短編:sideテセレマ


 ヴァンのレプリカ計画を止めて、ひと月が経った。

 ダアトに戻った僕の側には変わらずアニスがいて。

 変わったことは沢山ある。

 特に変わったのは僕に補佐役が出来たこと。

 その役職にアリアが就いてくれたこと。

 彼女は組織というものを好んでおらず、自他共に認める程には向いていない。でも補佐役に就いてからのアリアは仕事を疎かにはしなかった。隙あらばサボろうとはするけれど、仕事はきちんとこなしていた。

 そしてアリアと僕を助けるために忙しくしているのがシンクだ。彼はヴァンや六神将がいなくなった分を埋め合わせるために、本当に大変な量の仕事をこなしている。各師団長の選抜は手早く済ませたが、それでも負担は減らせていないだろう。

 穏やかな日常と言うには目まぐるしい時間だった。でも僕には温かくて優しい時間だった。僕が側に望んだ少女は当たり前のように日々にいる。

 毎日その瞳に僕を映し、彼女だけの僕の愛称を口にする。どこかへ行ってしまいそうだと感じていた頃が嘘のようだ。彼女はいつの間にか、その場所を自分のものとしているように振る舞う。

 その彼女の側で、シンクが生を繋いでくれている事実も嬉しい。教団も、預言も、導師も。この場所で視界に入る全てが彼は嫌いだろうに、それでも彼はこの場所を選ぶ。ここに、彼を選んだアリアがいるから。

 正直に言えば迷うことはある。あの時アリアへ手を伸ばしたことが正しい選択だったのか分からない。彼女は旅を好み、自由が似合う。彼女の望みを僕の我儘が妨げてしまっているのではないか。そう思うことがある。

 でも……僕は幸せだったから。

 最期に見るには、過ぎた夢だった。










*****










 ルークとティアがダアトを訪ねる。

 久方振りに顔を見れば、ルークの表情は明るくはなかった。

「イオンは、もし被験者が生きていたらどうしてると思う?」

「アッシュのことが気になりますか?」

「……気にならない訳ないだろ」

 アッシュはあれ以来、教団へ戻っていない。生家であるファブレ邸にも戻っていないようで、ルークは彼の居場所を奪い続けている心地なのだろう。

 もし、被験者が生きていたなら。

「そうですね。僕は……無論仮定の話になりますが、レプリカという存在を世界に知らせるための活動をしたいですね」

 人間の、被験者の都合で生み出されるレプリカ。役割を求められ、誰かの代わりに作られる不自然な命。でも……僕らの代わりは誰もいない。

 きっと被験者も同じだ。被験者の代わりだって本当は誰もいない。だから、代わりでないレプリカの「生」を……世界に知って欲しい。

 ……それを現実にする時間は、きっと残されてはいないけれど。

「導師イオン。プラネットストームの活性化に関する報告書を、お届けに上がりました」

 ティアからの報告書をアリアと共に読む。活性化の原因は第七音素の大量消費のようで、消費される原因は不明。プラネットストームの活性化……ヴァンの計画の一つだった。

「シンクはどう思う?」

「……地核にはローレライがいた筈だ。第七音素の大量消費と関係があるかもしれない」

「ローレライに何かあったって言うのか?」

「憶測だよ。それと、どっかにレプリカ大地が増えてないか調べた方がいいかもね」

 すぐに神託の盾を動かす、とシンクが退室する。アニスが詠師会の会合時間だと教えてくれて、僕は時間を惜しみながらもルーク達を玄関口まで見送りに出た。

 そこでまたしても懐かしい顔を見る。

「マルクト貴族院を代表して参りました。お耳に入れたいことがあるのですが、正式な手続きを踏んだ方がよろしいですか」

「時間もないことですし、この場で結構です。第一、そのために僕の友人である貴方が遣わされたのでしょう?」

「ご明察です。ご報告は二点あります」

 そう前置きをしてガイは口を開く。

 一つ目は、ディストがグランコクマの収容所から脱獄したということ。二つ目は、そのディストがモースを査問会へ護送する船を強襲したということ。モースの遺体は上がっていない。

