亡霊と希望


 自室のベッドの中で、ごろごろと惰眠を貪る。目が覚めれば水分を摂り、少量でも栄養を摂り、また眠る。そんな生活を始めて二週間が経っていた。

「……熱、治まらないわね」

 ベッドで起き上がり自身の額に触れて、簡易的に確かめる。その熱さを確認せずとも、全身を包む倦怠感とぼうと霞む意識で十分に判断できるくらいには、体調が悪かった。熱い溜め息を吐いて、ぽすりと背を背後に立てた枕へ委ねた。

「イオンはどうしているかしら……」

 窓の外の青空を仰いでぽつりと呟く。

 熱が出てから二週間、私が眠っている時間が多いのもあって彼と過ごす時間は減っていた。体調不良と言っても症状は軽く、風邪だろうという話で特に心配はしていない。ただ怠さと寒気があって、やけに眠くなるのだ。二週間もほぼベッドから出たくないと思って生活が出来るくらいには、動く気にならない。

(あの子達の顔も随分見ていないわ)

 想うのはイオンだけではない。自分のレプリカである少女や、イオンのレプリカである弟達のことを考える。二週間前に教会が襲撃を受けてから、私がこうして寝込んでしまったため会っていない。イオンから聞く限り、襲撃の件と街で起きた事件で相当忙しくしているようだ。

(それでも、お見舞いくらいしてくれたっていいじゃない)

 むぅ、と少しだけ膨れてしまう。病床の姉を見舞わないなんて、なんて薄情な弟妹達だろうか。それでも可愛いから仕方がないのだけど。私が寝込んでから二週間、この部屋を訪れるのはイオンと、あともう一人だけだった。

 ノックがあり返事をすれば、そのもう一人が姿を現す。

「……アリア。体調はどう?」

 部屋に入るなりそう声を掛けてきたのは、桃色の長い髪を背に流した同色の瞳を向ける少女だ。可愛らしい見た目をしているけれどイオンのかつての守護役で、一年前までは妖獣のアリエッタなんて呼び名で六神将に名を連ねていた大物だったりする。

 私にとってはただの「可愛いアリエッタ」だ。

「相変わらずよ。顔を見せてくれてありがと、アリエッタ」

「……えへへ」

 ベッド脇に立った数少ない見舞い客に、心からの感謝を伝えれば、彼女は幸せそうに微笑んだ。その表情が愛おしくて手を伸ばせば、彼女は喜んで頭を差し出し、撫でられる。ふわふわして柔らかい髪だ。

「……お水、飲む? それとも何か食べる……?」

「んー、今はいいわ」

「……ん」

 頷いて、彼女はベッドの上へ上がってきた。身を起こしている私にぴたりと体を寄せる。魔物に育てられた彼女にとってはよくあるコミュニケーション行動で、珍しいことではない。けれど、今は少し事情が違うため諌めることにする。

「こーら。ダメよ、風邪がうつるでしょう?」

「うつっても、いい」

「ダメったら! イオンに私と貴女の看病をさせる気?」

「……うぅ」

 叱れば、アリエッタは八の字を描いている眉を更に哀しげに寄せて呻いた。それだけ近くにいたいと思ってくれているのは嬉しいのだけど、今だけは良くない。

 彼女はしぶしぶというように体を離し、ベッド脇へ戻る。それでも膝をついてベッドへ寄り掛かり頭を撫でられようとするのだから、なかなか意志が固い。

「アリア……」

「……甘えん坊さんね。もう」

 寂しそうな眼で見上げられれば弱い。折れてもう一度その頭に手を伸ばせば、彼女は幸せそうな顔に戻った。

 魔物に育てられた彼女にとって、人間との関わりは殆ど意味を持たない。彼女が意味を感じる相手は、今や彼女を拾い上げたイオンを除けば私だけだろう。ヴァンは死んでしまった。

「……どうかした?」

 こっそり死を悼めば、気配に敏い少女に心配げに問われる。魔物の中で言葉を介さないコミュニケーションを行っていたからか、彼女は小さな感情の変化によく気が付く。ただ、関心を向ける相手が限られるのと、彼女自身が人間の感情そのものに疎いため、察知しても活かされることはあまりない。

 不安げな瞳に私は安心させるようにそっと微笑み、殊更優しくその髪を撫でた。

「ヴァンのことを考えていたの」

「……総長」

 その姿を思い浮かべたのか、アリエッタは表情を暗くした。それは彼の死をただ悼むような単純なものではない。

 アリエッタにとっては自分の面倒を見て望みを叶える手伝いをしてくれた、恩義のある人だ。けど、同時にイオンや私に関する重大な秘密を抱えていた人でもある。騙された、という思いはどこかにあるのだろうと思う。

「アリエッタは、ヴァンを許せない?」

「………………」

 短く問えば、こくりと静かに首を縦に振った。子細を聞くつもりはないが、やはりとは思わされる。それが少し哀しくて、私はここにいない過去の人へ想いをやる。

(ヴァンは、イオンを介して知り合った人だったわ)

 その頃の彼はまだ詠師職には就いていなかった。人間としての教育を受けている途中のアリエッタの世話を、イオンと共に見ていると聞いていた。

 個人的に話をしたことは殆どなかったけれど、とてもしっかりと物事を見極めて生きている人のように感じたのを覚えている。私にとっては、広い知識や見聞を与えてくれる大人の一人だった。教会の限られた世界以外を知らなかった私には貴重な他者で、もういないと思うと寂しいものはある。

