亡霊と希望
ザオ遺跡もまた、一年前の旅以来訪れていない場所だ。オアシスの東に位置する、その砂に埋もれた遺跡は相変わらず暗く蒸し暑い。創世暦時代からあると見られる遺跡内部は石造りで、落石や崩落が所々にある。
安全とは言い難いその道を、ボクらは進んだ。流石にノエルが制限時間つきで拐われては、放置は出来ない。
「御子様、足元にお気をつけください」
「大丈夫だって」
「いいえ。私の手にお掴まりください。我儘を仰らず」
「………………」
砂漠を進む時もそうだったが、プレストがやかましくて敵わない。どうやら彼の中でボクは庇護しなきゃいけないか弱い御子のようで、もう何回か魔物との戦闘もしているのに認識が改まらないようだった。この面子だとティアと一緒に音律士として補助に回ってしまうので、仕方がないのだが。
(そういや、今のボクって何に分類されるんだろ)
元々はお師様の封印術式で大量の音素を取り込めなかったため譜術が使えず、より音素消費の少ない譜歌しか使えなかった。でも今はイオンの術式で基本的には音素を取り込み放題だ。勿論、音素を体外に排出する最大スピードを越えて音素を取り込めば、術式が歪んで全てがパァになってしまうので自重は必要だ。
さておき、音素が常人……どころか体質で結構多目に取り込めてしまうボクは、今や譜術を普通に使うことも出来る。ティアも譜術がからっきしというわけではないので、場面によって音律士・第七音譜術士・治癒師を使い分けているし、同じような立ち位置なのかもしれない。
(そう思うとお互いの血に縁があるの、ちょっと考えるところあるなぁ)
適性だけではない。髪の色や眼の色だって、厳密には違えど方向性は一緒だ。年齢も確か同じか、一つ違いか。まぁ、本当に彼女と遠い親戚なのは被験者の方で、ボクはうっかり後から作られちゃっただけなんだけど。
確かガイも先祖はユリアの弟子の一人で、夫になったフレイル・アルバートの異母弟だった筈だ。名前はヴァルター・シグムント。彼が興したガルディオス家はユリアとその血族を守るための家で、そう思えば今ガイとティアとボクの三人がパーティーを組んでいることは少し面白いかもしれない。
当時、ユリアはホドで弟子達に守られてひっそり生きたようだけど、彼女の妹でボクの先祖であるルゥノはどう過ごしていたのだろうか。
「ガイが騎士様か……」
「なんだって?」
「あ、ううん。こっちの話」
うっかり口に出してしまい、ガイに聞かれて誤魔化す。別に、先祖がどうだろうが今には関係ない。ボクの護衛役は一人でいいし、ティアも一人の人間として生きている。ガイはヴァンとの主従関係に思うところがあったわけだし、ティアやボクに何かを思っているのかもしれないが、伝えられない内は気にしなくていいだろうと考えた。
それからも、甲斐甲斐しく世話を焼こうとするプレストを幾度も無視しながら、最奥部へと進む。
「……あそこね」
ティアの示した通り、パッセージリングの空間に繋がる扉の手前で、数人の人影を見つける。黒い頭巾の異質な黒装束を着た、男性らしき集団だ。特徴に、もしかしてダアトの教会を襲撃してきた奴らなのではと思う。
「アレ、この前テセを狙ってウチで暴れた奴らな気がする」
「確かに特徴と一致するな。だがなんでまた、こんなところでノエルを拐ってるんだ?」
「御子様に用なのは間違いないよねー。平和的な話し合いで済めばいいんだけど」
「卑劣にも、か弱い女性を誘拐しているんだ。平和的な話し合いの域は当に超えている」
プレストの言葉に、君がそれを言う?という気持ちである。ボクはか弱くないけど、誘拐して好きにしようとしたのは彼で、やったこととやろうとしたことを思えば、黒装束の集団より余程卑劣だったようにも思う。思い出したらちょっと苛々してきた。
「行こう。危険ですから、御子様はここで……」
「はーい! ご所望の御子様ですよー♡」
「御子様!?」
プレストの話を右から左にして、明るく名乗りながら登場してあげた。位置的に奇襲も出来ないし、正面から行くしかないのだ。向こうはボクに用があるわけで、岩陰に隠れていたって話は進まない。
ボクもテセの命を狙われた件で聞きたいことがあるし、丁度いい。面倒はわざわざしたくない。
「何故……!?」
「いやプレストのせいでしょ」
「アリアらしいけどな」
「いいから私達も行くわよ」
ぞろぞろとボクに続いて出てくる。こちらの姿を見付けた黒装束達は、捕らえているノエルの首元に短刀を突き付けていた。見たところ彼女に怪我とかはないようだ。プレストみたいにいかがわしい真似をしたようにも見えない。
「……来たか」
黒装束の一人が声に出す。体格から分かっていたが男性だ。一番前でボクに向き直るから、この集団のリーダーだと思っていいのだろうか。ボクも応える。
「何の用?」
