テセレマ&アリア


「渡したいものがあるんです」

「ほへ」

 その日の手伝いを終えたボクに、テセはそう切り出した。表情は柔らかく、緊張のようなものはない。何を渡そうとしているのだろうと思っていれば、彼は引き出しから封筒を取り出した。

 ボクの前へ戻り、それを差し出す。

「気に入っていただけるかは分からないのですが……」

 少し不安そうに眉を下げて、何かも分からずボクはそれを受け取った。封筒を開き、中の物を取り出す。それは……繊細なデザインの一枚のカードだった。

 枝に咲いた黄色の花が印象的な、立体カード。花に多少覚えのあるボクも、それが何かはすぐには分からなかった。どうしてこれをボクにくれるのだろう、と思ってテセの顔を見る。彼は少し言葉に迷ってから意図を伝えてくれる。

「……貴女が物を持ちたがらないことは知っています。自分のために何かを購入したり、部屋を飾ったりはしない。でも……僕は、それを貴女の部屋に飾って欲しいんです」

「どうして?」

「貴女と、時を重ねたいから」

 その答えは少しだけ飛躍していて、ボクはすぐには飲み込めない。でもテセはちゃんと言葉を重ねてくれる。ボクに伝わるよう言葉を尽くしてくれた。

「貴女が物を増やさなかったのは、近い将来に自身が存在しないことを分かっていたからではないですか?」

「……うん」

 肯定した。ボクが自分の物を増やさないのは、勿論性分がある。でもそれとは別に、テセの言葉も正しかった。近い内にどのような形にしろボクという存在は終わる───そう分かっていたから、余計な荷物は増やさなかった。自分が存在した痕跡を、残したくなくて。

 だって、ボクの手には既に余っていた。テセとシンク、二人の存在だけで過ぎたモノだった。だからそれ以上は求めない。置いて去らなければならない大切なものは……増やしたく、なかった。

 少し視線を下げたボクの、空いている方の手をテセの両手が包み込んだ。視線を上げれば優しい千歳緑に迎えられる。彼の望みが伝えられる。

「アリア。貴女はもう自身が消えることを考えなくていいんです。僕やシンクが望む限り、永遠に……貴女は、僕達に留められる」

「………………」

「だから、そのカードを貴女の部屋に飾ってください。貴女の持ち物を増やして……貴女の部屋に、僕と重ねた時間の証を住まわせてください」

「テセ……」

 思わず名前を呼んで、彼は答えを待つように微笑みを返す。ボクは視線を手元のカードへ向ける。彼の望みと、それを形にするもの。少しだけ迷って……ボクはそれを受け入れた。小さく、それでも確かに頷きを返す。

