小話:どこにも繋がらない話


「ね、シンク。誕生日いつがいい?」

「……は? 急に何?」

 なんてことはない昼下がり、その話題を思い出して彼へ振る。想定通り眉を寄せて訝しがられた。

「なんか、イオン達は毎年祝ってるらしくて」

「どうやって祝うのさ。あいつに誕生日なんかないだろ」

「任意の日付を誕生日ということにしてるらしい」

「意味あるの? それ」

 懐疑的を通り越して理解できないと顔に書いてあった。イオンも被験者も、生まれた日も知らずに教会で育った身だ。誕生日を祝うというのも被験者の発案で始まったらしく、元々の慣習ではなかったと聞いている。

「実際の誕生日じゃないけど……意味はあるんじゃないかな」

「例えば?」

「誕生日って年に一回来るでしょ。だから『今年も一緒に祝えたね』って……こう、重ねた時間を感じられるとかさ」

「よくそんな言葉がスラスラ出てくるね。寒気がするんだけど」

「自分で言っててボクもちょっと寒気がするから安心して欲しい」

 ボクとシンクの感性にあまりに合わない。そもそも誕生日を祝おうなんて今日まで思ったこともなかった。特別、意味を見出だしている訳でもない。それは長く一緒にいたシンクも感じ取っているらしく、面倒そうでも問いを投げてくれた。

「アンタがそんな寒気のすることを言い出した訳は?」

「誕生日、祝いたいなって思って」

「……は?」

 本気で言っているのかと、正気を疑う視線を向けられる。残念ながら正気だ。仕方がなくもう少し言葉を足した。

「誕生日ってさ、祝う理由が沢山つけられると思うんだ。で、その中の一個が当てはまったっていうか……そういう理由なら、祝いたいなって思ったから」

「その一個っていうのは?」

「当日伝えたい」

「メンドクサ……」

 シンクは片肘をつくと呆れたように溜め息が吐いた。断られるかな、と思っていれば「で?」と促すように声が続いた。

「アンタはいつがいいと思ってるワケ?」

「え。いや、シンクの誕生日だからシンクが決めてよ」

「アンタが祝いたいから決めるんだろ。お断りだよ」

「えぇ……」

 ボクが決めたって意味ないと思うんだけど、と呟きを溢せば、意外なことに否定が返ってきた。誕生日なんかどうでもいいだろう彼にしては、本当に意外なことに。

「ボクが生きてるのはアンタが命を拾って繋ぎ続けたからだ。アンタが決めればいいよ」

「……じゃあ、イフリートリデーカン」

「理由は?」

「ボクが君を地核から連れ戻った日だから」

「………………」

 答えればシンクは沈黙してしまう。あれがいつの出来事かなんて気にしたこともなかったのだろう。あの月に「烈風のシンクは死んだ」。なら、今のシンクが生まれたのは同じ月になると思う。

「アンタがボクを生かした日、ね」

「そ」

「不満はないよ。それで?」

「へ?」

「アンタのことだ。どうせ導師の誕生日も祝おうとしてるんだろ。いつなワケ?」

 見透かされてて笑ってしまう。ボクが分かりやすいのか、シンクがよくボクを理解してくれているのか。どちらでもいいやと思いながら答えた。

「テセはノームデーカンにするって」

「ああ……改名した日?」

「ご明察」

「アンタ達が分かりやすすぎるんだよ」

「否定はしない」

 ボクもテセも決める理由が単純だ。でもどうせ年に一日特別な日を持つなら、意味くらいあって欲しい。その方が祝う甲斐があるから。

「アンタは?」

「ボク?」

「自分の誕生日はどうでもいいの?」

「どうでもいいな……別に祝いたくないし」

「アンタがボクに押し付けたことはそういうことなんだけど」

「他人は他人、自分は自分」

「都合のいい逃げ道は許さないよ」

「はぁい……」

 致し方ない、ボクの誕生日も決めよう。そう思うが浮かばない。別にボクにとっての記念日とかないしなぁ。戸惑っていれば、シンクが口を開く。それは提案で、彼が関心を持っていると思っていないから驚いた。

