庭園の造花


 慣れない会話に完全にテンポを崩された後、ボクはあまりの疲労に宿へ戻っていた。少なくともアドリビトムへ情報収集に行くテンションではない。個室のベッドに顔面から埋もれながら、ゆっくりとだが頭の中を整理していく。

(……プレスト・アパシオナート。終始何言ってるのか分かんないし、感情が駆け抜けて行くから追いかける気にもならない……)

 分かるのは彼が真面目で誠実で熱意に溢れているということくらいだ。素直と言えば聞こえはいいが、少し、いやかなり面倒臭い。こうと決めたら譲らない、は格好いいかもしれないが、臨機応変も必要だ。善い人には違いないのだが。

(それより問題は……コモド・ブリッランテの方だ)

 あのお調子者風で賑やかしに扮した愉快犯は、隠れた策士だ。やっていることは大したことではない。ただちょっと場を掻き乱して判断を鈍らせ、それとない言葉で都合よく誘導し、こっそりと望む結果を実現させている。

 本人はただの阿呆を装っているし、あの愛嬌なので誤魔化される人間の方が多そうだ。何より幼馴染であるプレストにそう思わせている。彼がコモドを「お調子者の仕方のない奴」と扱えば、部外者には余計なバイアスがかかる。何一つ理解が追い付かない内に、すっかりしてやられた。

(……別れ際の言葉)

 プレストの望みならばなんでもするとコモドは笑った。実際、彼がここまでの会話でしたことといえばプレストの誘導───見方を変えれば、アシストだ。

 どうにか掘り返してみれば、以前舞踏会で会った際にもコモドは意図の読めない発言をしていた気がする。ダンスの誘いに乗らなかった時に、真っ先に批難を口にしたのも彼だ。彼はいつだって、プレストの選ぶ未来に関わろうとしている。

(カルマート・グラツィオーソ)

 コモドの口にした名前を記憶から引っ張り出す。残念ながら顔は思い出せないが、情報は問題ない。伯爵家で、アパシオナート家ともブリッランテ家とも縁が深い。彼らの幼馴染だ。

 譜術研究に秀でた家と聞いているが、暗い噂があるのも事実だ。その家の嫡子が手段を選ばない対象としてボクを見ていると聞いて、警戒が浮かばないわけがない。

「勘弁して欲しい……」

 何が何やらさっぱりだ。コモドの誘導の影響があるのは確かだが、言葉通りに受け取ればコモドもカルマートも、何かをするならプレストのためということになる。つまりそこが分かればいいのだ。二人が尽力している「プレストの望み」とは何なのか。

 先程までの会話を、表情を思い出す。嵐のように情報が散ってしまった時間。理解の外が八割だった時間。プレストの考えが理解できれば苦労してない。振り出しだ。

「う~……」

 思考力を奪われたままの脳味噌に唸りながら、ベッドでばた足をする。そうしてささやかに暴れていると部屋の扉が開いた。勿論入ってきたのは、立ち入り許可の出ている相棒だ。

「うるさいよ。布団で窒息したいなら静かにしてくれない?」

「静かに窒息したらホントに死ぬじゃん」

「言い返す元気があるなら上等だよ」

 ボクの調子を量るにしても、もう少し平和的な方法がある気がするのだけど。見るからに万全でない状態でも、彼の調子は変わらないようだ。

 「それで?」と布団に埋もれたままのボクの耳に話を促す声が届く。聞く気はあるらしい。有難いと思いつつ、さてでは彼に話せる内容かと問われれば、難しい。

 具体的に問題が起きたわけではないのだ。脅しがあったわけでもない。実際には「何も起きてない」のだ。だからボクは出来事を整理して、そう口にする他なかった。

「……話の通じない異世界人に絡まれた」

「は?」

「ごめんなんでもない忘れて」

 説明を諦め勢いで謝罪する。これは話しても仕方のないことだ。反省して頭の中を切り替えることにした。ベッドから起き上がり、シンクの方を向く。

 彼は仮面を外すと部屋に備え付けられた椅子に、脚を組んで偉そうに腰掛けていた。まるで部屋の主のように堂々としているけれど、一応ここボクが借りてる部屋なんだけどなぁ……