「……アリエッタは、総長のこと好きだったよ。でも、イオン様とアリアの方がずっと大事」

 ぽつり、とアリエッタが呟く。そうして自分から語り出すのは少し珍しくて、少しだけこちらから踏み込んで聞いてみようかと思う。

「……どうして?」

「イオン様は……アリエッタを連れてきてくれた。寂しかったのに、寂しくなくなった。……アリアはね、いっぱい褒めて、撫でてくれる。凄くあったかいの」

 とても単純で、分かりやすい。彼女の中に用意された受け皿はあまり大きくない。数える程の幸せで溢れてしまう。イオンや私に固執する姿は狭い世界で生きているように見えるだろうが、それは少し違うのだ。彼女は元々多くを望まない……望めないように、育ってしまった。

「守護役を解かれて、ヴァン総長のところに行って……凄い寂しかったの。イオン様と会えなくなって、アリアもいなくなっちゃった。……でも、今はイオン様もアリアもいる。ニセモノなんかじゃない。ずっと、一緒にいて? アリア……」

「……ええ。いるわ」

 真っ直ぐに自分を慕う少女を慈しむ。彼女にアリエッタという名前をつけたのはイオンだった。意味は「小さなアリア」。彼女の世話をしたいという私の言葉を受けて、単なる呼び名として彼が贈ったもの。

 人の名前から名前をとるなんて、と思ったけれど、貰った当人は後から由来を聞いて喜んでいたので、何も言えなくなってしまったのを覚えている。

(懐かしい時間ね)

 あの頃は時間がとてもゆっくり進んでいるようだった。当たり前みたいにイオンが部屋を訪ねてきて、一緒にアリエッタの様子を見に行ったりして、過ごした。

 この一年も、あまり変わりはしない。ただそれぞれがどこか違うところを見ている時間があることを、知ってしまっただけだ。その時間へ私は言及する。

「アリエッタ。あの子達はどうしているかしら」

 私の問いに、彼女はぴくりと肩を震わせた。それは魔物が、自身の縄張りへ踏みいる存在を見付けた時に見せる警戒に少し似て見える。間を空けてから回答があった。

「……知らない。どうでもいいもん」

「アリエッタ……そう言わないで。お願いよ。可愛い弟妹のことなの」

「違う! シンクも導師様も、ニセモノ! "アリア"だって……! 総長は、騙してた! 嘘吐いてた! レプリカでホドを復活させるって言ってたのに……全部、ニセモノだった……」

 ぎゅう、とアリエッタは小さな拳でシーツを握りこむ。それから体を起こし、私にすがる。明かりの届かない森の奥深くで彷徨う迷い子のように、懸命に。

「アリエッタは、イオン様とアリアがいればいいの……もう、ホドのみんなは戻ってこない。ママも総長も死んじゃった。だからもういいの。他は何も要らないから……どこにも行かないで……!」

「アリエッタ……」

 目の端を濡らして懇願する彼女に、私はそれ以上言葉を掛けることが出来ない。その手を振り払うなんて選択肢はまず存在しなくて、何かへの贖罪のように私は彼女を抱き締める。

 誰に何を贖うというのか。何も知らず何も出来ないまま、鳥籠で愛されるだけ愛されて。後のことは全部、自分の代わりにあの子に押し付けておいて。

(今だってそうだわ)

 世界中があの子に「始祖ユリアの生まれ変わり」という象徴を押し付けている。「神託の御子」なんて妄想を、現実のあの子とすげ替えようとしている。本当なら、そんな風に人々の不安を引き受ける役割は私のものだったのに。そのためにこの教会で教育を受け、生き長らえてきたというのに。

 実際は今も狭い部屋の中で安穏と愛を享受しているだけ。なんて、罪深い怠慢だろう。

(変わらなくちゃ)

 変えなくてはならない。でも私に何が出来るだろう。愛されることしか知らず、肝心な時に何も出来なかった、私に。

 答えを求めて窓の外を仰ぐけれど、いつも通りの快晴は私に何も与えてはくれなかった。







*****







「俺は……間違っていたのか……」

 プレストが最初に口にしたのは、その言葉だった。正直こっちが持つ情報を継ぎ接いで、それっぽい証明方法に誘導したのだが、彼にはそれで良かったらしい。元々頭に血が昇りやすい質だとは思っていたし、突き付けられたボクの否定で受けたダメージに思考力を持っていかれているようだった。

「……気の毒にな」

「ガイ。貴方、どちらの味方なのかしら?」

「男には男にしか分からないこともあるんだよ」

 慰める響きのあるガイの言葉に、冷たくティアが問う。なんか、凄く悪いことをしてしまったような気がしてくる。でもプレストは前に二回もボクを襲ってるし、なんならお互い様ではないだろうか。一応は今回は合意となるし、罪に問わないだけ優しいつもりなんだけどな。

「ま、なんだ。これに懲りたら『神託の御子』過激派なんてやめちまえよ。幼馴染みを説得して、ちゃんと罪を償え」

「罪……そう、だな」

 どうやら、もうプレストは言い訳をするつもりはないようで、随分話がしやすくなったと思う。これは好機と肝心の話を振ることにした。

「さて、じゃあ協力の話だけど」

「……私に出来ることであれば、なんなりと」

「その言葉、胸に刻んでね。君の思想の出所を知りたい」

「思想の出所、ですか?」

 驚いた顔をするプレストに頷き返す。プレストから繰り返し聞いた思想を、ボクはバチカルで拐われた時にも聞いている。「神託の御子が新たな預言を詠み、人類を導く」……そして「神託の御子は薬で魂を清め器とし、信徒の愛で満たさなければならない」という主張。