「その命、もらい受ける」
言葉と共に、集団が短刀を抜き放って構えた。どれも隙のない構えで、それぞれにちょっとずつ構えが異なるが、獲物は同じもののようだった。これは暗器でも仕込んでそう。一癖も二癖もありそうで、面倒な戦闘になる予感がする。
「ちょっと待って。理由くらい聞いちゃダメ?」
ダメ元で問えば、少し迷うように間を空けてからリーダーらしき男は答えてくれた。せめてもの情けか。
「……『神託の御子』は世を乱す異物だ。貴様を争点に、世界は今大きく揺れている」
男が言っているのは「神託の御子」過激派の行いだろう。ボク自身が被害を被る以外にも、彼らが悪いことをしている例はバチカルで既にある。そこまでこちらの責任にされては弱るが、その内「神託の御子」を担ぎ上げる連中と、現導師テセレマを擁する陣営とかで争いが起きる可能性もある。
今のところ啓示とやらもボクに対する危険な思想しか聞かないが、それがいつ変容するとも知れない。黒装束の集団が抱く危機感は、的外れとは思わなかった。
「勝手に騒がれてるだけなんだけどな……」
「貴様の意志など関係がない。この星に生きる人々が貴様の存在をどう受け取るかだ。そして我々は、貴様を星を蝕む悪性の病と判断した」
「だから殺すってか? そいつはちょっと、一方的過ぎやしないかい」
「ならばどうする。人心を操る怪しげな術でも使うか。それとも語りかけ、『神託の御子』として彼らを導くとでも?」
ガイの言葉に返ったものは、こちらの痛いところを突いていた。ならばどうする、と言われても、どうすることも出来ないのが現状だ。
「神託の御子」なんて虚構が広まったように、人の心など操れない。啓示という形で煽っている存在がいると踏んではいるが、それへ届く道筋も今はまだない。
出来るのは精々、今回ケセドニアに足を運んだように過激派の動きを把握することくらいだ。それだって、どんなに眼を光らせても暗部はある。何かが起きる方が先だろう。
(だから星を蝕む悪性の病はさっさと取り除く、ね)
理には適っている。今はまだ、「神託の御子」は虚構だ。狙われているのも基本的にはボクでしかない。今取り除けば、比較的少ないダメージで世界は元に戻せるかもしれない。でも、
「そんな大義名分で死ねるなら、とっくに死んでるよ」
返事をしながら構える。仲間達も武器を抜いた。一年前、お師様に死ねと言われた時のことはちゃんと覚えてる。
嫌だと、ボクは言えなかった。生きたいと、口には出来なかった。でもやりたいことがあると、まだここにいたいと、生きたいと思っていたのは事実だ。死ぬと言えなかったのも事実なのだ。だから、ボクはまだそんな理由では殺されてやれない。
「……愚か」
「二つ確認したい。拐った彼女は傷付けない?」
ボクの問いに、男は頷く。
あくまで狙いは「神託の御子」一人で、ノエルは誘き出す餌でしかないということだ。傷付けないなら、こちらが抵抗しても構わないし、ボクが死ねば解放するということだろう。彼女に短刀を突き付けているのは、あくまで余計な動きを人質にされないためか。
「もう一つ。狙いがボクなら、導師を狙う必要はないよね。導師テセレマの命を狙ったのは何故?」
「あの方は、貴様が生み出した偽物だ。人々を先導し、星の病を進める旗頭に過ぎない。貴様の魔性に、惑っている」
解釈の難しい言葉だった。人々を先導しているのは、導師としては当たり前のことだ。旗頭というのもまぁいいだろう。だが、ボクが生み出した偽物で、星の病を進めるというのはどういうことか。
(テセがレプリカってことかな)
彼がレプリカであることは、教会の詠師会以上しかまだ知らない。レプリカの存在が不安定に認知され始めた今の世界で、「導師がレプリカ」というのは再生途中の教団にとって痛手になるからだ。あくまで改名についても「今までのような教団の象徴ではなく、預言に頼らない世界中の人々と同じ一人の人として、この名前を名乗りたい」という形をとっただけだ。古代イスパニア語で「汝の意志することを行え」は、うっかり世界にウケた。
(……魔性に惑ってる、は……事実かもしれないけど)
熱のある瞳で見られることを思い出して、ちょっと気が揺れる。信じがたいことに、彼はボクが「欲しい」らしいので、実際魔性だ。惑っているとボクだって思っている。
被験者同士が婚約者であったとしても、レプリカ同士まで似たようなことにならなくてもいいだろう。何がどうなってるのか。
「確認は済んだな」
「へっ? ああ、うん」
男の言葉で呼び戻される。いけない、うっかりテセのことを考えてしまっていた。向こうが無駄に紳士的でなければ、先手をとられていてもおかしくない油断だった。思考を払って、構え直す。
「では……行くぞ!」
