小話:どこにも繋がらない話
旅の途中、何かの折にイニスタ湿原へ寄った。そこで強敵であるベヒモスと遭遇してあら大変。ボクらは珍しく魔物との戦闘で苦戦させられていた。
「困りましたねぇ。状況が良くありません」
大佐が溢した通りだった。前衛であるルークとガイの負傷が重く、代わりに動きを抑えてくれているのはアニスだ。長時間の戦闘でティアとナタリアの集中力も途切れがちになり、回復が遅れている。大佐はいつも通り後方で譜術を扱い、ボクも前へ出る無謀は冒せず補助に回っていた。
普段は魔物との戦闘に加わらないシンクも、今回は手を貸してくれている。全体のバランスを見て後衛へと回ってくれていたが、現状に煩わしそうに宣言する。
「死霊使い。時間を稼いでやるから大技を用意しろ」
「一人で相手する気?」
「他に動ける奴がいるように見える?」
問いに問いが返され、肯定できない。アニスも動きが鈍くなっており、下がらせるべきだろう。今交代すれば前衛はシンクのみになる。流石にリスクが高い。
「せめてボクも」
「負傷者を増やしてどうするのさ。元六神将だ、舐めないでよ」
言うが早いか、制止する間もなくシンクは飛び出していく。アニスを下がらせ陽動を始めてしまう。今まで後衛にいたからシンクは負傷していない。その分のアドバンテージはあるが、長くは保たないだろう。大佐を振り返る。
「大技。合わせるよ」
「叱られますよ」
「まずは生き残らないと」
ボクの回答に大佐は肩を竦め、詠唱に入った。その完成と共にボクも響律符の力を借りる。
「天光満つる処我はあり、黄泉の門開く処汝あり、出でよ神の雷……これで終わりです───インディグネイション!」
「煌めきよ、裁きを下せ───レム!」
音素が具現化し、事象を生む。神の雷と光の鉄槌が黒い巨体を呑み込んだ。
「───ッ!」
断末魔のような咆哮を上げ、ベヒモスが倒れ込む。暫く警戒を向けるが動き出さない。倒した、のだろうか。
「シンク!」
駆け寄って傷を診る。ティアはルークを、ナタリアはガイを優先的に診ており、アニスと大佐は負傷そのものは少ない。封印術もどきのお陰で回復力は劣るが、治癒師として役目を果たすべきだろう。
それ程酷い怪我はない。ホッとする。
「すぐ治しちゃうからじっとしてて」
「ハイハイ」
苦戦させられた直後だというのに、シンクの調子はいつも通りだ。以前は六神将として危険な任務に就くことも多かった筈で、それらと比べると大したことはないと思っていそうだ。
何にせよ生き残って良かったと安堵する。そのボクの視界で───巨体が動いた。
「!」
咄嗟の行動だった。本当なら無理をしないで障壁を張るなりするべきだった。でもうっかり、体が先に動いてしまう。
「ダメ!」
「!」
滑り込む。シンクの背後に迫る鋭い爪の前へ。シンクも気付いて、でも何かをするより結果は先に訪れる。巨体に見合う大きな爪がボクの胴を抉る。───痛い。
「───限定解除!!」
世界が遅延する。色のない景色。レムの力を借りて倒せないなら、方針を変えるべきだ。
「彼の者を捕えよ───シャドウ!」
色が戻る。ベヒモスの影から闇の腕が伸び、その巨体を縛り付けた。それを見届けて膝をつく。遅れて血がぼたぼたと落ちた。ボクの体を誰かが支えてくれる……多分、シンクだ。
直後慌てた声音で叱責が飛ぶ。
「アンタ、何して……!」
「今の内に、離脱して……」
「……っ」
視界が暗くなる。出血が多い。軽いショック状態になろうとしている。シャドウの力も長くは保たない。短い言葉に、シンクはちゃんと意図を理解してくれたようだった。抱え上げられ指示が飛ぶ。
「───撤退だ!」
それに応える仲間達の声を聞きながら、ボクは酷い痛みの中に意識を手放した。
*****
次に目覚めた時は宿に寝かされていた。起き上がろうとして痛みに呻く。ティアやナタリアが治癒をかけてくれた筈なのに、とんでもない痛みがあった。びっくりしてる間に部屋の扉が開く。
「!」
現れたのはシンクで、起き上がっているボクを見付けて仮面の奥で息を呑んだ。大股で近付くと強い力で手首を掴まれる。険のある声。
「ちょっと。酷い怪我をしてるんだよ。大人しく寝てろ」
「そう……みたいだね」