 グランコクマでボクが連れ出されていたという集会でも、同じ話があったと大佐やシンクから聞いている。となれば、具体的な繋がりが追えていない現状でも、思想を共有するための繋がりがどこかにはある筈だ。それを聞きたかった。

 その推測を話せば、プレストは少し考えてから答えた。

「恐らく、彼らにも啓示があったのでしょう」

「啓示……って、あの夢のお告げ的な」

 その話はグランコクマで押さえた「神託の御子」過激派もしていたものだ。彼らはプレスト達のことを何も知らず、ただ啓示に従って行動したと話していたらしい。

 プレストは首肯して啓示を受けた経緯とやらを語ってくれた。

「……私は元々、ローレライ教団を厚く信仰していました。ですが一年半前、大陸が魔界へ沈み始めた頃……私は世界が始祖ユリアの預言から外れ始めたことを知りました」

「………………」

 この言葉に複雑な顔をしたのはティアだ。世界をそうして混乱に落としたのは彼女の兄なのだから、その反応も分からなくはない。気付かないままプレストは言葉を続ける。

「とても恐ろしかったことを今でも覚えています。何かの間違いではないかとずっと疑っていました。ダアトを調べれば預言を廃止する動きもある、などという話もあり……私には障気や、いつ大地が魔界の海に沈むかよりも、そちらの方が余程耐え難い恐怖でした」

「なら、モースが興した新生ローレライ教団はあんたにとって地獄に垂れ下がった蜘蛛の糸ってところか?」

 新生ローレライ教団は「世界が預言から外れ始めたのはキムラスカ・マルクトの両国が預言を蔑ろにしたせい」という主張で興った組織だ。あっという間に瓦解したし、信者もエルドラントで遭遇した神託の盾兵くらいしか見ていないので、あまり実感はない。

 ヴァンの工作もあって、当時の神託の盾騎士団の半数以上がそちらへ流れた経緯はある。預言の遵守を謳う組織の立ち上げにガイが言及すれば、プレストは怒りを表すように勢いよく立ち上がって声を上げた。

「そのようなことはない! 大詠師モースは預言に選ばれた導師ではない。それどころか世界を狂わせた謡将や六神将を、正しく押さえることも出来なかった人間だ! 始祖ユリアの祈りを民へ伝える導師を死なせ、自らが導師に成り代わろうとは……身の程を知らぬにも程がある!」

 その主張を聞いて思ったことは、教団の信者というのもシンプルではないのだなということだった。てっきり預言を信じている者程モースの主張に共感するのかと思ったのだが、人によって様々なようだ。

 少なくともプレストは敬虔な信徒であるからこそ、導師を信じて大詠師を愚か者と断じた。これもまた、彼の「物の見方は入れ替わっているのに正常な判断力はある」という特性に通じるのだろうか。

「そんな折、バチカルで私は御子様を初めてお見かけしたのです」

「いつだろ?」

「……障気中和の後、確かファブレ公爵家に立ち寄ったわ。その時じゃないかしら」

 言われてみれば、そうだった。ルークの音素乖離が約束されたのを確認した記憶がある。ルークの家、と彼女が言わないことには触れず、話を次へ促す。

「以前より、導師補佐役という新しい地位に女性が就いた話は聞いていました。導師が一人の女性をすぐ側へ置くなど、そのようなことは一度も聞いたことがなかったため、よく覚えています。そして人伝に、その御姿が語り継がれる始祖ユリアの御姿に似ているということも、私は耳にしていました」

 これについては眉唾ものだと思っているのだが、誰にも証明できないので仕方がない。ボクはあくまでルゥノの子孫なので、実際にユリアの末裔なのは隣にいるティアなのだけど、世間にとっては見た目のインパクトの方が強いらしい。

 まぁボクは導師補佐役や導師代理になって目立ってしまったし、ティアはユリアの末裔であることを公表しているわけでもないので、当たり前の話だ。

「それまでは始祖ユリアに対しなんと不敬な、という思いだったのですが……実際にこの眼で見た御子様の御姿はあまりに貴く、私は己の不敬を恥じたのです」

「ゴメン、その話は割愛してくれる?」

「あ……はい……」

 弁に熱がこもり始めたプレストをバッサリ切り捨てれば、彼はしゅんとしてから改めて話を続けた。

「その頃からでしょうか。夢を介して啓示を受けるようになったのです」

 それは預言のようだったとプレストは語り始めた。今日はこうすれば良いことがある、こうすれば悪いことがある、みたいな単純なお告げを、夢の中で聞いたらしい。そうして過ごす内に、それが一度も外れないことに気付いたという。

「私はそれを星の意思、もしくは神の啓示のように思ったのです。教団には始祖ユリアと、契約を結んだローレライの話しかなかったので……遂にこの星を作った神が人々を正しく導こうとしているのだと、そう思ったのです」

 段々と、その夢のお告げは彼に何をするべきかを伝えるようになってきたという。そして繰り返し「始祖ユリアの生まれ変わりが神託の御子となり、人々を導くだろう」といった言葉が伝えられていたそうだ。

 成る程、道理でボクが導師代理になってから爆発的にその呼び名が流布されたわけだ。

「御子様は愚かな人間達に魂を汚され、道を誤っている。そのため御子としての覚醒が済んでいない、と声は告げました。だから我々が御子様を救い出し、魂を清め、愛を捧げねばならない……と」

