テセレマ&アリア


 この体で帰ってきて、変わっていたことは幾つかある。その中の一つがアニスの様子だった。彼女はある晩、ボクを訪ねて問いを掛けた。何故テセなのか───シンクではダメなのか、とボクに問う。

 ボクの回答は以前と変わらない。テセはテセで、シンクはシンクだ。代わりになんかしたくないし出来ない。だからどちらもの手を離せないのだと、正直に。アニスは……ボクを批難した。

「そんな……! そんなの、ズルいよ。私はずっと、テセレマ様の……ううん、イオン様の側にいて……あの人が導師になってから、旅の間もずっと側にいて……!」

 涙を溜めた大きな瞳。ボクを睨み付け、強い感情を伝えてくる。ボクの存在を認められないと、強固に。

「貴女なんて知らない……! いなかったのに、急に出てきて……イオン様の、一番大切な場所にいる───当たり前みたいに愛されてる!!」

 ───当たり前みたいに愛されている。

 その言葉の重みを改めて感じてしまう。ボクはそれを得難いものだと感じて大切にしているつもりだ。でもどこかで愛されることを自然に受け入れているのも事実だった。テセがボクに傾けてくれる「それ」を疑っていない。……その在り方が、アニスの気持ちを乱してしまっていた。

 どうして、と問いたいボクに、アニスの方こそ「どうして」と問いを口にした。どうして急に現れたのか。どうしてテセに愛されているのか。「私の知らないイオン様みたい」とアニスは囁く。ずっと側で、隣で支えてきたのに。誰より近くで見てきたのに───

「尊敬、して……私のせいで、死んじゃったから……言っちゃいけなくて……想っちゃいけなくて……だから……」

 不意にアニスの勢いが落ちる。視線が揺れ、何かに迷うように曖昧になる。彼女の名を呼ぶボクの声も届いていなかった。ただアニスは頭を押さえ、書き加えられた記憶の中で彷徨う。

「私はいつから……? 違う。尊敬してるの。あの人は導師で、私と全然歳も変わらないのに、いつも先を……未来を……この星で生きるみんなのことを考えていて……」

 アニスの瞳を戸惑いが埋めていく。それがあまりに乱雑で、彼女の感情が余程嵐のようであることが窺える。でもそれはボクに伝播しない。外に発露されるものではない。彼女自身を傷付ける、感情の波。

「私は、尊敬してるの。それ以外の感情なんて、ない。期待したり、傷付いたりなんて、してない。イオン様がどんな人と結ばれても、私、わたし……私には」

 言い聞かせるように「尊敬している」と繰り返す。でも彼女の言葉は違う感情を示していた。想ってはいけない、口にしてはならない。そうして律する彼女は、唐突に現れて愛されるボクを認めがたくて───きっと、テセに恋をしている。

 ボクがいた歴史の中で、彼女がテセに恋をしていたのかボクは知らない。ボクはそういう感情に疎かったから、もしかしたらアニスはずっと辛い気持ちを抱えていたのかもしれない。でも側でボクとテセを見守っていたから、その気持ちを封じ込めていたのかもしれない。その想いが、ボクという存在が消えることで違った成長を遂げても不思議はなかった。

 ボクを映して混乱する瞳。ボクという存在を認めれば、彼女は抱いた恋心を否定することになる。自身を記憶する粒子が不成立の感情に損壊してしまう。ボクを思い出そうとする彼女の影は、不気味にさざめいた。

 ボクは咄嗟に彼女を第一音素で眠らせて。翌朝顔を合わせた彼女がボクとのやり取りを覚えていないのをいいことに、出来事に蓋をした。教えられた感情を見てみぬフリをした。どうすれば彼女の苦しみを和らげることが出来るのか、分からないまま。







*****







 その出来事は検査のためにグランコクマを訪ねている時に起きた。そのためボクはルークとガイとも行動を共にしていて、少なからず表情を沈ませていれば二人はボクを心配して声を掛けてくれる。