黒装束の男性は一声放って突っ込んできた。本当に紳士的だなと思いつつ、六神将もこんな感じだったので、みんなそういう丁寧な流儀の下に生まれてきているのかもしれない、とこっそり思った。
*****
戦闘は概ね順調だった。こちらに大きな被害はなく、状況は保たれている。言い方を変えれば、案外拮抗してしまってどうにもならないでいた。
ダアトの教会を襲ったくらいだし甘く見るつもりはなかったが、相当の手練れらしい。向こうは五人、こちらも五人だ。問題はこちらにもあった。
まず、向こうが全員短刀を獲物にした接近戦を持ちかけるのに対し、接近戦に応じられるのは四人。音律士であるティアを守るために、確実に一人は割かなければならない。
ボクに関しても、接近戦をする限り譜歌や譜術、音素操作によるFOF等の戦術的フォローは出来ない。肉体強化は問題なく済ませたが、全体の攻撃力の底上げには弱い。同様に、治癒術も使う余裕がない。回復がティア一人に頼る形になっていることも、良くない。
ティアの守りには基本的にガイがついていて、プレストが切り込み、コモドがフォローする。ボクは遊撃だ。それぞれの戦闘スタイルと互いの呼吸を知っているという点で、これがベストだしそれ以外に選択肢もない。
最も、遊撃というには人数差のなさから思うように力を発揮できてはいなかった。以前の旅でも攻撃の要は大佐の譜術だったし、せめてボクが譜術を使う余裕があればいいのだが……現実は余裕ゼロだ。
そして問題はもう一つある。
「御子様には指一本触れさせない!」
「oh……」
ボクへ向かってきていた黒装束を、プレストが割り込んできて剣で受け止める。正にコレだ。相変わらずというか、やけにボクを庇おうと動いてきて、邪魔で仕方がない。責任感とか使命感に燃えるのは勝手だが、状況と現実はよく考えて欲しい。
そして当然、プレストが勝手な動きをすれば、それをフォローするコモドにも皺寄せがいく。
「あっぶないよ! プレスト!」
「すまん! 助かった、コモド!」
横合いから別の黒装束に狙われたプレストを、コモドの剣が庇う。プレストはルークみたいに長剣を扱う重さのある戦い方だが、コモドは少し小振りの剣を二本扱うスピード型で少しトリッキーな戦い方だ。同じ速度重視でもガイとは住み分けられていて、どちらかといえば動きはボクと近い。
(せめて譜術で……!)
撃退のタイミングを意表を突く形でプレストに奪われて、リズムが乱れる。舌打ちをしたい気持ちを押さえて譜術へ切り替えるが、それも間に合わない。
当然だ。基本的にはガイとティアの方に二人、プレストとコモドとボクの方に三人という形になっているのだ。二人をプレストとコモドが相手取っているなら、空いている残り一人が譜術の詠唱に入ったボクを見逃してくれるわけがない。
「───ふっ!」
「ちっ!」
視界に飛び掛かってくる黒い影に、今度こそ舌打ちをして詠唱を中断した。第二音素で厳重に覆った腕で男の短刀を受け止める。他の音素から武器を作ってもよかったが、生成の時間的余裕がないことと、短刀という間合いの狭さから対応が遅れるのが怖いので、こちらもなるべく身軽でいたいのが実情だ。
プレストからすると、武器も持たず肉弾戦に持ち込もうとするボクは余計に冷や汗ものらしく、悪循環を呼び込むのだけど。
「させるか!」
「ちょっ、プレスト!?」
男二人の声が耳に届いて、また何かやらかすなと予感がした。その側からプレストが、ボクに短刀を振り下ろしていた男を剣で追い払って、庇うように前へ立つ。邪魔だ。
逆にプレストが離脱したせいで、コモドの方は一時的に二対一になる。当然、スピードによるフォロー型のコモドでは二人も押さえ込めはしない。こういう点では、ガイと違って小振りの剣の二刀流であるデメリットが出てしまう。多対一への対応力がガイより劣っている。
「うわわわ!?」
「あーもう!」
コモドが危うく、ボクは瞬間的に音素に呼び掛ける。第三音素で敵の一人の動きを乱し、第四音素でコモドの体を一瞬覆わせた。十分に判断する時間がなかったので持続しないが、お陰でコモドへのダメージは軽減される。かすり傷を皮膚に受けながらも乱れた動きを利用して、コモドは抜け出して体勢を整えた。
「ありがと、御子様!」
「お礼言う前にこっちなんとかしてくれない!?」
当然、なんとかして欲しいのはプレストのことだ。攻撃も防御も反撃も邪魔されるし、リズムも乱されて苛々が募る。今みたいな危険な場面も何度もあるし、瞬時に判断してフォローをしなければならないこちらの身にもなって欲しい。
いっそプレストの意識を奪ってコモドと共闘した方がマシではないか、というレベルだ。実際には相手の実力と人数差でそうもいかないのが、余計に苛立つ。
(実力はあるし、判断力も行動力もある。真面目で誠実なのもいいけど───思い込みが強くて正しい判断がどっか行っちゃうって致命的でしょ!!)