 プレストの話は概ねそれで全部のようだった。改めて聞けば、確かにグランコクマで捕らえた信者の話が具体性を持っていなかったのも、よく分かる。これでは殆ど手掛かりにならない。

「バチカルでのことも、その啓示があったのかしら」

「はい。近く私に至上の花を授けるから揺りかごにて慈しみ、信徒として励むようにと。それからすぐ御子様と再会し、あの晩に不審な船の中でその御姿を発見したのです」

「で、連れ帰ったわけだな」

「それからはコモドとカルマートと話をし、御子様の魂を清めることにしたのです。私が見付けた時には既に御子様は揺りかごの中にあられたため、カルマートに見せたところ、清めるために必要なものが分かったからと用立ててくれたのですが……」

 それが違法薬物だった、というわけだ。大体が繋がった。それ以降は特に啓示があったわけではなく、彼らが自分達で判断して動いていたらしい。ボクのグランコクマ行きに関してはカルマートが啓示を受けたらしいが、事実は不明だ。

「うーん、参考になるような、ならないような……」

「夢ねぇ……預言みたいなことを言っていたってことは気になるが、世界中の人間の夢に干渉する方法なんてないよな?」

「少なくとも譜術や譜歌ではまず無理ね」

 ガイとティアの言葉を聞いて、もう一度考え込む。預言ということは、ルークみたいにローレライとコンタクトが取れるか、ヴァンみたいに地核に飲み込まれて星の記憶に触れるか、くらいしか思い浮かばない。

 前者はローレライとの完全同位体であるルークだからこそ出来たことだし、後者はそのローレライを取り込んだからこそ地核で生き長らえた話だ。ヴァンと同じことを誰かがしているとすれば、地核にローレライを戻したことになり魔界が液状化する。だがその兆しは欠片もない。

 実はルークが戻ってきていてそんなことをしている可能性は、更に有り得ないものだった。

(強いて言えば、ボクもローレライとはコンタクトをとれるわけだけど……)

 それがアイオンと契約を結んでいるルゥノの血によるものであることは自明だ。しかも、ボクが化け物に存在が寄りつつある特異なレプリカであるせいでもあり、もう一人の"アリア"にはアイオン以外の意識集合体に働きかける力はないことも分かっている。

 他に「アリア」が存在しないことは、以前からのアイオンの口振りからも間違いない。手詰まりだ。

「お役に立てず申し訳御座いません」

 プレストが申し訳なさを全面に押し出す表情で、そう視線を下げた。いやまぁ、確かに殆ど役には立っていないのだが、全く何も分からなかったわけでもない。

「幾つか気になってたことは明らかに出来たし、助かったよ。ありがと、プレスト」

「御子様……!」

 急にプレストが瞳をキラキラさせ始めたので対応に困ってしまう。以前からそうだが、ボクに対してまるで犬が尾を振るみたいになるのは慣れないものがある。

「さて、どうする? あんまり進展はなかったが……」

「そうでもないわ。やり方はあまり褒められないものだったけど、アリアのお手柄よ」

「え?」

 ティアの言葉にボクとガイは顔を見合わせた。お互いに分かっていなくて、二人でティアを見る。そして彼女は、ボクらの新しい指標を打ち立ててくれた。

「プレスト・アパシオナートが私達に協力をしてくれるなら、もう一人話を聞ける人がいるわ。───カルマート・グランツィオーソよ」

 どうやら、まだダアトに帰るには早いらしい。







*****







 雲一つない青空の中を、懐かしい速度で進む。世界にまだ二つしかない空を飛ぶその音機関は、一年前の旅以来乗ることのなかったものだ。

「これが、飛行譜石が動かすアルビオール……我が国の保有するものとはいえ、恐ろしい技術だな。このようなものが空を埋めたなら、地上の兵など塵芥と変わらない」

「軍人のあんたからすりゃ、そうかもな。俺にとっちゃロマンの塊だよ。兵器みたいに思っちゃもったいないぜ」

「……そういうものか?」

 どこか調子の合わないプレストとガイの会話を聞きつつ、久々のアルビオールを堪能する。カルマートに話を聞きに行くにあたり、移動手段としてシェリダンで借り受けたのだ。時間短縮と安全性のためだ。

 勿論操縦士はノエルで、久しぶりに会った彼女は快く引き受けてくれた。イエモン達亡き後は技術者を募り、兄のギンジと仲良く譜業を触り続けているらしい。

「アリア。もう少し落ち着いたらどう?」

「えへへ。空ってやっぱロマンだからさ」

「分かるか、アリア!」

「ガイのそれは音機関でしょ。ボクのは空だから仲間じゃないです」

 飛行中にも関わらず思わず腰を浮かすガイを切り捨てる。ボクの場合は別に音機関である必要などないのだ。なんでもいいから空っていいよね、というだけのロマンだ。ガイは少し寂しげに「そうか……」と座り直した。

「御子様方は、以前の世界救済の旅にてこのアルビオールを使っていらしたのですよね?」

「世界救済の旅って聞くとなんか大袈裟だな……使ってたというか乗せてもらってたというか、そんなとこ」

「初めはセントビナーの崩落に手を貸してもらったんだったな。それからはディストの奴に飛行譜石を抜き取られたり、エルドラントの集中砲火に突っ込んでもらったり……」

「……考えてみたら、凄く無茶をさせてしまっていたわね」

 他愛もない話を重ねる。どうやらプレストはボクらの旅に興味があるらしく、質問が途切れない。そういえば、前に舞踏会で話した時にも旅の話が聞きたいと言われていたような気がする。何故そんなに興味を持つのか聞いてみると、思わぬ返答があった。

