短編:sideテセレマ


 僕の始まりに、僕はなかった。

 名も、立場も、言葉や表情の全てが与えられたものであり、他人から譲り受けたものだった。姿形もこの声も、代用品という役割と命さえも与えられたもの。

 被験者という存在が僕に許したからこの手へ渡ったもので、その許しがなかったなら僕はそれすら持たなかった。

「導師イオン」

 誰かが呼ぶ。

 僕の与えられた名前。僕の被験者の名前。

 導師という立場と、その代用品という役割。

 この口から出ていく言葉は「導師」のもの。

 この顔が浮かべる表情も「導師」のもの。

 身を包む衣服も、眠る部屋も。

 全てが「導師」のものだった。

「僕は導師イオン」

 一人、ぽつりと音にする。

 借り物の存在。被験者の死を隠すための人形。子供時代もなく、急に生じた作り物の命。どこまでも不自然で僕だけが違う。僕だけが偽物で、僕だけが僕でない。

 それでも与えられた名と立場……「導師イオン」が僕だから。それだけが僕の存在で、許された持ち物だったから。僕は行動を起こすことを決めた。

「僕が導師イオン」

 人々は僕に導きを求める。

 預言による安寧を祈り、戦争という不安の中で笑う。

 一方の国は戦争を終わらせたいと使者を送り、教団に助力を願った。送り込まれたのは皇帝の懐刀とも呼ばれる人物で、それが皇帝の偽りない希望であることは窺える。

 その願いに応えられるのは、平和の象徴である「導師イオン」だけだ。そして「導師イオン」であるならば、その希望を拾い上げるべきだとも思った。捧げられた祈りを導くことこそが、「導師」に求められる役割だ。

 だから僕は、僕を操るその手から抜け出した。










*****










 マルクト皇帝からの和平の親書を、キムラスカ国王の手へ渡すための旅だった。同行者は歳の近い守護役とマルクトからの使者である大佐殿だ。そして陸艦タルタロスと大佐殿……ジェイドの部下であるマルクト兵達だ。

 生まれて二年程しか経っていない僕にとって、守護役であるアニスは心強い存在だった。僕が偽物であることを知らないまま、「導師イオン」として純粋に敬ってくれる一番身近な人物。だからこの旅への同行はアニスに頼んだ。彼女なら、きっと「導師イオン」のすべきことを理解してくれる。

 首都グランコクマから和平の親書が届くのを待つため、途中にあるエンゲーブに立ち寄った。そこでチーグルが村の食料庫を荒らしている事実が判明する。

 チーグルは魔物の中でも賢く大人しい、教団の象徴の一つともされる聖獣だ。人に害を為すような種族ではないし、何かあるのではないかと思えば「導師」としても気にかかる。

 ───思えば、彼女を初めて見たのはこの時だった。

 と言っても初めは、開いたままになっていた扉の脇から中を覗く背中を見たに過ぎない。顔を見たわけでも声を聞いたわけでもなく、騒ぎを聞きつけてやってきた村の人間だろうかと思った程度だ。

 自分やアニスと同じ年頃の少女が、扉の脇からひょっこりと野次馬をしている……その程度の認識を一瞬持った。特に関心が向くこともなく、僕は事態の収拾に協力する。騒ぎが落ち着けば彼女の姿もなく、僕がそれに何かを思うこともない。

 初めはそれだけだった。出会ったなんて言葉にすることも出来ない、本当にそれだけの縁。そのすれ違いの縁がすれ違いだけで済まなくなったのは、翌日のことだった。

(聖獣チーグルが盗難事件を起こすなど……どうしても答えを知りたい)

 チーグルを可愛らしく思う気持ちも、何かあるならば力になりたい気持ちもあった。だが初めて自分の意志でダアトを離れたことで、外の世界に少し浮き足立ってしまったところもあると思う。

 話せば反対されると分かっていて、僕は自身の守護役にも自身に和平の使者を願ったジェイドにも告げず、一人で北の森へと向かった。

(導師として、何かがしたい)

 だがこの体は虚弱なレプリカで、僕は森の入り口で倒れてしまう。それまでにも何度か道で魔物を退けていた。

 力ばかりあっても体が耐えられないのでは意味がない。虚弱な体を好きになることはなかった。

 それでもこれが僕の体だ。作られた歪な欠陥品だとしても、僕の意志を宿して動くのはこの体だけ。与えられた僕の一つだ。僕が「導師イオン」であるように。

「おい、大丈夫か!」

「診せて」

 誰だろうか。暗くなった世界に声が聞こえる。

 体を支えられたまま目蓋を上げれば、三人の人影が見えた。眩暈を覚える視界の中で、昨日騒ぎの中にあった二人の人物を把握する。それと同時に僕の眼は残る一人へと向けられた。

 ───空を映した水面のような瞳。

「貴方は……医者ですか?」

「……違うよ。ちょっと診れるだけ。それより、今のはダアト式譜術?」

「はい……」

「上手く言えないけど、あんまり使わない方がいいよ。体への負担が大きすぎる」

 謝罪を口にしながら起き上がる。彼女の言葉は正しい。作り物のこの体は導師の力を頻繁に使えるようには出来ていない。体への負担は大きかった。

「貴方がたは、確か昨日エンゲーブにいらした……」

 三人から自己紹介を受け、それからすぐにチーグルを追って動くことになる。チーグルを追いながら改めて思考した。「ちょっと診れるだけ」───何を?

