短編:sideテセレマ
アリアは誰にでもは手を差し伸べない。
優しく甘いけれど、誰を助けるかは選んでいる。
そのアリアが地核からシンクを連れ帰った。
シンクも、アリアの手は掴み返した。
それがどういうことか、考えなくても分かる。
───彼らは、互いを選んでいる。
*****
ジェイドの指示でグランコクマに辿り着く。アリアは王立音素研究所へ運び込まれた。僕らは宿でジェイドの帰りを待つ間に、シンクに事態の確認をする。
「……シルフを喚んだんだよ」
不承不承というように彼が答えたのは、あまりに現実離れした話だった。意識集合体を喚び出すなんて聞いたことがない。でも彼が嘘を言っているとも思えない。僕の脳裏を、彼女の預言が過る。
「『其は盟約の血脈に生まれし希望の祈りなり』……盟約とは、ユリアとローレライの契約を指す言葉ではないでしょうか」
それはつまり、アリアもユリアの縁者であるということだ。ユリアの血縁の子孫……そういった可能性がある。
ユリアがローレライと契約が出来たように、アリアもまた意識集合体と契約をする素質を持っているのかもしれない。だからこそ……フォンスロットを介さずに音素を操ることが出来ていたなら。
そうして話しているとジェイドが宿へ現れた。口々にアリアの無事を確認するが、ジェイドの表情は晴れない。薬で意識を奪っているとまで答えた。その理由を、ジェイドは語らない。
その表情が僕に不安を抱かせた。ジェイドが秘するアリアの真実……僕の知らないアリア。知らなくてもいいことがある、と何度も自身が口にしたことを覚えている。
(それでも……知りたい)
知らないままでは、彼女の力になれないから。
───街の方から爆発音が届く。慌てて見れば研究施設の方から大きな煙が上っていた。確認するや否や、誰より早くシンクが宿を飛び出す。
「お、おい!」
ルーク達も後を追いかける。僕も駆け出そうとし、すぐに踏み留まった。僕の体力のなさでは足を引っ張ってしまう。今は皆を───弾かれるように飛び出した彼を、信じよう。
僕を護るためにアニスも宿に残り、皆の帰りを待つ。意外なことに彼らはあまり時間をかけずに戻ってきた。見知らぬ人物を連れて。
その人物はアリアの師を名乗る。それは即ち、彼女の育ての親ということだ。彼はアリアを助けに現れたらしく、施設を破壊したのは急いでいたからだと答える。
そして、思いもしない話を聞かされた。
「アリアに使われてんのは第一から第七までの音素だ」
それが具体的にどういう意味なのか、きっとジェイド以外には分からない。分かるのは、アリアが暴走の危険のある特異なレプリカだということ。僕やシンク、ルークとも違う。
彼女が命の重さを理解しないのは、彼女の出自によるものと示される。それなら、アリアはずっとあのままなのだろうか。自身の命でさえ天秤に乗せてしまえる……そのままで。
「話は終わった? なら、さっさと術を戻してよ」
「お。なんだ小僧。アリアが心配か?」
「気持ちの悪いことを言わないでくれる? ボクはあの女に聞きたいことがあるんだ。それを聞き出すまで死なれちゃ困るだけだよ」
シンクの態度は変わらない。アリアが何者であっても彼は構わないのだろう。……アリアと彼の間に何があったのか、気になってしまう。
胸がじくりと痛む。僕の知らない、アリアとシンクが重ねてきた時間を思う。その結果にアリアはシンクへ手を伸ばした。命の危険を冒してまで。
(アリアにとって……シンクは……)
アリアの師は彼女にかけられていた術式を戻す。それによってアリアは元の状態に戻るらしい。心配は要らない───それが分かったからか、シンクが宿を抜け出すのに気付いた。僕はその背を追う。
グランコクマの片隅で、彼は何かに迷うように立ち尽くしていた。
「シンク」
「……話すことなんてないよ。お前に引き留められてやる理由もない」
「貴方に無くとも、僕にはあります」
シンクと話をしたいと思った。気付くのが遅すぎて、その機会が永遠に失われたと思った。でも……アリアが「今」へ繋いでくれた。だから僕は話をする。これ以上取り零してしまわないように。
