短編:本編後
この世の終わりみたいに眠い日ってあると思う。
その日は丁度そんな日で、一枚の書類に六回は船を漕いだ気がする。兎に角起きているのが辛くて、ボクはふらふらと執務室から私室へと引っ込んだ。
(……ねむ……)
思考と呼べるものもない。あまりの睡魔に何も考えずに布団を剥がし潜り込む。お日様はまだまだ高かったけれど、麗らかな陽気の中でのお昼寝も最高だから良しとした。
(あー……しあわ、)
「ちょっと」
べり、と。布団を剥がされる。
それに不服を覚えながら薄目を開ければ、仮面を着けた少年がボクから布団を没収していた。
「……なに」
「なに、じゃないよ。また昼寝する気? 毎日よく寝てばかりいられるよね、アンタも」
「へへ」
「褒めてない」
ぴしゃりと言われるが気にならない。眠気のあまり話をちゃんと聞いていないからだ。シンクの手から離れた布団を引っ張り直し、眼を閉じる。
「おやすみ……」
「寝るな」
べり。もう一回剥がされる。今度は流石に看過できなくて、ボクも薄目を開けて苦情を述べた。
「なんで取るの……」
「アンタが寝ようとするからだろ。ホラ、報告書」
軽く叩くように頭の上に乗せられる。緩慢な動きでそれを持ち上げて、どうやらお師様からの預かりものだと把握した。
(シンクは仕事しててえらいなぁ……)
うんうん。心の中で頷いて、報告書をベッドサイドに安置する。紙を頭に乗せて眠るのも温かいだろうけど、報告書は良くないからね。
それからもう一度布団を被り直そうとして、
「……離して」
「離したら寝るだろ。いい加減起きて仕事してくれない? 皺寄せがこっちに来るんだからさぁ」
「うー……」
シンクが布団を離してくれなくなってしまった。布団がないまま眠るのでは物足りない。
(仕方ないなぁ……)
眠くて頭は回っていないが、彼を説得するしかない。
もぞもぞと動き、布団を掴み合っていた手を離すと代わりにシンクの手を掴んだ。触れた途端、びくり、とシンクの手が怯えた気がするけど、それには構わない。
「一緒に寝よ」
「……なんだって?」
「お昼寝。シンクもしよ」
邪魔をしてくるなら巻き込んでしまえばいい。お昼寝の魔力は凄いもので、その魅力を前に断れる訳がないと思う。
完璧だ、と思うけど。彼の回答は異なる。呻くような声で返されてしまった。
「───寝るなら一人で寝ろ」
「なんで」
「巻き込まれても迷惑だからだよ」
迷惑。そんな風に言われてしまうとしょんぼりだ。
しょんぼりすると同時に、お昼寝の良さを伝えなくてはならないと思う。お昼寝の素晴らしさを知らないなんて勿体無い。
掴んだ手を軽く引く。
「お昼寝、気持ちいいよ」
「興味ないよ。いいから手を離せ」
「嫌。一緒に寝てくれるまで離さない」
「………………」
はぁ、と大きめの溜め息を吐かれる。まるでボクの相手をしていると疲れるみたいで、疲れたならやはり休むべきだと思う。丁度ベッドもあることだし。
「アンタ、誰にでもそうなの?」
「うん……?」
首を傾げる。「そう」の部分が何を指しているか分からない。分からないから構わないことにした。それよりもお昼寝の良さを伝えなくては。
「お昼寝ってさ、幸せなんだよ」
「なにそれ」
「ぽかぽかで、優しいの。すっごくいいよ」
「知能が普段の一割もなさそうだね……」
更に呆れられた気がするが無視をした。眠気をおして、出来るだけ機敏に動く。油断するシンクの顔から仮面を奪った。
「っ……何するんだ」
「へへ」
これがなくてはシンクは仕事に戻れない。取り返されないように位置を守りながら、自身の隣をぽんぽんと叩いた。
「お昼寝しよ」
「……なんでそんなに昼寝をさせようとするのさ」
「んー、幸せだから」
「何の関係があるんだ」
「シンクにも幸せでいて欲しい」
答えると、シンクは言葉に詰まったみたいな顔をする。ボクがそんなことを言い出すなんて思ってもなかったみたいで、確かに幸せを願われるなんてそうそうない。特に彼のこれまでを思えばそんな他人はいなかっただろう。
シンクの幸せを願った第一号になれた気がして気分が良かった。
「シンク」
重ねて彼の名前を呼ぶ。陽だまりの中にいて欲しい。そんな気持ちを込めて。
「………………」
彼は気まずそうな顔で逡巡すると……遂に諦めたように息を吐いてくれた。それから心の底から不服そうな顔をしながら隣に寝転んでくれる。ボクも寝転んだ。
「一時間だけだからな」
「やった」
「言っておくけど、アンタがあまりにしつこいから折れてやったんだからね。起きたらいつもの倍は働いてもらう」
「しーらない」
応えながら、放り出されたシンクの手を取る。彼の視線がこちらを向いて、予想通りの顰めっ面。
「……何してるの」
「手繋いでる」
「必要ないだろ」
「必要だよ」
必要だ、と繰り返して彼の手を握る。逃がす気はない。地獄の果てへだって一緒に来て欲しいくらいなんだから、夢の中くらい許して欲しい。
「きっと、良い夢が見られるから」
彼は答えない。ただ千歳緑の瞳がじっとボクを見て、ボクはその綺麗な深緑が好きだ。手が、ほんの少し握り返される。
「おやすみ、シンク」
「……オヤスミ」
不服そうに、それでもボクの手を拒まずに彼は返した。それだけで十分だし、それが全てだ。
陽気に温められた空気が優しい。安心する。眼を閉じても掌のぬくもりは消えなくて、君の存在は傍にある。ただそれだけに満たされて、君とこんな風に、優しい時間を過ごせることが嬉しい。
(君が、生きていてよかった)
この手を繋いで、よかった。触れる指越しに願う。
どうか君に、穏やかな幸福が訪れますように。
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