短編:間奏時
それはボクがダアトに戻ってすぐの話。
ボクの護衛を一時的に受けていたティアとガイが、まだダアトに滞在していた期間だ。ボクらは折角だからとテセの執務室に集まって雑談に花を咲かせていた。
「にしても、教団がここまで変わるとはねぇ」
ガイが感慨深げに呟いて、ティアが受ける。
「そうね……導師はそのままだけれど、補佐役がついたり主席総長が統括総長に変わったり。色々と変わったわ」
「コレでまたイオンやアリアが新しい聖職位に就くんでしょー? もー勘弁して……」
「アリア、僕も一緒に考えますから」
「うん……」
頭の痛い話に机に突っ伏せば、テセに宥められる。仕事は腐る程あるが、聖職位は考えるのが簡単ではないのだ。指示系統とか住み分けとか色々合わせて考えなければならないし、下の反感を買うことがあってもいけない。ガイが笑う。
「まぁ、教団のイメージを一新するにも聖職位を新しくした方がいいってのは分かるけどな。因みに今の聖職位と階位ってどうなってるんだ?」
「んー。その辺、ちょっと整理しよっか」
前置きをして、ローレライ教団であった頃との変化を列挙していく。
「まず教団の名前ね。ローレライ教団からアセリスィア教団へ。変わったタイミングは『導師イオンの再誕』が騒がれてすぐのノームデーカン。テセが名前を変えて、改めて導師になった時」
「それまではアリアが導師代理を担っていたのよね。導師テセレマが戻られたことで、今は導師補佐役に戻っているわ」
ティアが補足してくれる。
導師補佐役は元々臨時の役職だったが、大詠師の不在もあり今は内外共に「教団の第二位」として認識されている。ダアトの姫なんて言われてる話もあって、ちょっと勘弁して欲しい。
「導師、補佐役、詠師……縦割りとしてはあんまり変わってないかな」
「イオンが新たに就くものが、大詠師の代わりになると思います。被験者の"アリア"はその補佐に就く予定です」
テセの説明に間違いはない。補佐役と大詠師の代わりの位、その上下関係は難しいところだ。組織としてはイオンの方が上の役職になる筈だ。けど、ボクは導師代理だった時代があるから発言権が大きい。変な分裂を生まないように気を付けなくてはならない。
実際のところ、イオンが聖職位を得たならボクの立場は被験者と同じだろう。あくまでテセとイオンの補佐だ。どちらも「神託の双子御子」という象徴性も同じな訳だし、妥当だと思う。
「今の詠師は六人で数は変わってないよ。テセが戻ってきた時に人の入れ替わりがあって、新しい人もいる」
「先代……いや、先々代導師エベノスの時代から残ってるのが、詠師トリトハイムと詠師エレティクスか?」
ガイの確認に頷く。それから「先代導師イオン」の時代からいるのが詠師カトレアだ。残る三人の内、一人はシンク。前回の旅の途中にヴァンの後釜として収まっている。残る二人は……まぁ、今はいいだろう。割愛することにする。
「導師の護衛は変わらず守護役が担っています。今はアニスが取りまとめてくれているんですよ」
「導師守護役って人数は多くないんだけど、だからって楽じゃないんだよ~? 因みに今のアニスちゃんは響手なのだ☆」
「軍隊で例えるなら少尉相当だね。因みにイオンが聖職位を得たら、その護衛にアリエッタが就く予定なんだ。だから多分、アリエッタも響手に戻るよ」
「え~! 私、根暗ッタと同じなの!? ティアだって急に響士になっちゃって、私より上なのに~!」
「響士って言えば、前はアッシュやディストがいた階位か」
補足にアニスが嘆き、ガイの連想にティアが頷いて所属と共に詳細を伝える。因みに響士は少佐相当だ。
「今の私は詠師トリトハイム旗下治安部隊、ユリアシティ支部長の響士なの。以前の情報部を解体するのが勿体ないという話で、再編して詠師トリトハイムの管理下に入ったのよ」
構成員の半数はユリアシティの人間であり、ユリアシティ支部なんてついているがユリアシティにしか支部がない部署だ。治安部隊とあるように、緊急時にまとめて動かせるようにある。