傷が残っているということは、ティアやナタリアでは治しきれなかったということだ。彼女達の消耗は勿論、負傷が重すぎたのだろう。数日は安静にしないといけないかもしれない。
横になり直そうと身動ぎをすると、シンクが体を支えてくれた。助けを借りて、どうにか体を休める。ふぅ、と軽く息を吐く。
「シンクは? 怪我ない?」
「……ないよ」
「よかった」
安心する。折角庇ったのに彼が負傷していたら骨折り損だ。実際に骨が折れているかはちょっと知らないが。ボクの反応を見て、シンクが口を開いた。苛立ちのある声だ。
「なんでボクを庇った」
「なんでって……」
「ボクはアンタの護衛役だ。アンタの矛であり盾だ。アンタが身を挺しちゃ意味がない」
「……うーん」
シンクの言葉は正しい。ボクを護るためにシンクがいるのに、ボクがシンクを護って怪我するのは間違ってる。でも、なんでと問われても理屈なんてなかった。
「咄嗟にさ。体が動いたんだ」
「……なんで」
「分かんない。君に傷付いて欲しくなかったんだと思う」
「………………」
素直に答えればシンクは沈黙する。仮面の向こうでどんな顔をしているのだろう。沈黙の意味を図りかねる。だからボクはそれをねだった。今は、君の表情を見ながら話をしたい。
「シンク」
「……なに」
「仮面。外して」
「なんで」
「お願い」
理由らしい理由もない、ただの我儘だ。叶えてくれる理由なんてないと思う。でも、シンクは少しだけ躊躇うと仮面を外してくれた。
途端、見えるようになる千歳緑の瞳───その色は、沈んで見えた。
「……シンク?」
「ボクなんか……庇わないでよ」
「……どうして?」
「………………」
シンクは答えてくれない。自身が感じていることを上手く言葉に出来ないのか、言葉にしたくないのか。何かに迷うように瞳が揺れる。分からないまま、ボクは応えた。
「同じ状況になったら、多分また庇うと思う」
「やめてよ。いつから自己犠牲が好きになったんだ」
「そんなつもりはないよ。ボクはただ君を護りたいだけ」
「何のために」
「何のために?」
想定にない問いに瞬きをする。理由があって、目的があって庇った訳じゃない。どういうことかと思えば、彼は自分側の話をしてくれる。
「ボクがアンタを護るのは護衛役だから……アンタとの契約があるから」
ボクがシンクの命綱だから。彼がボクを庇う理由は沢山ある。理屈が通って、納得できる。だから理解が出来ない。理屈もなく庇ってしまうボクの感情が。
「アンタはボクを庇うべきじゃない。───こんな、生きる価値も知らない命なんて」
「………………」
それは単純な自己否定ではない。もっと根深い、アイデンティティになってしまっていると言ってもいいものだ。生まれると同時に捨てられた命。それからも何も得られなかったと言っていた。
彼の言葉を安易に否定することは出来る。でも、意味がない。だって彼の絶望を、経験もしていない他人が否定するなんて驕りが過ぎる。
だからボクが伝えるのは……別の言葉だ。
「ボクはさ。シンクに傷付いて欲しくない」
「………………」
「体の傷だけじゃないよ。君が君を傷付ける言葉だって、なければいいと思う。ボクは君に温かい場所にいて欲しい。なんでもない、毎日にさ」
「……なにそれ」
「なんだろね。……でもさ。理由なんかないんだ。ボクがそう思うのは、何かのためじゃない。ただ自然と、当たり前に願ってる」
「意味が分からない」
「だよね。だから事実だけ覚えておいて。ボクは───君が傷付かない世界がいい」
「………………」
シンクは眼を伏せる。複雑な胸中を表すように表情は晴れない。一番色濃く見えるのは戸惑いだろう。誰かにそんな風に願われたことがなくて、どう受け止めていいか分からなさそうだ。難しく考える必要なんてないのに。
「シンク。手、握って」
「は?」
「いいじゃん。ご褒美ってことで」
「こんなことがご褒美になるの?」
「うん」
嘘だ。そんなつもりでねだった訳じゃない。お得意の言い訳。ボクがただ君に触れたいだけ。ボクが手渡す感情に戸惑う君に、少しでも寄り添いたいから。触れていることで───独りじゃないって、分かって欲しい。
そんな心積もりをシンクは知らない。少し迷って手を伸ばしてくれる。繋いだ手は、手袋越しでも温かい。
(ここにいるよ)
君が与えられて、満たされて。そうしてふくふくと、温もりの中に在ることを願う存在が。他の誰が、世界が願わなくても。ボクだけは、願い続ける。
