シンク&アリア③


「週に一回ハグの日を作ろうと思います」

「……は?」

 特に前置きも何もなく唐突に宣言すれば、シンクがボクを見て動きを止める。正気を疑う眼が向けられている。

「頭おかしくなった?」

「至って真面目です」

「カワイソウに。壊れちゃったんだ」

「話を聞いて」

 ちゃんと返事をしてるのに、全然聞いてくれてない。茶番はさておき「じゃあ聞くけど」と前置きが渡される。

「なんでハグなワケ?」

「ストレス解消にいいらしいから」

「自分のストレスを他人に押し付けようって?」

「いや、ボクのじゃなくて。シンクの」

「……はぁ?」

 先のリアクションより「理解が出来ない」と顔に書いてあった。まぁ、彼には覚えがなさすぎる話だとは思う。ボクも詳細は墓場まで持っていかなければならないので語れない。

「待ちなよ。アンタとボクでハグしろって言ってるの?」

「そうだけど」

「………………」

「なにその顔」

「今正にとんでもないストレスが掛けられてる顔だよ」

 答えて、シンクは片手で頭を押さえた。眉間が寄せられ頭が痛そうで、苛つくように息が吐かれる。本当にストレスが掛かってそうだ。

「なんで? 嫌なの?」

「そういう問題じゃない。アンタ自分が常識ないこと言ってる自覚ある?」

「どこが。フリーハグって文化もあるじゃん」

「誰だこの馬鹿に余計な知識を与えた奴は」

 誰ということもないのだが、シンクも誰かに苛立ちの責任を押し付けたいだけで本当に知りたいわけではないだろう。無視して話を続ける。

「シンク、ストレス溜まってるでしょ」

「アンタのお陰でね」

「そう。だからボクがストレス解消にお役立ち」

「ふざけるな」

「至って真面目です」

 会話をループさせるかのように、もう一度本気であることを伝える。シンクは重々しく息を吐いて、それからようやく聞いてくれた。

「……なんでそんなこと言い出したワケ?」

「うーん……ちょっと突拍子もないこと言うね」

「慣れてるよ」

「ボクさ。シンクにすっごい我慢させてるんだなって気付いたんだ」

「……我慢?」

 本当に突拍子もないためか、眉を潜めて真意を確認される。話せないこともあるが、話せる角度から話せばいい。嘘にならない言葉を選んだ。

「前、伝えてくれたでしょ。シンクにとってはボクが『全部』だって。だから、もっとボクを感じられる時間があった方がいいと思う」

「……それがハグってこと?」

「そう。別に方法はなんでもよかったんだけどさ。ボクに出来る最善がハグだと思ったから、そうしたい」

「………………」

 シンクは黙ってしまった。ボクの中でハグは最も上位の親愛の示し方だ。親しい人にしかしないし、逆を言えば親しい人ならしてよいもの。シンクはボクにとって特別親しい人になるから、して問題ない筈だ。

 黙ってしまったシンクに言葉を重ねる。

「とりあえずさ、お試しにどう? やってみて嫌だったら他の方法を考えよ」

「……アンタはそれでいいの?」

「ボクから提案してるんだけど」

「そうだけど……嫌じゃないの?」

「??」

 首を傾げてしまう。嫌なことをわざわざ提案すると思われているのだろうか。それとも、と考えて思い至る。シンクは時折臆病なところがある。特に身体接触に表れることが多く、今回も同じ話かもしれない。ボクと身体接触を持つことが、怖いのだろうか。

 分からないけど、ちゃんと言葉にしようと決める。

「嫌じゃないよ。君とハグしたい」

「……ホント、正気を疑うよ」

「えぇ」

 この想い、届かず。と思ったら、シンクが席を立ってこちらへやってきた。ボクの隣に腰掛けて、顔も向けずにぶっきらぼうに応えた。

「いいよ。してやっても」

「ホント!?」

「あくまでお試しだけどね」

 全然それでいい。何事も試してみなくては良さも悪さも分からないものだ。隣に移動してきてくれたことを「そういうこと」だと判断して、ボクは行動に移す。

「シンク。こっち向いて」

「………………」

 呼び掛ければ、気まずそうにしながらも彼は体をこちらに向けてくれる。見詰めあったらタイミングを逸しそうなので、あえて顔を直視せず体を近付けた。距離をなくし、背に手で触れる。

