短編:間奏時
キムラスカ王国からの遣いであるコモド・ブリッランテの退室を見送り、僕は椅子へ腰を落ち着けた。今しがた受けた連絡を思い、自身の執務室で一人思案する。
二人の「アリア」が「神託の双子御子」になってから、ひと月が経っていた。世の中の反応は今のところ悪くはなく、勿論彼女達の存在に賛否は分かれているが、「始祖ユリアの生まれ変わり」として迎えられている傾向の方が強かった。
「神託の双子御子」の演説は要約すると「『始祖ユリアの生まれ変わり』かは分からないが、みんなが期待する『神託の御子』として、今の世界のために出来ることをする」という内容だった。
「かつて戦争を止めるために預言を詠んだユリアのように、在り方を変え始めている世界を、この人々の意志を謳った教団の下導いていきたい」というのが"アリア"の主張の軸だ。そして今後の教団の方針にも関わる。
「始祖ユリアの生まれ変わり」が双子である点や、どちらもが名を「アリア」としている点に疑問を持っている人々は多いだろう。どちらかが、もしくはどちらもがレプリカなのでは、という疑いの声は恐らく有る。
だが今のところ、それを理由にした世界の動きはまだなかった。それ程までに世間は「始祖ユリアの生まれ変わり」を熱望していて、二人が教団の今後を支えていくことに強く期待をしていた。
警戒していた「神託の御子」過激派の動きも大人しい。一つには、啓示が与えられなくなったという話がある。それは教団に「神託の双子御子」が誕生してからぴたりと止んだという話で、それが余計に世界が彼女達を歓迎する流れを呼んでいた。
「星の意思も預言ではなく『始祖ユリアの生まれ変わり』による導きを選んだのだ」と受け取られているらしい。実際には啓示を与えていたとみられるイオンが手を引いた結果であった。
"アリア"が「神託の御子」になると決めて行動を起こした結果、イオンは過激派を煽ることが出来なくなった。アリアを苦しめる意図はあれど、自身の婚約者を窮地にやる心積もりはないらしい。そして"アリア"はどこかでイオンの暗躍に気付いていて、それを止めるためにも「神託の御子」になることを決めたようだった。
イオンがどのような方法をとって、世界中に散らばる過激派達の夢に啓示を与えていたのかは分かっていない。先に問い詰めた"アリア"曰く、彼は答えを呈示せずただ「今後は何もしない」ことを約束したという話だ。それは過激派に啓示を与えないというだけでなく、アリアに対して何もしないという意味だった。
それを聞いて、僕とシンクはイオン本人を問い詰めることに意味がないことを理解した。ただ今後はアリアに何もせず、彼女達の存続のために教団に貢献するということで一先ず様子を見ることにしている。
教団においてイオンは、「神託の御子」を外部へ逃がそうと動いていた詠師会をコントロールする目的があるようだった。
そのため彼が望んだ地位は元大詠師に相当するものであり、正式な先代導師であった彼に異を唱える者はいない。「神託の御子」の誕生と共に正式にその地位を与えられ、聖職位は「祝師」という新しいものを用意した。階位は「奏将」であり、このダアトで第二位の権威を持つことになる。
"アリア"はイオンの副官として「祝師付側役」という役職を得、アリエッタも同時に二人の守りとして「祝師守護役」となった。アニスが取りまとめる「導師守護役」と役割が近いため、どちらも「守護役」として同等に扱われることになる。
配下には元々彼女が第三師団長であった頃からの部下や、彼女の友人である魔物が含まれている。規模としては導師守護役よりは少ない程度だ。
祝師付側役である"アリア"の主な役割はイオンの補佐であり、「神託の御子」として人々の不安を掬い上げることにある。本来ならば導師である僕がそれを成さなければならないのだが、半年間の不在があった点と過激派を煽る動き、導師代理であったアリアの存在と僕がレプリカであるという点がそれを難しくしていた。
特にレプリカである点が世界でどのように受け取られるかは不安があった。幸いにもダアトの街は僕を受け入れてくれたが、他国では不信もある。それを押さえているのが祝師として復帰した「本来の導師」イオンの存在なのだから、少し複雑だ。「先代導師が今代導師を認めている」というのは影響が大きかった。
