小話:どこにも繋がらない話
旅の間は交代制で料理をする。当然ボクが担当する時もあり、初めてそれを目撃したシンクは疑う声を上げたものだった。
「今日の当番ってアンタなの?」
「そだよ。何食べたいとかある?」
「別にないよ。それより食べられるものが出てくるんだろうな」
「君はボクをなんだと思ってるの?」
大変失礼である。これでも一人旅をしていたし、お師様との旅でも料理はボクの当番だった。出来て当たり前である。それを伝えれば思い出したように「ああ」と反応がある。
「そういえば言ってたね、そんなこと」
「そ。リクエストしてくれれば大体のものは作れるよ」
「得意料理は?」
「鶏肉を茹でるだけって楽でいいよね」
「ハードルを下げる方に努力しないでくれる?」
呆れられてしまった。料理は出来るが得意という程ではない。パーティーで言えば丁度平均くらいだろう。腕が自慢できる訳でもないのだから、ハードルくらい下げさせて欲しい。
「……ホワイトシチュー」
「へ」
「アンタが希望を聞いたんだろ」
「好きなの?」
「……別に。思い付いただけだよ」
ふい、と顔を逸らされる。本当にただ思い付いただけなのか、好物なのか。なんとなく後者な気がする。ホワイトシチューなら鶏肉が合うと思うので、もしかしたら肉の好みも分かったかもしれなかった。思わず頬が緩んでしまう。
「任せて。美味しくするから」
「食べられればいいよ」
言って、彼はその辺りに腰を下ろした。どうやらボクの調理風景を眺めていくらしい。ちょっと気にはなるが良しとしよう。早速取り掛かった。
「……は?」
「へ?」
「ちょっと待て。アンタ……音素で料理するの?」
「うん。簡単だから」
調理器具と呼べるものをほぼ用意しないで中空で料理を始めるボクに、シンクは閉口する。珍しい光景なのは分かっている。普通はこんな風に音素を操ることなんて出来ないから選択肢にだってならない。シンクは少しだけ沈黙すると、一言だけを口にした。
「おかしな奴」
「それはそう」
答えつつ手際よく調理を進めていく。シンクは大人しくそれを眺めているだけで、特に茶々を入れてきたりもしない。時折雑談を振りながら手を加えていくと、やがて仕上げの段階になった。
状態の良さそうなシチューを一匙掬うと、簡易的な器に移してシンクへと差し出す。
「味見」
「なんでボクが」
「シンクの希望で作ったから。好きな味だと嬉しいなって」
「………………」
彼は閉口して、やがて迷いつつも器を受け取ってくれる。それを口に運ぶと文字通り味を見た。口の端に残ったものを舌で舐め取る。不服そうに呟いた。
「悪くない」
「なんで不服そうなの」
「文句を付けてやりたかったからに決まってるだろ」
「うーんこの」
性格がねじ曲がってしまっている。今更だけど。結果的に褒められたならいいかと思えば、ずいと器が返される。反射的に受け取れば、思わぬことを言われた。
「おかわり」
「え」
「味。ちゃんと見られなかったから」
「………………」
どう考えても嘘だった。でも言い訳に違いないそれにボクはツッコミを入れない。正直に嬉しさがあって、頬を緩めてしまいながらもう一度よそって手渡す。
「味見で食べ尽くさないでよ?」
「他の奴らはグミでも食べてればいいよ」
「そうもいかないって」
再び口に運ぶ様子を眺めながら、どうやらお気に召したらしいと把握する。やっぱり好物なんじゃんと思いつつ、胸の奥がぽかぽかとした。こうして些細なことを知ることが出来る現実が、嬉しい。
「次の当番も好きなもの作るから、考えといて」
「自分の作りたいものを作ればいいだろ」
「まぁね。でも食べてくれる人が喜んでくれるものがいいよ。料理は愛情だから」
「なにそれ」
「よく言われてる奴」
言ってるボクもよく分からない。でも多分、誰かのことを考えて作るご飯は特別だ。思い遣りとか優しさとか、多分そういうものが溶け込んでいる。シンクに、そういうものが届くといい。
彼は少しだけ迷うと、小さな声で応えた。
「……思い付いたらね」
「うん。楽しみにしてる」
作るのはボクなのに、楽しみにするのもボクなんてちょっとおかしな話だ。でも事実だから仕方がない。次は何をリクエストされるのか、気に入って貰えるのか。想像するだけで期待がある。
器を返すとシンクは腰を上げた。
「他の奴らを呼んでくる」
「いいの?」
「ほっといたら冷めるでしょ」
それは冷める前にちゃんと食事にしたい、という意味でしかなくて。さっさと立ち去ってしまう背中を見送って、ボクは胸にくすぐったいものを感じていた。
後日譚。
「アンタ、好物はないの?」
「急にどしたの」
「いいから答えなよ」
「えっと……ナポリタン」
「お子様だね」
「通だって言ってよ」
「ま、いいや。好みじゃなくても文句言わないでよ」
「うん……へ?」
その日はシンクが料理当番の日で。まるでボクの希望を叶えたみたいに、出てきたのはナポリタンだった。味は甘過ぎず絶妙な美味しさに調整されていた。喫茶店のナポリタンという感じで、なかなかこだわりを感じる。
食事の後に美味しかったと伝えると、彼から衝撃的な一言を聞く。
「食べたことがある味を再現しただけだよ。難しくもない」
「え……まさか、初めて作ったの?」
「だから?」
「えぇ……」
器用が過ぎて羨ましい。普通程度の腕前の持ち主としては、料理は何度か挑戦してやっとコツを掴むものなのに。普段から料理をしているようにも見えないのに、なんだか羨ましい話だった。
「シンクって料理上手なんだね。お嫁さんに欲しいや」
「……どうしたらそういう発想になるワケ?」
「なんか変だった?」
「それはそうでしょ。普通お嫁さんならアンタが、」
不意に。シンクが黙り込む。首を傾げて彼を見る。
「どしたの?」
「……なんでもない」
「そ?」
よくは分からないが、彼が言葉を飲み込んだならそれ以上は聞かないこととする。代わりに彼へ、今更だけど伝えるべきを伝えた。
「希望。叶えてくれてありがと」
「……別に。偶然だよ」
顔を逸らして答える様は、本当に誤魔化そうとしている訳ではないようだった。それにまたちょっと笑ってしまいながら、胸のぽかぽかを認識しつつ思う。
次は何をリクエストしてみようかな。