 旅の何でも屋を名乗った少女は正しい助言を僕にした。まるで僕の体にどんな変化が起きたか分かっているように。……有り得ない。

(僕の状態は、体内音素を確認しなければ貧血程度にしか見えない筈……でも、彼女の側に音機関はなかった)

 科学的な助けもなく体内音素を見る方法はない。それなのに彼女は、ただ僕に触れただけで体内音素の状態を確認して見せたのだろうか。それは特異な能力だ。そして、もしそれが事実ならば。

(彼女は……僕の体の秘密に気付いた筈だ)

 作り物の体。第七音素だけで構成された歪な肉体。世界中のどの生命とも異なる「突然生じた生命」───不自然な命。その筈なのに。

 ちらり、と亜麻色の髪を揺らす少女を盗み見る。彼女はなんでもないかのように、平然と振る舞っていた。僕に何かを尋ねることも、周囲にその話をすることもない。

(……どうして)

 それがレプリカの特徴と知らずとも、気味が悪いと遠ざけるには足りる特徴だとは思う。誰だって常識に収まらない異常は排斥したく感じるものだ。

 そう思うのに側を歩く少女の様子に変化はない。まるで僕がここにいることを「自然」の一つに数えているように、平然と無視をする。

 どうして、と。僕は問うことも出来ず、一人繰り返すことしか出来なかった。










*****










 最初に僕の同行を許したのはルークだった。そしてすぐに少女───アリアも賛同する。僕を連れていくべきでないというティアの意見の方がきっと正しい。でも、ルークもアリアも僕の意志を尊重してくれる。それが少し、嬉しい。

 チーグルの住み処を訪れ、事の次第を知る。ライガの女王を説得したいと言えば、アリアは許可できないと首を横に振った。だがすぐにルーク達に協力を願い、僕の願いを叶えようとしてくれる。

 優しい人、だと思った。僕の我儘を既に二回聞いてくれている。僕が何かをしたいと伝えると、それにリスクが伴うと分かりながらも叶えようとしてくれる。どうして彼女はそのようにするのだろう。まるで、それが当たり前だとでも言うように。

「ボク達を殺して孵化した仔供の餌にでもするつもりみたいだね」

「来るわ……導師イオン、ミュウと一緒におさがり下さい」

 虚弱な体では戦えない。僕は指示に従って後方へ下がり戦いを見守る。交渉は決裂し、彼らに危険な戦いを押し付けることしか出来ない。……僕では解決できない。

 状況は比較的こちらに有利に働いていた。その一番の要因はアリアだと言っていいだろう。彼女の身のこなしは戦い慣れたもので、何より戦い方が特異だ。武器の代わりに音素を操っている。不思議な光景だと思いながら、的確にルークの動きを助ける彼女の動きを目で追った。

「───ダメ! 下がって!」

 何かを感じ取ったのか、アリアが不意に声を大きくする。ルークもティアもその指示に従った。そしてアリアは、

(……え?)

 瞬きの間。彼女はこちらへ駆けてくる。敵に無防備に背を向けて、ティアのように障壁を張ることも後に回して。

「アリア───」

「───音素!」

 僕の前へ滑り込み、彼女は瞬時に障壁を張る。それが間に合ったか、否か。直後、空間を埋める程の放電が、視界の全てを焼いた。

「!」

 僕に怪我はない。アリアが庇ってくれたから。それなら───彼女は?

 慌てて晴れた視界の中で彼女を探す。目の前に倒れる姿をすぐに見付けて駆け寄った。雷撃に焼かれて負傷している……軽傷とは、言えない。

(どうして)

 何故、あの場面で彼女は僕を庇ったのか。状況を見れば正しくなかった。攻撃の軸になっていたのはアリアだ。アリアを欠けばバランスが崩れてしまう。それなのに彼女は危険へ身を晒すことを恐れなかった。

「───僕が、導師だからですか?」

 その問いに。

「違うよ。君が導師じゃなくても庇ってた」

「……どうして」

「護るって決めたから」

 返った答えはシンプルだった。僕の同行を許したのはアリア。チーグルの森へも、ライガの巣へも。だから護る理由がある……それだけが理由。僕が、導師でなくても。

「じゃあ。今だけ、臨時の守護役ってことで」

「臨時の……?」

「そ。本職の人は今ここに居ないし、守護役だったら君を庇うのも自然でしょ。そういうことにしておいて」

 尚も分かることが出来ない僕へ、アリアが渡してくれた言い訳。それに改めて「優しい人だ」と思う。僕が責任を負わないように、僕が納得できないことにも譲歩して。そうやって「誰も悪くない」と伝えてくれる。