 ありがとう、とテセが囁きを落とした。







*****







「その花は蝋梅と言うんです。冬に咲く花を代表する一つで、雪中四花という四種の花にも数えられるんですよ」

 テセの私室に移り、ソファに並んで座りながら説明を受ける。雪中四花という言葉には覚えがあった。隣からそれを口にする。

「確か、椿・梅・水仙・蝋梅の四種なんだっけ」

「はい。どの花も有名ですが……蝋梅を選んだのには理由があるんです」

「どんな?」

「アリアは蝋梅のことをどれ程知っていますか?」

 問いに、珍しく問いが返った。ボクは素直にそれに答える。

「蝋細工みたいな半透明の黄色い花を咲かせて、香りが梅のように高いから蝋梅って名付けられてることは知ってるよ。梅とは実際は関係ないんだよね」

「はい。『冬の甘い香り』……とも言われます」

 なかなかロマンチックな花だと思う。レムの月に咲く花の中でも特に先駆けて咲く花という印象があり、まだ冬だというのに迎春花とも言われる程だ。勿論縁起はよい。

 それらも伝えれば「アリアなら知っていると思っていました」とテセは少し嬉しそうに微笑んだ。それから、理由の部分を具体的に口にした。

「今アリアが伝えてくれたことの全てが理由になるのですが……一番は先程伝えた香りの話なんです」

「冬の甘い香り?」

「はい。貴女に、それを届けたくて」

 そうして柔らかく微笑まれてしまえば、胸の内が少し落ち着かない。彼がボクに傾けてくれる「それ」が形を伴って目の前に現れた気がして、くすぐったい。

 香りのしない、ただの厚紙のカード。それから、冬を感じさせる甘い香りが漂うような気がして。ボクに眼だけで楽しむのではなく、五感で季節を感じて欲しいと願ってくれたことがなんだか嬉しい。

 感謝の言葉は自然と溢れ落ちた。

「……ありがと」

「どういたしまして」

 少し照れ臭くて眼を見て伝えられなかったのに、テセはしっかりボクを向いて応えてくれた気がする。ボクとテセの関係はいつだってテセの方が余裕がある。普段の落ち着きの差なのだろうけど、少しだけ悔しい。

 そっとテセの指先が触れた。並んで座る二人の間に投げ出されていたボクの手。その指先に絡めるように、そっと。

「これから、毎月貴女に花のカードを贈ります」

「え」

「言ったでしょう? 貴女と時を重ねたいと」

 顔を見れば、ボクを見詰める瞳と眼が合う。テセと重ねる時間───その証。これから毎月、花をあしらった繊細なカードがボクへ届けられる。彼の気持ちと共にそれを受け取り、ボクはそれを自室に飾ることになる。部屋の中に彼との時間を示すものが住まうことになり……一年中、ボクは彼を思い出すのだろう。会っていない、その時も。

 それはなんだか、とても過ぎた幸福を与えられている心地がして。絡められた指先に、ボクも少しだけ握り返すように力を込めた。

「人に物を貰うのって、ちょっと勇気がいるんだけどさ」

「そうなんですか?」

「うん。そこには常に何かの気持ちが込められてるでしょ? ボクはそれをちゃんと受け取れる自信がなくて……物を貰うのが怖い、みたいな感覚がある」

 でも、とボクは続けた。テセの眼を見て、頬は自然と緩み、微笑みを形作って。

「君との証が部屋に置けるのは、凄く嬉しいな。ホントにありがと」

「……僕の方こそ、ありがとう」

「どうしてテセがお礼を言うの?」

「どうしてでしょうか。上手く説明ができないのですが……貴女に、受け入れて貰えたと感じているから……だと思います」

 受け入れる。テセの願いを、想いを。受け入れて、ボクは今穏やかにいられている。以前は戸惑ったり申し訳なく思うばかりだったのに、今は少し違う。望み望まれる関係を受け入れる───それと同じことのような気がした。

 テセはそのまま、思っていたことを伝えてくれた。

「今の貴女は自由です。どんな生き方でも選べた。それでも貴女は僕の側に留まることを選び、天師として教団に関わる未来を選んだ。……理由を聞いてもいいですか?」

「分かってるでしょ」

「はい。でも、貴女の口から聞きたいんです」

 テセの顔に不安などはない。答えが分かっていて、信じて期待する上でボクを促している。自信がある、なんて言うと少し変だけれど多分それが近い。ボクの理由に自分との未来が含まれていると確信している───その通りだから、ボクも偽らずに答えた。

「君の側で……君と同じ未来を見たいから」

「……アリア」

 彼は、ボクの名を囁いて。呼吸が近付く。

「貴女がそれを望んでくれることが……僕は何より嬉しいんです」

 絡め合った指先を意識しながら、触れる呼吸に眼を閉じる。柔らかく、優しく啄むだけのそれ。でもそれこそが、彼の想いを伝えてくれる触れ合いだから。

 十三枚の月花のカード。それがボクの部屋を飾る未来が楽しみだ。毎日君との時間を思い出そう。そうして一年、また一年と積み重ねる。君の隣で、永遠に。







 初めて、ボクの部屋が色付いた。
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