「ナタリアとは無事会えたんだけど、ちょっと気になる話を聞いたんだ。その確認をしたい」

 真面目な話になると判断したのか、シンクの鋭い瞳が僅かに細まる。話題にするのは行方不明事件についてだ。聞いた話をそのまま共有すれば、それを肯定するように彼は頷いた。

「事実だよ。少なくとも行方不明者は確実にいる」

 シンク曰くアドリビトムの守護士が独自に調べていたらしい。消えたのは身寄りのない人間ばかりで所在を問うことすら難しいのだが、不自然な消失も何件か確認できているという話だ。

 曰く、翌日の予定を楽しげに話していた者。買い物帰りに戻らなかった者。自力での歩行が難しい状態にあった者、等だ。事件性を疑って良さそうだ。

「んー、思ったより件数が多いね。確認している範囲で、事件発生からひと月か。間隔も二~三日は空けてる」

「行方不明者が出てる地域にバラつきもある。目撃者がいないわけだし、組織的な犯罪だ」

「問題は目的だけど……」

「人間やレプリカの利用価値なんていくらでもあるだろ。生きてれば労働力やエネルギー源、死んでればただの部品だ」

「ま、そーだね」

 それは以前の旅で十分に学んだ。残念ながら関連付けられそうな噂は現時点で出てきていないし、下手な憶測は方向性を見誤らせる。ナタリアにもう一度会って、最近妙な動きのある家がないか、確認してみるのも手かもしれない。

「守護士には当分チームで夜回りをしてもらおう。決定的な要素がないから国は兵を動かしづらいし、かといって事態の収束も期待できない」

「既に指示してあるよ」

「さっすが元参謀総長!」

「馬鹿にしてるの?」

「褒めたでしょ!?」

 どんなコミュニケーション事故だ、と思う。彼の場合は大体をマイナスに捉えがちなので致し方ない。ふん、と鼻を鳴らされる。

「それから、過去の荷馬車と船の積み荷と所属を確認させてる」

「『資源』が生きてるなら、どこかに運んでる筈だもんね」

「そういうこと。バチカルの中にゴミ処理場を作る馬鹿なら知らないけどね」

 それから互いに明日の動きを確認する。ボクは再度ナタリアに会って情報共有と調査を国でも出来ないか聞くことになる。シンクは蛇の道は蛇ということで、あまり明るくない層に情報提供を求めに行くらしい。その辺のツテについては彼の方が向いているし、恐らく立場的にボクが関わるべきではないだろう。任せることにする。

「じゃ、そんな感じで」

 明日もよろしく、と纏めれば千歳緑の瞳にじっと睨まれた。思わずたじろぐ。

「な、なに?」

「……くれぐれも、余計なことはするなよ」

 いやあまりにも信用がなくないか、と思う。ここまで比較的有能な働きをしている筈なのに何故だろう。問えば普段の行いと言われそうで、やはり理不尽だ。

「ハイハイ。気を付けまーす」

 適当に返事をして、自分の部屋へ戻る彼を見送った。全く、ボクに信用がないのか、彼が心配性なのか。視察に来ただけなのにトラブルの香りに辟易とする。

 事態の解決に頑張るのは明日以降の自分に任せて、とりあえず今日はゆっくり休もうと決めた。

 

 

 

*****

 

 

 

 深夜。僅かな気配に目を覚ます。元々気配には敏感な方だが、少しの違和感があった。まるで、気付かせる意図があるみたいに。

「………………」

 ベッドから起き上がって扉を見る。暗がりの中だが、分かりやすい異常はない。ただ少量の香りがする。嗅ぎ慣れない……コロンだろうか。気配を殺して扉へ近づけば、床との隙間にうっすらと白く見える何かが差し挟まれていた。見る限り、封筒のようだ。

(こんな夜更けに、宿に泊まってる「一般人」のボクに、わざわざ?)