「俺で良ければ聞くよ。俺じゃ大して力になれないかもしれないけど……」

「ちょっと人に言いづらい悩みでね。ありがと、ルーク」

「そっか……」

「誰にでもそういう秘密はあるもんさ。ただ、あんまりテセレマやシンクに心配かけないようにな」

「うん……」

 ガイはボクのことを思い出してはいない。それなのに余りに自然に気遣ってくれるのが不思議で、疑問が湧いた。そのまま問い掛ける。

「ねぇガイ。君はボクのこと警戒しないの?」

「警戒?」

「自分で言うのもなんだけど、ボク怪しくない? 急に現れてルークの友達で、テセやシンクとも親しいんだよ。怖くない?」

「直球だな」

 ボクの疑問にガイが苦笑する。その顔には未だにボクに対する疑いが見えない。あるのはただ穏やかで、自分より年の若い娘を見守るような眼差しだ。

「確かに旦那に先に事情を聞いてなかったら、警戒してたかもしれないな」

「大佐はなんて?」

「君がアリアのレプリカで、ルークや旦那にとって仲間のような存在で、テセレマとシンクにとって大事な人だってことしか聞いてないよ」

「それ全部鵜呑みにしたの?」

 表面上の話しか聞いていないということだ。色々あって大佐はボクのことを思い出している。でも事実をそのまま伝えるリスクを冒すほど愚かではない。そういう説明になるのは自然だった。

 それでも、そんなの「大佐がそう言ったから信じた」としか思えない。信じられなくて問えば、ガイは少し困ったように笑って答えた。

「旦那とはちょっと付き合いが長くてな。旦那が俺に根拠も話さないで『信じてやって欲しい』って言ったんだ。自分じゃなく君を、さ。それを信じられなかったら、俺は旦那から俺への信頼も裏切ることになっちまうよ」

「大佐が……」

 全く知らなかったが、意外だし有り難いことだと思う。大佐なりにボクを心配してくれたのだろうか。今のボクには伝えられる背景があまりに少ないから。なんて思っていると、ガイが思い出したように付け加える。

「───ああ、でも。今俺が君を信じられるかもって思ってるのは、旦那に頼まれたからじゃないな」

 どういうことか、顔を見て促す。ガイはからかった様子も言い訳を口にする様子もなく、すんなりと答える。

「実際に会って、話して……なんて言うのかな。俺自身が君に安心したんだ。懐かしいって言っちゃおかしいんだろうが、自然と馴染んだんだよ」

「……そっか」

 それはきっと、彼が覚えているからだ。ボクがいた歴史を、そしてボクに対する感情を。旅の始まりには毛嫌いされたものなのに、不思議なものだ。今の世界には、何の根拠も示さずボクを信じたいと思ってくれる仲間もいる。それは何だか心強いような、そんな気がした。

「……アニスのことか?」

「………………」

 ルークに問われ、ボクは肯定するのも難しくて黙る。でも沈黙が答えだった。ルークとガイは顔を合わせ、それから思い思いの言葉をかけてくれる。

「大丈夫だって。そりゃすぐには難しいかもしれないけど……」

「いやぁ……アニスに関してはちょっと、なぁ」

「なんだよ、ガイ。何か知ってるのか?」

「知ってるわけじゃないが、察しはつくさ。だがまぁ、アリア。君のその悩みは、君が解決するものじゃないかもしれないな」

「どういうこと?」

「アニスの気持ちが向いてる先は君じゃないだろ?」

「───」

 それは、盲点だった。確かに今のアニスはボクを好んではいない。でも彼女は「どうして」「誰なのか」と問うことはしても、「いなければいい」とは言わなかった。少なくともボクを殺そうとする意志はなかった。

 アニスの目的はボクの排除じゃない。彼女の混乱はボクの存在によって引き起こされているけど、彼女にとって大事なのは好きな人を想う恋心だ。アニスの気持ちに答えを出すのはボクじゃない───想われている、その気持ちの先にいる人だ。

「……ガイ。君って天才だね。凄く楽になった」

「お役に立てて何よりです、プリンセス。まぁ、肩の力抜いて気楽にしてろよ。時間が解決することだってある」

「うん。ありがと」

 さっきまでが嘘のように気持ちが軽い。思ったより思い悩んでいたようだし、同時に自惚れていたのだと理解する。自分が解決を考えなくてはいけないと、自分のせいだとそればかり焦点を当てていた。

 でも、事の中心はその場所にはない。記憶を戻しても戻さなくても彼女の恋心に作用しないのなら、ボクに出来ることはないのだ。当事者間の話に、部外者が口を挟む余地などない。