そのためダアトともユリアシティとも上手く渡りをつけられるように、ティアに昇級してもらって支部長になってもらった。お陰であっという間に師であるリグレットの階位を超えてもらうことになったのだが、そこは彼女に折れてもらうことにした。
「イレギュラーなものの説明はそれくらいかな。あとは聖守護騎士団に師団が七つあるだけだよ。こっちは人の入れ替わりこそあったけど、大きく変わったって程でもない」
「詠師であるシンクが統括総長に就いてまとめてくれています。階位は謡将……大将相当ですね」
「大詠師が奏将っていう元帥相当だったから、イオンの次がシンクって形にはなると思う。因みに中将相当の響将にはお師様がいるよ」
聖守護騎士団の最高責任者がイオンになり、実際に指揮権を持つのがシンク、ということだ。お師様はこのどちらもが不在の時の責任者になる。
……年功序列で考えるとこの組織、色々おかしい気がする。なんでこんなことになってるんだろう。
「師団長は三人が詠師なんだ。お師様と、カトレアと、もう一人。基本的にはみんな面識ないと思う」
「あ! そういえば知ってる? 七人の師団長と統括総長を合わせて、八芒って呼んでるらしいよ」
「え。それは知らない」
アニスから初耳情報をもらってしまった。聞けば以前あった六神将の存在がやはり意識されているらしく、周囲が勝手に囁いているらしい。呼ぶ時便利だから採用しようかな。
「あとは……参謀総長の代わりに参謀官がいます。詠師カトレアが就いており、シンクの補佐をしていますよ」
「確かシンクが副官を置くのを嫌がったから、実質的な副官を兼ねるために名称が変わったんですよね?」
「はい」
「変な意地張らないで副官くらい置けばいいのにね~」
ティアの確認をテセが肯定し、アニスは尤もなことを言う。どう考えても統括総長の仕事は大変だろうし、詠師かつ師団長かつ参謀官に就いているカトレアも大変だと思う。優秀だからっていいのかなぁという気持ちだ。
「なんで副官を置こうとしないんだ?」
「それはぁ……」
ちらり、とアニスがボクを見る。意図が分からず首を傾げると呆れるように溜め息を吐かれた。すぐに切り替えてアニスは肩を竦めて答える。
「……こじらせてるからね」
「ああ……」
なんだかガイも分かったような顔をして、ボクは更に首を傾げる。ボクがシンクに理由を聞いた時は「メンドクサイから」と答えられたのだが、別に理由があったのだろうか。知らない。
とにかく今は教団の変化の話だ。残る話は多くはない。
「預言士が祈言士になって修道院に配属されて、神託の盾騎士団は聖守護騎士団に再編された。団員の呼び名は守護士。守護士はアドリビトムに配属されてる。……それくらいかな?」
「も~。アリアってば、肝心の確認を忘れてるよ」
「へ?」
「アリアの護衛役! シンクが就いてるんだよね?」
指摘を受けて思い出した。かなりイレギュラーな存在なので逆に説明を忘れてしまった。アニスの言葉を肯定する。
「そだね。統括総長かつ詠師なのに、いいのかなって思うけど。本来なら導師守護役から人を割いてもらうのが順当だとは思う」
「シンクが誰にも譲ろうとしないんだもん。しょうがないよ」
「僕としても、アリアの護衛はシンクに任せたいので助かっています。アリアに関してで言えば一番信頼できますから」
「ま、そうだろうな。シンクの気持ちも想像できなくはないし。アリアも護衛はシンクがいいんだろ?」
「そりゃね」
ガイに問われて躊躇いなく肯定した。元々教団の部外者だった身だ。知っていたのはテセとシンクだけで、頼れたのはこの二人だけ。今は流石に知り合いが増えたけど、だからって二人程信頼できる存在はいない。適任は他にいなかった。
なんて思っていると、テセがそっと側へ移動してくる。ソファの後ろからボクの肩に触れると、複雑そうな顔で名前を呼ばれた。
「アリア」
「ん?」
「貴女を守るのはシンクばかりではありません。僕も、貴女を補佐役の立場に置く上で守るつもりです」
「……はい」