 違和感。一先ず気配といえるものは他にないようだし、慎重に封筒を拾い上げた。おかしな術式等はないし、紙は上等で民間人の物とは思えない。差出人はない。

 ナイフで封を切り中身を確認して───納得してしまった。書かれていたのは「今宵、貴女を満天の星空の下でお待ちしております。始祖ユリアのお導きに感謝を」という短い文章だ。場所の指定もある。

 こんな手紙を書きそうで、宿にボクがいることを知っていて、後で使いを寄越すと言っていた人物を、ボクは一人だけ知っている。

(プレスト・アパシオナート)

 こんな時間に手紙を寄越すなんてどんな非常識だと思いつつ、彼ならやりかねない。ボクと判断基準が違うところにあるのは流石にもう分かっている。

 星空なんて言ってるし、ロマンチストには違いない。気障なことを好むようにも見えるし、夜更けの呼び出しというものにロマンを感じでもしたのだろうか。ゆっくり寝たいのだが。

(さて、どうするか)

 無視して寝る選択肢は当然ある。気付かなかったことにすればいい。しかし、脳裏を過るのは行方不明事件だ。自分より年上の青年とはいえ、こんな夜更けに一人きりというのは如何なものか。

 王国騎士団に所属している様子ではあったが、実力は知らないし周囲に外出を伝えてるとも思えない。心配する必要はないかもしれないが……これが年の頃も立場も近いルークだったらと置き換えてみる。

(ダメそう)

 夜更けにルーク一人でいたら格好の餌だ。無事に帰ってくるか大分怪しい。明日になってプレストが行方不明という報を聞くのは流石に寝覚めが悪かった。

 仕方ない、と溜め息を吐いて簡単に身支度を整える。こちらもリスクがあるため、出掛ける旨を護衛役に伝えた方がいいかもしれないが、絶対に引き留められるしついてこられてもそれはそれで困る。現時点で事件性があるわけでもないし、無用に騒ぎ立てるのはやめておきたい。コレに関しては仕事というより私用だし。

(ま、大丈夫でしょ)

 シンクに気付かれないように気配を殺して、窓から外へ抜け出す。人の姿のない冷たく暗い街並みに、ボクは一人で降り立った。

 

 

 

*****

 

 

 

 鼻につく臭いで目を覚ました。普段嗅がない物だ。コロンという言葉が浮かぶ。問題は、どこからそれが臭っているのか。気配を探っても異常はなく、眼を開けて室内を見渡しても何もない。物の配置が変わっている等もない。

(違う……この部屋じゃない)

 予感がして、物音のない廊下へ出る。やはり何もない。だが、臭いは少しハッキリした。微かだが確かに臭う、余計な物の臭い。護衛対象の部屋だ。あの飾り気ゼロの人間がコロンなんて持っているわけもない。

 十分な警戒をしながら彼女の部屋に近付き、様子を窺う。気配を探って……ないことに気付く。

「!」

 部屋の中へ押し入れば、誰も居ない。文字通りだ。ベッドはもぬけの殻で、部屋の主すらいない。臭いの元を辿れば手紙らしき物をゴミ箱で見付ける。

 随分ハッキリとコロンの臭いが染み込まれていて悪趣味だ。差出人不明だが、文面を見れば呼び出しに間違いない。場所も書かれている。

「あの馬鹿が……!」

 余計なことはするなと念押しをした直後にコレだ。少しは警戒心がないのかと怒鳴り付けてやりたい。何のために護衛役がついていると思っているのか。

「ああ、くそ」

 そんなことを考えている場合ではない。思考を振り払って状況を確認する。手紙での呼び出し、差出人の明言を避けながらも散りばめられた情報、一人で向かった護衛対象。

 ベッドの温度を確認すれば、冷えきってはいない。分かることは殆どないが、よりにもよってアリアを呼び出している時点で何か思惑があると考えるべきだ。ふつふつと沸き上がる怒りを噛み殺して、彼女の部屋の窓から街へ出る。

