ可愛げがあればいいのに、と思いながら手を引いてやる。テーブルの上には皿が一枚用意されており、その上には花が供えられていた。今回の肝試しで順路通り巡ったかを証明するために用意されたものだった。
「ホラ、拾いなよ」
「アレに手を伸ばせって言ってる? 本気で?」
「ただの花だろ」
「そうじゃないじゃん。手を伸ばして何かに掴まれたらどうするのさ」
「無駄に想像力が豊かだね。自分で自分の首を絞めてない?」
「予期しないと怖いからさ……」
そんなものか、と思う。何にせよ、花の回収はアリアにさせなければ面白くない。代わってやる気はさらさらなかった。
「うぅ……」
「掴まれたら助けてやるから」
「ホント? ホントに?」
「うるさいな、アンタ……」
どちらがどちらに付き合わされてるのか分からなくなる。状況を見守っていれば、アリアは勇気を出したようにそろそろと花に手を伸ばした。そっと掴み、引っ込める。
「はぁ……」
「次行くよ」
安堵の息を吐く姿を横目に、ボクはさっさと次の部屋へ向かった。
*****
「それで? 次の部屋ではどうやって死んでたワケ?」
「えっと。キッチンだった筈。だから死体は母親だね。鍋のスープにバラバラにされて煮込まれてたって」
「随分手間暇掛けたね、その犯人も」
「ホントにね。街から少し離れた場所に立つお屋敷だから、犯行が気付かれるまで余裕があったんだと思う」
「それなら、花の在処も予想がつくね」
話しながらキッチンへと入り込む。特に不自然なものや怪しいところはない─── 一ヵ所を除いて。コンロの上に、蓋のされた大きな鍋が安置されていた。
「……やだぁ……」
「駄々をこねるな。帰れないよ」
「シンクが取ってくれればいいじゃん」
「アンタを見てるのが面白いのに?」
「意地悪……」
ぶつくさ言いながら鍋へにじり寄る。さっきといい、怖がってるクセに持ち前の行動力はきちんと発揮されているのがおかしい。蓋へ手が伸ばされ、触れるか触れないかを幾度か繰り返す。
「……えい!」
勢いで誤魔化そうという魂胆が丸見えだったが、結果蓋を持ち上げたので許してやることにする。素早く蓋を脇に置くと、そっと距離を取りながら鍋の中を確認しているようだった。
「……幽霊の手はなさそう」
「ならさっさと回収してくれない? 飽きてきたんだけど」
「シンクがボクを連れてきたんだよね!?」
「アンタが勝手についてきただけだろ」
事実だ。アリアも分かっているのか言葉を詰まらせた。兎角、鍋の中身は確認できたらしい。躊躇いながらも手を突っ込み、中から花をまた一輪取り出す。
「蓋して帰ろ」
「意味ある?」
「背を向けるのが怖い」
筋金入りだ。呆れながら次の部屋を目指した。
*****
「次は子供部屋かな。下の子供二人が室内遊具に詰められて死んでたって」
「それ、生きたまま詰めたの?」
「そう聞いてるけど、どうなんだろ」
やはり事件の話をする時はケロリとしているのだから、温度差がおかしい。怖がらせてやろうと思って口を開いた。
「なら、その子供の霊はアンタと遊ぼうとして現れるかもね。室内遊具に詰められないでよ」
「……何かあったら助けてね」
「自力でなんとかする気はないの?」
「だってぇ……」
情けないことこの上ない。とりあえず先程までと同じように扉を開けて子供部屋へ立ち入った。室内遊具を眼で探すが、当然ある筈もない。事件の証拠品がそのまま残っている訳もなく、わざわざ肝試しのために代わりのものを用意する手間も掛けなかったのだろう。隣でホッとアリアが息を吐いた。
「安心するのは早いんじゃないの?」
「えっ」
「遊具がないんじゃ目星がつけられない。手分けして探すよ」
「絶対に嫌」
「……そんなに一人で行動したくないワケ?」
ボクの確認に、こくこくと何度か首が縦に振られる。ここに来るまで手は繋がれたままで、手分けして探すなら手を離す必要がある。それが耐え難いらしい。
