小話:どこにも繋がらない話


「ね。シンク」

「なに?」

「ボクが死んだらどうする?」

 それは特に理由のない問いだった。単なる思い付き。ふと聞いてみたくなっただけ。返ってきたのは、知る限りで最も低い声での威圧だった。

「───は?」

「……そんな圧込めなくても」

「込めるでしょ。アンタ自分が何言ってるか分かってる? ボクがアンタをみすみす死なせた場合の話がしたいワケ?」

「そ……れは、そっか」

 心底呆れた、というだけでなく明らかな不快を込められる。彼からすれば、護衛役としての彼を信用していない言葉に聞こえたかもしれない。ちょっぴり反省する。

「ゴメン。軽い気持ちで聞いた」

「だろうね。不愉快だから二度と聞かないで」

「……答えは聞かせてくれない?」

「聞きたいの?」

「うん」

 どう考えても「聞きたいなんて言ったら許さない」と言いたげな声音だったけれど、素直に頷く。その無神経さに彼は少し沈黙すると、辟易とした様子で溢した。

「ホント、最悪だよね。アンタ」

「ごめんて」

「いいよ。聞かせてあげる。代わりにアンタもボクの質問に答えてよ」

「? 分かった」

 気軽に頷くボクに、シンクが口の端を上げた。それは意地の悪い時の笑みで、何を聞かれるのか。不穏さを感じ取るボクに、シンクは問いの答えをくれる。

「死ぬよ」

「へ」

「聞こえなかった? アンタが死んだらボクも死ぬって言ってるの。こんな生、続ける意味ないからね」

「………………」

 大袈裟に言っている、ようには見えなかった。「当たり前でしょ」と天気の話をするみたいに答えられる。なんなら関心すらなさそうだ。自分の命のことなのに。

 それが、ちょっぴり胸に痛い。

「……生きてって。ボクが願ってもダメ?」

「お断りだね。ボクを置いて死ぬような奴の願いなんか聞いてやる理由もないよ」

「でも、ボクは君に生きてて欲しいよ」

「そう思うならアンタが死ななきゃいい。言ったでしょ。アンタはボクの『全部』だって」

「……うん」

 彼の主張は一貫してる。聞くまでもなかったことで、聞いてしまって失敗したとも思う。自分で聞いておいてちょっと落ち込んでしまった。

 シンクはボクに構わずに口を開いた。

「じゃ、ボクの番ね」

「あ、うん。なに?」

「アンタは───ボクが死んだらどうするの?」

「………………」

 言葉が出ない。向けられた瞳にあるのは試すような色。何かを期待して見えて、でも同時に諦めがあるような。彼は何を期待してくれているのだろう。

「……この質問、よくないね」

「やっと分かった?」

「うん。二度と聞かない」

「あっそ。で、答えは? まさか自分は答えないとか言わないよね」

「………………」

 正直に言えば答えたくない。そんなもしもは考えたくもないから。でもボクは既にシンクに問いを掛けていて、彼は答えてくれている。なら、ボクも答えないとフェアじゃない。

 目線を下げて言葉を紡いだ。

「世界を」

「………………」

「世界を壊して、取り戻すよ」

「……は?」

「例えばさ。死んだら音素が乖離してプラネットストームに戻るでしょ? その音素は再び地上に戻ってくる。ざっくり言うと輪廻みたいなものだ」

「……で?」

「そうやってさ。この世界にはルールがある。死んだ人が向かう先がある。なら───ルールを壊せば、取り戻せるでしょ」

「………………」

 シンクは沈黙する。じっとボクを見て、ボクも彼を見る。探るような視線に正面から応えた。本心から答えているから。

「……本気?」

「勿論」

「ボク如きのために世界を壊せるって?」

「世界よりシンクが大事だよ」

「………………」

 何度目か。彼はボクの言葉に沈黙する。その意味を、意図を、正しく理解しようと吟味する。そんなことをしたって大して変わりはしないのに。ボクの言葉はそのままだ。

「世界ってさ。大雑把だけどルールがあって、大体はルール破りを許さないんだ。ボクは多分大きな代償を支払うことになると思う」

 でもね。

「それでいいよ。ご都合主義はよくないから。ボクがルールを破るなら、ルールはボクを許さないべきだ。そうやって業を重ねたとしても、ボクはシンクを取り戻す。いなくなって欲しくないから」

「……アンタにとって、ボクってなんなの?」

 その問いは慎重に投げ掛けられた。答えを聞きたいのか、聞きたくないのかも分からないくらいに。ボクは答える。答えは分かりきっているから。

「分かんない。生きてて欲しくて、側にいて欲しくて、幸せであって欲しい。君の存在が空っぽじゃないって証明したい。君は君だって、ずっと答えたい」

 そういう存在のことをなんて呼ぶのが正しいのか分からない。だからボクの答えは変わらない。この答えだけが、正しく胸に刻まれているから。

「君はボクの『大切な人』だよ。失ったら痛くて、ボクはその痛みに耐えられないんだ。絶対に」

「───」

 絶対、なんて。この世界のどこにもない筈なのに、言い切れる。ボクにとっては絶対だ。理由なんか分からないけど、譲れない。

 シンクはボクの答えに沈黙して……やがて小さな息を吐いた。付き合いきれない、と言いたげな様子で。でもボクは付き合って欲しい。だから先手を打つ。

「死なせないから覚悟して」

「……呪われてる気分だよ」

「へへ」

「褒めてない」

 顔を顰めて苦情よろしくそう伝えられるけど、全然構わない。本人が嫌がったってボクは選択を変えないから。ボクはシンクのために彼を生かしたい訳じゃない。いつだって、自分のためだ。

 隣に並べば、彼は顔を背けてぽつりと溢す。それはほんの少し、温度のある声で。

「……アンタが」

「うん」

「…………好きにしなよ」

 その言葉は、きっと先に言い掛けた言葉とは違ったのだろうと思う。何を言い掛けて言葉を変えたのか気にはなる。でも彼が最終的に選んだ言葉は別のものだったから。ボクはそっちをちゃんと受け取ろう。彼が、ボクの気持ちを受け取ってくれた証だから。

「───うん。好きにするね」

 生まれてきたことを憎んで、何も得られなかったと慟哭して。空っぽだと嗤って、死を望んだ。そんな彼が、どうあっても死なせないというボクの宣言を受け入れてくれる意味を、分からない訳がないから。

 それは、だって。






 ボクと一緒なら生きてもいい。

 そういう答えにしか、聞こえなかったんだ。
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