シンク&アリア③


 仮面を着けて生活する理由は複数ある。

 一つ目が、ボク自身がこの顔を嫌っているから。導師や被験者と同じ顔を晒して歩けと言われてもお断りだ。自分の顔が見られることも、鏡に映ることも不愉快だ。それくらいなら多少視界が狭かろうと仮面の方がずっとマシだった。

 二つ目が、顔を晒した場合に囁かれる様々な噂話が鬱陶しいから。間違っても被験者やイオンレプリカ達と四つ子とでも言われたくない。ならレプリカという出自を明かせるかと言えば、社会情勢が複雑だった。

 当然詠師以上はボクの正体を知っている。問題はそれ以外だ。レプリカの受け入れは随分進み、法の整備も形にはなった頃だ。それでも人間からの認知や風潮は簡単には変わらない。求心力を期待される教団の詠師がレプリカなんて、外聞が悪い。それこそ象徴にされている導師やアリアがレプリカと知れる方が、世論を変えられると期待できる程の差がある。

 そして、理由はもう一つある。

「シンクってこれからもずっと仮面着けて生活するの?」

 最大の要因がボクに問う。ボクが仮面を着けると残念そうにし、偶には顔を見せて欲しいと平気で要求してくる無神経な女。答えは決まっていて、それを返してやる。

「当たり前でしょ。アンタに言われてもこれだけは譲らない」

「うーん、まぁそれはシンクの自由だとは思うんだけど」

 前置きをし、別の疑問を持ち出してくる。それは今更な疑問で、答えに思い至っていないことが少なからず面白くなかった。

「どうしてボクの前では外してくれるの?」

「アンタが顔を見せろって言ったんだろ」

「そうだけど。そうじゃなくて」

 言わんとすることは分かる。だが簡単に助け舟を出してやるつもりはなく、疑問を形にするのを待った。聞き方次第では相応のお返しをしてやる。

「人目がないって意味では合ってるんだけど、自分の顔が嫌いなら外さないと思って。顔、見られるの嫌なんでしょ?」

「そうだよ」

「なんでボクに見られるのはいいの?」

 本当にこいつは無神経が過ぎる。それくらい察して欲しい。思わず顔を顰めてしまいながら、答えてやるか迷う。明言しなくてはこの女はいつまで経っても察しないだろう。それはそれで腹立たしい。仕方がなく口を開く。

「アンタに見られるのは不快じゃないからだよ」

「え。なんで?」

「少しは自分で考えたら?」

「ボクにシンクの考えが分かる訳ないじゃん」

「開き直るな」

 単に早々に匙を投げただけの発言だ。怠慢と言ってもいい。こいつ、本当にボクに一から十まで説明させる気か。ふてぶてしいにも程がある。煩わしさから話を打ち切ろうとした。

「どうでもいいだろ、理由なんて」

「どうでもよくはないよ。シンクのことだもん。知りたいと思う」

「………………」

 こいつは、また。今ボクはアリアと二人きりで仮面を外している。つい黙ってしまったが、その際の表情を隠せていない。どうせこの女は察しないとは思うが。

 予想の通り、アリアは不思議そうな顔で首を傾げただけだった。

「シンク?」

「……一度しか言わないから、ちゃんと聞きなよ」

「あ、うん」

 ボクの言葉にアリアが居住いを正す。それを横目に、なるべくなんでもないように口にした。

「アンタはボクに『ボクであること』を押し付けた。そんな奴の前で自分を偽ったって意味ないだろ」

「………………」

 アリアは驚いた顔をする。ボクの回答を本当に予想できていなかったのだろう。この女はいつもそうだ。自分の言動が、相手にどんな影響を及ぼすか全く考えていない。大したことがないと常に思っている。……そんな奴の言葉に左右されてしまう事実が、やはり腹立たしい。

 少し間を空けて、アリアは。

「……そっか。よかった」

「何が」

「ボクがシンクの安全地帯になれてるんだなって思ってさ」

「安全地帯?」

 眉を寄せて問えば「ええと」と言葉が重ねられる。

「ボクの前では自分を偽る必要がないってことでしょ? それって、シンクがシンクのままでいられるって意味だと思ったから……君にとって、ボクの側は安心できる場所なのかなって」

「………………」

 否定、出来なかった。自覚がある訳じゃない。でも確かにアリアの側は呼吸がしやすくて、あれこれと考えを巡らせる必要がない。この女が含みも裏も何もなく馬鹿正直に存在しているから、ボクの方も難しく考える必要がなかった。……気を張っていないのは事実だ。

「シンクはボクを『居場所』だって言ってくれるけどさ、居心地が良いのかは聞いたことがなかったから。振り回してばっかりだしね」

「自覚があるなら少しは自制してくれない?」

「努力はしてます。現実がままならないだけ」

「責任転嫁は許さないよ」

 こいつの選択が状況に流されたことなど殆どない。自ら暴れておきながら、よくもそんなことが言えたものだ。「兎に角さ」と話が軌道修正される。

「シンクがボクの側を居心地良いって思ってくれてるなら、嬉しいなぁって」

「……勝手に言ってれば」

 組んだ膝の上で片肘をつき、顔を逸らす。

 知らない、と胸の内で呟いた。アリアの言葉が事実か、行き過ぎた憶測か。考えるのも面倒臭い。確かなのは、ボクはアリアの側では気を抜いてしまっているということ。呼吸が楽で、自分を偽らなくていいから───自分を許せるから、仮面が必要ない。

 世界中のどこを探しても、その場所はここだけだ。

(……アンタはどうなのさ)

 アリアが安心を覚える場所はどこなのか。ボクの側か、導師の側か。その二つに差はあるのか。アンタにとって───ボクは、居場所になり得るのか。

 問うことは、出来なくて。







 自分の臆病さが、心底嫌いだ。
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