シンク&アリア③


「アンタの髪ってなんでそう長いの?」

 ある日突然シンクに問われる。暇を持て余した結果だろうが、聞かれて困ることでもない。答える前に問いを返す。

「似合ってない?」

「……そうは言ってない」

 目線を逸らして弁明される。出会った頃の彼ならもっと冷たさのある言葉で答えただろう。そもそも、ボクの髪が長いことに関心も持たなかったか。重ねた時間と関係性の変化を実感する。

「ただ気になっただけだよ。アンタ、髪の手入れとか面倒臭いタイプだろ。なんでわざわざ伸ばしてるのさ」

「うーん正解。……ちょっと事情があってね」

「事情?」

 訝しむ視線に、自身の髪の先を指して示す。そこにあるのはくるくると強固に巻かれている毛先。これは自分で巻いているものではない。何がどうしてそうなっているのか、勝手に巻かれてしまうのだ。

「巻き毛が凄くて。短くすると全ての髪が自由な方向を向いちゃいそう」

「ああ……」

 ボクの懸念を理解したらしい。髪を伸ばして重さを与え、ある程度の方向性を与えてやる。その上でポニーテールにしてしまえば、殆ど不便はなかった。

「それでアンタ、その髪型を維持してるのか」

「そ。肩くらいにするのでも可能性が怖い」

「一度切ったらどうにもならないからね」

 その通りである。まぁ、ギリギリ結べるくらいの長さまで短くすることは出来るのだが。

「ふぅん……」

 シンクが何かを考えるように息を漏らす。徐に腰を上げると回り込み、わざわざボクの隣に座った。その手がボクの髪に伸ばされる。

「シンク?」

「あっち向いてろ」

「?」

 要求され、大人しくシンクと反対の方向へ体を向ける。何をするのだろう。そう思っていると今日も見事に結い上げられていた髪の毛が、解かれた。

「あ! ちょっと」

「いいから黙ってな」

 指の先が髪へ差し込まれる。手櫛で慣らされていくようで、不覚にもちょっと気持ちがいい。多分、動物的な感覚だ。

 しかし、他人の指が自身の髪を触っていると思うと落ち着かない。シンクは特に何も感じていないのだろうか。

「髪、弄るの慣れてるの?」

「そんな訳ないでしょ。ボクがそんな距離の相手を作ったことあると思ってるワケ?」

「どっちとも言い難い聞き方をしないで欲しい」

 思ってない、がどちらかと言えば本音に近い。けどそれでは彼が誰とも親密になれないで独りきりだったと断言してしまうみたいで、何かが良くない。

 逆に、思ってるが回答の場合。彼の言葉は否定から始まっているため、事実に反する回答をする形になる。それはなんだか……今、こうしてボクをその距離に入れてくれている事実に対して、失礼な気がしてしまった。

 どちらも答えづらかった。話を進めてしまう。

「なんか手慣れてそうだったから」

「よく器用とは言われるよ」

「大体のことは見様見真似で一発成功させるもんね……」

 羨ましい才能だ。器用貧乏ですらない。

 それは戦闘能力にも表れていて、格闘術も譜術も一級品だ。前衛・中衛・後衛のどれでもこなせるスペックがある。唯一出来ないのは治癒術だが、第七音素が全く扱えない訳でもない。なんなら七属性すべて適性自体はあるというのだから、あまりにも恵まれていた。

 危うく思考が話から逸れてしまったが、ボクの頭の中を知らないシンクが戻してくれる。

「アンタの髪じゃなかったら触る気にならないよ」

「なんでボクの髪ならいいの? 巻き毛に興味ある?」

「ボクを奇特な趣味の持ち主にするな。違うよ、アンタの髪は……、」

 何かを言いかけて言葉が宙に消える。気になって促した。

「シンク?」

「……なんでもないよ」

「えぇ。気になるよ。ボクの髪のことなんだし教えて欲しい」

「いいだろ、別に」

「シンクこそ。いいでしょ、偶には」

 ボクの言葉に「ぐ」と小さく喉で息が潰された音が聞こえた気がした。偶には、という言葉の通り、基本的にはボクは追求しないで流してあげることにしている。だからこそ「偶には」答えて欲しいとねだっていた。