君に、祝福あれ。
「困りましたねぇ。状況が良くありません」
大佐が溢した通りだった。前衛であるルークとガイの負傷が重く、代わりに動きを抑えてくれているのはアニスだ。長時間の戦闘でティアとナタリアの集中力も途切れがちになり、回復が遅れている。大佐はいつも通り後方で譜術を扱い、ボクも前へ出る無謀は冒せず補助に回っていた。
普段は魔物との戦闘に加わらないシンクも、今回は手を貸してくれている。全体のバランスを見て後衛へと回ってくれていたが、現状に煩わしそうに宣言する。
「死霊使い。時間を稼いでやるから大技を用意しろ」
「一人で相手する気?」
「他に動ける奴がいるように見える?」
問いに問いが返され、肯定できない。アニスも動きが鈍くなっており、下がらせるべきだろう。今交代すれば前衛はシンクのみになる。流石にリスクが高い。
「せめてボクも」
「負傷者を増やしてどうするのさ。元六神将だ、舐めないでよ」
言うが早いか、制止する間もなくシンクは飛び出していく。アニスを下がらせ陽動を始めてしまう。今まで後衛にいたからシンクは負傷していない。その分のアドバンテージはあるが、長くは保たないだろう。大佐を振り返る。
「大技。合わせるよ」
「叱られますよ」
「まずは生き残らないと」
ボクの回答に大佐は肩を竦め、詠唱に入った。その完成と共にボクも響律符の力を借りる。
「天光満つる処我はあり、黄泉の門開く処汝あり、出でよ神の雷……これで終わりです───インディグネイション!」
「煌めきよ、裁きを下せ───レム!」
音素が具現化し、事象を生む。神の雷と光の鉄槌が黒い巨体を呑み込んだ。
「───ッ!」
断末魔のような咆哮を上げ、ベヒモスが倒れ込む。暫く警戒を向けるが動き出さない。倒した、のだろうか。
「シンク!」
駆け寄って傷を診る。ティアはルークを、ナタリアはガイを優先的に診ており、アニスと大佐は負傷そのものは少ない。封印術もどきのお陰で回復力は劣るが、治癒師として役目を果たすべきだろう。
それ程酷い怪我はない。ホッとする。
「すぐ治しちゃうからじっとしてて」
「ハイハイ」
苦戦させられた直後だというのに、シンクの調子はいつも通りだ。以前は六神将として危険な任務に就くことも多かった筈で、それらと比べると大したことはないと思っていそうだ。
何にせよ生き残って良かったと安堵する。そのボクの視界で───巨体が動いた。
「!」
咄嗟の行動だった。本当なら無理をしないで障壁を張るなりするべきだった。でもうっかり、体が先に動いてしまう。
「ダメ!」
「!」
滑り込む。シンクの背後に迫る鋭い爪の前へ。シンクも気付いて、でも何かをするより結果は先に訪れる。巨体に見合う大きな爪がボクの胴を抉る。───痛い。
「───限定解除!!」
世界が遅延する。色のない景色。レムの力を借りて倒せないなら、方針を変えるべきだ。
「彼の者を捕えよ───シャドウ!」
色が戻る。ベヒモスの影から闇の腕が伸び、その巨体を縛り付けた。それを見届けて膝をつく。遅れて血がぼたぼたと落ちた。ボクの体を誰かが支えてくれる……多分、シンクだ。
直後慌てた声音で叱責が飛ぶ。
「アンタ、何して……!」
「今の内に、離脱して……」
「……っ」
視界が暗くなる。出血が多い。軽いショック状態になろうとしている。シャドウの力も長くは保たない。短い言葉に、シンクはちゃんと意図を理解してくれたようだった。抱え上げられ指示が飛ぶ。
「───撤退だ!」
それに応える仲間達の声を聞きながら、ボクは酷い痛みの中に意識を手放した。
*****
次に目覚めた時は宿に寝かされていた。起き上がろうとして痛みに呻く。ティアやナタリアが治癒をかけてくれた筈なのに、とんでもない痛みがあった。びっくりしてる間に部屋の扉が開く。
「!」
現れたのはシンクで、起き上がっているボクを見付けて仮面の奥で息を呑んだ。大股で近付くと強い力で手首を掴まれる。険のある声。
「ちょっと。酷い怪我をしてるんだよ。大人しく寝てろ」
「そう……みたいだね」
傷が残っているということは、ティアやナタリアでは治しきれなかったということだ。彼女達の消耗は勿論、負傷が重すぎたのだろう。数日は安静にしないといけないかもしれない。
