親愛の祝祷


 マルクト帝国譜術・譜業研究院の片隅、フォミクリー研究の権威であるジェイド・カーティス大佐の研究室で、ボクは今冷たく赤い双眸に責められていた。理由は簡単、ボクが自分の体の変調を隠していたからだ。

「いつから気付いていたんです?」

 彼に感情がないとは言わない。でもこういう時に感情的になって話を台無しにしない理性の高さは、やっぱり大佐だなと思った。だからボクも普段通りに答えることが出来る。

「エルドラント崩壊後」

「……イオン様ですか」

「ああ、なんだ。君も気付いてたんじゃない」

「あくまで可能性を考えていたというだけです。貴女のようなケースは初めて見ましたからね」

「それもそうだね」

 大佐は憶測で行動することを嫌う。だから旅の中でもヴァンの計画にどこか心当たりがあっても、先回りをして封じることは出来なかった。

 今回だって同じだ。あの時のイオンの言葉で「もしかしたら」とは思ったものの「まだ何も起きていないし確証もない」から何もしなかった。寧ろ、急にダアトに来てこうして健康診断に引っ張っただけ変化だと思う。彼は逆に何が引っ掛かって今回そうしたのだろう。

「あの時、イオンが提示した選択肢は二つ。音素を大量に取り込める体になって人間をやめるか、術式で体に取り込んだ音素を順次排出していくか」

 ボクは指を二本立てておさらいをする。選んだのは後者だ。お陰でとりあえず一年半は体を維持できた。でも、

「選択肢がこの二つしかない時点で分かるよ。だってそれ、この体が取り込む音素量が増えていかないなんて、イオン一言も言ってないもん」

「………………」

 大佐は応えない。あの時、彼はイオンの提案に何か引っ掛かりを覚えていたようだった。イオンがボクにその術式を施すメリットを聞いていたように思う。

 それがイオン自身への不信だったのか、術式への懐疑だったのかは知らない。でも大佐は「可能性を考えてはいた」と言った。ならきっとそれは、ボクがあの時に得た理解と近いものだろう。

「音素の取り込みを制限しないなら、音素を取り込む量が増え続けるという根本的な問題には対処出来てない。排出されるから表面化しないだけで、緩やかにこの体は変異していく。延命でしかないってすぐに気付いたよ」

「気付いていて受け入れたと?」

「うん。だって選択肢はあと一個しかなかったんだよ。しかもみんなは気付かなかったみたいだけど、どっちも結果は同じなんだ。今すぐ人間の体を捨てるか、ゆっくり人間の体を捨てるか。それしかイオンは聞いてなかった」

 理性を残した化物になる。それがボクに許された「最善」だった。実際にこの体がどうなるかは分からない。前例がないのだ。分かるのはただ、音素に食い潰されたらボクという存在は残らない。人として生き続ける選択肢だけはない。

「だから諦めたんですか? 人の話を聞かない頑固者が、随分聞き分けよくなったようですね」

「違うよ。選んだんだ。ボクは翼がなくたって空を飛ぶ。落ちることも織り込み済みだ。望む結果を得るためなら対価を支払わないとフェアじゃない」

 当たり前のことだ。何度、この無茶の出来る体のお陰で抗ってこられたか分からない。きっとボクがいなくたって、ルーク達はヴァンを止めていた。

 でも恐らく、その未来にテセやシンクはいなかった。彼らをこの世界に留めたのは、ボクの諦めの悪さだったと思うから。

「ボクはボクのしたいことをした。そのための無茶に自分が支払えるものを支払うだけ。ご都合主義は好きじゃない」

「……気付いていたのなら、この一年半で他の方法を探ればよかったでしょう。ですが貴女は、周囲に協力を頼むことすらしなかった」

「じゃあ聞くけど死霊使い。音素の取り込みを永続的に制限する方法はないってのがあの時の結論だったと思うな。そこを変えないと変異を止められないこのおかしな体を、君はどう出来たっていうの?」