流石、幼馴染み二人の言葉に耳を貸さずに強行し、ボクを拐って欲に負けて、足がつくような馬車移動を選択しただけある。これはコモドもカルマートも頭を抱えるわけだ。
「プレスト! ボクは戦えるからほっといて!」
「そうは参りません! 貴い御身をお守りするのが私の使命です!!」
「そういうのいいからぁ!!」
全然分かって頂けない。ボクも頑固だが、これは方向性が違いすぎる。マジで手に負えない。泣き言すら言いたくなってきてしまった。
「御子様!!」
「うわっ!?」
音素操作をしようとすれば、唐突にプレストに飛び掛かられて慌てる。力強く抱き込まれ、地面を転がった。危うく第五音素でプレストの左腕を焼ききるところだったので、本気で焦ってしまった。いやもう右腕も以前弾き飛ばして義手にしてるし、いっそ焼ききるか。
「くっ……!」
身を起こすと、プレストが自身の脇を押さえた。出血があり、ボクを勝手に庇って勝手に敵の短刀をくらったらしいと分かる。何してるの、この人。
「この程度───うっ……!?」
ボクから離れて立ち向かおうと動いて、しかしプレストは顔色を変え膝をついた。さっさと上から退いて欲しいのだけど、どうやら事情があるらしい。顔色が一気に悪くなっていく。
まさか、と彼の脇の傷口に触れ、様子を見る。切り傷の周囲が血以外のもので変色している。医者ではないので明言は出来ないが、毒の可能性が高い。しかもこの顔色と皮膚の変化を見れば、即効性のあるヤバめな奴だ。
「嘘でしょ……!?」
焦りつつすぐにリカバーを付与するが、当然効果はない。所謂、特殊な毒もしくは特殊な製法をとられている毒ということだ。こうなれば、この毒用の解毒の術式を編み出さなければならない。だが当然、そんな時間は三対三が崩れた今、あるわけもない。
「うわぁあ!!」
無理をして時間を稼いでくれていたコモドが悲鳴を上げる。動けないプレストに図らずも自由を奪われた形になりながら、ボクは無茶を決行することにした。普段はイオンの術式に気を遣って押さえているが、無茶は専売特許だ。
「───ッ!」
譜陣を、ボクのいる場所からコモドの姿が見える場所まで秒で巡らせる。その巨大さに見合った量の第六音素が、暴力的に光を放った。
「なに!?」
「───くっ!」
光の槍が雨のように降り注いで、黒装束の敵を三人共巻き込む。プレストやコモドも範囲内だが、味方識別をしてあるので問題はない。肝心のコモドがびっくりした声を上げているが、そんなことはどうでもよかった。
「邪魔!!」
「うっ!?」
覆い被さるプレストを横から蹴り倒して退かし、跳ねるように起き上がる。なんか脇腹から毒もらって出血していた気もするが、些事だ。状況を確認しつつ思考する。
(プレストは毒、コモドは前が張れない、ガイの援護は無理、ティアは回復を準備してくれてるけど解毒は出来ない)
めちゃめちゃ無茶のし時だ。募りすぎた苛々で逆にテンションが高まってきた。寧ろ向こうがプレストを動けなくしてくれたお陰で、ボクの自由は約束されて有り難い。
当然、実力と人数差でこちらは無事では済まないだろうが、もうそんなことはどうでもよかった。なんでもいいからボクを好きに暴れさせろ。
「御子様───」
「ボクが前を張る! コモドはフォローお願い!」
「オッケー!」
プレストが呼ぶのを置き去りに飛び出す。全開ではないが、オーバーワークを前提にする。音素に呼び掛けて肉弾戦の準備をし、同時に自身の腹部に譜陣を描いた。
それはプレストの脇腹に張り付けたものと対応していて、ボクの体内の音素を強制的にプレストの体内に送り込むものだ。毒の組成を紐解いて解毒をする時間的余裕はない。緊急措置として、削られる体力をボクの体力で賄い、延命する方がいい。
「……っ」
毒による消耗に合わせて削られる体力に、顔を顰める。思ったよりも強い毒のようで、悠長にはしていられない。
体力を送ると一口に言っても方法は幾つかある。今回の場合は体内音素を送り込む方法をとっているため、そして送り込んでいるのがボクのため、幸いにも簡単には共倒れにならない。
なにせ、ボクは音素にいたく気に入られていて、実質化け物のレプリカに生まれているので、取り込める音素の量が常人のそれではない。プレストに音素を持っていかれる側から取り込めば、当分は維持できる。
(当然、イオンの術式に悪影響は出る筈。毒で倒れるよりはもつだろうけど、余裕のなさは変わらない)
黒装束に飛び掛かり、暫く仕合ってどうにか短刀を弾き飛ばす。全員が短刀に毒を仕込んでいるわけではないようだったが、念のためリスクを減らして肉弾戦に持ち込んだ。
「御子様!」
「ありがと!」
脇からの一撃を身を捻って回避すると、そこへ追撃がないようコモドが打ち込んでくれる。フォローという言葉をよく分かってボクの動きをメインにしてくれるので、凄く助かる動きだ。
別にコモドとの連携なんて磨いていないが、二人だけというのもあるのか、コモドがフォロー特化型だからか、一切邪魔をされなくて素晴らしい。さっきまでの不自由さとは段違いだ。プレストは要らない子。
「大技いくよっ!」
勿論、さっきまでと違って無茶を前提にしているというのも、要因としては大きい。肉弾戦用に音素による強化を維持し、プレストに音素を送り込む譜陣を維持・運用し、並行していつものように音素操作による攻撃を行っているのだ。取り込む音素量がプレストのせいで増えているため、うっかり音素操作で扱う音素量もセーブが効かず、自然と大技連発みたいになっている。めっちゃ気持ちいい。
「み、御子様ヤバくない!?」
「まだまだぁ! ボクの苛々はこんなモンじゃないからね!」
端的に言えば八つ当たりだ。当初の目的は半ば忘れている。なるべく仲間の前では殺さないように……という普段の配慮はどこへやら。気付けば第五音素と第六音素が躍ってる。殺意マシマシだ。だが、相手も相手だった。
「ふんっ!」
「うざっ!?」
こちらの攻撃を避け、流し、耐えきって攻めてくる。こちらが優勢の筈なのに、手数が減ってみえない。恐らく、譜術とかに頼るのではなく体術を中心にしているためだ。