「シンク。貴方が地核へ落ちた時、僕は生まれて初めて涙を流しました。都合のいい人形でしかないと思っていた僕に……貴方に対する感情があったんです」
「仲間意識ってやつ? 気持ち悪い」
「分かりません。ただ、貴方の死が、僕はとても哀しかった……とんでもない思い違いをしていたんです。代わりなんていなかった。僕はイオンの代わりだけど、僕の代わりは誰もいない。貴方の代わりも」
改めてアリアが伝えてくれたことが胸にある。時間を重ねて「今」ここにいるイオンは僕だと言ってくれた。アリアに「テセレマ」の名をもらったイオンも僕しかいない。僕は……僕だけだ。
「……どいつもこいつも、うるさいんだよ。なんでボクに構うのさ」
「それは、貴方がシンクだからですよ」
「──────」
「アリアは、きっと全部分かっていたんです。分かった上で、僕は僕なのだと教えてくれていた。『導師イオン』ではなく、僕を友人と言ってくれた」
貴方もそうなのではないですか、と。問う。アリアと彼の間にどんなやり取りがあったかは分からない。でもきっと、手を伸ばしたなら彼に近しいことを伝えたのではないかと思う。地核で聞いた彼の言葉は……きっとアリアには聞き流せなかっただろうから。
「……前に、あの女に訊かれたよ。代用品になりたかったかって。ボクは答えられなかった」
「今は……答えられそうですか?」
「───どっかの馬鹿のお陰でね。人の話も聞かないでしつこいんだよ。終いには地核まで飛び込んで来てさぁ」
お人好しも大概にして欲しい───そうシンクは溢すけれど、僕はその言葉を柔らかく否定した。アリアの優しさの理由は「お人好し」ではない。
「優しくて甘いだけです。彼女の中には基準がある。取捨選択がされ、優先順位がある。誰彼構わず助けているわけではなく……僕や貴方だから、彼女は手を差し伸べてくれたんです」
「……それをお人好しって言ってんの」
「ふふ。そうですね」
頑なな物言いに笑ってしまう。どうあっても、自身が手を伸ばされた理由をアリアに押し付けたいらしい。自分が理由で手を伸ばされたなんて認めない……認めることが、怖いのだろう。漠然とそう思う。
胸に、寂しさが過った。
僕は近い将来消えてしまう。その時、アリアの側にいるのは目の前の彼だろう。アリアが一人きりになってしまわなくてよかったという気持ちと、彼女の隣にいるのは僕ではないのだという感情。いなくなるのは僕の方なのに……本当に、身勝手だ。
この先、シンクの存在がアリアにどんな影響をもたらすかは分からない。けれど無意味ではない筈だ。彼女は背負わなくていい責まで背負ってしまう優しい人だから……自分から背負った責は、簡単には手離さない。
彼らの選択が、彼らの未来を祝福するものならいいと思う。
*****
数日後、アリアが目覚め事の次第を話す。彼女自身、自分が危険なレプリカであるという自覚はなかったようだ。旅に同行しない方がいいかと聞かれるが、ルーク達は「今まで通りでいい」と答えた。
ティアも障気に冒されながら降下作業を続けると伝え、アリアの師も旅立っていった。旅は再開される。姿が見えなくなったシンクのことだけが気掛かりだったが、探すことも出来なかった。
しかし翌日、思わぬことにアリアの休んでいた部屋で彼の姿を見付けることになる。
「ゴメン。なんか拾っちゃった」
「拾っちゃったってあんたな……」
「危険だわ。彼は兄の腹心よ。信用できない」
「別にアンタ達に信用してもらうつもりもないよ。馴れ合う気もない。ボクはそこの考えなしについて行くだけさ」
考えなし、としてアリアが示される。命を救われた恩……などではある筈がない。きっと、その理由を感覚的にでも理解しているのは僕だけだろう。僕らがアリアを選ぶ理由は単純だ。
(アリアが、僕らに「僕ら」であることを望んでくれるから)
一度手を取ってしまえば手離すことなんて出来ない。シンクの裏切りを疑う必要なんてない。……僕らがアリアを疑う必要も。
シンクの同行に賛同し、状況は丸く収まる。彼はアリア以外には協力的とは言えなかったけれど、アリアが問えばきちんと答えた。「どうせヴァンの計画には支障はない」と言って様々な知識を共有してくれる。
外殻大地の降下作業を続ける。そこに生きる人々を死なせないために、ティアの命を削りながら。