「我がアパシオナート家は、この赤い髪の通りキムラスカ王室に血を連ねるものです。ですがその血はあまり濃くなく、瞳は碧眼を継ぐことが出来ませんでした」

 そう言って彼が指す自身の瞳は橙色だ。ボクからすれば瞳が何色だろうと変わらないのだけど、世の中的には違う。血によって王が決まる国は、血によって序列も決まる。

「それでも父の武勲により侯爵の位を賜ることが出来ました。同じように王室の血を引くファブレ公爵家に近付くことが出来たと、幼い私は浅はかにも思っていたのです」

「現実は違ったわけだな」

「ええ。ファブレ家の御子息は私よりも後に生まれたにも関わらず、すぐにナタリア王女殿下の婚約者として囁かれるようになりました。初めの内はそれでもまだ納得はあったのです。ルーク殿は幼くともとても勤勉な方で、国のことも王女殿下のことも深く考えておられた。ですが……」

 言わずとも分かる。ファブレ家の嫡男は十歳の時にヴァンに拐われ、レプリカと入れ替えられている。赤子同然まで戻ってしまったと、周囲は感じていたそうだ。

「以前のような振る舞いを忘れてしまったルーク殿を、しかし王も王女殿下も愛しました。どのように振る舞い、育っていたとしても彼の王位継承権は揺るがなかった」

 これにはガイもティアも複雑な顔をするしかない。ガイはそう育てた責任を感じているし、ティアは自分の兄がそうしたことを知っている。

 これは以前の旅の中では見えてこなかった、当事者でない外の人間の話だ。あの物語の外側で、生きていた人々が何を思っていたかのほんの一部。

「……醜い嫉妬です。ただ碧眼であることが、それ程違うのかと思いました。私は両親から受け継いだこの髪も瞳の色も、愛しております。だからこそ、苦しかった」

「貴方は彼を……許せないのね」

「それは違います。私が許せないのは私自身です」

「え?」

 ティアの重い問いに、しかしプレストは首を横に振った。てっきりそういう話だと思っていたボクも、これには少し驚く。新生ローレライ教団の話といい、彼の思考回路は思いの外単純に拾うことが出来ないようだ。

「預言の廃止には納得できませんでしたが、ルーク殿が国や世界を想い救済に奔走しているという話は、バチカルにいた私の胸を打ったのです。ルーク殿は記憶をなくされてもルーク殿なのだと……対して、自分はどうでしょう。物事の本質も見極められず、世界の危機にバチカルから出ることもない身です。預言に名を詠まれるような方を妬むなど……己の器の小ささをよく思い知りました」

 物事を厳しく見定める眼を持っている、というのも大変だなぁと思う。そんなに真面目に生きていては、しがらみばかり増えて息が詰まりそうだ。

「だから、叶うならば彼と直接話をしてみたかったのです。何を思い、何を成すのか……あの眼を見て、問いたかった」

 だがルークは戻らなかった。エルドラントが崩壊したあの日、あの場所からまだ彼の消息は不明のままだ。だからプレストはボク達に旅の話を聞きたがっていたらしい。彼が世界を救おうと旅をしていた間、一体何を思っていたのかを知りたくて。

 でも、それは出来ない話だ。ティアもガイも、ルークの話を思い出話にすることは出来ない。旅の話は出来ても、ルークの話は出来ないのだ。だからボクはその話を打ち切った。折角一緒にいるのなら、楽しい方がいい。

「もしかしてプレストくん、幼心にナタリア王女殿下に恋してた?」

「!? ち、違います! そのような畏れ多い……大体、仮にそうだったとしても今の私には御子様が全てです! 例え傾国の美姫であったとしても、他の女性に目が移ることなど有り得ません!!」

 茶化せば、怒濤の勢いで否定される。別にナタリアを好いてくれていればそれでいいし、ボクに全てを捧げられても重いのでやめて欲しい。普通に要らない。

「お疑いなら、今一度証明を───」

「スケベ」

「すっ……!?」

「はは。御子様攻略の道は険しいな」

 ショックを受けてプレストが固まったところで、ガイが笑って話題が流れる。暫くは落ち込んで静かにしている筈なので、余計なことは言い出さないだろう。

 ボクは再び窓の外へ視線を戻した。変わらない青空の下で、段々と近付く街並みがある。それをぼんやりと見下ろしながら、空から見るバチカルは久しぶりだな、なんて心の中で呟いた。

 

 

 

*****

 

 

 

 ちょっとぶりのバチカルに、大きく変わったところはなかった。民の表情は明るく、街は賑わっていて華がある。ただボクが拐われた件から敷かれている厳しい検問もそのままで、街に入る際に身分を明かしてナタリアに取り次いでもらうしかなかった。

 というのも、プレストのせいだ。指名手配中の男を連れていることを無闇に知られると後が動きにくくなるので、だったらボクの肩書きで押しきってナタリアに会った方がいいと判断した。