そんな風に改めて言われてしまうとリアクションに困る。ボクがシンクだけを頼っているように聞こえてしまったのだと思うけど……むず痒い。
テセの言動のせいか、ボクの反応に気恥ずかしさがあったためか、ちょっと空気が微妙になってしまった。わざとらしく軽い咳払いを挟んで話題を変える。
「あと教団関係の変化といえば、やっぱり『神託の御子』騒動だよね」
「ああ……どう収拾をつけるつもりなんだ?」
「アリアが引き受けるって。といっても、今まで騒がれてたのはボクだから、ボクも付き合うことになるんだけど」
「……大丈夫なの?」
何を、とティアは明言しない。あえて言葉にするなら「民衆の幻想を現実にしてしまって大丈夫なのか」というところか。
正直不安はある。でも、放っておくには事が大きくなりすぎた。そろそろ民衆の手綱を握る必要があるだろう。何よりこのままでは標的にされ続けるのはボクだ。被験者はそれが見過ごせないらしい。
「ま。なんとかするよ」
「あんたらしいな」
ガイが苦笑して、そんなにボクらしさのある回答だっただろうかと思う。自分ではちょっと分からない。
なんて話していると執務室の扉が開かれた。入り込んできたのは少し前に話題に上がった仮面の少年だ。
「導師。ベルケンドの音機関研究の件だけど───、……アンタ達、わらわら寄り集まって何やってるの?」
嫌そうな声で問われた。テセの執務室は決して狭くはないが、五人も集合しているため中々うるさい景色だったのだろう。仮面の下でげんなりしてそうだと思う。
「ちょっと旧交を温めてる。シンクもまざる?」
「冗談でしょ。アンタも導師も暇じゃないんだから、簡単に油売らないでくれる?」
「これも立派な外交だって」
「一人マルクトの貴族がまざってるからって調子の良いことを言うな。アンタがサボり魔なのはとっくに知れてるんだよ」
「頑張りたくないですぅー」
わざとらしく唇を尖らせて意志を表明すれば、シンクの口元が笑みに変わったのが見えた。途端、ボクの意識が警戒に変わる。意地の悪い笑みにしか見えないそれから隠れるように、すぐ後ろに立っていたテセの陰に隠れる。
「あ、アリア?」
「チッ」
戸惑うテセの向こうからシンクの不愉快そうな舌打ちが聞こえてきたので、予感は当たっていたらしい。危機一髪だ。その一部始終を見ていたティアとガイにおかしそうに笑われてしまう。
「ホント、アリアは変わらないな。久しぶりに会って色々と驚いたが、こうやって自然にしているのを見てると変わらないんだなって思わされるよ」
「ええ。アリアはアリアのままね」
「……それ褒めてる?」
「褒めてるわよ。貴女が幸せそうで良かったって話だもの」
ティアに優しい眼を向けられてしまって困惑する。幸せそう、と言われてもよく分からない。望む通りボクの側には大事にしたい人達がいてくれているだけだ。それがとても恵まれたことなのだと、勿論分かってはいる。
(……ああ、でも。そっか)
不意に気付く。一年と少し前に終えたあの旅で、みんな何かを得て前へ進んだ。でも多分、失ったものの方が大きかったのだ。
例えばティアは兄や大事な人を。ガイだって幼馴染みを二人失って、生きる糧だった復讐心も手離した。アニスは一度守るべき導師を見殺しにしていて、ナタリアは己の血と父を失っている。大佐だってルークの不在に思うところはあるし、自分の過去とよくよく向き合わされた。
痛みの多い旅だっただろう。その中でボクは、結果的に手に入れたものの方が重い。失ったものも取り戻した。
(だから、ボクの「幸せ」は重いんだ)
ボクにとっても、きっとみんなにとっても。
なら、いいかなと思う。幸せそうなんて言われても分からないが、そうして幸せを享受していくこともボクに意味があることだ。多分。
「で。お前はいつまでアリアをボクから隠してるつもりなワケ? 邪魔なんだけど」
「可愛らしいのでこのままにしておこうかと」
───なんて不穏な会話で、ボクは現実的にはとても難しい関係性だったことを思い出すことになったのだった。