「………………」

「ほら、その顔。ルークと一緒だよ。まだ生きてるのにお通夜になるのが嫌だったんだ。だから黙ってた。折角生きてるなら楽しくしてたい」

 人間もレプリカも、音素を取り込んだところで基本的に害なんてない。でもボクはなんでか音素に愛されていたし、作り方がおかしい「化け物」だったから害になった。それだけの話だ。悲劇でも喜劇でもない、当たり前の話。宙に放り出された林檎が地に落ちるのと変わらない。

「だから大佐。ボクの体が音素に食い潰されるって話、誰にもしないでね」

「───テセレマ様とシンクにも、ですか」

「うん」

 最後の一刀であったかのように鋭く大佐が斬り込んだ言葉に、しかしボクは笑顔で答える。当たり前だ。今更、二人に黙っていることで揺らぐような意志じゃない。ボクを望んでくれる人達に黙って消えることの意味は、十分に考えた。

 貴女は残酷ですね、と大佐が呟いて。

 そんなのずっと前から知ってたよと、微笑みの奥で囁いた。

 

 

 

*****

 

 

 

 輝石と輝石もどきの解析は少し時間をとるからと、翌日まで結果待ちをすることになった。大佐はボクのお願いを一応は聞いてくれるつもりがあるみたいで、テセとアニスには「健康診断の結果は問題なし」という形で報告を済ませていた。

 事実を話したところで打開策がないことを、ボクだけでなく大佐も分かっているのだ。それが、今まで感覚的であった自分の終わりを、現実的なものに変えていた。

 コン、コン、コン、と。ノックの音が部屋に響く。

 場所は王宮の客間で、ボクが与えられた部屋だ。今回は私用で訪ねたので街の宿に泊まるべきだと思ったのだが、大佐に手を回されていた。

 プライベートだろうと教団の最高指導者とその補佐役であることには変わらないので、順当な対応とも言える。色々あって夜はもう更けており、明かりもつけ忘れてぼーっとしていたことにようやく気付いた。

「はぁい」

 ベッドの上で身を起こし、声を掛ける。聞き慣れた声が名乗って、ボクは「どうぞ」と部屋へ招き入れた。現れた千歳緑の髪と瞳を持つ少年は、やっぱりボクの手を引いてくれた大事な人だ。

 彼はボクを見ると気遣わしげな眼に変わる。

「すみません。もう休んでいましたか?」

「ううん。明かりつけ忘れただけ」

「ですが、髪が乱れていますよ」

「あー、ベッドでごろごろしてたからね」

 えへへ、と笑えば「仕方のない人ですね」と彼は苦笑してその手を伸ばした。ボクの髪に触れて、手櫛で整えてくれる。彼に触られる髪から心地よい刺激が頭皮へ上がってきて、眼を閉じた。

 人間は頭という急所を信頼できる他者に委ねると、凄く気持ちいいと感じるみたいな話があった気がする。動物的な理屈で。事実は知らないが、とにかく気持ちがいいのでそれが口から漏れた。

「んー……気持ちいい」

「眠ってしまいそうですね」

「それもいいなぁ……」

 曖昧に答えながら、自分の体がふらふら揺れるのを感じていた。テセが慌てる気配がしてベッドが軋むと、後ろから両肩に手が触れた。体の重心を後ろに傾けられ、背後の熱に寄りかかる形になる。

「ん……テセ?」

「アリアが倒れてしまいそうだったので」

 目蓋を上げて後ろを見上げれば、申し訳なさそうに応えるテセの顔がボクを見下ろしている。困った顔をしながらもどことなく嬉しそうに見えるので、多分何割かはボクの背後をとれて喜んでいると思う。ボクの背後なんてとったって何も面白いことなんてないと思うのだけど。

(……まぁ、いいや)