「いざとなればシンクが助けてくれるって思ってるから進めてるんだよ。手を離したら心細い」
「何がそんなに怖いんだか……」
理解に苦しむ。同じ景色を見て歩いてきたが、特に怖れるものは何もなかった。ただ平凡に古い屋敷と作為的な花が仕込まれているだけだ。なんなら花の存在が肝試しである証左であり、雰囲気というものに水を差しているまである。
「このまま探そ」
「ハイハイ……」
仕方がなく付き合ってやることにする。子供部屋の花は、部屋の隅の一輪挿しに無理矢理詰め込まれていた。
*****
「次は?」
「上の子がピアノの練習部屋で、ピアノに食べられて死んでたって」
「は?」
「正確には上半身と下半身が切断されて、そう見える形に押し込まれてたらしいよ」
相変わらず手間の掛かった犯行だ。面倒臭すぎて、ボクなら絶対にやらない。恐らく今度もピアノは撤去されている筈で、部屋のどこかに花が供えられているだろう。探す手間が掛かるな、と思いながら扉を開く。
───何かが動いた。
「!」
瞬間的に繋いだ手を引き、アリアを背に庇う。空いている方の腕で自身を庇えば強い痛みが生じる。間近にかかる獣の息遣い───
「第五!」
声と共に火炎がそれを巻く。高い悲鳴が聞こえ、牙が離れたところで振り落とした。見る間に焼かれて灰に変わるのは魔物ですらない。単なる野犬だ。見れば、部屋の窓が割れて出入り口と化している。
「野犬が入り込んだみたいだね」
「びっくりしたぁ……」
「その割に反応速度は悪くなかったけど?」
「幽霊じゃないって分かったから」
幽霊だったら動けなかったとでも言うつもりか。線引きが明確すぎる。
「あ! 怪我!」
「ああ」
「診せて。治すから」
要求され、大人しく野犬に噛み付かれた方の腕を出す。他に異常がないかも確認するため、袖が捲られてアリアの手が触れた。……意識されない訳がない。仮面の下で視線を逸らす。
「変な毒とか病気とかはなさそう……かな。よかった」
呟くと小さく息を吸い込み譜歌が詠われる。治癒の効果を持つ旋律が耳に届き、応えるように音素が淡く輝いた。それに眼を閉じる。
肝試しに訪れた屋敷で、仄かな灯り以外にない暗闇の中二人きり。ボクは黙ってアリアの歌に耳を傾けていて、おかしな状況だと思う。この状況に言葉にならない安らぎと、僅かな落ち着かなさがあることも含めて。
「ありがと。庇ってくれて」
「……別に。自分を庇ったら偶然アンタを引っ張っただけだよ」
「……へへ」
「なに、その気の抜けた顔」
「言った言葉を嘘にしないでくれるんだなぁって思って」
「……ふん」
偶然だと答えたのに、全然話を聞かない奴だった。
*****
「最後は女中?」
「うん。裏庭に地下倉庫があるらしくて、そこに生きたまま閉じ込められたんだって。死因は餓死かなぁ」
「酸素がなくなったのかもしれないよ」
「どっちにしろやだね」
話しながら裏庭へ出る。当然手入れがされていることもなく、雑草が背を高くしていた。その中を適当に探せば地下倉庫の入り口だろう頑丈な蓋が見付かる。ずらせば人ひとりが通れる広さが作れた。
「……コレさ」
「ああ、アンタも思ったんだ?」
「うん……誰かに閉められたら、多分内側から開かない奴だよね」
「だろうね。片方は外に残って入り口を見張った方がいい」
「うぅ……」
アリアが何を考えているか手に取るように分かる。絶対にどちらも嫌だと思っている。一人で地下倉庫へ降りるか、裏庭に残されていくか。暫く悩むように唸ると、アリアは結論を口にした。
「行ってくる……」
「へぇ。残らなくていいの? 幽霊が出るなら地下の方だと思うけど」
「うぐ」
ボクの囁きに可愛げのない声を上げて言葉を詰まらせる。すぐに立ち直り「だって」と言葉が続けられた。
