シンク&アリア③
アリアはボクの部屋を訪ねない。
別にボクに限った話じゃない。用がなければ足を運ばない、そういう奴だってだけの話だ。……こちらは何かと用事をつけて、毎日足を運んでしまうのに。
その日は用があってボクの執務室を訪れていた。仕事の話をし、少し放っておけばソファで眠そうにしていた。すぐに文句を投げ掛ける。
「ちょっと。こっちは仕事をしてるんだ。目の前で寝ないでよ、迷惑だから」
「んー……でも、眠くて……」
「自分の部屋に帰りなよ」
「ちょっとだけ……」
そう言うと、アリアは寝息をたて始めてしまう。呆れて溜め息をついた。子供じゃないのだから時間と場所くらい選んで欲しい。大体、こいつ寝すぎじゃないか。
執務机から立ち上がり、ソファに座ったまま呑気に寝顔を晒してる姿へ近付く。少し迷ってから横たえてやった。……思わず、そのまま顔を眺めてしまう。
「………………」
無防備な寝顔。手を伸ばす。でも頬に触れる前に止まった。触れてはいけない気がして。汚れたこの手で触れたなら、穢してしまう気がした。
胸の奥に黒い感情が渦巻いた。欲しい。触れたい。汚したい。彼女という光をボクの欲が塗り潰したなら、どんなに心地がよいか。
ここはボクの部屋で、ボクしかいない。このまま閉じ込めてしまおうか。誰の眼にも触れないよう、誰の声も聞こえないよう、手厚く隠してしまおうか。アリアがボクだけを求めるように───ボクしか望めないように、してしまいたい。
そんな声がする。
「……ボクはイオンじゃない」
歯噛みする。
あの歪んだ執着の持ち主と、同じ選択なんてしない。閉じ込めて、自分だけに詠う存在にして、自らの手で枯らすまで過剰に愛でるなんて、しない。したくない。同じになるなんて真っ平だ。
でも。
声はする。
聞こえなくなったりはしない。
欲しい。触れたい。汚したい。
自分だけのモノに。
醜い、執着。
「………………」
ゆっくりと、手をもう一度伸ばす。触れてしまいたいという、自分の内の欲に耳を傾ける。許してしまえば簡単だ。イオンと同じになってしまうことを認めれば、楽になる。
こいつはきっと逃げない。今更ボクを手離せない。閉じ込めれば反発するだろう。ボクの声しか聞こえない状態になんかなってくれない。でも───ボクが縋れば、どうだろう。
ボクが何もかもを放り出してアンタを求めたなら……アンタは、応えるしかないんじゃないの?
「……はぁ」
手を下ろす。触れられない。これ以上は望めない。ボクにはまだ理性があるから。壊れてしまったイオンとはまだ「同じ」じゃない。まだ……大丈夫。
立ち上がり、外回り用の外套を引っ掛けると寝転けた馬鹿に掛けてやる。馬鹿だから風邪なんか引かないだろうが、寝ている姿を晒されてこちらは平気ではない。少しでも隠してしまいたかった。
「……何も知らないって、いいよね」
ぽつりと寝顔に溢す。
知られないようにしてるのはこちらのクセに、何も知らずに呑気に晒される姿に不満を抱く。本当に身勝手だ。アリアは───ボクの全ては望んでくれないと、分かっているのに。
「………………」
ボクはいつ正気を失うのだろう。
いつこの手を触れさせてしまうのか。
穢せない光を塗り潰して、窒息しそうだ。
いっそ、そうなってしまいたい。
気が狂う程の飢えでこれ以上苦しむなら。
欲に負けて満たされることを知ってしまいたい。
「……アリア」
───全て、欲しい。