 検問で伝えればあっという間に取り次ぎが為され、王城にある彼女の私室でナタリアと対面した。

「驚きましたわ! ティアとガイも一緒だなんて……今度は何をなさいましたの?」

「ボクがトラブルを起こしてるわけじゃないんだってばー!」

 そんな感じで旧交を温め合う……程、ボクは久しぶりでもないのだけど、ティアとガイは楽しそうにしていた。

 それから満を持してプレストを連れていることを伝え、何のためにバチカルへ来たのかを説明した。プレストが罪を認め謝罪するのも含め、彼女は一通りの話を聞くと、やがて嬉しそうな顔をして頷いた。

「分かりましたわ。カルマートを城へ呼び立てます」

「よろしくー」

「悪いな、ナタリア」

「仲間の力になれるのです。何を謝ることがあって?」

「……そうね。伝えるべきは感謝だわ。ありがとう、ナタリア」

「どういたしまして、ですわ」

 互いに呼吸を知っている者の会話は、テンポがよく馴染んでいいと思う。今のダアトが変わりすぎて居心地がちょっと悪いせいか、余計に居心地がよく感じられた。やっぱり、仲間はボクにとってちょっと特殊な位置付けだ。

 城からの急ぎの呼び出しということで、カルマートが現れるまでにはあまり時間が掛からなかった。薄紫の長い髪を一つにまとめた長身の男性は、その鋭い紫眼でプレストを見付けると何も取り繕わず驚きを示した。

「プレスト……何故ここに?」

「己の罪を償うためにだ」

「……そうですか」

 相変わらず真っ直ぐなプレストの言葉に、カルマートは「ふぅ」と息を吐いた。流石に観念したのかと思えば、彼が示した態度はそれとは異なるものだった。

「ようやく貴方も目が覚めたんですね。全く、遅すぎます。貴方の思い付きに付き合わなきゃならない私やコモドのことも少しは考えてください」

「……は?」

 ぽかん、とするのは言葉を投げられたプレストばかりではない。カルマートはナタリアとボクに向き直ると、最高の礼を払ってその場に膝をつき、丁寧に頭を下げて謝罪の口上を述べたのだ。

「どのような罰も覚悟の上です」

 なんて静かに言われてしまって、変わり身の早さについていけない。聞く限り意地汚く逃げ仰せる性格の悪そうな人物だった筈なのだが……そのカルマートはどこへ行ったのだろう。

「……どういうこと?」

 ティアが問えば、カルマートは顔だけを上げて答えた。

「元々、私は『神託の御子』など信じておりません」

「マジか」

 バッサリ出てきた言葉に思わず呟く。今までの行動から嫌われている自覚くらいはあったが、「神託の御子」と思ってもいなかったのは流石にびっくりだ。当然、志を共にしていると思い込んでいたプレストも衝撃を受ける。

「なっ……ならば何故お前は俺に協力してくれていたんだ!」

「貴方が人の話を全然聞かないからです。『神託の御子』は偶像だって何度も私もコモドも伝えたのに、貴方は譲らなかった。放っておけば一人で無茶をするのは目に見えていましたからね。適当に宥めすかして誤魔化していくつもりだったんですよ」

「………………」

 つまり、最初はプレストが先走って犯罪を犯さないように見張っていたらしい。彼が何かをしでかしそうになったら代わりになる餌を与えて気を他所にやる……みたいなことだ。幼馴染みだからこそなのか、コモドに罪を擦り付けた時同様に容赦がない。

「でも、予定が狂ってしまった。まさか件の『神託の御子』をプレストが屋敷に連れ帰ってくるとは思っていませんでしたよ。それを見てしまった時、私は卒倒するかと思いました」

 まるでお前のせいだと言わんばかりの鋭い視線が、カルマートからボクへ向けられる。こっちはこっちで気を失っている間に、記憶まで飛ばされたのでいい迷惑だったのだが。

「それでいよいよ退けなくなったってか」

「お察しの通りです。せめてプレストにかかる火の粉だけでも払わねばと、私が全て一人で計画し、コモドに罪を擦り付けたのに……貴方ときたら転送譜陣の指定先を勝手に書き換えて! 馬車で導師補佐役を連れ去ろうとするなど、何を考えているのですか!」

 急に激おこになってしまった。いやまぁ、分からなくもない。彼が頭を必死に回して庇い続けた最後の最後に、肝心の主が欲に走って罪を確定され、侯爵家から除籍されたのだ。そりゃ激おこにもなるって。

 最後だけ足がつきやすい危険な手段をとってきたなとは思っていたが、プレストの暴走のせいだったらしい。酷い。

「お、俺は、ただ……!」

「ただ、なんですか? 御子様をお救いするため? 世界や国を憂いて? 夢物語は青春時代に置いてきなさい。貴方今年で幾つですか? 成人はしてましたよね? 家柄に見合った教育を受けておきながら飾りにしかならない脳なら捨てておしまいなさい、この妄想偏愛者!」

「………………」

 あっという間にプレストが黙らされる。なかなかカルマートの叱責は小気味良く、痛快にさえ思える。ボクとしては面識はほぼないし、色々されたと頭では分かっているが実行犯はプレストなので、カルマートへの私怨も浮かばない。ちょっと面白くて嫌いじゃないくらいだ。

(向こうはボクを毛嫌いしてるみたいだけど)

 プレスト達三人は幼馴染みであり、プレストに二人が仕える力関係になる。カルマートからすれば、将来を憂いた大事な主がボクのせいで盛大に道を踏み外そうとしていたわけで、それは確かに目の上のたんこぶだ。