「どっちの方が危ないかって言ったら、地下でしょ。行かせられないよ」
「人を気遣う余裕なんてあったんだ?」
「真面目に話してるの」
「そ。じゃ、入り口よろしくね」
「へっ?」
階段へ足を掛ければ慌てたようにアリアが言い募る。
「あの、ボクが行くって」
「アンタを行かせたら戻ってくるまでに何十分かかるか分からないからね。そろそろ飽きたし疲れた。さっさと帰りたいんだよ」
「でも」
「入り口。閉めたら化けて出てやるから」
脅し文句だけを残してさっさと中へ入ってしまう。前言の通り、さっさと済ませてしまおう。どっかの馬鹿が泣き出す前に。
*****
供えられた花の回収は簡単だった。幽霊なんてものは影も形もなく、所詮は子供騙しだ。屋敷の曰くの方がずっと子供に聞かせられない内容だったと思う。
出入り口は変わらず開いていて、特に問題なく脱出する。だがそこにアリアの姿はなかった。屋敷に来てからずっと他人の手を握り続けた奴がふらふらと歩き回るとは思えなくて、眉根が寄った。
周囲の様子に気を配りながら姿を探して歩く。案外、すぐに見付かった。裏庭の一角に池のようなものがあり、その側に佇んでいる。あんな場所で一体何をやっているのか。近付こうとしたところで───アリアが池の中へ踏み入ろうとする。
「!」
すぐに駆け寄り腕を引く。アリアの体は簡単に動きを止め、驚いたように振り返る。
「あ……シンク?」
「何してるのさ」
「何って……あれ?」
幾度か瞬きをし、戸惑うように首が傾げられる。まるで今の今まで何をしていたか意識していなかったかのように。
「なんだろ。何か、あった気がするんだけど」
「それで池に入ろうとしたって?」
「池?」
指摘されて自身が池の前に立っていることに気付いたらしい。「わぁお」と感嘆が漏らされる。
「ちょっと身に覚えないかも」
「幽霊にでも呼ばれたのかもね」
「やめて。怖いから」
掴んでいた腕を離せば、アリアは池から身を隠すようにボクの陰に隠れる。背に触れる温かさが、むず痒い。
「用事は済ませた。さっさと帰るよ」
「ホント? 助かったぁ」
大袈裟に安堵する様子を横目に踵を返す。すぐに隣にアリアが並び、歩調が合わせられる。
「シンクがいてよかった。一人じゃ無理だったや」
「そもそもアンタ一人なら帰ってたんじゃない?」
「そうでした。シンクのせいじゃん」
「一人で宿まで帰ればよかっただろ」
帰れなかったのはアンタの都合だろ、と返してやれば、思いもしない反論があった。それは自分のことに手一杯だと思っていた奴から飛び出てくる言葉だと思っていないものだった。
「シンクを置いて帰れないよ。ペアなんだから」
「は? ……ボクのために帰らなかったってこと?」
「そこまで恩着せがましく言うつもりはないけど……何かあったら後悔するから。実際、オバケはともかく野犬がいて怪我はした訳だし」
「………………」
「怖かったけど、ついて来てよかった」
「……馬鹿な奴」
「え。なんで」
「さぁね」
肩を竦めて応えてやる。ボクのせいで怖い思いをしたのに、恨み言を言うでもなく「よかった」なんて。どれだけお人好しなのか。
歩きながら自由になった自身の左手をちらりと見る。別に、どうでもいい。どうでもいいから……手を差し伸べてやるのも、大して負担に思わない。それだけだ。
「手。繋がなくていいの?」
「繋いでくれるの?」
「宿に着くまでならいいよ」
「ありがと」
手が触れる。温かく、柔らかく触れるそれ。それをちゃんと握り返してやる。ここまで付き合わせたなら連れ帰ってやる義務があると思っただけだ。アリアのペアは、ボクだから。
「そういや、あれ試してみたい。恋人繋ぎ」
「振り払って置いて帰ってやろうか」
「そこまで??」
相も変わらず無神経な発言に、苛々はさせられるけど。
今暫く、繋いだ手はこのままで。