 目蓋を閉じて寄りかかり直した。自分でも前頭葉が上手く働いていない気がして、思考を放棄する。背から分け与えられる体温に安心があった。

「……アリア」

「んー……?」

「健康診断の話ですが……」

 けんこーしんだん。ああ、あれかと思う。大佐に強要されてボクの体が自壊するって伝えられた奴。テセには内緒の話。背後から、彼は躊躇いがちに聞いてきた。

「本当になんともないんですか?」

「ないよー。健康そのもの」

 嘘だ。ボクは平然と嘘を吐く。ボクには吐ける嘘と吐けない嘘とあって、大概が「何のために」というところに左右される。三年も保つなんて思っていないけど、まだここにいられるならお通夜の空気は勘弁だ。

「どしたの? テセ」

「……いえ。ザオ遺跡で貴女が倒れたことがまだ気になっているんです」

「ああ……」

 急に気を失ってしまった時の話だ。数日意識が戻らなくて、原因は未だに分かっていない。やがて自壊することと関係があるのかもしれないが、ボクとしても分かってはいなかった。

 勿論、大佐にも検討はつかないようだった。以前惑星預言を詠んだ時のように音素が不足したのではないか、という説が一応上げられたが、自壊を予感させる程に音素過多になっているこの体が、急に音素を失うなど現実的ではない。

(大佐がボクに健康診断を受けさせようって決めたのは、ザオ遺跡で倒れたのがきっかけらしいけどね)

 元々エルドラント崩壊後にイオンが提言した二つの選択肢に、疑問を持っていたらしい。

 「イオンの術式は何かイオンにとって利益があるのでは?」というのが抱いた疑問の一つ。そして「イオンの術式では取り込む音素量が増加するリスクは変わらないのではないか」がもう一つだ。

 それでもボクが何事もなく過ごすものだから様子見をしていたらしい。でも誘拐騒動で音素の排出量がおかしいこと、解毒代わりに体内音素を交換する異常性には気付いたのだ。一度きちんと調べた方がいいのではと思っていたところにザオ遺跡で倒れたので、悠長にしていることをやめたと言っていた。ボクとしては永遠に悠長にしていて欲しかったのだが。

「どこにも、行きませんよね?」

「行かないよ。どうしたの? 変だよテセ」

「すみません。なんだか、今日のアリアは出会った頃に似て感じられたものですから」

 どういうことかと促せば「いなくなってしまいそうな気配がする」と答えられた。確かに、ルークの屋敷で並んでベンチに座った時にそんな話をされた。最近はそんな気配もしなかったのに、と伝えられてボクは自分の状態を理解した。

(自壊するって第三者に言われて、現実味を帯びた話にちょっと動揺してたのか)

 明かりもつけずにぼーっとして。折角嘘を吐いているのにそんな雰囲気を出してしまって。今前頭葉がちゃんと働いていない気がするのも、そういうことだろうか。

 よくないな、と思う。明日から元の調子に戻れるように元気を充電する必要があった。テセから背を離し、向き直る。

「えいっ」

「あ、アリアっ?」

 ぽすり、と胸に抱き着いた。背に腕を回して温かさを享受する。テセは少し戸惑ってからおずおずとボクの背に腕を回してくれた。温かさに包まれて安心が格段に上がる。そのまま頬擦りをした。

「ん~」

「今日は随分、甘えん坊さんですね」

「ん。ごめんね。迷惑?」

「いいえ。それで貴女が元気になれるのなら、喜んで抱き枕になります」

「ありがと」

 元気がないと思われてはいたようだ。よくないな、と再度思う。多分一時的な動揺なので明日には戻っている筈だが、ちょっと可能性が現実味を帯びただけで動揺していてはよくない。周囲に隠すなら尚更だ。

(別に、死ぬことが怖いわけじゃない)

 死にたくないとは思う。生きていたいとは思う。でも、それはやりたいことがあるからで、居たい場所があるからで、会えなくなることが寂しいからだ。寂しいから、今こうして甘えている。

(どこにも行きたくない)

 ボクの居場所はココだ。テセがいなくちゃどこに居ればいいのか分からない。ボクを繋ぎ止めるのはテセで、ボクが繋ぎ止めるのはシンクだ。二人の側にいられないのは嫌だと、ケテルブルクでティアに抱き締められながら自覚した。

(ボクが生きる理由は、生きる痛みを知ったから)

