シンク&アリア④
久し振りに風邪を引いて高熱が出てしまった。
大人しく布団に潜って過ごす。
そのボクを、珍しい人物が見舞った。
「熱は?」
「下がってないみたい」
「馬鹿は風邪を引かないって言うのにね」
「馬鹿じゃないってことじゃない?」
「都合よく解釈するのは得意だよね、アンタ」
呆れるように息を吐くのは当然シンクだ。ボクに暴言を吐くのは彼くらいのもので、最早意外性もない。ある種の愛情表現のようなものだと思っているので特に気にもならない。……そう思うとコミュニケーションのねじれ具合が大佐と重なる。似た者同士だから時々言い合いをしていたのか。
「何か食べる?」
「んー……まだいいや」
「そ」
応えて、横になるボクにシンクの手が伸びる。首筋に触れる直前で止まり、彼は何かを思ったようで黒手袋を外した。そのまま指先が肌に触れた。
「汗、拭いた方がいいんじゃないの」
「そうだけど……流石に自分でやるよ」
「今更恥ずかしがることもないでしょ」
「君はよくてもボクはよくないの」
今は部屋の灯りが点いている。明るいところで裸を見られるのもなんだか抵抗があるし、かといって暗くされても困る。なんだかそういうことをする雰囲気になってしまいそうだ。
やれやれと言いたげに肩を竦められる。
「ならせめて水でも飲みなよ。汗をかいてる分、補給が必要だろ」
「はぁい」
言い分として正しい。頷いて体を起こした。シンクが水差しからコップに注いでくれて、それを受け取ろうと手を伸ばす。でも。
「……シンク?」
「………………」
彼はコップの中の水を少し眺めると、思いもしない行動に出る。コップの水を口に含み───脇に置くと、体を近付けた。
「まっ……」
制止は形にならない。持ち上げた手は手首から掴まれ動きを封じられる。覆い被さるように上から口付けし、もう一方の手で腰を引き寄せる。体がぴたりと密着し、その温度が意識される。口移しで水が送り込まれた。
「……っ」
拒めない。その余力がボクにないからというのもあるが、シンクの力がいつもよりも強かった。移される水を飲み込む以外に選択肢はなく、突然のことにいっぱいいっぱいになりながらもそれを嚥下した。
唇が離れ、間近に見下ろす千歳緑の瞳を見上げる。
「なん、で」
「飲ませてやりたいと思ったから」
「……なにそれ」
「アンタは分からなくていいよ」
意地悪く笑われる。よく分からないけどご満悦そうだ。こっちはびっくりするどころではなかったのに。思い返すと変な気分になってきてしまう。掴まれたままの手首が、熱い。
「離して……」
「ハイハイ。一応病人だからね。手加減してやるよ」
「……ありがと」
礼を言うべきかちょっと迷ったものの、述べておく。気が変わって襲われでもしたら大変だ。解放されてベッドに潜り直した。
「ふぅ……」
息を吐く。目を再度上げると、シンクがベッドに腰掛けていた。立ち去る気はないらしい。
「風邪、感染るよ」
「感染して治せって言ってなかった?」
「ボクはいーけどシンクはダメ」
「我儘だね」
仕方がない、と言うように彼が少し口元を緩める。それはいつものような意地悪さもなければ、呆れのようなものもない不思議な温度感の笑みだった。前向きな諦め……という表現くらいしか思い浮かばない。
少し珍しくて瞬きをして見詰めてしまう。その視線に気付いたように彼はボクを見ると、露になったままの手を伸ばして頭に触れさせた。さわさわと、優しく髪を撫でられる。心地好くて眼を細めた。
「……そこにいる気なの?」
「迷惑?」
「ううん。ただ、申し訳ないなって」
「好きでいるんだよ。熱にうかされてる時って気が弱るからね。アンタが泣き出しでもしたら大変だ」
「ボク、君より歳上なんだけど」
「知ってるよ。元々ガキには興味ないから丁度よかった」
「何が丁度よかったのかは聞かないことにするね……」
大体想像はつく。事あるごとにアニスのことを「ガキ」と口にする真意くらい分かってる。本気で歳上の方が好みなのだろう。多分、そういう対象として見られないのだと思う。……いや、知らないけど。
「言っておくけど子守唄は歌ってやれないから」
「なんで子守唄?」
「覚えてないならいいよ」
「??」
何の話か分からない。が、「いい」と言われたのでいいことにする。熱のある頭で考えることではない。
「………………」
髪を撫でられる感覚に意識を傾ければ、少しずつ意識が緩んできた。心地いいし、眠ってしまおうか。そうすれば流石にシンクも退室するだろう。これ以上彼の時間をボクに使わせては悪い。
「……眠い?」
「うん……」
「なら、寝ていいよ。ここにいるから」
ここにいるから───なんだか、彼が口にするには少し不似合いで。でも、なんとなく嬉しさがある。眠りに落ちるその時も、彼は変わらずボクの側にいてくれる。それが事実であることが、温かい。
額に何かが落とされる。触れるだけの柔らかいそれ。薄く眼を開ければ近い距離に彼の表情が見えて。それがなんだか……安心を分けようとする顔に見えたから。
「おやすみ。アリア」
「……おやすみ」
ボクはすっかり気を許して、心地好い微睡みに解けてしまった。握られた手には安心がある。きっと、夢の中までついてきてくれる。
目が覚めたら、君に「おはよう」と伝えよう。