 ボクに出来るのはただ結果を見守ることだけ。そうしてテセがアニスを選んだなら……その時はその時だと、覚悟を抱くことくらいしか出来ることはなかった。







*****







 ダアトに戻って、ボクは天師の座に就く。髪をシニヨンにし、ヴェールで目元と共に覆って。そうすれば視覚的な刺激が減ったからか、アニスはグランコクマの時のように取り乱すことはなかった。

 それからすぐ成り行きで知り合い直したフローリアンと言葉を交わし、ボクのせいでアニスが泣いていた日があったと伝えられる。ボクが悪い奴ならアニスのために行動しよう、とフローリアンはボクを探していて……言葉を交わした結論は、良い人だったらしい。

 アニスのために何も出来ない、と落ち込む彼にボクはフィタの存在を教えた。願い事を込めて身に付ける組み紐のようなもので、願いを持つ誰かを元気付けるなら適当だろう。一緒に必要なものを買いに街へ出て……「アニスと二人で作ってみるね」とフローリアンは礼を口にして帰っていった。

 その出来事があったからか、やがてアニスがボクを訪ねてくる。教団のために調べ物をしていたボクに「テセレマ様のためにもきちんと休んで欲しい」とまで言う。

「確かに、アニスちゃんは貴女を認めてません! 急に現れて、導師様やルークに信用されてて……怪しいですもん。私には導師守護役として、導師様の安全を考慮する責任があります!」

 そう毅然と言い放って、「でも」とトーンを落とした。

「貴女が教団のことをいい加減に考えてないって……真剣に導師様の側にいることくらい、私にだって分かるんです」

「………………」

 痛みに耐えるみたいに、アニスは眼を伏せる。その顔には「分からなければ良かった」と書いてある。そのままアニスは自身の懐に下げた短剣に触れた。そこには組み紐がぶら下がっている。きっと、フローリアンと一緒に編んだフィタだろう。彼女はどんな願いを込めたのだろうか。

「フローリアンにフィタを編むことを提案してくださったの、天師様なんですよね? フローリアンが言っていました」

「あー……まぁ、うん」

「ありがとうございます。あの子すっごく嬉しそうで……私、そんなにフローリアンに心配を掛けてるなんて思ってもなかった。自分のことで頭がいっぱいで……それに……」

 フィタに触れて、アニスの言葉が消える。じっとその組み紐を眺めて、彼女は眼を上げた。真っ直ぐな瞳で問われる。

「どうして、フィタだったんですか?」

「どうしてって言われても……丁度いいと思ったからだよ。フローリアンの希望は君に笑顔でいてもらうこと。なら……そうなればいいって思ったから」

 とても合理的に出した結論のつもりだった。なのに、アニスはボクの答えを聞くと笑った。泣きそうな顔で、何かに苦しむみたいに、そっと。

「───優しいんですね。天師様って」

 それは不意打ちの言葉で、困惑する。優しいなんて言われる理由が分からない。優しく在るつもりなどない。ボクは身勝手で、無責任で、誰かのためなんてものもない。なのに何故こうも何度も優しいと伝えられるのか。ボクに初めて「優しい」と笑ったのは、テセだったような気もする。

 アニスはボクの困惑に構わず、ようやく向かいのソファに座った。

「私、天師様のことを何も知りません。知らないままじゃ、何も変えられないと思うんです」

 背がピンと伸ばされ、真っ直ぐな瞳がボクを映す。今日になって急に見るようになったこの瞳の意味を、ボクは遅れて理解した。何が彼女をそう決心させたのか、正確なことは分かりようもない。でも彼女はボクと向き合うと決めたから、ココへ来たのだ。

(……いや、逃げてたのはボクの方か)

 アニスは何度も、ボクが何者であるのかを問うた。どうしてテセの側にいるのか知ろうとした。答えなかったのはボクの方だ。彼女にエラーが起きることを恐れて、彼女もボクには問わなくなった。

 でも、今のアニスはボクを知ろうとしている。懐疑から問い質すのではなく、知ることで関係を前向きに進展させようとしてくれている。大佐がボクに記憶の齟齬を問い掛けた時と同じように。

「お願いです。私に天師様の───ううん。アリアのことを、教えて」

「………………」

 迷いはあった。アニスは一度、ボクの存在を認められずにエラーを起こしている。記憶を戻すなら第零音素を操作すればいい。大佐で経験しているから難しいことではない。でもそれは、この半年で彼女が培った感情を殺してしまいかねない記憶だ。ボクは覚えている。テセが、最期の時にくれた言葉を。

(……話す、だけなら)

