シンク&アリア③


 シンクとハグする日課を取り入れて、少し。初めの内は戸惑いがあった彼も、段々と慣れてくる。最近は自分からボクを抱き寄せる時もあって、流石に人目のない場所に限ってくれるため特に不満もなかった。

 今日もまた、背からシンクの腕が回っている。

「シンクってさ。バックハグが好きだったりする?」

「……は?」

「いやさ。シンクからハグしてくれる時っていつも背中からだなって思って。今日もそうだし」

 今ボクらはシンクの執務室にいる。用があって訪れ、帰る前に後ろから抱き寄せられて捕まった。そのまま抱えられてソファに移され、ボクを挟んで書類を確認されている。ボクは実質膝の上だ。

 ボクの指摘にシンクは少し考えるように間を置くと、答えた。

「……意識したことない。別に理由なんかないよ」

「そう?」

 回答を受け入れながらも、それは無意識に理由があるということではないかと思う。シンクがボクの背中を取りたくなる、無意識な理由。

「………………」

「……なに?」

「ああ、いや。俗説を思い出してました」

「俗説?」

 問われて、答える。

「背中ってさ、無防備だから。背中に回りたがる人って二種類いるみたいな話。一方は守りたいから、もう一方は支配したいからっていう」

「へぇ。あながち間違ってないんじゃない?」

「え」

 うっかり自分の耳を疑った。まさかシンクがそんな与太話を肯定するとは思っていなかったからだ。信頼性が全くない話だと思ってるわけじゃないが……彼なら鼻で笑って済ませると思っていた。

 シンクはボクの背後を温めながら、言葉を続ける。

「ボクはアンタの護衛役でしょ。護ろうと思うのは自然だ」

「それは……そうだね?」

 間違ってはいない。シンクの言葉の通りだ。でもそれだけで済ませるには不穏なものもくっついているわけで。ボクはそちらを問う。

「あの、支配したいの方は」

「あるよ。アンタはじゃじゃ馬が過ぎる。手綱を握って従わせてやりたいと思う時が多い」

「うーんなかなか」

 要するに自由すぎると言われているのだろう。彼には苦労を掛けっぱなしなので、言われても仕方がない。などと思っていれば「それに」と僅かにトーンを下げて告げられる。

「言ったでしょ。アンタが『全部』だって。なら……こうして閉じ込めたいと思うのも理解できるでしょ」

「……まぁね」

 そもそもボクがハグを提案した理由と結び付いている。ボクはシンクにかなりの我慢をさせていた───「全て」だと言ってくれてる人に、何も返せていなかった。だから今返している。彼のことだけを考える時間として。それが独占欲や支配欲に繋がっていることくらい、ボクだって想像できる。

(……ずっとは、応えられない)

 こうして日々ハグをする僅かな時間しか応えられない。それに相変わらず申し訳なさはあるが、お互いの折衷案だと思う。これ以上は難しい。

 元々はボク以外に望みを見つけてもらうために契約を結んだりもしたのに、結果がこれなのだから少しおかしい。……ボクの方も「側にいて欲しい」と望んでしまったのだから、お互い様か。

 そんなことを考えながら、再び口を開いた。

「この時間はシンクにとって意味がある?」

「なかったらとっくに振り落としてるよ」

「護衛役なんだから手厚くして欲しい」

「手厚く落としてやろうか?」

「言葉で遊ばないで」

 全く。別にいつも通りのことだけれど。頭を切り替え、話を元に戻した。

「意味があるなら、よかった」

「……なんでアンタは、そうやってボクを気に掛けるの?」

「え?」

「ハグだってさ。言い出す必要なかっただろ。アンタにメリットは何もない」

「メリット……」

 指摘を受けて考える。どうしてハグを提案して、どんなメリットがあるのか。答えは簡単だ。

「シンクだから」

「……なに?」

「理由。相手がシンクだからだよ。君だから気に掛けたくて、提案したくて、メリットがあった」

「どんな?」

「君に報いたいっていう気持ちに、沿った行動が出来るでしょ」

「……ボクに、報いたいの?」

「うん。それも、理由は『シンクだから』だよ」

「………………」

 シンクは黙ってしまって、静かな呼吸だけが近い距離から微かに聞こえる。きっとボクの言葉の意味を考えているのだろう、いつものように。そのまま受け取ってくれればいいのに、彼には難しいらしい。

 不意に、呟きが溢される。

「……アンタは、いつもそれを言うよね」

「そう?」

「そうだよ。アンタと話すようになってから向けられる全部は……ボクだからに集約されてる」

 それはそうかもしれない、と思う。地下牢で怒りを抱いたのも、地核で手を伸ばしたのも。その他の全部もまた、相手がシンクだからあった出来事だ。誰でもよかったわけじゃない。それに理由を求められても困ってしまう。

 シンクの言葉は続いた。

「アンタにとって、ボクは『大切な人』なんだよね?」

「うん」

「……導師は」

「シンク」

 掛けられそうになる問いを柔らかい声で止めた。それは、今この時間に不釣り合いなものだから。

「この時間は、ボクの中に君しかいない。そう約束したでしょ」

「……なら」

「うん」

「…………なら、今は……」

 言葉の続きは形にならない。結局は欺瞞だと分かっているから。ボクも言葉にはしない。シンクに対して、誠実でありたいから。でも。

 背の温もりに、少しだけ触れる重さを増した。

「ボクはシンクが大切だよ。ボクにとって数少ない、意味のある存在だ。失えなくて側にいて欲しい。───君じゃなきゃダメなんだ」

「………………」

 シンクの手が、持っていた書類を脇に置く。それは捲られなくなって久しく、少し前から持っているだけになっていたのだろう。代わりに、彼はボクの体に回した腕をぎゅうと強くする。強く、強く抱き込むように。

 首筋に彼の鼻先が埋もれるのが分かる。苦しいくらいだったけど抵抗はしない。そうして痛みを分けて欲しい。ボクが君に生を望んだ結果、止まらなくなった痛みを。それは、ボクのせいだから。

 君の生きる理由をもっと思い知らせて欲しい。

(君に、今より報いる方法があるなら)

 ボクはきっとそれを選ぶだろう。ボクは君の望みを断らない。ボクに出来ることならきっと叶えるから。だから───望んで欲しい。君のための何かを。







 どうか、君の苦しみに寄り添えますように。
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