メジオラ高原のセフィロトを出れば「め組」のアストンと再開し、そのままスピノザを追うことになる。ベルケンドで追い詰めた彼は、自身の罪と向き合いたいと後悔を示した。
信じたい、と僕は思う。人は変わることが出来ると知ったから。ルークが、僕が、変わることを望んで今があるから。その機会は……万人に与えられるべきだ。
「みーんな簡単に信じちゃうんだから」
「アニス、ご機嫌斜め?」
「そういうんじゃないけど……皆甘すぎだよ。裏切り者なのに」
アニスの言葉は、彼女自身へ向いたものだ。他の誰もが知らなくとも、僕だけが知っている。今の僕は再びルーク達と旅をしている。そうなれば、きっとアニスはモースへの報告を続けているだろう。彼女は自身の行いを「裏切り」だと思っている。
彼女は、きっと自身を許さないのだろう。
(アニスのために何が出来るだろう)
考えてみるけれど、すぐには答えは出せそうになかった。
*****
ザレッホ火山でもセフィロトを訪れ、ロニール雪山へ向かう前に再度ベルケンドへ向かう。そこで改めて障気を隔離する方法を確認し、目処が立った。ロニール雪山では待ち伏せも考えられるからと、宿に泊まって休息を得ることになる。
「アリアはなんで地核に飛び込んでまで、シンクを助けたの? 元々仲良しって訳でもないんでしょ?」
改めて疑問を口にしたのはアニスだ。降下作業を優先させていたのと、シンクの目の前では聞き難いところがあって、あまり二人の話には踏み込めていない。
「うーん、ヴァン謡将に捕まってる間に話す機会が多かったのも無関係じゃないけど……腹が立ったから」
「腹が立ったって……何に?」
「レプリカを理由に自分を使い捨てること。それって、認めたらルークやテセも同じになっちゃう気がして」
「……それだけ? それだけが理由で地核に飛び込んじゃったの?」
信じられない、とアニスの表情が示している。でも僕は不思議がない。アリアはそういう人だと知っている。きっと地核に落ちたのが僕であっても……彼女は飛び込んでくれただろう。
「ボク自身も自由だし、ルークやテセも、シンクもそうだよ。レプリカだからって消耗品なんかじゃない」
アリアの眼に躊躇いはない。迷いなくそう思っていることが伝わる。信じられる。嘘だと思うかと問われて僕が信じたものは、今も変わっていない。
(そんな貴女だから、僕は……)
そうして翌日、ティアとアリア、シンクの姿がなくて僕達は探すことになる。手掛かりを追ってワイヨン鏡窟を訪れ、ヴァンと言葉を交わす。互いの立場は変わらないままシェリダンに戻れば、ティアは「説得する最後のチャンスだと思った」と話す。
「……でも、それももうおしまい。いつも思っていたわ。兄さんがこんな馬鹿げたことをやめてくれないかって。でも……もう私と兄さんは進むべき道を違えてしまったのよ」
彼女の瞳に在る感情を、全て言葉にすることは出来ないだろう。眼を伏せ、寂しそうに微笑む。諦めというにも異なるもので、ただ何かを惜しみながら手離す様に、僕には見える。
僕は何も言えない。肉親と戦う苦しみを、レプリカとして生を受けた僕ではきっと分かれないから。でもきっと失う痛みは分かると思う。地核で流した涙は、きっと似た涙であったと思うから。
どうかその痛みが、ティアを引き裂くことにならなければいいと願う。
アリアとシンクが抜け出した理由を問えば、「ローレライの御子」という新たな言葉を聞くことになる。ローレライを消し去るための一時的な器───それにアリアが選ばれた。
「人の身に意識集合体を宿すなんて、そんなことが可能ですの?」
「不可能です。一時的に実現したとしても、膨大な音素量に体の方が保たない」
「だから一時的な器ってことか。アリアがどうなっても構わないんだな」
「ヴァンにとってレプリカは道具だからね。使い捨てる前提に決まってる」
だからシンクはヴァンと袂を分かった。彼はアリアの手を取ったから───彼女を選んだから、失えない。僕には何より分かりやすい話だった。
*****
ロニール雪山で僕が雪に足を取られれば、アリアは僕を庇って雪に倒れた。他の誰が転ぼうと構わなかったのに、僕のことになると見過ごさない。それが僕には嬉しかった。