 大事に思っている人を失うと凄く痛いのだと知った。その痛みがボクに生きなければならないと戒め続ける。痛いのは生きているからだ。死んでしまえばきっと痛くなんてない。ボクが消える時の痛みは、彼らの心臓を壊してはしまわないだろうか。それだけは不安だった。

(……ごめんね)

 温もりに心の中でそっと謝る。側にいると言ったのに、側にいて欲しいと言ったのに、全部嘘になってしまった。

 やりたいことをやってきただけのボク。これからも、やりたいことをやるだけだ。戦わなくちゃ殺されるし、抗わなくちゃ奪われる。だったらボクは選択を変えない。翼がなくとも空を飛ぶ。それがボクだから。

「テセ」

「はい」

「凄く好き」

「……僕もです。アリア」

 その「好き」は、絶望的なくらいにお互いに違うものだったけれど。それでもこうして渡し合えることが嬉しくて、ボクは胸の奥に苦しさを覚えた。

 

 

 

*****

 

 

 

「お隣、いいですかぁ?」

 夜と呼ぶには十分な時分に、バーの片隅にいる自分へ声を掛けてくる存在があった。その姿を見ずとも相手が何者であるかは分かったが、人らしいコミュニケーションも兼ねてその少女を見やった。わざとらしく眉を上げて応える。

「こんな時間に若い娘が出歩くものではありませんよ。アニス」

「えへっ☆ なんか眠れなくってぇ、出てきちゃいましたぁ」

 おどける少女に、やれやれと首を振る。お互いにわざとらしい。何か考えるところがあり落ち着かないから、夜の街の片隅へ流れてきたのだろうに。お互いにそれに気付いていながら知らないフリをするのは、以前からの関わり方だった。

「何か飲み物奢ってくださいよ~大佐ぁ♡」

「ではホットミルクを」

「はぅわ! ホントに奢ってくれるんですか!?」

「夜のバーに未成年を連れ込んだ形になりますからね。きちんと監督させて頂きますよ」

「あー……アハハ……」

 引き吊った笑いで誤魔化そうとして、一先ずそれに乗る。夜とはいえまだ営業している店は少なくない。だがバーであることに気も回らず彼女が自分に声を掛けてきたのは、理由があるからだ。何か話があるのだろう。

「やれやれ。子育てはしていないんですがねぇ」

「ほえ?」

「こちらの話です」

 隣に座ったアニスの前にホットミルクが出される。それに手を伸ばして、まだ熱いからか口はつけずにアニスは問いを投げ掛けてきた。

「大佐こそ、こんな時間にどうしたんですか?」

「少し考えたいことがあったんですよ」

「……それってアリアのことですか?」

 隣から聞こえる声のトーンが落ちる。人がそうして声音を変える時は、大概がその話題に意味がある時だ。アニスがここを訪れた理由もアリアに関わる話なのかもしれない。そう思いつつ頷いた。

「ええ。相変わらず彼女の周囲にはトラブルが続きますからね。余計な仕事ばかり増やされます」

「………………」

 アニスからすぐの相槌はない。だが会話を急ぐ理由もなく、手元のカクテルを揺らした。透明感のある菫色の中で炭酸が動き、飲む香水とも呼ばれる高い花の香りが鼻腔を突いた。

「……大佐は、変だと思いませんか? アリアのこと」

「変とは?」

「それはっ……体質のこととか、『神託の御子』とかです。今日だって急に健康診断って……何かあるんじゃないんですか? 大佐」

「───貴女が気にしているのは、それだけですか?」

 彼女の疑いに肯定も否定もせずに問い返す。本当に自分が答えるべきはその問いなのか、彼女に吟味させる。会話には過程が必要だと理解しているが、単に迂遠なやり取りは徒に時間を浪費させるだけだ。