 少しばかりの沈黙だ。迷っている、と伝わるから大人しく言葉の続きを待った。やがて明らかに躊躇いのある声音で、それが形にされる。

「……アンタの髪は、触り心地が良さそうだったから」

「え。それって」

「ああ、くそ! そうだよ。前から触ってみたいと思ってた! これで満足!?」

 珍しく。本当に珍しく、彼が恥ずかしさを誤魔化すみたいに投げやりに声を大きくした。それは年齢相応の情緒変動で……あまりに珍しくて本当に面食らってしまった。背中、向けてるけど。

「………………」

「……何か言いなよ」

「えっと。……髪。シンクが触りたいなら、いつでも触っていいよ」

「は? な……何言ってるの、アンタ」

「実際に触ったらお気に召さなかった?」

「ちがっ……くそ」

 苛立たしげにシンクが背後で呻いて、また沈黙が挟まる。多分、ぐるぐると頭を回しているのだろう。自分が何を言うべきなのか必死に言葉を探してくれている。何となくそう感じ取って待てば、息を落ち着けるように吐いてから問いが掛かった。

「誰にでも言ってるの?」

「ううん。シンクが初めて」

「っ……なんで、ボクはいいの?」

「分かんない。でも、シンクならいいかなって思ったから」

「……訳分かんない」

 奇遇だね。という言葉は一応飲み込んでおいた。あんまり良いコミュニケーションにならなさそうだ。シンクは変わらずボクの髪を弄りながら、ぽつりと呟きを足す。

「実際に触って……嫌とかはないよ」

「あれ、あんまり評価高くない?」

「うるさいな。気に入ってるよ。想像通りの触り心地だ」

「あ……はい」

 そこまでハッキリと答えられると逆に居心地が悪い。彼の声は怒気を多少含んでおり、何に対する感情なのか。さっきが投げやりだったのもあり、明らかに自棄が感じられた。

(……シンクって)

 もしかして、と思う。ボクの理解している彼は、あまり感情的にならない。冷笑や嘲笑が多く、感情が冷めた位置に固定されている印象だ。異なるのは自身の「生」や世界、預言に話題が及んだ時だけ。そうする時だけ彼は自身の感情を沸かせる。でも。

 ボクといる時の彼はそういう感情を示す時間が明らかに減った。そしてよく、ボクの発言に黙ってしまう時がある。それはもしかして、同一の現象なのではないだろうか。彼の───年齢相応に自然に生じる感情。それを本当は持て余してしまっているのではないか。

 まるで幼子のように、どうしていいか分かっていない?

「……出来たよ」

「あ。ありがと」

 声が掛かって髪を弄られていたことを思い出す。シンクの手が離れて、代わりにボクの手が髪に触れる。それは背に流される形で、緩く三つ編みにされていた。……あの強情な巻き毛を???

「器用だね……」

「よく言われる」

「そのよく言ってる人、ボクな気がしてきた」

「気付いたんだ?」

 明らかに嗤われたが、一旦スルーだ。今は軽口より優先されることがある。立ち上がり部屋に備えられていた鏡の前へ行く。

 いつもと髪型の違うボクの姿が映る。後ろで編まれているのでちゃんとは見えないが、丁寧に編み込まれているように思った。意外と根が真面目で細かいことを気にするタイプだと知っている。

 振り返って頬を緩ませ、礼を伝える。

「ありがと、シンク」

「───別に」

 眼が逸らされる。それに、まただと思う。また君は自分の中に生まれた感情から眼を逸らす。持て余して、扱いに困って、手放してしまう。勿体無い。

 何かがしたい。言葉を掛けたいとか、掛けたい言葉があるとか、そういうことじゃなくて。君が気紛れにボクの髪を編んでくれたみたいに、ボクが君に何かをしたい。行動したい、と思った。