「ディストがモースを助け出したってことかしら」

「そうなるな。とにかく、以上の経緯を踏まえ、くれぐれもご注意下さるようにとのことです」

「今更出て来たって教団に居場所なんてないのになぁ……余計なことされそう」

 隣で聞くからに嫌そうな声を出すアリアの素直さに、うっかり頬を緩めてしまいそうになりながら考える。

 ディストによってモースが助け出されたなら、必ず動きがある筈だ。ヴァンの計画が続いているかもしれない状況と、関係はある……のだろう。

 話がアッシュへの言及となり、その流れでルークがセントビナーへ行くと宣言する。意外だったのはアニスが同行を願い出たことだ。彼女が僕の側を離れることは珍しい。

 そう思って……思い至る。モースが自由の身になったなら、アニスは……

「テセ?」

「あ……いえ。なんでもないです」

 ルーク達と別れ、教会内をアリアと戻りながら名を呼ばれる。それに頭を振って誤魔化すと、僕は彼女に問いを返した。

「本当はついて行きたかったのではありませんか?」

「ううん。気にはなるけどここで待つよ。今は導師の補佐役だしね」

 アリアの表情は明るい。気休めを言っている訳ではなく、本当にそうしたいと思ってくれているのだろう。でも……僕の胸には暗雲が立ち込めてしまう。

 僕は身勝手に彼女を側へ望んだ。この命が長くはないと知りながら、自由な彼女を側へ縛った。彼女やシンクの帰る場所が出来ればいいと思ったのも本当だ。でも、

(二人の「今」を……そして「未来」を。この場所に縛り付けてしまったのは……正しかったのだろうか)

 二人にはもっと別の未来があったのではないか。

 そう思ってしまうことを……どうか、許して欲しい。










*****










 その時は、あまりに自然に訪れた。

 いつか終わる命。目的のために、役割のために作られたもの。僕はそれを、随分自分のために使ってこられたと思う。レプリカにしては恵まれた時間だった。

 僕に……「僕」を望んでくれる人にも会えた。

(そんな顔をしないで)

 モースに連れられてザレッホ火山にいる。僕は第七譜石の前に立たされ、アニスは彼女を捕えている。自由を奪われた彼女は……僕に「詠まないで」と願った。僕に、死んで欲しくないと。

(ごめんなさい、アリア)

 預言を詠んでも詠まなくても、僕は長くない。この命は必要なところで使うと決めていた。それが僕の側にずっといてくれたアニスのためになるなら……障気に冒されたティアの救いになるならば、迷いはない。

 僕は身勝手で……貴女も、もっと身勝手でいい。

 手を翳す。息を吸う。第七音素が反応して、僕と譜石が淡く輝く。それを詠み上げる度に体の力が失われた。立っているのも辛くて、息をすることも苦しくて。でも僕は倒れない。ルーク達が……ティアが、この場にいなくては意味がないから。

 貴女は今どんな顔をしているだろう。

 僕はどんな顔をさせてしまっているだろう。

 分からない。

 泣いてくれるだろうか。

 哀しんでくれるだろうか。

 僕の死は、貴女にとって意味があるだろうか。

(……意味があって欲しい)

 死を理解することは、生を理解することだ。

 貴女が僕の死に胸を痛めるということは。

 貴女が僕の生を理解してくれるということ。

 貴女にとって僕の生が意味のあるものなら嬉しい。

 重ねた時間が、意味のあるものであって欲しい。

(どうか、泣かないで)

 笑っていて。

 貴女は僕の陽だまりだから。

 温かくて、優しくて。

 穏やかな「居場所」だったから。

 貴女が僕の手を取ってくれたことが。

 僕の生の、最大の幸福だった。

(いつだって、幸せでいて欲しい)

 僕に幾度と渡した優しさのように。

 僕が覚えた陽だまりのように。

 貴女もまた……愛されていて欲しい。

(……ああ。そうか)

 倒れて、ルークの腕の中で霞んだ視界を動かす。

 手を伸ばす。今更になって知ってしまった。

 僕が貴女に抱いた感情の正体を。

 悔しいな。

 貴女に伝えたいのに、体はもう自由に動かなくて。

 言葉も、満足には紡げなくて。

 伸ばした手も、届かなくなってしまって。

 嫌だ、と思う。

 もっと時間が欲しかった。

 貴女の側にいたかった。

 貴女の未来を、見たかった。

 僕の隣で、笑っていて欲しかった。

 ……虚弱な体は好きにはなれない。

 でも、これが僕だから。

 僕が、僕として生きた証だから。

 貴女が与えてくれた名に。

 僕は、相応しかっただろうか。

「アリア……」

 彼女の名を呼ぶ。

 最期に、この言葉だけ届いて欲しい。

 僕が僕でいられたのは貴女がいてくれたから。

 貴女が春を告げてくれたから。

 僕は陽だまりにいられた。

 貴女は春を告げる花で。

 僕だけの祈りだ。

 貴女は…………僕の、愛しい……






 ───それはとても、幸せな夢だった。
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