「………………」

 だが、アニスは答えない。顔を俯かせ、口元を引き結んだまま沈黙を続けた。子細は不明だが、迷いがある。その迷いから答えられないようだった。

 仕方がないのでその時点で答えを渡すことにした。

「貴女が何を迷っているか、私には分かりません。ですが貴女がアリアに覚えている違和感は、きっと人ならば思うことがあって当たり前の齟齬なのかもしれません」

 作り出す側の人間である自分には難しいことだった。危険性を把握したり起こり得る危機に警鐘を鳴らすことは出来る。だがそれはあくまでデータとして理解していることであり、自身がどう思うかということには繋がらない。

 だがそれでもここまでの大したことのない薄っぺらい人生経験と、彼女に対する情のようなものを加味すれば、出てくるのは次のような言葉だった。

「人は時に、正しさでは生きられないのでしょう。貴女も、アリアも……そして私もです。どうすべきとは言いません。貴女が選びたい答えを選んでください、アニス」

「……私は……」

 呟いて、アニスはそれ以上は言葉にしなかった。レモンの爽やかな甘味が炭酸と共に弾け、グラスの中で涼やかに氷が鳴った。

 

 

 

*****




 

 

 翌朝、目覚めるとテセの抱き枕になっていた。あのまま眠ってしまったボクにずっとついていてくれたらしい。初めて見る起き抜けに、気恥ずかしいながらも挨拶を交わす。

「おはよ。テセ」

「……おはようございます。ふふ」

「なんで笑ってるの?」

「こういった景色の目覚めもいいなと思ったからです」

 ボクも普段は見られないところを見られたという意味では新鮮で悪くはないと思うが、テセの穏やかな微笑みがやけに満足そうでそこまでは共感出来ない。分からないけど、彼がこの状況を厭っていないならいいかと思うことにした。

 それから別れ、朝の支度をする。いつものよそ行きの仕事着に袖を通し、髪を結い上げて髪留めをつければいつも通りのボクの出来上がりだ。元気も充電したし、問題ない。

(よし!)

 気合いを入れて、みんなと合流して研究院へ向かった。










*****

 

 

 

 場所は変わってディストの研究室で、集まっているのは昨日と同じ面子だ。ディストは「来ましたね」とまるで憎き親の敵でも見るみたいにボクを睨んだけれど、ボクは別に世の研究努力を愚弄するつもりなどないので勘弁して欲しい。輝石と輝石もどきの解析結果を聞く。

「貴方がたは頭の出来が私やジェイドの足元にも届きませんからね。二つのサンプルを比較データとして参照し、特別に分かりやすく教えてあげます」

「はいはい」

「まず、この二つはどちらも人工の音素結晶です。音素同士が引き合う性質が非常に強く、譜術等に使用すれば通常の何倍もの効果を発揮出来るでしょう。違うのは明らかな純度の差、音素振動数が正確に固定されているかという点、振動数の固定に用いる技術、使われている音素の属性、安定と安全性が挙げられます」

「一つ一ついきましょう。純度の差というのは、アリアが作成した輝石の方が純度が高く、何者かが作成した石の方が純度が低い。その認識で合っていますね?」

「勿論です! お陰で音素の取り込みや循環がスムーズ且つ効率化されており、使用者に余計な負担をかけることはありません」

 次に、と音素振動数の固定の話に移る。

「こうして形を成している以上、勿論固定はされています。ですが純度が低い方は固定が不安定で常に振動数が変動しています。そのせいで人体に埋めた場合、使用者の意志と関係なく周囲の音素を取り込んでしまうと考えられます」

 そのまま振動数の固定に用いている方法へ続く。

「どちらも実証は不可能でした。輝石の方はアイオンとかいうデータのない力を使われていますし、疑似石も恐らく現代の技術ではありません。融解した硝子が石の内部で音素を繋いで無理矢理形を成している……みたいな感じです。勿論硝子ではありませんし、石から抽出すれば像がバラバラになりそうだったので断念しました」

 使われている音素の属性の違いは、ボクの把握している通りだった。

「輝石は第七音素のみ、疑似石の方は第一から第六までの音素が混同しています。まるでレプリカの肉体組成そのものですね」

 最後に安定と安全性が述べられる。

「輝石は非常に安定しており比較的安全が保証できます。ですが、疑似石の方は不安定ゆえに人体に埋め込んでいい代物ではありません。先に述べた通り人体に埋めれば使用者の意志に関わらず、周囲から大量の音素を取り込みます。人間であれば音素暴走を起こしますし、レプリカならば音素が合わず音素乖離を起こすでしょう」