体の使い方、筋肉や重心の動かし方、足捌き、呼吸の全てが鍛え上げられている。基礎的な戦闘能力の高さが彼らを生かし続けていた。当たらなければどうということはない、だ。
(埒が空かない───)
もう少し無茶をして広範囲・高威力の譜術でも無理矢理ぶちかましてやろうか、と思ったところで、事態が変わる。重く鈍い音が耳に届いて、遺跡が揺れる。嫌な予感がして、何かが裂けるような音を発生させている上方を見上げた。
「なんだ!?」
「わ!?」
ぱらぱら、なんて可愛いものではない。それなりの大きさの岩が、幾つか降り注ごうとしていた。思い出したが、ここは砂の下の古い遺跡なのだ。派手に暴れすぎれば、落石くらいは起こり得る。
「ゴメン!」
「いいから身を守れ!」
ガイとティアの方に一声かければ、ガイに叱られる。それもそうなので、攻撃を中断して障壁を張った。みんなと自分の分だ。
ティアも同様に張り、二重で身を守る。勿論、落石の質量によってはもたないため、単なる気休めだ。ないよりはいい。黒装束の集団も今は攻撃に転じては来ない。
「……収まった?」
秒数としてはほんの十秒くらいか。大した落石ではなかったらしい。ほっとして、以後はもう少し周囲への影響に気を付けようと思う。
そのボクの耳に、ティアの声が飛び込んだ。
「アリア!!」
「え───、!?」
危険を知らせる声音に慌てて注意を向けるが、遅い。視界に入れた時には黒い影が迫っていて、そのままの勢いで首を掴まれた。体が浮き、酷い力で締め上げられる。
「……っ!」
「御子様!」
コモドが駆け付けようとするが、他二人の黒装束に足留めをくらった様子が、涙で滲む視界に見える。
(というか、ヤバい!)
呼吸が止まって、喉にめり込む指先の痛みと焦りで集中力が霧散した。体を強化していた音素が解け、プレストの生命を維持していた譜陣も消える。
抵抗に暴れてみても力が入らず、話にならない。当然音素を操作する余裕なんてないし、直に血流を妨げられている脳と手足が痺れ、痙攣が始まる。喉が潰れる、なんてものではない。
(首の骨を折る気だ……!)
マズい。これは非常にマズい。色々な要因からボクの戦闘能力は割りと高い方だと思っている。でも、心臓を貫けば死ぬように、危険な薬で脳を壊されれば何も分からなくなるように、体は一応人間なのだ。音素が扱えなければ、年相応のか弱い小娘になってしまう。
ただの十七歳の小娘の力では、圧倒的な殺意で万力のように首を絞める成人男性の手は、振りほどけない。
(とれる手は、一つだけ)
一か八か、意識集合体を喚ぶしかない。普段力を借り受ける際には、音素操作と同じく高い集中をして彼らをここに喚ぶ準備をしている。勿論、今はそんなことは出来ない。なら何をするかと言えば、全身のフォンスロットを全開にするのだ。
意識集合体は物凄く雑に説明すれば音素の塊だ。音素に愛されるボクが自らを器に大量に吸い寄せれば、多分意識集合体を喚べる筈だ。最悪の場合器になるボクが弾けとぶか、そうでなくともイオンの術式が吹き飛ぶ可能性は高い。
(でも、何もしなきゃ死ぬ!)
腹を据えて、覚悟もする。気合いを入れて───次の瞬間に、呼吸が戻った。
え、と声は出ない。寧ろ急に空気が通って、潰れた喉を激痛がはしった。浮いていた体が地面に落ちかけて、何かに受け止められた。
腰に回される手に、鼻先に触れる匂い。ボクを抱き留める体温に、覚えしかない。慌てて見上げれば、涙で滲む視界にボクがこの世で一番信頼している相棒の顔が現れた。
(なんで───)
間違いない。ボクを支える手が熱くて、力強い。夢ではない。幻なんかでもない。間違いなく、そこには。
───導師補佐役付きの護衛役・シンクの姿があった。
*****
仮面を失って露になっているその千歳緑の瞳は、自分の主の命を脅かした敵を見据え、激しい怒りと明確な殺意を滾らせていた。
「シンク!?」
喉が潰れたボクの代わりに彼の名を呼んだのは、誰だっただろう。ドラマチックな話でなく、死にかけて弱った頭ではきちんと把握できなかった。
でも彼は名前を呼んだ誰かではなく、ちらりと視線を腕の中のボクへやって、瞳に感情の色を浮かべた。知っている色だ。
(───痛み、だ)
彼はボクをその場に座らせると、立ち上がって立ち塞がる。ボクの喉を潰した黒装束に向き直り、拳を掌に打ち合わせてから構えると、低く唸った。
「───死ね」
あまりにもシンプルな殺意だった。直後跳んで、黒装束へ殴りかかる。それを信じられない気持ちで眺めて、ハッとする。
ぼんやりしている場合ではない。なんで彼が急に現れたのかとか、気になることは幾らでもあるが急務は別だ。
自身の喉に手をやり、状態を見る。肺と脳は当然酸素を求めるわけで、潰れた喉を空気が通る度に焼けるような酷い痛みが意識を刺した。それどころじゃなかったが、当たり前に口の中は血でいっぱいだし、間違っても詰まらせたくないので吐き出した。
「げっ……は、っう……!」
血液の緩衝がなくなり、喉の痛みが割り増しになる。全身の汗も涙もそりゃ出るよねって感じで、早く楽になりたい一心で第七音素を喉へ呼び込む。
譜歌も譜術も、基本的に譜を与えなくては作用しない。それには詠唱か、そうでなくても何らかの音は必要になる。そのため、シンクのアブソリュートのように無詠唱で使われる譜術は特異だ。彼の努力があるのは当たり前だろうが、それ以上に導師の力が働いているのだと思う。そして、同様に導師の力を持つらしいボクは、しかし今は喉を治すための治癒術を無詠唱では使えなかった。
(譜術の術式が上手く頭の中で組めない……)
譜を与えないにしても、術式そのものは必要だ。それが命の危機に瀕した脳では頭痛にやられて、上手く機能しない。よってお得意の音素操作で第七音素に直接治してもらうしかなかった。その選択肢があるだけ有り難いが。
(状況は……)
顔を上げ、周囲を見る。ガイとティアは黒装束を二人相手にしながら、どうにかこちらへ来ようとしてくれている。恐らく、ティアにボクを癒させようとしてくれているのだろう。今の距離では少し開きすぎている。
(コモドは?)