 いいかもしれないと思う。もし前回のようにエラーを起こすなら、また強制的に眠らせればいい。安全な方法ではないが対処として選べないものでもない。

 思い出して欲しいとは思えない。でも関係を前進させようと思ってくれるのは嬉しい。ボクにとってのアニスは仲間だ。例え分かり合うことが難しくても。心を決めて向かい合う。彼女がそうしたように。

「おかしな話だと思うけど……ボクは、君達の旅を知ってるんだ。すぐ近くで見ていたから」

 旅に同行していたアリアは自分だと、すぐには口にしない。直接的なアプローチはエラーのリスクを増加させるばかりだ。今回はとにかく、エラーを起こさずに会話を成立させ、相互理解を深められたならそれが良い。会話の目標をそこに定め、慎重に言葉を選んだ。

「だからルークはボクを知ってるし、親しくしてくれる。テセやシンクだってそう。二人は……ボクを選んでくれた」

「………………」

 荒唐無稽な出だしに、アニスは否定を口にしない。自分の記憶にないボクの話を、とりあえず聞こうとしてくれる。今のところ、エラーの予兆は見られない。

「ボクが何者かって問われれば、御子のレプリカだよ。そうやって出会って、テセに名前を渡したんだ。シンクを地核で死なせなかったのもボク。テセを第七譜石の前でちゃんと死なせなかったのも……ボクだ」

「……それは、貴女がアセリスィアの核だから?」

「どうかな。そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。ただ、死ぬことを許せなかったのはボクの意志だ。二人に、死んで欲しくなかった」

 偽りの歴史の中で、二人の死の否定は御子がアセリスィアとの契約により引き起こした事象とされている。アニスの問い掛けは恐らくそれだろう。それは事実とは多少異なるが、全く違う話でもない。

 ボクの類い稀なる頑固さが二人を生へ繋いだなら、それはボクがアセリスィアの核となり得る存在だったからと言えなくもない。アイオンの伴侶の話もあるし、明確にすることは難しい。

「それなら……」

 アニスはボクに問いを重ねる。緊張に乾いた喉で唾を飲み、慎重にその言葉を送り出す。知りたくないことを知ろうとするように。

「それなら、貴女もあの場所にいたの? 導師様が───イオン様が、私のせいで死んじゃった場所に……」

「───うん。ボクはいた。全部見てたし、知ってる。君がテセを死なせる選択をしたことも……ボクが彼を助けられなかったことも」

「───」

 包み隠さない。今のボクはどんな眼で彼女を見ているだろう。表情を作ることはしなかった。だってボクは優しくない。彼女のために嘘なんて吐けない。ボクは、テセを選ばなかった人を許さない。アニスは息を飲んで瞳を大きくする。それから胸の前で拳を握ると、震える声で尋ねた。

「……私を憎んでいますか?」

「分からない。君に酷いことを言ったり、痛め付けたいとか、そういう気持ちはないよ。ボクも何も出来なかった。同罪だ」

 当たり前に答えれば、アニスは激しく首を横に振る。それから前のめりになって腰を浮かせると、声を荒げた。瞳に、いっぱいの涙を溜めて。

「違う! 私と貴女は同罪じゃない! 私はっ……私はイオン様を殺したの!!」

 強い感情に、ボクは眼を伏せる。この感情を正面から受け取ってはいけない。それがどんなものか知っているから、卑怯だけど先に自身を守る選択をする。この感情に揺らされてしまえば、エラーを避けた慎重な会話など出来なくなってしまう。アニスは震える声で告白する。

「私は……守護役に相応しくなんかない。守るべき人を自分のために殺したんだ。あの人の側にいるべきじゃないのは私の方だって、分かってる……!」

「………………」

 ボクは応えない。アニスが守護役に相応しいか否かを決めるのはボクではない。でも彼女はボクに問う。自分は守護役に相応しいと思うかと。

「……貴女も、そう思ってますよね」

「別に。テセは君を許した。それが全部だ」

「嘘だよ。だって貴女の全てがそれを伝えてる。───私を許さないって……そう思ってるのが伝わってくるよ」

「………………」

 表情を読めるのは、何もボクの専売特許というわけではない。今のボクは隠していない。表情を作って傷付けない嘘を吐こうなんて考えてない。気付くなら、気付いてくれて構わない。ボクとアニスの関係は、そこから作り直したものだったのだから。