「見付けたらただじゃおかないよ……!」

 大人しく護衛されててくれる分、導師サマの方が余程マシだ───なんて思考して、僕は手紙に書かれていた場所へ急ぐことにした。

 

 

 

*****

 

 

 

 手紙にあった待ち合わせ場所に来てみれば、プレストの姿はなかった。代わりにあったのは血の臭いで、辿れば民間人を人質にとった黒ずくめの集団に行き合った。

 民間人の首元に光るのはナイフで、ボクは有り体に言えばよくある脅しを受けている。

「命が惜しけりゃ、抵抗をやめろ」

 この場合の命というのは当然人質の物で、ボクは今選択を迫られている。音素に呼び掛けて人質にナイフを突きつけている人間をどうにかすることは容易い。問題は数の方だ。

 一人を倒したところで他が一斉に動き出せば、ボクも人質もただでは済まないだろう。ただのゴロツキならどうとでも出来たのだが、身のこなしが違う。集団での連携も手慣れているようで、もしかしなくとも今流行りの誘拐集団ではないだろうか。

(さて、コレを幸ととるか不幸ととるか)

 血の臭いは、人質の足から流れる血液が元だろう。腱が切られている。逃げようとしたから脚を動かなくしたということか。

 となれば、やはりすぐに殺すつもりはないのだ。どこかへ運んでいる。人質の怯えた眼が演技とも思えないし、ボクも抵抗をすれば脚の腱くらいは切られる訳だ。

(相手は十人ちょっと……人質がなければまだいけたんだけど)

 流石に無理だ。自分が生き残ることは出来ても、人質はまず間違いなく死ぬ。死んだところでボクは構わないが、ナタリアのことを考えれば見殺しもよくはない。

 時間を稼げればプレストがやってくるかもしれないが、その時間がなさそうだと人質の首元に突きつけられたナイフを見て感じる。寧ろあらゆるリスクを計算すれば、あえて捕まってアジトを押さえた方が利益になりそうだった。恐らく、今までの行方不明者も何人かはそこにいるのだろうから。

「考える時間は終わりだ。決めな、嬢ちゃん」

 黒ずくめの一人が、男の声で決断を迫る。人質の首元に躊躇いなく銀色の刃が埋もれ始めて、ボクはサレンダーした。途端、周囲の黒ずくめ達に取り押さえられる。

 まさかヴァンの時のように音素への干渉を邪魔する装置なんて持っているわけもないし、アジトへ連れていかれた後でも反撃の機会は十分にある筈だ。賭ける命はボク一人分のもので済むし、期待できるリターンも大きい。リスクと利益を天秤にかけたなら、この判断が正しい。

「目的は何?」

 問うが、誰一人として答えない。安い犯罪集団として有りがちなネタバラシは、してくれないらしい。第一音素が揺れて、ボクと人質に何かの譜術が使われる。途端に眠気が襲い来て、誘眠効果のある譜術と理解する。

 やはり、おかしい。ただのゴロツキではない。そう思考する内にも脳が回転を止め始める。袋のような物に押し込められる感覚があって───ボクでもそうするなぁと、感想を抱いたのが最後だった。

 

 

 

*****

 

 

 

 顔面に冷たい衝撃があって飛び起きたのが、次の瞬間だった。何事かと眼を開けて確認すれば、見るからに怪しい、人相を隠した黒ずくめの人間がボクを見下ろしていた。

「よぉ、お目覚めかい。嬢ちゃん」

 柄の悪い眼に話しかけられつつ、記憶を繋げる。誘拐集団に遭遇して、わざと誘拐されてアジトに来た……筈だ。うん、覚えてる。

 自分の状態を確認すれば、どうやら両手両足を縄か何かで縛られて転がされているようだ。口には猿轡。典型的な拘束スタイルだ。

(音素拡散装置は……ナシ)