今の教団は名を「アセリスィア教団」と改め、始祖ユリアを祝福したローレライではなく人々の意志を謳っている。そうして一年間で下地を作った上での変化となったためか、今は導師である僕や「神託の双子御子」であるアリア達が街を歩くことも可能となっていた。
教会から殆ど外へ出られなかった一年間を思えば、アリアには良い変化になったのではないかと思う。代わりに「神託の御子」として見られるそうだが、本人は声を掛けられない限りあまり気にしていないようだった。
三国同盟の下、キムラスカ・マルクト両国とも連絡は欠かしていない。特に「神託の御子」に関わる話は世界的な影響のあるもので、両国への影響も十分に考えられる。過激派が沈静化されたこともあり、悪い影響はまだ確認されていない。概ね歓迎されているようだった。
ただ、懸念はある。
過激派の沈静化の理由に、啓示が与えられなくなったこと、アリア達が「神託の双子御子」を名乗ったことの他に、過激派が虐殺される事件があったというのがあるのだ。
それはケセドニアでアリア達が確認したものであり、容疑者である黒髪の譜術士の所在は明らかになっていない。過激派が大人しくなったためか類似する事件は起きていないが、それに対する恐れは世に広がっているようだった。
また、以前ダアトの教会に現れた襲撃者だ。彼らの主張は「『神託の御子』は星の病である」ということで、アリア達が再び命を狙われる可能性は高かった。
今は世の変化が大きいからか動きはないが、楽観視は出来ない。彼らは導師である僕の命も狙っており、直接尋ねたアリア曰く「今の導師は『神託の御子』が作り出した偽物だから」という話だ。
偽物、と口の中で呟く。アリアはそれを「レプリカであること」と考えているようだったが、僕には別の心当たりがあった。「神託の御子」が作り出した偽物───アリアが再構成したこの身に、ぴったりの言葉だった。
その事実を部外者が知っているとは思えなかったが、その連想は頭から離れない。ただアリアがその可能性に思い至っていないことが、僕には嬉しかった。彼女にとって、僕は僕のままなのだから。
最後の懸念点としては、過激派・譜術士・襲撃者に共通して確認できているものが挙げられる。それは簡易的な転送譜術の存在だ。
転送譜術は元々複雑な術式で、創世暦時代から脈々と教団で受け継がれてきたものだ。誰でもがその成り立ちを理解しているものではなく、効果を示すにも距離が限られる。だが、実際には彼らは揃って同じ技術を用いていた。
初めに使用が確認されたのはプレスト・アパシオナートだ。彼が用いたものは広範囲の爆破も伴う危険なものだったが、先程コモドを介して情報提供を受けたところ、危険性はそれに留まらないようだった。
曰く、それは小瓶の中に術式とそれを発動するのに必要な量の音素が詰められる形で、彼の元に届いたものらしい。以前、差出人不明の手紙と共に「『神託の御子』様をお救いする際に役立てて欲しい」と提供されたものだという。
その時点でカルマートが一度確認をしており、その際に危険性の高い簡易転送譜術であることを伝えていたそうだ。効果が不安定で、発動に失敗すれば体の一部を残して転送される可能性があったという話だ。だからプレストはアリアを連れて逃げる際にはその小瓶を使わなかったのだろう。
カルマートが使用した転送譜術は、この簡易転送譜術を元に独自に再現したもののようで、安全性に問題はない。目の前に完成品があったとはいえ、転送譜術を再現した点はやはりグランツィオーソ家の才が伺えた。
次に簡易転送譜術を用いたのは襲撃者だ。彼らが用いたものの子細は不明だが、爆発はなく同じ技術が何らかの改良を施されていた可能性がある。そして黒髪の譜術士も同様だ。
これらから分かることは三つだ。一つは転送譜術の術式を悪用している者、もしくは悪用する者に提供した人間が教団内にいるということだ。
一番に疑われるのはイオンだが、"アリア"が確認したところ「彼が作って配ったものではない」らしい。真偽は不明だが、事実ならば外部にその技術を得た者がいることになる。ただ「外部の人間に転送譜術の術式を提供していない」とイオンは言っていないことは気になった。