残る二人の黒装束の相手をしてくれているらしい。余裕はゼロだが、どうにか粘ってくれている。プレストはボクからの補助が失われて毒の侵食速度が増したからか、全く動けていない。是非そうしていて欲しい。
(……で)
肝心のシンクを見る。彼はボクの喉を潰してくれたリーダーらしき黒装束と、激闘を繰り広げているようだ。向こうはなんらかの体術を身に付けているし、シンクも格闘術が戦闘スタイルなので噛み合って見える。問題なさそう、どころかシンクの方が圧している。
(当たり前か)
向こうの粘り強さが体術に起因するなら、当然シンクの格闘術にもそれは当てはまる。そして純粋な肉弾戦で、シンクが他者に劣るところは見たことがない。
ボクでさえ、黒装束の男とはいい勝負が出来たのだ。ボクとシンクでは、ボクの小細工さえ抜きで考えれば、シンクの方が強い。負ける心配よりも殺してしまう心配をした方が良さそうだった。
「くっ!」
無駄口の一つも叩かず鋭い殺意を放つシンクに、黒装束の男性が表情を歪めた。劣勢と見たようだった。決死、というようにシンクの攻撃を弾いて間合いを取れば、懐から何かを取り出した。
それを地面に叩きつける。もう何度も見た光景で、続く展開は想像に容易い。音素の光を撒き散らして、消えてしまった。
「……逃げたか」
ガイの呟きにそちらを見れば、他の四人の黒装束も姿を消している。転送用の譜術で一斉に撤退したらしい。恐らくなんらかの媒体に譜術を仕込み、莫大な音素を注ぎ込んで発動させているのだろう。そういう技術は大佐がかつてくらった封印術で証明されている。
ただ、それは国家予算を使うくらいには難しい技術だった筈だ。発動を可能にしている音素も、即時発動の様子から必要十分の量を持ち運んでいる気がする。どうやって、というのが疑問だ。
「アリア!」
ティアが駆け寄ってくる。ガイは隅にいたノエルを助け起こしていて、へたりこんでいたコモドも腰を上げようとしていた。ボクも立ち上がって、ようやく痛みの引いてきた喉で応えようとした。
しかし、それは叶わない。
「わっ?」
横合いから体を引かれ、抱き込まれる。誰、と思うより先に直感と、それから五感が正しくそれが誰か判断した。世界にただ一人のボクの護衛役、シンクだ。
彼はボクを抱き締めていて、あったかい。いや、そうじゃなくて。
「し、シンクさん?」
「───守れた……」
至近距離で耳朶を打った声の響きが、信じられなかった。それは彼からは聞いたことのない音をしていて。心配と、不安と、安心と、それから知らない何かが混ざっていた。ぎゅう、とボクを包む腕にこもる力が、ボクを落ち着かない気持ちにする。
皮肉屋で、穿ったものの見方や、意地悪な言い方しかしない、でもとても素直に感情を動かす人。その彼が、今全ての建前を放り出してボクの無事に安堵しているのが、触れる体温から分かる。
(は、恥ずかし……!?)