 あるわけがない。一般に出回ってる物ではないのだから。これくらいの拘束ならあっという間に解けるし、何の問題もなさそうだった。今さっき顔面に冷水をかけられたようで濡れている感覚があるが、まぁいい。些事だ。問題があるとしたら、ボク以外の状況だ。

(なに? ココ)

 明らかにキョロキョロするのも警戒されるため、ざっと見た限りだが想定と違う。木で作られた空間であまり広くもない。天井に下がっているランタン状の灯りが僅かに揺れていて、部屋全体が安定していないことに気付いた。シンクと話していたことを思い出す。

(誘拐集団のアジト兼移動手段は船、か)

 問題はこの船が既に出航しているのか否かというところだ。気を失っていたせいで時間帯も読めないし、仮に出航しているなら反撃方法にも多少の考えが必要だ。

 何より、周囲に他の「資源」の姿がない。ボクだけ隔離されているとするなら、そこにどんな意図があるのか。そこまで考えたところで、黒ずくめの男が眼以外を覆っているマスクの下で、笑った気配がした。

「そう睨むなよ、嬢ちゃん。自分一人ってことが解せねぇか?」

 その問いに何の意味があるのか。男は自分が優位に立っていると確信している。油断がある。だから、ボクに何かご高説してくれるつもりらしい。その優位性は勘違いなのだけど、情報漏洩は有り難いので大人しく待つことにした。

 が、現実はボクの予想より頭が使われていて、下卑た話のようだった。男が何かのスイッチを見せてくる。手に握り込める小さな大きさの、簡単そうなスイッチだ。

「コイツは起爆スイッチだ。船に積み込んだ大量の火薬に、第五音素が干渉する音機関の、な」

 眉が寄る。何が言いたいのか考える。まさかボクと心中したいなんて話ではないだろう。それから不意に気付く。ボクが転がされているのは船だ。船が……一隻しかないなんて、誰が決めただろう。

 ボクの表情の変化を察したように、男は嬉しそうに声のトーンを僅かに上げた。

「ピーンポーン! 他の『商品』は別の船だ。言いたいことは分かるよなぁ? 神託の御子サマ」

 身元がバレている、というので決定的だった。彼らが用があるのはボクであり、抵抗をすれば他の有象無象は消し飛ばすということだ。大事な商品……ではないのだろう。より大きな利益として、ボクを見ているのだ。

 しかし、何のために。

 見上げていると、すぐ近くで視界を塞いでいた男が僅かに下がった。途端、その後ろに何人もの黒ずくめが並んでいるのが見える。行儀よく、同じ服を着て、同じ眼をして、同じように。

(……なに?)

 不気味、と表現するのが正しい。連携のとれた動きから軍隊のようなイメージを持っていたが、どこか違う。これは、寧ろ。

 先程まで話していた男が膝を折った。ボクの発話を妨げていた猿轡を外すと、そのまま言葉が紡がれる。

「ここにいるのは全員、あんたの導きを必要としている人間だ」

「……導き?」

「そうだ。お偉いさん方はこの世界から預言を廃止した。民草が道に迷うことになるのも構わずにな」

 三国同盟の下に預言を廃する。それは確かにボク達が取り決めたことだ。どうやら目の前の彼らはそれに不満があるようで、ボクにあるという用はそれと関係があるのだろうか。黙って待てば、男は話を続けた。

「オレ達はね、御子様。預言が必要なんですよ。人間は過ちを犯す。そうならないための導きが預言でしょう? オレ達が正しい未来に進むために、正しい導がなくちゃならねぇ」

「正しい導って?」

「あんただよ───始祖ユリアの生まれ変わり」

 回答は、大体予想された範疇だった。彼らは預言のない新たな世界に適応できなかった存在で、眉唾物の「始祖ユリアの生まれ変わり」を信じてる。ボクに何をさせたいのだろう。