 そしてどちらにも共通することとして、ディストは付け足した。

「この人工音素結晶は音素同士が引き合う性質が非常に強いと言いましたね? 理由はまだ掴めていませんが、その結果譜術に用いれば効果が増幅される。つまり譜眼に近い効果が得られます。最大の違いは体外で使用可能であるということ。使用者の肉体を壊す心配はありません。ただし体外であくまで触媒として使用してしまえば負荷に耐えきれず、恐らく壊れてしまいます。一度きりの使いきりになる、ということです」

 一先ずディストからの報告はそこで途切れるようで、ボク達は出てきた情報に対して突っ込みを行っていくことにする。

「まず輝石は安全、輝石もどきは危険ってことで概ねいいんだよね?」

「ざっくりし過ぎて気に入りませんが、まぁいいでしょう。ええ。導師の体が音素結晶に侵食されていないのは、固定するために使われている力が非常に安定しており、導師の体から独立してフォンスロットの役割を果たしているからです」

「輝石もどきに使われている技術が現代のものではないというのは、創世暦時代の技術を何者かが転用しているということですか?」

 大佐の問いにディストは「流石ジェイド! この私の薔薇色の頭脳と同じ仮説を立てるとはやりますね!!」などと嬉しそうに肯定した。流す。

「音素同士が引き合う性質が非常に強い理由は不明か……あとは、そうだね。人間に埋め込めば音素暴走を起こすのは分かるけど、なんでレプリカだと音素乖離なの?」

「音素が合わないと言ったでしょう。現在のレプリカは第七音素だけで肉体を構成しています。ここに輝石を埋め込む分には同じ第七音素ということで恐らく問題ありません。ですが疑似石の方は取り込む音素が全く異なる。血液型の合わない輸血を行うようなものですよ」

 となれば、やはりシンクが音素乖離を起こしたのは輝石もどきのせいだったらしい。第一から第六までの音素を過剰に取り込んで体内の第七音素が結び付きを失い、乖離した。だが、それが合っているなら別の疑問が湧いてくる。

「なんで肉体を構成している第七音素の方が押し負けるの? 取り込む音素の量が過剰だからってだけ?」

「それを説明するには少し長くなりますね」

 大佐が横から口を挟んだ。どうやら大佐にも覚えのある話らしい。待てば「そもそも」と話が始まる。

「何故レプリカは二種類しか存在しないと思いますか?」

「それは……元々が人の複製だったからですね。人間の体を構成する音素は第一から第六までの音素のみです」

「はい。そのため初めの生物レプリカは第七音素を使っていません。結果体内音素のバランスが著しく崩壊し、化け物となってしまった」

「そこで私とジェイドで作り出したのが第七音素による生物レプリカです。こちらは全体的に劣化するものの、個体としては安定させることが出来ました」

 テセの回答に大佐とディストが言葉を足していく。

「その仮定で私もディストも、七属性全てを使用した生物レプリカの作成も実験したんです。ですが、どのような方法を用いても結果は失敗でした。何故か第七音素だけが乖離を起こし、第六までの音素で作られるレプリカにしかならなかったんですよ」

「えっ……生物レプリカを作る場合、第七音素は他の六属性の音素とは共存できないってこと?」

「ええ。我々はこれに記憶粒子の変異が影響していると仮説を立てました」

「あ! 確か第七音素って、記憶粒子が音譜帯を通過する際に変異したものなんですよね? そのせいってことですかぁ?」

 アニスの問いにディストが頷く。

「そうです。あくまで仮説ですが、人間が第一から第六までの音素で正常に活動できるのは記憶粒子があるためだと考えたんです。生物レプリカの場合は記憶粒子までは作り出せません。記憶粒子が欠けるため、初期の生物レプリカは音素暴走を起こした」

