シンク&アリア①


 久し振りにその悪夢を見た。

 照る橙と、この身を焼く熱。

 痛みも、恐れも思い出される。

 熱い。

 死にたくない。

 怖い。

 誰か。

 誰か、たすけて───










*****










 ひんやりと額を冷やす感覚で意識が浮上した。

 目蓋を持ち上げても世界は滲んで判然としない。ぼんやりとする意識のまま、視界に入ったその色を認識する。……ボクを見下ろす空の色の瞳。

「あ。起こしちゃった?」

「………………」

 そいつはまるでなんでもないかのように問う。そこにいることが当たり前かのように振る舞って……当たり前に、ボクを映す。

「……なんでいるのさ」

「熱高そうだったから。独りだと心細いかなと思って」

「余計なお世話だよ……」

 応えるが、いつものようには突き放せなかった。熱にやられて調子が出ない。悪態を吐いても弱々しく聞こえるばかりで、自身に苛立ちがあった。

「やな夢見てた?」

「……まぁね」

「起こした方がよかったかな」

「……いや」

 呟くように答えて、緩慢な動きで片手を持ち上げる。額に触れるとやけにひんやりとしたタオルが乗せられていた。普通に濡らしただけではこうはならない。このお節介が何をしたか、すぐに予想がつく。

「コレ」

「タオル?」

「そのままにして」

「勿論」

 要求すれば簡単に肯定が返った。大方、濡らしたタオルに第四音素を纏わせている。ボクの熱で温度が上がらないようにという気遣いであり、悪夢を見たボクには必要な冷たさでもあった。こうして冷感を得ていれば、きっと同じ夢は見ないだろうから。

「………………」

「しんどい?」

「……別に」

 深く息を吐いて熱を逃がそうとすれば、問いが落ちてくる。返答は強がりではあったが、本心でもあった。熱は高く、体は痛む。状態が悪いのは間違いない。でも、だからといって弱音を吐く心持ちにはならない。ボクが熱に苦しもうと、どうでもいい。

 手が伸びて首筋に触れる。びくり、と体が震えた。

「汗かいてるね」

「汗くらいかくよ」

「そうだけど。よくないし、拭こっか」

「……アンタがやってくれるの?」

「他にいないでしょー」

 アリアは当たり前のように答えて準備を始めてしまう。どうして。看病なんて似合わない。ボクの世話をみる理由もない筈だ。なのに、どうしてか。

「起きられる?」

「……ほっときなよ。風邪、感染るよ」

「感染して治せって言葉もあるから、まぁ」

 だからなんだと言うのか。意味の分からないことを言って、アリアはボクの体を起こそうとする。抵抗する力もなくて仕方がなく従った。背に枕を立てられ、支えられる。

「ちゃちゃっと済ませるね」

 宣言すると手際よく上裸にされ体を拭かれる。随分慣れているようで、他人の世話をしたことがある奴の動きだ。印象に合わない。

「何でも屋として旅してる時にさ。治癒師らしいこともしたから、その延長で看病もしてたんだ」

「ふぅん……」

 ボクの表情から読み取ったわけでもないだろうが、アリアはそう説明を挟んだ。経験値の差、という奴か。少し面白くない。

 あっという間に新しい服に代えられる。再び横になるよう促され、今度も大人しく従う。体を包んでいた温い不快感が消え去って、多少は気分が回復した。

「何か必要なものある?」

「ないよ」

「オーケイ。水も水差しに用意してあるから、時々飲んでね」

「至れり尽くせりだね」

「それが看病というものですから」

 そういうものか。自分の体調不良を誰かに気遣われたことなんてない。なんとも言えない落ち着かなさがあって、居心地が悪い。アリアの顔が見られなかった。

「もう一回寝る?」

「……アンタは?」

「ここにいるよ」

「……そ」

 何故か。当然のように返った答えに安堵する自分を見付けてしまう。弱っているところを見られるのも、世話を焼かれるのも居心地が悪い。それなのにどうしてか、立ち去って欲しいと思っていない。何が、ボクにその想いを抱かせるのか。

 微睡みの中で鈍い思考を動かしていれば、何かが頭に触れた。労る優しさで髪が撫でられている───アリアの、手。

「………………」

 目蓋を閉じる。額にある冷たさが火口の熱を遠ざける。怖いと、誰かを求めたボクに差し伸べられた手が感じられる。呼吸は自然と穏やかになって、体の痛みも薄らいだ気がした。

「良い夢を、シンク」

 まるで大切なものを口にするように、アリアの声がボクの名を形にする。その温度がじわりと胸に染みた。やがて暗闇の中に柔らかい旋律が届く。眠りに落ちるボクの意識を、どこかへ導くように。

(……目が、覚めても)







 側にいて欲しい。
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