シンク&アリア⑤


 シンクが倒れた。フローリアンから聞いた話に驚く。目撃したのは彼だけらしく、本人は「目眩がしただけ」と言い訳したそうだ。

 普段のシンクは仮面を着けているから顔色は分からなかったそうだけど、フローリアンは「お兄ちゃん」として心配をしていて、「黙ってろ」と言われたのにボクに告げ口をしてくれる。

 話を知った以上、ボクも知らんぷりはしない。何気ないフリをして、シンクに事情を聞き出すことにした。







*****







「疲れてる?」

「そう見えるの?」

「なんとなくね」

 方便ではあったが、完全な嘘でもない。注意深く見ないと分からない程に隠されているが、シンクはどこか疲れた様子に見えた。吐く息が時折少しだけ重さを伴って聞こえる。

 ボクの指摘にシンクは分かりやすく息を吐いた。

「少し寝られてないだけだよ」

「いつから?」

「いつからでもいいでしょ」

「心配してるの」

「……アンタを取り戻してからだよ」

 こちらは真剣である、ということを伝えれば、シンクもようやくまともに取り合ってくれた。ボクを取り戻してから───その意味を考えた。

「……ボクのせい?」

「そうだって言ったらどうしてくれるの?」

「分かんない。何か出来る?」

「アンタをボクの部屋に置きたい」

「ボクは設置型じゃないから諦めて」

 今のボクは教団の特別顧問として籍を置いていた。一代限りの名誉爵位のようなものだ。主な役割は導師・祝師・詠師に助言をしたり手伝いをすること。シンクの側にいる時間も多いが、常に彼についていることは出来なかった。

 ボクの回答に「だろうね」とシンクが笑う。

「ならアンタに出来ることはない。余計な気は回すな」

「ボクは設置出来ないけど、何か代わりは置けないかな」

「アンタの代わりなんかないよ」

「そういうことじゃなくて……ええと、ボクを思い出す何かとか」

「………………」

「何か思い付く?」

 問えば、シンクは一度顔に躊躇いを書いた。だが首を振って誤魔化してしまう。

「ないよ」

「嘘だ。今思い付いてたでしょ」

「……なんでこういうことには目敏いのさ」

「そんなこと言われても」

 よく他人を観察しているから、としか言えない。他人が示す感情の多くに同情も共感も出来ないが、想像や予測をすることは多い。ボクというのはそういう奴だ。

 ソファから立ち上がり、執務机についているシンクの側に寄る。近い距離から改めて尋ねた。

「出来ることがあるなら教えて。君のために何かしたい」

「………………」

「シンク」

 重ねて名を呼べば、彼は諦めたように息を吐いた。どうやら誘惑に負けてくれたらしい。シンクは片肘をついて視線を逸らすと、ようやく言葉にしてくれた。

「……証が欲しい」

「証?」

「アンタとボクの繋がりを証明できるモノだよ」

「───」

 その言葉は、明確にしていなかったものをハッキリと形に変えた。ボクが戻ってから眠れていないシンク。その対処としてボクとの繋がりを所望するということは、つまり……

「……ボクがまた消えるかもって思ってる?」

「少し違う。……もし、アンタを思い出さない日が来たとして」

「………………」

「思い出さないことにすら気付けない。……それが嫌なんだよ」

「……シンク」

 嫌、という言葉を使いはしたが、きっと「怖い」の方が近いのだろう。少なくともボクの眼に映る彼の瞳にはその色が見え隠れしていた。ボクを思い出さないことに、気付くことすら出来ない可能性を恐れてる───ボクが勝手に消えたから。

 間違いなくボクの行いのせいだ。彼の不眠は、ボクのせい。なら、彼の希望を叶えよう。それがせめて今のボクに出来ることだから。

 揺れる千歳緑の瞳を見詰めて希望を尋ねる。

「証、どういうのがいいの?」

「ココ」

 言って、指先が彼の左耳を示す。

「ココにピアスみたいに埋めて」

「……それって」

「今のアンタでも出来るでしょ」

 何を願われているか、分かってる。シンクが望んでいるのは輝石だ。ボクにしか作り出せない、第七音素と第零音素の結晶。テセにだけあげたモノ。

「あいつだけ、はズルい」

「君の体は虚弱じゃない。直接埋めるリスクを冒す必要はないんだよ」

「分かってないね。この体に証が欲しいって言ってるんだ。それも、見えるところにね」

「………………」

 それがどんな感情に起因するものか、想像は出来る。出来てしまう。他人にピアスを贈る意味だって知っている。目に見えるところに楔を穿つ───その意味も。

 望む方も大概だが、叶える方も大概だ。……叶えたいと思ってしまうのも。

「……分かった」

 頷いて座っているシンクに更に近付いた。座面に片膝で乗り上げて、殆ど密着する近さだ。その距離で彼の左耳に触れる。支えるように、ボクの腰にシンクの手が添えられた。

「テセの輝石みたいには使えない。多分、殆どただの装飾品になると思う」

「それでいいよ。目的が違うからね」

「……うん」

 同意を返して、ボクは祈る。触れた指先に熱が宿った。ボクの意志に応える「意志」の振動だ。第零音素は大気中にも存在する。でもボクは敢えて自身の体内音素から捻り出すことにした。

 テセに埋め込んだ輝石には、当時のボクの体内から作り出された第零音素が混入されている。なら……シンクにだって、そうじゃないとフェアじゃない。

 今のボクに作り出せるものはずっと小さく、弱い。音譜帯を漂うアセリスィアと繋がることも出来ないだろう。でも、今のボクとは繋がっている。彼に贈る証ならそうしたいと、自然と思った。

(……君が、いつでもボクを思い出せるように)

 他人にピアスを贈るのは、自分を身近に感じて欲しいという気持ちの表れだ。親密な関係の象徴で、強い独占欲や束縛を意味する。時に「重たい」とされることもある。

 でも、ボクと彼にはその「重さ」が必要だから。互いが、互いの存在に重さを与える。そうしてようやくボク達は生きられる。生きている実感を得られる。今のボク達は、互いが楔になっていた。







 君を繋いで───君に、繋がれたい。
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