シンク&アリア⑤


 アリアに突っ掛かる団員の存在は把握していた。それは幾度か喧嘩を売り、見事に買ったアリアによって模擬形式の決闘で決着をつけられていた。勿論、アリアが勝利を収めた。

 それで大人しくなるかと思えば、そいつは粗末な計画を立てたらしい。アリアにつけていた監視役から報告を受け、ボクはその現場へ向かった。







*****







 必然とはいえ、ボクの管理する騎士団の本部でアリアに手を出すなんて頭が悪い。そもそも頭が良ければ彼女に手を出そうなんて思う筈もないので、仕方がないだろう。

 あんなにしつこく連れ歩き、執務室も分けずに特別に扱ったのに、頭の悪い馬鹿はどこにでもいる。人払いのされた部屋へ踏み込み、その馬鹿を冷たく見下ろした。

「ん……! んん……!!」

 目を覚ましていたらしい。音素灯一つ程度の明るさしかない薄闇の中に女が転がされている。縛り上げられ、猿轡を咬まされているようだ。ゴミに喚かれても不快なだけなので順当な対処だ。近くに男が二人、同様に拘束されて転がされている。意識はない。

 監視役の報告曰く、アリアの危機管理意識の低さを利用して、女が自身を囮に誘き寄せたらしい。金で雇った男にアリアを襲わせるつもりだったとされており、あまりに下らない。勿論、ボクの「使える駒」が未然に防いだため何事もない。

「んんん……!!」

 女がボクを見上げて必死に何かを主張するが、構う気はない。無視して奥へ足を向ければ、椅子に座って眠るアリアの姿がある。

 普段アリアの容姿を隠しているヴェールが外され、亜麻色の髪が少し乱れていた。それを少し整えてやって、様子を確かめる。腕に外傷があったようだが、治癒が済んでいて問題は見られない。顔色も脈拍も正常で、報告にあった麻痺毒も解毒されているようだ。

 剥がされたヴェールを着け直してやり、抱え上げて扉へ近付いた。

「運べ」

 廊下の闇へアリアの体を預け、扉を閉める。これで煩いゴミの喚き声と汚い血でアリアの身が汚れることもない。ボクは女の前に立ち、その体を蹴って仰向けに転がし直した。心臓の位置を踏み、体重を乗せながら告げてやる。

「お前は今から死ぬ。その前にボクの質問に答えろ」

「んん……!?」

 女の顔に絶望のような表情があって、ボクはナイフを取り出した。大声で喚かせないよう肺を適度に潰しつつ、刃で猿轡を切り離してやる。その際に顔の皮膚を裂いたが構わない。今すぐ死ぬ程の傷ではない。

「ひっ……!」

 ひきつった悲鳴が女から漏れて、ボクは僅かに肺を潰す重みを増やした。騒げば無駄に痛い目に遭うと親切に教え込んでやる。恐怖というのは人を従わせるに簡単なもので、頭の悪い人間でも意図を理解するのは早かったようだ。怯えきった顔はボクを見上げて動かない。

「───それで? お前の目的は?」

「……ぁ……」

「口の中をナイフでかき混ぜてやってもいいんだよ」

「ま、待って……!」

 女が血相を変えて声を絞り出す。これ以上の脅しは要らないらしい。ゴミの体を踏み潰しながら、役目を与えられなかったナイフを手の中で弄ぶ。か細い鳴き声が耳障りに言い訳を並べ始めた。

「わた、くしは……相応しくない者を、排除しようとしただけです……!」

「へぇ。天師の実力は身を持って知ったと思ったんだけどね。その腹いせにこんな粗末な計画を立てたお前の方が、この教団には相応しいって言いたいワケだ」

「ぅ……ち、違います……わたくしは……!」

 女が必死に何かを訴えようとして思い至る。事態がこうなる前に、アリアから下らない話を聞いたのだったか。何の価値もない嫉妬。

「あぁ、そういえばボクの副官になりたかったんだっけ? 願い下げだよ。どうせ置くなら使える人間を置く。まぁ天師がいるから必要ないけどね」

「どう、して……」

 震える声で女が囁いて、肺を潰す力を緩和してやる。今後も同じような馬鹿が湧いてくるかもしれない。少しは話を参考にしてやるつもりがあった。しかし飛び出してきたのは何の価値もない発言だ。

「どうして、それ程までに───あの女の顔が、御子様と似ていることと関係が……うっ!」

 肺を潰して黙らせる。聞くに耐えず、答える価値もない。

 初めは、確かに関係はあった。アリアに関心を持ったのは眠り続ける被験者を知っていたからだ。燃えて消えた筈の、「導師のモノではないアリア」が目の前に現れれば興味を抱いて当然だろう。

