シンク&アリア③


「シンクにとってさ、アリエッタってどういう存在だった?」

 ある日尋ねれば、シンクは思い切り眉を潜めて問い返した。

「何が聞きたいワケ?」

「そんな露骨に嫌そうな顔しなくても」

「したくもなるよ。野次馬根性で聞かれたくないことだってあるだろ」

 そう言うとシンクは顔を背けてしまう。ぱちくり。瞬きをして、少し驚く。野次馬根性で聞かれたくないこと───シンクにとって、アリエッタの話は少し繊細らしい。意外だ。

 思ってもいなかった反応に、一言目に謝罪を選んだ。

「ゴメン。そんなに気にすると思ってなかった」

「………………」

「……聞かない方がいい?」

「……別に。大したことじゃないよ」

 ボクが素直に謝ったからか、シンクの態度も軟化する。何かの感情を逃がすように息を吐くと、彼は問いへの答えを用意してくれた。

「目障りだったよ」

「へ」

「あいつはイオンを……被験者を探してた。こっちは同じ顔をしてるんだ。仮面の下を見られるようなヘマをすることはないけど、近くにいられたらウザいことくらい想像がつくでしょ」

「………………」

 その言葉は、あまりに多くの情報を伴っていた。それは万が一にもアリエッタに正体を知られたくなかったという気持ちと、アリエッタがイオンを求めていたことが不快だったという気持ちと、間違ってもイオンと同一視されたくなかったという気持ち。……そう、聞こえてしまった。

 問いの形に気を付ける。

「仮面の下、見られたくなかった?」

「当たり前でしょ。どう説明しろってのさ」

「まぁ確かに」

 導師のレプリカだという話をしたとして、当時のアリエッタがどう受け止めたかは未知数だ。ギリギリ想像できるのが、ロニール雪山でシンクが仮面を外した時の反応だろう。彼女はシンクを拒絶した。「導師イオンのレプリカだ」という言葉に「そんな筈ない」と返して。

 それは「イオンとシンクは別人だ」という意味の否定には聞こえなかった。ただ……紛い物への存在否定だったように覚えている。

「………………」

「今度は何を考えてるワケ?」

「……ボクの質問で傷付いたらちゃんと教えて欲しいんだけど」

「なにその前置き」

「アリエッタに、イオン様って呼ばれたくなかった?」

「───」

 シンクは。

 何かの感情を磨り潰すように、奥歯を軋ませたようだった。

「……ゴメン」

「謝るくらいなら最初から聞かないでくれる?」

「君の話を聞きたい気持ちは本当だから」

「……はぁ」

 少し大きめに溜め息を吐かれる。そうしてまた何かの感情を逃がして、シンクは言葉を作ってくれる。無神経に触れるしか出来ないボクの希望を叶えるために。

「言っておくけど、特別な感情があったわけじゃないよ。あいつは対象外だ」

「あ、はい」

「ただ……あいつは被験者を知ってる。あいつが呼ぶ『イオン』はレプリカじゃない。───そんな奴と間違われて、気分がいい筈ないだろ」

 声が一層低くなった気がした。

 シンクの中で被験者とイオンレプリカの差は大きい。絶壁があると表現していい程だ。きっとテセと間違われるだけなら彼は嗤ってしまえる。でも被験者とは間違われたくない。天地がひっくり返ったとしても。

「想像してみなよ。あいつがボクを『イオン』って呼んだとする。そうしたら、その一瞬前まで目の前にいた『シンク』は消えるんだ。ボクはいつ死んだって構わなかった。でもそれはボクとしてだ。『イオン』にされて死ぬなんて、御免だね」

 最後には吐き捨てるように彼はそう答えた。想像の中だけでも余程不愉快らしい。顔を顰めて胸の悪さを隠さない。シンクにとって、アリエッタの存在は特大の地雷だった……ようだ。なら、

「ロニール雪山でさ」

「………………」

「……傷付いた?」

「ハッ! ボクのことを小さな子供だとでも思ってる? 自分から仮面を外しておいて、返された反応に傷付く程愚かじゃないよ」

「でも、アリエッタは」

「そうだね。あいつは『ボク』を認めなかった。ボクをイオンレプリカとして否定した───期待通りだったさ」

 期待通りと言いながら、その顔には苦々しさがある。六神将は足並みの揃わない、目的のための集まりだったとシンクは言っていた。それでも言葉を重ねる機会はあった筈で、それは「シンク」と「アリエッタ」の関係性だった筈だ。

 それが、あの一瞬で捨てられてしまった。そう感じていたとしてもおかしくはない。眼を伏せ、問いを重ねる。

「フェレス島で……なんで、言葉を掛けてあげたの?」

「………………」

「教えたくない?」

「……いや。よく覚えてるね」

「意外だったから」

 答えれば、シンクは遠くを見るように眼を細めた。あの時の景色を思い出しているのか、それとも。返った答えは、少し迂遠なところからやってきた。

「ボクは同情なんかしたくない。される奴が惨めになるって知ってるからね。哀れまれるなんて冗談じゃない」

 でも。

「あの時のあいつは……目を覚ませる可能性があった」

「………………」

 シンクはそれ以上言葉にしない。だからボクは自分でその言葉の意味を考える。あの時はテセが死んでいて、アリエッタは仇討ちに燃えていた。だからこそヴァンの思想から離れられる可能性があって───「導師イオン」の影から抜け出せる可能性があった。

 テセがレプリカだと、それだけを伝えればよかった。あとは彼女が「導師イオンの死」に耐えられたなら、きっと違う道が拓けていた。シンクが「烈風のシンク」と違う道を選べたように。

 結局はボクの師が彼女をその道に誘ったわけだけど、その先に存在したのは「生存していた被験者のイオン」だ。シンクが期待したものとは違う……彼女は「導師イオン」の影から抜け出せなかった。

 シンクは、アリエッタが「導師イオン」から解放されることを期待していたのだろう。それがアリエッタのための想いなのか、彼自身のための想いなのかは、分からないけれど。

「………………」

「アンタ、ホントに器用だね」

「え?」

 眼を伏せて考え込んでいれば、シンクの呆れ声が届いて顔を上げる。彼は片肘をつき、声から想像される通りの呆れた視線をボクへ向けていた。

「また余計なことを考えてたんでしょ? 大して聞かせてやる気もないボクの言葉で、それだけ想像力豊かに出来るのは最早才能だね」

「えっと、褒められてる?」

「珍しいことに、一応ね」

 シンクは肩を竦めた。彼は話を終えてしまうつもりなのだろう。なんとなくそう感じ取ったから、最後にそれだけ尋ねることにした。

「今のアリエッタ、幸せだと思う?」

「……さぁね。死ぬまで愛玩動物にされる人生がシアワセかなんて、知るわけないよ」

 シンクはそう答えて。彼の眼に、イオンとアリエッタの関係はそう映っているのだと理解する。そしてそれがアリエッタにとって「幸せ」なら、もう干渉するつもりもないのだろう。彼女に僅かに差し伸べられた手は、もうどこにも存在しないようだった。

「シンク」

 名前を呼ぶ。意図して呼んだ。彼は呼ばれたからとボクを見て。ボクは彼に、必要な言葉を贈る。

「ボクにとっては、君は『シンク』だよ。出会ってからずっと、死ぬまで」

「………………」

「聞かせてくれてありがと」

「……気紛れだよ」

 彼は眼を逸らしてぶっきらぼうに応えたけど。

 ボクの伝えたいことは伝わったと思う。







 シンクは優しいよ、とても。
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