そしてそのアリアをシンクが助け起こす。その様を眺めながら安堵する。シンクは自然にアリアへ手を差し伸べるし、アリアもまた彼の手を取ることを迷わない。二人なら……きっと大丈夫だ。
そして奥地に向かえば六神将による待ち伏せに遭う。
「イオン様……邪魔をしないで」
「アリエッタ……僕は……」
「イオン様! アリエッタなんかにお話しすることないんです!」
アニスの言葉に口を噤む。知らなくてもいいことがある───そう、デオ峠で言ったのは僕なのに。真実を伝えることで僕が楽になりたいだけだった。
「い……イオン、様……?」
「───滑稽だね。レプリカってのはこういうことだ」
シンクが仮面を外して見せる。そうしてアリエッタの心を傷付けて、現実を直視させようとする。単なる悪意なんかではない。少なくとも僕はそう感じた。
「……彼は導師のレプリカです」
僕に言えたのはそんな言葉だけ。事実でありながら誤魔化しのある言葉……優しさだなんて思わない。
本格的に戦闘行為が行われ、僕は少し離れて様子を見守る。人数比もあるだろう、状況はこちらに有利だった。そして決着が着くその時───雪崩の音が僕らに迫る。
「───限定解除!」
アリアが唱え、雪崩にも耐えられる程の強度を持った障壁が、瞬く間に用意される。普通であれば考えられない。響律符によって音素が正しく循環している時の状態が、本来のアリアの状態だ。本当に彼女は……劣化していないのだと実感する。
雪崩を耐えきり、障壁が解かれる。揺らいだアリアを支えたのはシンクだった。雪崩が押し寄せる中、僕を庇ったのはアニスで……アリアを庇おうとしたのはシンクだったから。
瞬間的な無茶をしたため、アリアの顔色は悪い。僕が駆け寄って叱れば、彼女は笑って誤魔化した。きっと反省も後悔もしていないと伝わる。
リグレット達の姿はない。雪崩に飲み込まれ谷底に落ちたらしい。……敵対関係にあったとはいえ、胸が小さく痛んだ。
「では、ここを解放しますね。……大丈夫。任せて下さい。ここで最後ですから」
セフィロトの封印を解く。途端に体から力が抜け、視界が揺れて立ってはいられない。短期間に導師の力を使い続けた分の負担が重なっているようだった。
(僕は……いつまで生きられるのだろう)
漠然と思う。
後悔はない。僕は「僕」がしたいことを選んできた。ルーク達の力になりたいと望んで行動した。僕の力が彼らの役に立つなら構わない……嬉しかった。アリアが与えてくれた名に、相応しく在りたいから。ただ……アリアの側に長くいられないことだけが、残念だ。
内部へ入り、パッセージリングを操作する。今までと同じように作業を終えた筈だった。直後、激しい揺れが空間を震わす。
「アブソーブゲートのセフィロトから記憶粒子が逆流しています。連結した全セフィロトの力を利用して、地核を活性化させているんです!」
ヴァンが仕掛けた罠のようだった。こちらの行動を読み、逆手に取る。結果的に僕達は外殻大地の崩落に手を貸す形になってしまう。
一刻も早くアブソーブゲートへ行き、ヴァンを倒してリングを操作する必要がある。その現実に、しかし否を唱えたのはアニスだ。僕とアリアを休めるために時間を確保すべきだと進言してくれる。
「……すみません」
「面目ない」
揃って謝罪をすれば、ガイとルークは「気にしなくていい」と示してくれる。そうして余裕を示せるようになったのは、ルークの成長の一つかもしれない。
雪山を下山すれば、そちらを振り返ってティアがそっと呟く。
「……分からないわ。教官も皆も、どうして兄さんの馬鹿な理想を信じるの」
「……そうしなきゃ生きられないからだよ」
意外なことに、応えたのはシンクだった。彼は何を思ったのか、六神将だった身としてティアに答えを口にする。
「六神将はどいつもこいつも真っ当に生きる道なんか失ってるのさ。預言を憎んで、世界を呪って……そうやって影に身を置き続けなきゃ、存在すら出来ないんだ」
吐き捨てるような言葉に胸が痛んだ。その六神将の内の一人がシンクで、彼が生きる道を奪ったのは僕だ。僕が「導師イオン」に選ばれたから、彼は廃棄された。僕は彼の存在すら知らず、何もすることが出来ていない。彼に……何かをしたいと思う。