彼がとても真剣なのは分かるし、めちゃめちゃ心配をかけたのも分かる。うっかり殺されかけたりもしたし、こうされるのも当然なのかもしれない。でも、状況はみんなに見守られているわけだし、心の底から居たたまれない。何より、
(ボク───感情に、弱いんだってば……)
それは旅を通してよくよく自覚した、ボクの特性。他人の感情を拾ってしまいやすいし、拾えば感情を強く揺らされてしまう。
そのためかは分からないが、対照的にボクの他者への共感能力は著しく低い。化け物レプリカらしく倫理観や道徳観が欠けている部分が元からあるのかもしれないが、その辺りを明確に線引きすることは出来ない。
分かるのは、普段は全然他人のことなんてどうでもいいのに、こういう時には堪えられないくらいのダメージを受けてしまうことだ。いつもは何重にも感情を覆ってるくせに、突然こんな風に素直な強い感情を渡されては、堪えきれない。
「………………」
受け取った非常に強い感情の波に。それに乱された自身の感情に従って振り払うとか、騒ぐとか、そんなことが出来るわけがなくて。ボクは顔を赤くして、大人しく抱き締められているしかなかった。
どちらの痛みか分からない苦しみが胸に押し寄せて、そっとシンクの背に触れ返す。彼がボクにすがっているのか、ボクが彼にすがっているのか。
(……もう。なんでもいいよ……)
消えてしまいたい程の恥ずかしさを感じながら、ボクはただゆっくりと、彼の側で呼吸をした。
*****
それから暫くして、シンクはようやくボクを離してくれた。久しぶりに見られた相棒の顔は最高に嬉しかったが、仲間の視線が恥ずかしさをどんどんと煽ってきて、居心地が悪い。
なんだ、ただの親愛のハグだろ!とは言えないのが余計に辛い。ボクの側は親愛でも、彼の側はそれでは済まないものをボクに傾けてくれているらしいのだから。
「……それで、何故シンクがいるのかしら」
居たたまれなさに視線を上げられないでいるボクに、ティアが笑いを堪えるみたいな声で問うた。ちらりと彼女へ視線をやれば、微笑ましさの塊みたいな優しい表情でボクらを見ていた。マジでやめて欲しい。消えたい。
「じゃじゃ馬を連れ戻しに来たに決まってるだろ」
「そりゃ、あれだけ熱い抱擁を見せられちゃ分かるけどよ」
「なに? 羨ましいの? あげないからね」
ガイの茶々にシンクが嗤ってもう一度ボクを抱き寄せるので、頭が破裂するかと思った。そんな強気で余裕綽々の様子で他者を煽ったことなかったじゃんの心だ。
いや、厳密には彼はそういう態度をとる人だったけど、事この問題については一度もなかったじゃんという奴だ。要するに、ボクに関することで見せ付けるようなことをするところは、初めて見た。
気持ちを伝えられて、事実上最低の形でフってから暫くぶりに顔を合わせたが、気持ちが追い付かない。彼に一体何があったというのか。
「うっわー……コレ、もうプレストの付け入る隙ないじゃんね。見てるオレの方が恥ずかしくなってくるわ」
コモドの呟きに、ボクが今感じてる恥ずかしさとどっちが上かな、と睨んでやりたくなる。勿論恥ずかしさが勝って顔を上げられないでいるので、睨むなんて夢のまた夢だ。
ティアとガイもそれぞれに、驚きか感心か声を漏らしていて、もういっそシンクにずっとしがみついていようか、なんて思いだす。顔を見られないで済みそうだ。
「ちょっと見ない内に随分変わったなぁ、お前ら」
「余計なお世話だよ」
「本当に、そうみたいね。良かったわ、アリア」
「うぅ~……」
何が良かったというのか。話がちっとも前へ進まない。いい加減、観念して顔を上げることにした。ボクを抱き寄せていたシンクの体をそっと押して、離してもらう。
名残惜しそうに指先がボクの肌を滑って、でもちゃんと離れる。たったそれだけのやり取りが恥ずかしくて、何も気付かなかったフリをしてボクは雑念を振り払った。話を戻す。
「で! なんでシンクさんがいるんですか!?」
「見事に動揺が表れてるな」
「アリア、可愛い……」
「うっ、うるさいなぁ!」
馴染みの深い二人の仲間にそんな反応を貰ってしまって、顔が熱くなる。全然自然に話を元に戻せなかった。それにシンクが笑った───笑った。
「……え」
く、と喉の奥が鳴るような、短い笑い。破顔するような笑い方ではなかった。でもそれは、今まで全然見たことのない、何の陰りもない笑いだった。
人を嗤うような笑みでなく、おかしくて頬が緩んだような、ずっと温かい笑み。びっくりして眼を見れば、優しい色が確かに見えて、更に驚いた。まるで別人みたいで、でも、別人でないことをボクはよく知ってる。
分からないけど、何かが大きく、とても大きく、彼の中で変わっていたようだった。彼は嘘みたいにあっさりその色と笑みを隠してしまって、普通に答えた。
「転送譜術で送り込まれたんだよ」
「転送……なるほどな。それで急に現れたのか」
ガイが頷いて、しかし疑問が残る。ティアが質問した。
「でも、あれは送り込む先に対応した譜陣を用意しなければならない筈よ。距離だって、あまり遠くには使えないし……」
シンクは静かに腕を持ち上げ、何かを指差した。そちらを全員で追えば、倒れ伏しているプレストの姿がある。ノエルが付き添っていた。そういえばいたんだった、忘れてた。
「あのクソ虫の持ち物に、譜術の効果を馬鹿みたいに増幅するおかしなモノが混ざってたらしいよ。幼馴染みの根暗眼鏡クンが護身にって、こっそり転送譜陣を刻んでおいたって話だ」