 ボクは眼を上げた。アニスの瞳をきちんと見る。痛みに揺れる眼。望んでいるのは肯定だろうか、否定だろうか。どちらでも構わない。口を開いて、問い掛けの答えを口にする。

「───そうだよ。ボクは君を許してない。テセを死なせた君の選択を、消極的な選択だったと思わない。仕方がなかったなんて口が裂けても言わない。ボクは君を許さない。君は、テセを殺したんだ」

「……!」

 自分でも驚く程に感情が声に乗ったと思う。この声を聞いたなら、ボクの抱く感情を憎しみと表現する人もいただろう。でもこれは怒りだと思う。ボクを突き動かすのは、いつだってその感情だ。冷たい心臓を焼く程の怒り───許さないことが、ボクに行動するための力を与える。

「だから君が守護役の立場にいることに、ボクはたまに『なんで』って思うよ。君はテセを選ばなかったのに、今更テセを選ぶなんて虫がよすぎるって思いもする」

「………………」

 アニスは何も言わない。与えられる痛みに、当然の罰を受けるように無言で耐える。両の拳を握り、体を震わせ、それでも耳も塞がず、飛び出しても行かず、そこにいる。唇を引き結んで、流れ落ちる涙も拭わずに立ち続けた。

 だからボクも言葉を止めない。関係を始めるなら、この話はどうしたって避けられない。それをボクもアニスもよく分かっている。

「でも君を守護役から排斥したいとは思わない。君は旅の中でも真剣にテセを想ってたし、テセが死んだ後だって……どうでも良くなったわけじゃないって、知ってる」

 話題にすることは決して多くはなかったと思う。みんなも何となくその話題に触れることは避けていた。ボクにはそれが、テセのことを忘れてしまったみたいに映って嫌だったけれど、身近な人の死に余裕を持てなかったのはお互い様だ。

 ルークは師や被験者を、ティアも兄と師を。ガイも、ナタリアも……大佐も。みんなが自らの手で、身近な誰かの死に直面する直前だった。ルークの死だって、認めたのだからボクらが選んだに違いない。みんなが───アニスがテセの死を背負って最後の戦いに立ったことを、否定するつもりはない。

「君を守護役に望んだのはテセだ。ボクも君が二度とテセを死なせないって思うから、それでいいと思う。君がテセを選ぶのだって……いいと、思う」

「どうして……」

「だって、止められないでしょ。好きなものは好きなんだ。誰がなんて言ったって、それが正しくなくたって……今更の気持ちでも、止められない」

 それは二人に特別な感情を貰って知ったことだ。身勝手に二人の側を離れて痛感したこと。側にいて欲しいと願われて、二人と言葉を交わして決めたこと。

 ボクはそれを口にする。後ろめたい気持ちも、様々なリスクも今は置き去りにして、大切に。

「ボクはテセが好き。……君は? アニス」

 問いに、アニスは体を震わせる。眼を合わせた彼女には怯えがあって、それで引き下がるならそれでもいいと思った。彼女が諦めるなら、ボクは心置きなく側に居られる。

 だからじっと見詰めて待てば、彼女は大きな瞳を迷いで揺らして、言葉を彷徨わせた。

「私は……」

 テセを死なせた。守護役失格。その上で、どこに結論を出すのか。迷って、アニスは眼を上げる。ボクの眼を見る彼女の瞳に迷いがないわけではなかった。それでも結論を出すことは出来たようだったから、ボクはそれを受け入れる。恋敵なんて言うと、やっぱり変な感じだと思うけれど。

「私もイオン様が───ううん。テセレマ様が、好き。ちょっと頼りない感じなのに、優しくて、たまに意地悪で……実は芯の強いところのあるあの人が、好きだった。今はあの頃と同じじゃないけど……同じように真っ直ぐ前を見続けるあの人が好き。テセレマ様を、好きになった」

「───うん。ちゃんと覚えておく」

 どうでもいいとは思わない。かつての仲間の言葉だからか、それとも決して許さないと決めた相手の宣言だからか。理由なんて分からないけど、ボクはアニスの言葉を心に留める。アニスがテセを想う気持ちを、今度は聞かなかったことになんてしない。

 これからボクとアニスの関わりがどうなるのかなんて、分からなかったけど……ボクは何となく、このスタートの切り方で良かったと思えた。







 いつか彼が選ぶまで、恋の行方は分からない。
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