 プレストに拐われる前、誘拐集団にボクを拐わせようとしていたのではと疑いが掛かっていたが、この分だと事実ではないだろうか。永遠に厄介払いしたかったのだろう。

「……失礼致しました。王女殿下。罪滅ぼしにもなりませんが、危険薬物を取り扱うルートや『神託の御子』を崇める信徒達に関して、私が押さえておいた情報を献上致します。どうかお役立てください」

「……事情は把握したつもりです。貴方が友を、主を想い過ちと知りながら罪を被ったこと……その想いは尊くとも、行いは卑劣極まりない。減刑はないものと覚悟なさい」

「御意に」

 本当にカルマートは罰を受ける気があるらしく、姿勢は一貫して崩れなかった。こちらが聞きたいことも凄く簡単に答えてくれる。お陰で、プレストがいかに思い違いをしていたのかも証明は一瞬だった。プレストは何度でも死ぬ。

「私が啓示を受けたのは一度きりです。導師補佐役殿をグランコクマへやるように、と」

「それで幼馴染みに罪擦り付けたってか? 自分は安穏とバチカルに残って、いい気なもんだな」

「勘違いされないように。コモドも私もプレストを主と仰ぐ身。代わりに汚れを負う覚悟は幼少より済ませてあります。それに、あの時コモドは良心の呵責に耐えられなくなっていましたからね。死霊使いを頼り、事態を止めた上で罪の全てを被ってくれると期待していました」

 実際は想定よりも罪の意識があり要らないことまでべらべらと喋ってくれましたが、とカルマートは息を吐く。なんかこう、人を一定のデータとして見てくれる分、大佐の方がマシな気がしてきた。カルマートは身近な人間の複雑な感情まで勘定に入れて事を進めるようで、余計に性格が悪そうだ。

 一先ず他の出来事については、概ね今までにこちらが立てた予想で外れていないようだった。となれば、あとはこれからの話となる。

「『神託の御子』過激派の動きですが、少し前からケセドニアの方が騒がしくなっています。まだ目立った事件は起きていないようですが、近く動きがあるのは確かかと」

 バチカル、グランコクマ、ダアト……からのケセドニアだ。人の集まる大きな街ばかりで、成る程なと納得もある。ダアトに現れた襲撃者については、カルマートも出処を追っている途中だったらしく、新しい情報はない。

「カルマート。貴方には然るべき罰を与えます。ですが、『神託の御子』の信者やダアトの襲撃者についても、引き続き調べるよう命じます」

「御意に」

 元々暗部に精通しているだけあって、情報不足のボク達にとってはカルマートは使える、生きたルートだ。本人に謀反の意思もないことで、ここで拘束するのは下策とナタリアも判断したようだった。

 と、プレストが声を上げる。

「王女殿下! どうか今暫くの猶予を頂けませんか! 御子様方がケセドニアを目指すというのならば、私はそれに供し少しでもお力になりたいのです! それでこの身の罪がすすげるとは思ってはおりませぬ。ですが……!」

 必死な様子に、ナタリアは少し考えるとボクを見た。被害者であるボクの意見を聞きたいということだろう。ケセドニアに同行を許すか否か。

「どっちでも?」

「どっちでも!?」

 ボクの返答に一番驚いたのはプレストだった。頼られることを期待したのか、己の行為を改めて認識して遠ざけられることを予感したのか、どちらかは分からない。別に興味もないので考えもしない。心底どうでもいい。

「好きにしたらいいんじゃない? 強いて言えば、こっちは兵を連れてくわけにもいかないし、ティアとガイしか戦力がいないのはちょっと不安かな」

「そうですわね……分かりました。プレストの身を一時的に貴女に預けますわ、導師補佐役殿」

 立場上仕方がないとはいえ、なんかプレストの身をボクが預かるというのは気持ちが悪いものがあった。永続的には御免被りたい。

 と、今度口を開いたのはカルマートだった。

「それならば、もう一人連れて行かれてはいかがでしょう」

 

 

 

*****

 

 

 

「プレスト! 御子様!」

 大人数でわちゃわちゃするナタリアの私室に、新しい人物が飛び込んでくる。太陽みたいに明るい金髪に碧眼の青年、コモド・ブリッランテだ。

 「ボク」としては誘拐事件前に会ったのが最後の記憶だ。記憶喪失だった時間を含めれば、グランコクマでの面会が最後だろうか。窶れているかと思えば全然そんなことはなく、元気そうだった。

「コモド!」

「プレスト! やっと正気に戻ったの!?」

「お、お前も俺のことをそんな風に思っていたのか……」

 感動の再会に苦い味が広がっているようだった。自業自得だろう。どちらの幼馴染みにも縁を切られないだけ優しいのではないだろうか。

 と、コモドがこちらを向く。嬉しそうな、安心したような顔で礼を伝えられた。

「御子様がプレストの目を覚まさせてくれたんだよね。ありがとう」

「ん? ああまぁ、ハニートラップで?」

「ハニートラップで!?」

 一気にコモドが衝撃を受けた顔になり、どうやら彼の期待を裏切る形で目を覚まさせてしまったらしい。結果よければ良いってことにしてもらおう。

 カルマートがおもむろにコモドへ向かう。それにコモドも気付いて、向き合った。

「コモド。謝罪はしません。私は必要なことをした。貴方に許しを乞うつもりもありません」

「……そっか。うん、分かるよ。オレも謝らない。カルマートの期待を裏切ったけど、オレは自分達が間違ってるって思ったから」

「ええ……それでいきましょう」

 複雑な事情は何も知らないけれど、プレストを主にする幼馴染み二人は何かを分かり合えたようだった。タイミングを見計らって話は本題へ移る。

 ケセドニアへ「神託の御子」過激派の様子を見に行き、必要ならば鎮圧するというのがこの後の方針だ。啓示の主とかが居てくれたらとても話が早いのだが、そう都合よくはいってくれないだろうなと思う。