何かあれば自分が駆けつけるためか、それともプレストを呼び戻すためか。いや、そんなことより。
「え、じゃあシンク、カルマートにここまで送ってもらったの?」
「癪だったけど、背に腹は代えられないからね。バチカルからここまで歩いてたら間に合わなかった」
詳細を聞けば、彼はまずダアトで情報を集めたらしい。その結果アルビオールがバチカルに向かった話を聞き、船でバチカルまで来た。そこで足取りを追うためにナタリアにコンタクトをとり、こちらの事情を把握したそうだ。
そこでカルマートから事態の変化を報され、移動時間を惜しんで転送譜術を強行させたようだった。事態の変化というのは、黒装束の集団にノエルが拐われて、ボクらがザオ遺跡に向かったというあたりだ。
流石、後ろ暗い部分の情報通のカルマートだった。事前に網が張られていて、耳が早い。
「バチカルからザオ遺跡まで……って、おいおい! 距離がどれだけ離れてると思ってるんだ? カルマートが譜術研究で有名な家門の人間とはいえ、有り得ないだろ」
「……それだけ、その譜術の効果を増幅させる物が異質だった、ということね」
ティアの確認にシンクは肩を竦めて応えた。どうやら子細は彼も、それを利用したカルマートも知らないようだった。カルマートの話曰く、気付いたらプレストの持ち物にあったという話で、どういう原理の物かもよく分からなかったらしい。
分かったのは、音素を吸収する作用が著しく高く、譜術のエネルギー源に使えば今回のように効果を大きく増幅できそうだ、ということだけだったらしい。
「どんな物なんだろ?」
「根暗眼鏡クンの話だと、石だったって話だけど」
「石ねぇ……」
意識のないプレストに近付き、腰に提げていた荷物を強奪する。中身をみるが、それらしいものはない。ただ、破裂した小瓶の残骸が見付かった。もしかして、この小瓶に石が入っていたのだろうか。
石の欠片らしきものは見付からなくて、みんなに共有する。
「転送譜術のエネルギー源として消費されきったみたい」
「バチカルからここまでの移動だったものね。残らなくても当然だわ」
気になるので見てみたかったのだが、ないのなら仕方がない。大人しく荷物を戻して、そこでコモドがそろそろと手を挙げた。
「あの~……話、落ち着いた?」
「あ、うん。一先ず聞きたいことは聞けたかな」
いつまでもここにいるものではないし、そろそろケセドニアに戻ってアルビオールを回収し、バチカルに向かいたいところだ。そう思ったところで、コモドに指摘を受ける。
「じゃあ、あの、悪いんだけどさ。プレスト、助けてあげてくれない?」
「……あ」
すっかり忘れていた。そういえば、なんか毒をくらっていたのだっけか。様子を見れば、まだ一応息はある。途中までボクの体内音素を送り込んでいたので、どうにかもっていたようだ。
「いやゴメン。なんとかする」
「そのまま殺せば?」
「ダメだって」
冷たい声で提案するシンクを窘めて、傷口から毒を確かめる。治癒師としてはナタリアに劣る程度なので、すぐにとはいかないがどうにかそれっぽい術式を組み上げた。
適当な譜を与えて譜術にすると、第七音素が輝いてプレストの体内へ入っていった。傷口から腹の方へ広がっていた変色が、ゆっくりと消えていく。呼吸も落ち着き、顔色も多少回復する。この分なら大丈夫だろう。
「ありがと、御子様」
「はいはい。コモドも怪我してるでしょ。治したげる」
「マジで!? やった役得~!」
大袈裟に喜ぶコモドに呆れて半眼になっていると、何やらおかしな会話が聞こえてきた。ガイ達だ。
「むくれるなよ。ただの治療だろ?」
「別に。むくれてない」
「……ガイの治療は私がするわね」
「助かるよ、ティア」
どういう会話かよく分からなかったけれど、とりあえずガイの治療はしなくていいらしい。ボクは喉を治した時に他も治ったし、ティアはガイが守りきったので無事だ。ノエルも傷はないし、プレストもティアが治してくれた。
そうなれば、とボクはコモドの治療を済ませてシンクに向き直った。
「シンクも怪我してる?」
「してない。あんな奴にボクが遅れをとるワケないだろ」
「その『あんな奴』にボクは殺されかけたんだけどな……」
強気な発言だが、実際あの黒装束達はかなり腕が立った。背景に何があるのかは不明だが、「神託の御子」過激派である一般市民より余程脅威だ。十分に警戒する必要があるだろう。
とりあえずザオ遺跡を出よう、という話になる。それに同意して、コモドがプレストを背負う。みんなが歩き出す中、ボクはシンクをこっそり呼び止めた。
「シンク」
「……なに?」
彼は足を止めて、振り返ってくれる。訝しげな表情でボクを見ていて、そうしてボクの声を拾ってくれることが嬉しい。名前を呼べば応えてくれて、足を止めて、ボクの方をちゃんと見てくれる。
いつも通りで安心したし、彼がそうしてそこにいてくれることが嬉しくて、その気持ちを伝えた。
「来てくれて、ありがと」
「───ボクはアンタの護衛役だからね」
「うん」
微笑んで、歩き出す。彼の隣に並んで、前へ行く。頼ることの出来る、優しい仲間達と、進みたい未来へ。
その一歩が、止まった。
「アリア?」
シンクがボクを呼ぶ。
でも、ボクはそれに応えられない。
ノイズ。
意識に何かが挟まる。
視界がさざめいて、砂嵐が乱雑な色で埋めていく。
音が遠く、耳鳴りのような音がボクを外界から遮断する。
声が出ない。
体の感覚がどこかへ行って、分からなくなる。
分からない。何も。何一つ。
ノイズ、
ノイズ、
ノイズ、
ざわざわ、ざわ──────ぶつん。