「対して第七音素のみで作られた生物レプリカは、恐らくそれが記憶粒子の代わりをしているというのが我々の見解でした。純粋な記憶粒子ではないために、他の六属性の音素と共存することが出来ない、とね」

 ふーん、と他人事のように聞いていたが、あれ?と思う。挙手して問うた。

「じゃあなんでボク、七属性で体維持出来てるの?」

「それがおかしいんです! 何度も言っているでしょう、貴女は唯一の成功例なのだと!!」

 ディストにキレられてしまった。カルシウム足りないのかなとぼんやり思う。それから今の話を吟味した。

(記憶粒子って惑星の記憶を有する粒子だよね。惑星の記憶……星の記憶?)

 瞬間、連想が働いてしまった。レプリカは預言に詠まれているのか、という論争があった筈だ。証明は出来ず、ボクは個人的に「人でもレプリカでも、どちらでも星は構わないと思っている」と予想している。

 例えば、人が正常に活動できているのが記憶粒子によるものならば、星の記憶と接続されているからとは言えないだろうか。

(逆に「化け物」レプリカは記憶粒子がないから星の記憶との接続がエラーを起こす。それで生物として、存在として星から弾き出されるから暴走する?)

 そして第七音素だけで作られたレプリカならば、記憶粒子の代替となり星の記憶に接続が許される。だから生物としての存在を認められ、暴走を起こさずに一応は人間みたいに生きていける。

(……ディストが前にレムの塔で言ってた話、あながち間違ってないのかも)

 星の記憶になら個人の蓄積データが残っており、それを引っ張ってくることが出来れば死人もレプリカで蘇らせられるのではないか、という話だ。星の記憶に接続が出来るか否かが正常に活動するレプリカの肝だと言うなら、記憶粒子の有無さえなんとかしてしまえばいいということになる。

 現在は方法論はないわけだけど、ボクという異例だけが一際目立って見える。もしもボクの体の謎が解析されたら、死者の復活が現実になるのではないか。

(……もしかして大佐がボクを自由にさせてるのって)

 二度とフォミクリー技術を死者蘇生のツールにされたくないし、自分でもしたくないからだろうか。ボクでも出来た連想が大佐に出来ないなんて思えない。ディストの方は知らないけど、大佐はそこまで仮説を立てているように思えた。

(この話はしない方がいいな)

 死者蘇生が現実になり星の人口が増えすぎても困る。ダアトも両国も先のレプリカ騒動で、受け入れにまだ苦労しているのだ。

 少なくともディストがこの話を聞けば拉致監禁の後モルモットとして飼われ、いつかネビリム女史の復活がされる気がする。それは多分、大佐が望まないことだ。技術の進歩や貢献としては偉大かもしれないが、興味はないし辞退させてもらうことにした。

「とりあえずシンクが死にかけた理由は理解した。問題は誰が作ったのかだよね」

 話を変えれば、大佐が乗ってくる。

「創世暦時代の技術となれば、ある程度は研究機関を絞れます。候補を挙げておきましょう」

「頼みます。ジェイド」

 テセの言葉に大佐が頷いて、「しかし」と残る疑問を口にした。

「そもそも何故、その何者かは素体にシンクを選んだのでしょうか」

「第七音素のレプリカって今はどこにでもいますもんね。元六神将として名前が知れてるし、シンクを狙うのってリスクの方が高そう……」

 アニスの言う通りだ。それに対するボクの見解は以下になっていた。

「ボクに喧嘩売ってるんじゃないの?」

「マジギレじゃん」

 うっかり殺意を意識の端に引っ掛けながら言えば、アニスに引かれてしまった。哀しい。ボクからしてみればマジギレ案件で当たり前なのだけど。

 と、予想外にテセが同意した。

「あながち、間違ってはいないかもしれません」

「というと?」

「その輝石に似た石ですが、効果を聞く限りプレストが所持していたものと似ていると思いませんか?」

 言われてみて、そういえばザオ遺跡にシンクを送り込む転送譜術の触媒に消費された石があったことを思い出す。と、いうことは?