「……レムデーカン」

「え」

「文句ある?」

「ないけど……決めてくれるの?」

「アンタに任せてたら日が暮れる」

「そこまで……かもしれないけどさ」

 自分のことへの関心の低さは折り紙付きだ。さておき、決めてくれるなら大変助かる。あのシンクが提案したからには理由がある筈で、それを問うことにする。

「なんでレムデーカン?」

「理由なんて要る?」

「あるでしょ。流石に分かるよ」

「……はぁ」

 分かりやすく溜め息を吐かれる。言いたくないと顔に書いてあったけど、ボクが知りたがるのも予想していたのだろう。シンクは答えてくれた。

「アンタが運命から逃れた日」

「??」

「察しが悪いね」

 苛立ちを滲ませながら席を立つとこちらへ来る。近い距離に立ったと思えば、人差し指で額を軽く突かれる。痛い。

「ボクが研究施設を半壊させた日だよ」

「あ……」

 言われて、思い至る。そうだ、ボクはレプリカ研究の施設が爆破されなければ被験者の代わりとして生きていた。

 ボクがボクでいられたのは師に拾われたお陰。でも……シンクの行動がなかったら、ボクは始まってない。「アンタのハジマリを知ってる」───その言葉に偽りはない。

「……ありがと」

「何が」

「ボクに人生をくれて」

「───」

 息を飲んで、分かりやすく驚きを表情に表す。そんなことを言われるなんて、本当に予期していなかったのだろう。シンクはただ被験者のアリアが欲しかっただけ。ボクが生き延びたのは偶然だ。でも。

「シンクのお陰でボクはボクとして『生』を始められた。シンクがいなかったらボクはいないんだなって思って。恩人だね」

「……そんなつもりはないよ」

「いいんだよ、結果論で」

「………………」

 眼を伏せて、距離を取り直される。居心地悪そうな顔が見ていて面白い。からかうと悪いから言葉を作った。

「でも、なんかいいね」

「……今度は何を言い出す気?」

「そんな警戒しなくても。ボクが問題発言ばっかしてるみたいじゃん」

「してるんだよ」

 辟易、という様子で断言されてしまう。そんなに問題発言をしている自覚はないのだが、彼からすると違うらしい。自覚がないから分からないやと思いつつ、話を戻す。

「シンクの始まりにはボクがいて、ボクの始まりにはシンクがいる。それっていいなって思って」

「………………」

「何その顔」

「無神経な女に飽き飽きしてる顔だよ。なんでアンタっていつもそうなの? ボクの心臓に恨みでもあるワケ?」

「ないけど……」

 心底不愉快そうに言われてしまい、ちょっと萎縮する。どうしてシンクの心臓の話が出てくるのかも分からない。とりあえずボクはまた問題発言をしたらしい。納得がいかない。

「……で?」

「うん?」

「なんで誕生日なんか祝いたいと思ったのさ」

「それは当日伝えたいんだって」

「今がいつだと思ってるの。聞かなきゃ忘れるよ」

「忘れてもいいよ、ボクが覚えてるから」

「ああそう……」

 疲れたようにシンクが息を吐く。彼がボクに渡してくれる感情は大概だけど、それでも側を離れないでくれるから有難い。本当、ボクなんかの何がよくて留まってくれているのだろう。

 そんなことを不思議がりながら、ボクは年に三回決まった「特別な日」を待つことにする。意味を感じているのはボクだけかもしれないけど、それでもいい。繰り返す内に、いつか彼の中でも意味が生まれてくれればいい。

 伝えたい言葉は単純だ。ありきたりで、誰もが思い付くシンプルなもの。何番煎じかも分からない。でも、こういうのは王道でいいと思うから。






 ───生まれてきてくれてありがとう。
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