二つ目は外部に簡易転送譜術を作った人間がいるとして、その人物が譜術研究に長けているということだ。カルマート同様、完成品があっても転送譜術の再現は容易ではない。それを小瓶に無理矢理詰めるような危険なやり方で簡易化したというのだから、才も恐ろしいがその発想も恐ろしい。利便性をとり安全を捨てたようなものだ。
三つ目は、その人物が過激派・譜術士・襲撃者の全ての勢力に技術提供をしているという点だ。三勢力の目的はそれぞれに異なり、敵対すらしている。だが、技術提供者が同じであるという点に疑問があった。そうして彼らを支援し、何を目的としているのだろうか。
世界的な懸念点と、それから分かることは以上だ。
だが、僕にはまだ不安が残されていた。
一つは、プレストが所有していたという「譜術の効果を大幅に増幅する石」の存在だ。これもまた手紙と簡易転送譜術と共に与えられたものらしい。その効果だけをみれば譜眼に近い。だが譜眼が通常の三倍の効果を呼ぶのに対し、この石の力はそれに留まらない。石は使いきりとして消えてしまうようだが、人体に術式を埋め込みフォンスロットと同調させる譜眼よりも安全であることは間違いない。
そしてその効果と、ならばその石を人体に埋め込んだ場合にはどうなるのか、という二点が僕の嫌な予感を突いていた。
自身の胸に触れる。そこに埋まる固い感触に、胸がざわついた。似ている、と思ったのだ。この身に埋め込まれた輝石と、その異質な石の話が。
この輝石は僕の体に新たなフォンスロットを作るような形で機能している。常にローレライの音素を取り込み、僕の体を支援しているのだ。微細で様々な効果があるが、大元を大雑把に語れば「呼吸をするように多くの音素を取り込んでいる」と言ってもいい。
それは見方を変えれば「譜術の効果を大幅に増幅できる」ということと同じだった。譜術の効果を大きくする際に必要なのは大量の音素だけではないが、消費する音素が多い程高い効果を望めるのは自明だ。
この輝石が僕の体に異常をもたらしたことは、まだない。その異質な石を念頭に置けば譜眼に似た技術と言えるが、本当に何もないのだ。ただ僕に、生き続ける力を与えてくれている。変化があったのは一度きりで、それも僕の体に害を与えるものではなかった。
この輝石は戦いの中で一度だけ熱を持ち、僕の体を癒した。否、あれが「癒した」という表現に当てはまるのかは分からなかった。それ以上の何かがあった、としか言えなかった。だが、僕の不安はそれではなかった。不安なのは死より呼び戻されたこの身ではない。
窓から、青い空を見上げる。僕が想い、僕に想いのまま生きることを願ってくれる、大切な人の瞳と同じ色がある。この輝石を作り出し、僕を生かそうとする存在。
彼女とこの輝石が切り離せないように、その異質な石もまた彼女と関わりのあるものではないだろうか。もしそうならば「神託の御子」に関わる勢力に簡易転送譜術を技術提供している人物は、その異質な石を通してもアリアを見ている気がしてくる。それは、得も言われぬ危険を感じさせるに十分だ。
そして何より、その彼女がザオ遺跡で倒れたという話が胸にしこりを生んでいた。居合わせた者は原因が分からず、彼女自身も分からないと答えている。イオンに彼女の体に施されている術式を確認してもらったが、異常はないという話だ。実際、彼女に音素暴走の予兆のようなものは見られない。至って普通に生活を続けている。
だが、僕だけはその符合に気付いていた。彼女がザオ遺跡にいたその時、僕はダアトでイオンと対峙していたのだ。もし、彼女が倒れたことと、僕の輝石が熱を持ったことに関わりがあるならば。
青空に祈る。
この自由な空のように、彼女もまた自由であることを。僕に想いのまま生きる力を与えた彼女に、どうか彼女が望む場所に在れることを。
彼女の身に迫る運命の手は、イオンという一つの歯車を止めたところで消えてなどいない。それが何者による意志かも分からないが、僕に出来ることとは何だろうと思う。僕が今ここにいることの意味とは。僕に───ただ一人きりのアリアが、救えるだろうか。
「汝の意志することを行え」、と。
僕はこの名に懸けて、己の意志を輝石に誓う。