 だが、今のアリアと被験者には何の関係もない。彼女の価値は星の記憶や有象無象が決めるモノではない。ボクにとっての価値は、ボクだけが知っていればいい。

「お前がしようとしたことを、そのままお前に味わわせてやってもいいけど……時間の無駄だね。ボクはお前の心だとか貞操に興味なんてない。いたぶるだけの価値もない」

 女が眼を見開く。涙が溢れ出して、だからといってボクの心とやらは動かない。踏みつけていた足を離し、改めて見下ろす。最後の問いだ。

「もう一人について知っていることは?」

 駒の報告では、アリアを部屋へ連れ込んだ人間がいた。麻痺毒を使ったのはその人物とされていて、駒の一人が後を追っている筈だ。聖守護騎士団の制服を着ていたとしても部外者である可能性はある。繋がりがあると考えられる女から情報を得られれば話は早い。

 だが女は口元を引き結ぶと黙秘を選んだようだった。この場にいない仲間が処罰されることを避けたいらしい。

「ご立派なことで。なら、生きながら内蔵を取り出される恐怖でも味わってみる? お前が喋らなくても、どうせ優秀な部下が答えをぶら下げて戻るからね」

「いやっ……!」

 ナイフの先を腹部に沿わせる。服の上から僅かに刃を肉へ埋めてやれば、女の顔が痛みと恐怖で彩られ必死に横に振られる。過呼吸でも起こす前のように呼吸が乱れて、騒がれるよりはマシだ。

「───最後のチャンスだ」

 腹部に先端を埋めたまま声を鋭くして促せば、女は顔面を汚くして震えながら答えた。

「彼女は……第二師団の……」

 そのまま名前まで聞くが、同じ名前は幾らでもいるので簡単にはヒットしない。そもそも偽名と考えられるし、その辺りは記録を調べた方が確かだろう。他に情報はないか問い質すが、女は否定した。本当にただ仲間だと思っていたらしい。お気楽な脳味噌で何よりだ。

「ゴクロウサマ。もう用はないよ」

 告げて離れれば、女が見るからに安堵する。そして何かを喚き始めた。聞く価値もないゴミの嘆き。

「統括総長……わたくしは前から貴方を慕って……第五師団の師団長であった頃の貴方は、誰かに惑わされ大義を見失うことなどありませんでしたわ!」

 大義と聞いて笑ってしまう。ただ預言を呪うボクに大義なんて在りはしなかった。まさか、あの頃の方が良かったなんて戯れ言を口にする気か。

 何も知らないからそんな愚かなことが言える。ただ空虚に、預言を憎んで己を存在すると喚き散らしていただけだ。少なくともボクは今の方がいい。ボクだけに伸ばされた手を知っている。

「統括総長!」

 女の喚きを無視する。転がる男共へ近付き、その様を見下ろす。アリアに触れようとした指を切り落としてやってもいいが、元々拷問は趣味ではない。取るに足らないゴミに時間をかけるより、さっさと済ませてアリアの側に戻りたい。長くこの感覚に浸っていると、アリアの前で同じ顔をしてしまいそうだ。

(金で買われた程度で命を失くすなんてね)

 大した背景も持たない、そこの女に利用されただけの道具。せめて道具として使い捨てられるなら、もっとマシな人間を主人に選べば良かったのにと思う。ボクがヴァンに使われたように───アリアに全てを預けたように。

 足を持ち上げ、躊躇いもなく頭部を踏み潰す。一年ぶりの感覚は変わらず不快だが、下手に喚かれるよりさっさと処理してしまいたい。アリアの顔も見られてしまっている。

「ひぃ!?」

 女が悲鳴を上げる。構わずもう一つの頭を踏み砕いた。二つ分の、残った胴体が動物らしく痙攣した。返り血は後で落とす。部屋の清掃もさせることにはなるが、仕方がないだろう。

 ぬちゃり、と脳から足を上げ組織片を振り払った。女に近寄り、その靴裏を顔面へ乗せる。間近に嗅ぐ頭蓋骨の中身はどんなものだろうか。知る気もない。

「な……何、を……」

「初めに言ったよ。お前は死ぬ」

「そん……」

「ただの脅しだとでも思った? 馬鹿は幸せだね」

 ぐっ、と足に力を込める。女が眼を見開いて、間違いのない死を理解したのが分かった。仮面越しに嗤ってやる。死の瞬間に、ボクの言葉を理解出来たのかは知らない。

「───ボクは主人を害するゴミを笑って赦してやる程、躾が出来てないんだよ」







 柘榴のように、赤い中身が床を彩った。
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