 鏡の前から元のソファへ戻る。変わらずシンクの隣に腰を下ろして、彼の方を向いた。そのまま問えば今度は彼が面食らった顔をした。

「シンク。他にボクに対して思ってることある? やってみたいこととか」

「なに、急に」

「え、ええと」

 何と問われてしまうと説明が難しい。どうにか絞り出す。

「髪に触ってみたい、みたいにさ。ボクで叶えられることなら叶えたいなって……思ったから」

「………………」

「今なら特大サービスだよ。髪を編んでくれたから、そのお礼も兼ねてちょっとの無理でも叶えます」

「ボクが豪邸が欲しいって言い出したらどうするのさ」

「豪商を殺して邸宅を強奪するよ」

「アンタの倫理観って相変わらず終わってるよね」

「えぇ……」

 至極真面目に答えたのに。冗談でもなんでもなく。彼もそれは分かってくれているらしい。「豪邸は要らない」と念のため付け足される。

 それから千歳緑の瞳がボクを見る。見る、というより映しているように感じる。迷いと、何かの感情が見え隠れする。彼は暫く躊躇って……ようやく、重い口を開いた。

「……少し。動かないでいて」

「オーケイ」

 声は大きく変化していない。でも小さな変化はあった。少しだけ震えているような、恐れのある声音。何をするつもりなのだろう。大人しく待てば───体が、近付く。

(───え)

 声を出さなかったのを褒めて欲しい。多分声を出したら彼は怯えて離れてしまっていただろう。ソファに並んで座って、体は互いの方に向けていて。近付いた体は触れていた。

 腕が背中に回され、温もりがある。ハグ。抱擁。そんな言葉が頭の中に浮かぶ。なんで、と思ってしまって。次いで理解する。彼が、ボクに対してやってみたいと思っていたこと。

「………………」

 特に、明確な理由はなかった。いや、あったか。ボクは彼に何かをしたかった。言葉じゃなくて、行動で。なら今は絶好の機会で……それを返したいとも思う。心のままに行動する。腕を伸ばし、シンクの背に触れさせた。

「……っ」

 耳元で息を飲んだのが聞こえた。ボクから抱擁が返ってくると思っていなかったのだろう。触れる前の声に恐れがあったのを知っている。多分、ボクが嫌がらないか不安だったんだ。拒絶されたら、傷付いてしまうから。

 シンクがどうして抱擁を選んだのかは知らない。でも別に嫌ではない。抱擁を返したいと思うくらいの感情はある。動かないで、という要求にはちょっと背いてしまったが。

「……なんで」

「理由、要る?」

「要る、だろ。アンタ、今何されてるか分かってないの?」

「分かってるよ。返してるでしょ」

「っ……それがおかしいって言ってるんだよ。アンタは嫌がっていいんだ。暴れて、突き飛ばしていい。大人しくしてる意味なんかないだろ」

「あるよ。君の希望を叶えたいって言ったでしょ」

「………………」

 彼は何も言わない。ただ背に回った腕の力が少しだけ増した。……理由を聞くべきだと思わない。彼はきっとそれ以上踏み込まれたくないと思う。

 なんとなく。なんとなくもう言葉は必要ないかなと思う。今は彼の行動を受け止めて、ボクも行動で返してる。そういう時間だ。黙って、抱き締められていよう。

(……君が)

 もっと君らしく過ごせる居場所になりたい。

 そう、胸に抱いた。










*****










 抱擁を解除すると、今度は「理由、聞かないの?」と問われた。気にするのが普通なのだろう。ボクだって全く気にならない訳ではない。でも。

「聞かないよ。話したくなったら、聞かせて」

「……おかしな奴」

 彼は眼を逸らしてぶっきらぼうにボクを評する。どう聞いても戸惑いのある声で、同時に安堵があることだって伝わった。聞かなくてよかった、と思う。

「そういや、ハグってストレスが減るんだって。凄いよね」

「なんでアンタってそうなの?」

「なんで??」

 自然に会話を再開した筈なのに辟易とした眼を向けられてしまう。まるでボクが空気を読めていないみたいじゃないか。納得がいかない。

 そうしてボクもシンクも日常に戻ってしまう。

 互いの理由は明かされないまま。







 いつか、答え合わせはされるのだろうか。
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