「『神託の御子』過激派の支援者が今回の件も絡んでる?」

「恐らくは。簡易転送譜術についても、過激派であるプレスト・ケセドニアでの譜術士・ダアトの襲撃者で、それぞれに似たものの使用を確認しています」

 プレストの話では謎の石も簡易転送譜術も手紙と一緒に届いたという話だった。つまりその三勢力には共通の技術提供者がいるということになる。そこまで繋げれば、その連想は簡単だった。

「……ソティだ」

「え?」

「ケセドニアで過激派を大量虐殺した黒髪の譜術士。彼女、少し前にダアトの街で会ってる」

 ボクの言葉にそれぞれに驚きの反応がある。ディストは話についてこれないからか、輝石のデータらしきものが映された画面に意識をやっていた。どうでもいい。

「ボクの大事なものに害意はないって言ってたのに」

 舌打ちをしたくなる。ボクやボクの周囲に対する害意は確かに感じなかった。多分彼女にとっては害意などない行為というだけだ。害を為そうとしてシンクに輝石もどきを埋め込んだわけではない。実験的な行為だったのかもしれない。

「今回の件がボク絡みってことは、ボクのせいでシンクが酷い目に遭ったってことだよね」

「そうかもしれませんね」

「ジェイド!」

「大丈夫だよ、テセ。ありがと」

 ボクの礼にテセは気遣わしげな眼をボクに向ける。でも正直そんな配慮は必要なかった。だってボクは落ち込んだり自分を責めたりしているわけじゃない。ただ、シンク自身に向けられた悪意でないなら安心できるという話だ。ボクに向いている悪意なら、ボクがなんとかすればいい。

(その何者かさんの狙いはあくまでボク、か)

 なら直接何かをしてくればいいのに。回りくどいことばかりをしてくる。過激派も譜術士もボクの命を狙ってきたりはしていない。唯一襲撃者だけが直接命を狙ってきた点が気になる。技術提供はしているけど派閥は違う、みたいなことが起きているのだろうか。

 何が目的なのだろうかと考えても答えは出ず、ボクらは一度解散して三勢力の動きを情報収集してみることにした。

 

 

 

*****

 

 

 

 ボクがグランコクマで出来る情報収集は、正直アドリビトムに限られる。だが確実に情報を聞けるツテが他国にあるというのは、とても有り難いことだ。勿論集まる情報には偏りが生まれるため、地元の情報屋の話も聞けた方がいい。

 因みにグランコクマの修道院とアドリビトムは、以前ボクが与えられた屋敷を流用している。これが結構立派なもので、規模も知名度もなんでか十分にあり、街の人にすんなり受け入れられていた。まぁ「始祖ユリアの生まれ変わり」の屋敷となれば場合により観光地だ。実際にはボクは一ミリも住んでいないのだけど、知名度はおいしかったので利用させてもらった。

 そこへ行こうと出掛ける直前、大佐に声を掛けられた。

「アリア。少しよろしいですか?」

「なに?」

 足を止めて大佐に近寄る。大佐はいつも通りに見えたけど、なんとなく緊張のようなものが瞳に見えたような気がした。どうしたのだろう。

 眼鏡のブリッジを押し上げ、見下ろす視線に問われる。

「先程、ソティと口にしましたね」

「うん。黒髪の譜術士の名前。偽名かもしれないけど」

「それは本人が?」

「そうだね。名前教えてって言ったら、そう名乗った」

「……そうですか」

 不思議な反応だった。落胆とも、期待ともつかない、複雑な感情の波を拾う。覚えがあるのだろうかと思った。

「もしかして知り合い?」

「いいえ。単なる確認です。身元を割り出すのに名前を使えるかもしれないと思いましてね。ありがとうございます」

「あ……どういたしまして」

 礼を告げるとあっさりと大佐は歩み去って行ってしまって、ボクはその背に形だけの返事をした。なんとなくボクはその背が気になって、後で部屋を訪ねてみようかと頭の中で思案した。







 ボクって実はファザコンなのかなぁ。
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