横になり直そうと身動ぎをすると、シンクが体を支えてくれた。助けを借りて、どうにか体を休める。ふぅ、と軽く息を吐く。
「シンクは? 怪我ない?」
「……ないよ」
「よかった」
安心する。折角庇ったのに彼が負傷していたら骨折り損だ。実際に骨が折れているかはちょっと知らないが。ボクの反応を見て、シンクが口を開いた。苛立ちのある声だ。
「なんでボクを庇った」
「なんでって……」
「ボクはアンタの護衛役だ。アンタの矛であり盾だ。アンタが身を挺しちゃ意味がない」
「……うーん」
シンクの言葉は正しい。ボクを護るためにシンクがいるのに、ボクがシンクを護って怪我するのは間違ってる。でも、なんでと問われても理屈なんてなかった。
「咄嗟にさ。体が動いたんだ」
「……なんで」
「分かんない。君に傷付いて欲しくなかったんだと思う」
「………………」
素直に答えればシンクは沈黙する。仮面の向こうでどんな顔をしているのだろう。沈黙の意味を図りかねる。だからボクはそれをねだった。今は、君の表情を見ながら話をしたい。
「シンク」
「……なに」
「仮面。外して」
「なんで」
「お願い」
理由らしい理由もない、ただの我儘だ。叶えてくれる理由なんてないと思う。でも、シンクは少しだけ躊躇うと仮面を外してくれた。
途端、見えるようになる千歳緑の瞳───その色は、沈んで見えた。
「……シンク?」
「ボクなんか……庇わないでよ」
「……どうして?」
「………………」
シンクは答えてくれない。自身が感じていることを上手く言葉に出来ないのか、言葉にしたくないのか。何かに迷うように瞳が揺れる。分からないまま、ボクは応えた。
「同じ状況になったら、多分また庇うと思う」
「やめてよ。いつから自己犠牲が好きになったんだ」
「そんなつもりはないよ。ボクはただ君を護りたいだけ」
「何のために」
「何のために?」
想定にない問いに瞬きをする。理由があって、目的があって庇った訳じゃない。どういうことかと思えば、彼は自分側の話をしてくれる。
「ボクがアンタを護るのは護衛役だから……アンタとの契約があるから」
ボクがシンクの命綱だから。彼がボクを庇う理由は沢山ある。理屈が通って、納得できる。だから理解が出来ない。理屈もなく庇ってしまうボクの感情が。
「アンタはボクを庇うべきじゃない。───こんな、生きる価値も知らない命なんて」
「………………」
それは単純な自己否定ではない。もっと根深い、アイデンティティになってしまっていると言ってもいいものだ。生まれると同時に捨てられた命。それからも何も得られなかったと言っていた。
彼の言葉を安易に否定することは出来る。でも、意味がない。だって彼の絶望を、経験もしていない他人が否定するなんて驕りが過ぎる。
だからボクが伝えるのは……別の言葉だ。
「ボクはさ。シンクに傷付いて欲しくない」
「………………」
「体の傷だけじゃないよ。君が君を傷付ける言葉だって、なければいいと思う。ボクは君に温かい場所にいて欲しい。なんでもない、毎日にさ」
「……なにそれ」
「なんだろね。……でもさ。理由なんかないんだ。ボクがそう思うのは、何かのためじゃない。ただ自然と、当たり前に願ってる」
「意味が分からない」
「だよね。だから事実だけ覚えておいて。ボクは───君が傷付かない世界がいい」
「………………」
シンクは眼を伏せる。複雑な胸中を表すように表情は晴れない。一番色濃く見えるのは戸惑いだろう。誰かにそんな風に願われたことがなくて、どう受け止めていいか分からなさそうだ。難しく考える必要なんてないのに。
「シンク。手、握って」
「は?」
「いいじゃん。ご褒美ってことで」
「こんなことがご褒美になるの?」
「うん」
嘘だ。そんなつもりでねだった訳じゃない。お得意の言い訳。ボクがただ君に触れたいだけ。ボクが手渡す感情に戸惑う君に、少しでも寄り添いたいから。触れていることで───独りじゃないって、分かって欲しい。
そんな心積もりをシンクは知らない。少し迷って手を伸ばしてくれる。繋いだ手は、手袋越しでも温かい。
(ここにいるよ)
君が与えられて、満たされて。そうしてふくふくと、温もりの中に在ることを願う存在が。他の誰が、世界が願わなくても。ボクだけは、願い続ける。
君に、祝福あれ。