 シンクは……躊躇いながらボクの体に腕を回した。

「うーん。やっぱハグっていいね。あったかい」

「……好きなの?」

「好きだね。なんか、凄く安心する」

「安心……」

 ボクの言葉にシンクは黙ってしまう。何を考えているかは分からない。でも振りほどかれないし、嫌という訳ではないのだろう。嫌がられていないなら、きっとストレス解消に役立っている筈だ。良しとする。

 しばらくそうして体温を分け合って過ごす。

(……なんか、物足りないな)

 不意に思う。近い距離から抱き締め合って体温を分け合っている。でも、まだ足りない。もう少し何かが欲しい。そう思って……閃いた。

 あの時ボクは、心臓の音が重なるのが心地好かった。離れがたく思う程に。なら……

「シンク。ちょっとごめんね」

「……? ちょ、」

 リラックス状態にあったらしい体を押し、倒す。三人は優に座れるソファなので特に危険はない。ボクは見事シンクを下敷きにすることに成功した。

「なにして……!」

「こっちの方が心臓の音が聞こえるでしょ?」

「……心臓の音?」

「うん。ただのハグより心地いいよ」

 そう伝えれば、シンクは静かになった。重なる音に感覚を傾けているのだろうか。ボクは眼を閉じて、心地好さを享受する。

 ふと、背に回った腕の力が強くなる。さっきまでよりも積極的なサインに、彼もこの時間を有意義に感じてくれているのだろうかと思う。

(そうならいいな)

 ハグに言葉は必要ない。だからボクは、彼が退いて欲しいと言うまで黙ってその場所を陣取り続けることにした。










*****










 どれだけの時間が経ったのか。「もういいよ」とシンクが小さく告げて、ボクは離れる。隣に並んで座り直して、感想を求めた。

「どうだった?」

「……まぁ、悪くないかもね」

「よかった。じゃあ毎週やろう」

 ボクの決定にシンクは何も言わない。否を唱えないということは、了承と取っていいだろう。本当に嫌なら何がなんでも意思表示をしてくれる筈だ。

 上機嫌でいれば、顔を向けないまま問いが渡される。

「導師とも、同じ時間を持つの?」

「え。ううん。シンクだけだよ」

「……そうなの?」

「うん。シンクのために考えたから」

「……ボクだけ……」

 呟きが落とされる。ハグを提案した理由を述べた時点で伝わっていると思っていたが、気になっていたようだ。

 ハグの有用性は実感してるし、特別親しい人にテセは含まれる。ハグをする時間を持っても自然だろう。でも。

「シンクのためだけのボク……って言ったら、伝わる?」

「……なに、それ」

「ハグの時間は君とボクだけの時間ってこと。他の誰も関係ない。教団も、テセも。君とボクには関係ない時間だよ」

「……アンタの中に、ボクしかいない?」

「そう。シンクしかいない」

 そうでないと彼の望みを叶えられない。もっと自分のことを考えて欲しいと───自分のことだけでいいのだと願われた。だからそうする。限られた時間でしか応えられないけど、君に報いたいから。

 彼は真意を探るようにボクの眼を見て、それから明らかに戸惑いを浮かべた。ボクが言い出したことが受け止めきれなくて……でも、嘘じゃないって伝わってる。

 伝わっているならそれでいい。二人だけの時間を重ねる内に、きっと受け止められるようになるから。

「週一で足りなかったら毎日にしよう」

「は……本気で言ってる?」

「本気だけど」

「………………」

 シンクは目眩でも覚えたように頭を押さえる。どうしたのだろう、と首を傾げていれば小さく呟きが聞こえた。

「……供給過多だよ……」

「?」

 何か供給してたっけ。よく分からない。

 シンクは頭を上げてこちらを見た。千歳緑の瞳には何かの感情が揺らめいている。戸惑いと、不安と……裏返しの、期待。

「……毎日」

「うん?」

「最初から、毎日がいい」

「いいよ。そうしよう」

 躊躇わずに頷いた。その時間を持つことで君が泣いてしまう夜がないなら、それがいい。君の涙は空が泣くよりこの胸を打ったから。

「また明日もよろしくね」

「……ヨロシク」

 ボクが「全部」だという君に、少しでも応えたい。







 君に。君だけのボクを。
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