「でも、ホントにオレも行っていいの? 要観察対象だったと思うんだけど……」

 戸惑うコモドに応えたのは、彼の同行を提案したカルマート自身だ。彼の不安に首肯で答える。

「導師補佐役殿方は戦力をお求めです。貴方なら十分に戦えますし、元々ブリッランテ家の剣術は主家であるアパシオナート家の剣を助けるためのもの。連携に不安もないでしょう」

「なんか、ルークの剣術とガイの剣術の話みたいだね」

「剣で主家を支えようってなると、考えることはどこも同じってことだな」

 ボクの感想にガイが応えて、「それに」とカルマートが続ける。

「主を一人で送り出す従者がどこにいるのです。私はここで私の仕事をします。貴方はプレストの側でその力を使いなさい。どうせ、ずっと体を動かしていなくて鈍ってしまいそうだったのでしょう?」

「───、……そうだね。よっし! 任せてよ。プレストの分も御子様はオレが華麗に守っちゃうからさ☆」

「待て! それは聞き捨てならんぞ!」

 カルマートが調子を取り戻したのか、コモドが調子を取り戻したのか。どちらにせよ、幼馴染み達の歯車はどうにか噛み合って回り直したようだった。

 急に騒がしくなった彼らを、ルークの旅についてきていた大佐はこんな気持ちでいたのかなーなんてぼんやり思いつつ、眺めていた。

 

 

 

*****

 

 

 

 ケセドニアへの道行きは当然、アルビオールだ。

 初めて乗る空を飛ぶ音機関に、コモドのテンションが上がる。容姿の配色と軟派なところだけでなく、音機関や譜業に興味があるところもガイと重なっているらしい。あっという間にガイと打ち解けて、よく分からない譜業パーツの良し悪しを熱く語り合っている。

「いや~! アンタ話が分かるねぇ! プレストもカルマートも音機関のロマンは全然理解してくれないから、ぶっちゃけ不満だったんだよ」

「分かるぜ……俺の主人もそういうのは面倒を顔に張り付けてすぐに逃げちまう奴だったからな」

 そんなところまで意気投合しているので、オタク気質というのは大変だなと他人事に思う。自分の好きなものについて、熱を込めて他人に語りたいのに同じ温度感で共有してくれる人がいないということだ。ジレンマが強そうだ。

 ボクの場合は何だろうかと思ったが、人に語りたいような好きなものは何も思い浮かばなかった。

「アンタの主人って、ファブレ家の?」

「ああ。ちょっと事情は違うが、お互い仕える主人のいる伯爵家の人間って思うとなんだか面白いな。他人事には思えないよ」

「あはは! プレストはもう侯爵家の人間じゃないし、オレもカルマートも仕えられないけどね☆」

「こっちも似たようなもんだよ。……俺の家はマルクトにあるしな」

 ガイの言葉に差し挟まれた僅かな間は、帰ってこないルークを想った時間だったのだろう。誤魔化すように国の違いが付け足されて、コモドはそれに少しだけ黙るとニカッと笑って提案をした。

「ね! 困った幼馴染みを主に持っちゃった苦労話しない? オレもう普段から吐き出したい愚痴がいっぱいでさ~」

「はは! いいな。ついでにそこにいる、その困った幼馴染みの主に聞かせてやろうぜ。お前のせいで俺達はこんなに苦労してるんだぞ~ってな」

「いいね。じゃあまずはなんの話からしようかな~」

 コモドとガイが楽しげに話に花を咲かせ、それを近くで聞くことになるプレストが横槍を入れていく。多分、そんな話を提案したのはコモドなりの気遣いだったのだろう。

 ボクにはよく分からないけど、ガイの表情は明るいし、プレストも自然と話に紛れられている。それを見守るティアの表情も、遠くを見るようなところはありつつ穏やかだ。

(旅は楽しい方がいいもんね)

 バチカルへ来るまでの間にも思ったそれを、もう一度心の中で繰り返して渦中のコモドを見やる。と、タイミングが良いのか悪いのか、バッチリ目が合ってしまう。

 彼は少しだけ驚いた顔をして、すぐに悪戯好きの碧眼でウィンクをする。その表情の変化を、ボクは以前にも見たことを思い出した。

(バチカルで拉致される前に、プレストとコモドと話してた時だ)

 プレストの対応に困って彼に助けを求めた時に、彼は同じように表情を変えた。表情を作った。それをボクはあの時何とも思わなかったけれど、二度目である今はちょっと分かってしまう。

 彼が意外そうな顔をして驚いた顔を作るのは、自分が見られていると思っていないからだ。自分が誰かの目に映る程、存在感や価値があると思っていないのかもしれない。調子のいいことばかり口にして道化を演じる彼は、そこに自分がいることを思い出してしまうと弱くて、だから困って、ウィンクをして誤魔化している。

(……人間は難しいね)

 もっと、望みのままに生きられればいいのに。

 満たされて見える彼でさえ胸に寂しさを抱えているのだと思うと、道化でない人間などどれ程いるのだろうと、うっかり少しだけ考えてしまった。
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