「あんたはもう一度世界を導くために生まれ直したんだ。新たな預言を詠んでオレ達を正しい未来へ導いてくれる」

「預言の廃止を決めたのは、導師代理だったボクだよ」

「ああ。あんたも人間だからな。過ちを犯す。でも、過ちってのは後から償えるんだ。正しい道へ戻すことが出来る。そのためにオレ達がいる」

 眉を寄せる。なんとなく、会話の具合が妙だ。成立はしているが通じている感覚がない。有り体に言えば、ボクの話を聞く気がないように感じる。何か言いたいことがあって一方的に喋っている……それに近い。

 男は尚も話を続けた。

「あんたは預言を廃止するような愚鈍な人間に騙された。言いなりになって自分の役目を、使命を忘れたんだ。間違いは正さなくちゃならねぇ」

「………………」

「あんたに必要なのは浄化だ。穢された魂を綺麗にするんだよ。そうして初めて新たな預言は与えられる」

 よくある信仰、盲信だ。愚か者はどちらか。今更預言に頼るだなんて考えられない。人は自らの意志で未来を選べる───そう信じたルーク達の旅が、否定されるみたいで不愉快だった。

 視線をちらりと男の持つスイッチへやる。掛けられた指はそのままだ。ボクが不用意なことを言えば、人質が死ぬ可能性がある。でも、だからって目の前の集団を見過ごす訳にもいかない。

(やだなぁ)

 殺したら、ナタリアはどんな顔をするだろう。一人二人ではない、二十人はいる。この数の命をボクが奪ったと聞いたら、絶対にいい顔はしないと思う。でも事態を隠蔽する訳にもいかないし、報告は避けられない。めんどくさいなぁと思いながら、第三音素に呼び掛けた。

 死を自覚させることだってしない。瞬きの内に、全員の首を刎ねる。今のボクにはそれくらいのことは出来るし、元々迷うような感性も持ち合わせていなかった。

 しかし、

(……?)

 音素が集束しない。ボクが呼び掛けているというのに十分に集まらず、刃の形にならない。

 どうして、と思うと同時に眩暈がした。気持ちの悪い盲信に感じる眩暈とは違う、実際に視界の回る感覚。床に転がされているにも関わらず、平衡感覚がなくなったように感じる。集中が途切れ、音素が散る。

(……なに?)

 気付けば息が上がっている。体温も急激に上がったようで、体が火照るのを認識した。発汗もある。必要もなく熱い。

 見下ろす男が安堵を浮かべた。

「ようやく効いてきたか。あんた、薬が効きにくい体質かなんかか? 無駄に苦しませるつもりはなかったんだがねぇ」

 薬。気を失っている間に何かを盛られたらしい。それが今になって効いてきた。そういう話らしい。

(その可能性は考えてなかったや……)

 殺される筈もないからと油断していた。面倒なことになってしまったと思うけど、段々と頭が回らなくなってきていて打開策が考えられない。どうしよう、という呟きに焦りすら生じなかった。

 男の手が伸びる。抵抗の出来ないボクの頬に触れ、撫でられる。気持ちが悪い。

「悪いな。でも、本当に悪いのは御子様だ。救うべき人類を今の今まで放っておいたんだ。その責任は問わなきゃならねぇ」

 責任、と言われて笑ってしまいたい。その自由もないのが残念だが、本当におかしいことを言われていると思う。人類なんて知ったこっちゃない───ヴァンを殺す時だって関係なかったのだから。

 視界が狭まる。暗く淀んだ世界に声だけが聞こえる。でもボクはもうそれを聞いてもいなかった。世迷言に付き合うつもりは全くない。鈍くなる思考の中でボクが考えるべきは、どうでもいい事柄についてではない。

(……余計なこと、しちゃったなぁ……)

 心配、掛けるだろうな。

 ごめんね、と心の中でささやかな謝罪をして。






 後の事は分からなくなってしまった。
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