そのための時間はまだ残されているだろうか。
僕が彼に何かを残せる時間は……まだ。
*****
ケテルブルクで宿を取り、一晩休むことになる。アルビオールの浮力機関が寒さで凍り付いたのもあって、すぐには動けなくなっていた。ネフリー知事の協力もあって明日には動くようで、今晩だけはゆっくりすることになる。
知事邸にお邪魔して大人しく休んでいると、アリアが僕を訪ねて来た。彼女はいつもと変わらない調子で、ロニール雪山で死んだと思われるアリエッタの話をする。
「本当のことを伝えられなかったのが辛い?」
「……ええ。ですが、僕はそうすることで僕が楽になりたかったんです。彼女を騙し続けることが、苦しかった。知らなくていいこともあると、ジェイドに言ったのは僕だったのに」
「ボクは、ボクの本当を知れてよかった。後悔してない。……アリエッタにとっての『よかった』は、どっちにあったんだろうね」
「分かりません。ただ、彼女が導師イオンの死を受け止め、乗り越えられたかと言えば……そうではないと感じます。だから、『よかった』んです。きっと、これで」
「……そう」
僕の言葉にアリアは静かに頷いた。肯定も否定もなく、ただ僕の想いを尊重してくれる。僕が僕として思い考えることに意味がある……その言葉を嘘にしないでくれる。
それを改めて感じて、僕はその結論を伝える勇気を得る。アリアについて僕は知らないことが多くあった。でも、彼女自身は変わらない。僕が見てきた彼女が幻となって消えてしまう訳ではない。僕に春を告げた存在は……今も、陽だまりのように温かい。
「ずっと、貴女に言われたことを考えていたんです」
「ボクに言われたこと?」
「貴女をダアトへ連れて行くことです」
「あ……」
不意打ちだったと彼女の表情が教えてくれる。今、僕がその話を持ち出すと思っていなかったのだろう。彼女は戸惑いと気まずさを混ぜた顔で口ごもった。
「あれは……」
「いいんです。貴女は僕のことを考え、心配してくれていたんですよね。貴女は、貴女の中にあるものに気付いていた」
アリアは僕達とは成り立ちが異なる。師が施した術式がなければ、本来「化け物」と呼ばれる存在だったらしい。破壊衝動に呑まれ、倫理観も道徳観もない……無作為に生命を奪う存在。
ジェイドの話では作成時に最低限の刷り込みがされていたことや、長く術式を維持してきたことで理性が育ったのではないかということだった。アリアが時折見せる攻撃性や、人の死を理解しない特徴はそれらに起因する。
きっと、アリア本人が自覚していた。だから彼女は「相応しくない」と言う。僕が思うような人間ではないと告げてしまう。自分自身を信じられない。でも、
「……知って尚、気持ちは変わりませんでしたよ」
伝えることを迷わない。アリアが自分を信じられなくても……僕はアリアを信じているから。
「貴女は僕を心配してくれていた。いつも気に掛けて、動いてくれていた。例えそこに仕事としての関わりがあったとしても、僕達とは違う思いがあったとしても……貴女の中に僕達を想う心があることは、事実です」
あの時の言葉を返したい。
「貴女は無責任な人間なんかじゃない。無責任な人は……僕に『テセレマ』なんて祈りを捧げはしないでしょう」
誰かに祝福を与えることは無責任には行えない。アリアはずっと、僕の側に居続けてくれた。
「貴女は貴女が思うような人ではありません。少なくとも僕にはとても優しく、温かく映る」
幾度と渡された優しさ。触れた手は温かかった。
「もう一度よく考えました。僕は貴女を連れて行きたい───僕の側に、いてくれませんか」
それが正しい選択かは分からない。いつまでこの世界に留まれるかも分からない身だ。彼女はシンクを選んで、シンクも彼女を選んでる。僕なんて必要ないかもしれない。それでも。
(僕は貴女を連れていきたい)
僕が側にいて欲しいから。
貴女の居場所になりたいから。
貴女とシンクの帰る場所を遺したいから。
僕なんかでは力が足りないかもしれないけれど。
消える前に……最期に、幸せな時間を。
アリアは───僕の側を、選んでくれた。