 その優しさが、胸に馴染んだ。










*****










 ジェイドの指示で三人がタルタロスへと連行される。

 それに手荒なことにならなければいいという心配と、マルクト軍人として正しい判断をしているという納得が混ざった。

 キムラスカ側で生じた巨大な第七音素の力が、タタル渓谷付近で集束した話は聞いていた。彼らに帝国への害意があるにせよ、ないにせよ。放置しておくことは出来ない。

 ……アリアはどうなるのだろうか。彼女は旅の何でも屋で、二人に辻馬車への相乗りを許しただけだと聞いている。それならきっと第七音素の集束とは関係のない話だ。

 だがこの状況になってジェイドが彼女を見逃すとは思えない。それなら……

「ジェイド。お願いがあるんです。アリアに、旅の同行を依頼してもらえませんか」

 彼女に少しでも選択権があるように。彼女に少しでも自由があるように。彼女に少しでも……報いれるように。僕は自らそれを願った。

 そしてすぐに、自身の選択を後悔する。

 魔物による急襲。

 現れる六神将。

 親書を守って船窓から落ちるアニス。

 船艦タルタロスは占拠され、多くの兵が殺された。残ったのは僕を利用するための人質として、三人だけ。そこにアリアは含まれていない。

 どうか無事でいて欲しい。旅の何でも屋である彼女に人質としての価値はない。生かされている筈がないなら、どこかで逃れてくれていることを祈るしかない。

(僕が巻き込んでしまった)

 僕がジェイドに願わなければ、彼女はタルタロスから下ろされていたかもしれない。簡単に逃げてくれたかもしれない。でも、チーグルの森で見た彼女からは想像できない。依頼を引き受けた彼女が僕達を見捨てて立ち去っているとは思えない。

 祈る心地でセフィロトから戻る。そして───彼女は無事に合流した。

「ボク疲れちゃったなぁ。ね、セントビナーまではまだあるし、タルタロスからはそこそこ離れたし。ちょっとくらい休ませてよ」

 街道で、体力がない僕を気遣って彼女はジェイドへそうねだる。僕を木陰へ呼ぶと並んで座った。まるで、僕をいつでも護れるように。

 礼を伝え、無事でよかったと伝え、巻き込んでしまったと正直に伝える。彼女は腹を立てていい。僕のせいで死ぬかも知れなかったのだと。でも、実際は。

「チーグルの森での話、覚えてる?」

「……え?」

「ボクは臨時の守護役って話。丁度アニスもいないし、君さえ良ければそう思ってくれないかな」

 彼女は尚も言い訳を手渡す。僕に責を負わせてくれず、「誰も悪くない」と笑ってしまえる。

「責任を感じるなら……寧ろ頼って欲しい。ボクは自分の仕事に誇りを持ってる。だからちゃんと役目を果たさせて。大丈夫。君がバチカルへ辿り着けるよう、最善を尽くすから」

 ───その言葉に、僕は寧ろ安心を覚えられなかった。彼女は優しい。誰も悪くないと笑ってくれる。でも……自分のことを考えに含めていないように思える。目的のために最善を尽くす───その時、彼女自身は無事なのだろうか。そんなことを思ってしまう。










*****










「休憩を言い出したのはボクだからね。ちゃんと働くよ」

 そう言って、彼女は人を焼く。あまりに自然に、当たり前に……ともすれば、楽しむように。

(どうして)

 優しい人だと思った。何度もその優しさを手渡された。偽りだったと思わない。でも彼女は何も変わらず彼女のまま……平気で人を殺してしまえる。

 タルタロスで死んだ多くの兵。和平のために「導師イオン」と親書を狙って百四十名もの命が失われた。その事実の重みを僕は感じていた。

 それだけの命を奪って尚、モースは戦争でより多くの命を失わせようとしている。預言とはそれほど固執しなければならないようなものなのだろうか。

(人命は、尊いものである筈なのに)

 失われたら戻らない。僕の被験者だって僕にこの場所を譲るしかなかったように、死には抗えない。

 人の死を望むなど間違っている。人に代わりなど存在しない。作り直すことなど出来ない。

 代わりがある、僕とは違って。

「どうしたの? 今がチャンスだよ」

 アリアは不思議そうに僕らを振り返る。その瞳に人命を奪うことへの躊躇いはない。……どうして。

 人が人を殺せないのは思想のせいだろうか。命を尊ぶのは自然なことではないのだろうか。特にこの、戦争や魔物によって常に命を脅かされている世界においては。

 彼女の眼に、僕らの命はどう映っているのだろう。

 そして、僕が理解できなかったのは彼女の在り様だけではなかった。平然と、ともすれば楽しそうに人を焼き殺したアリアを見て……僕は恐ろしいと感じることが出来なかった。ただ哀しいと、胸のどこかに穴が開いたように感じる。

(僕は───「導師イオン」なのに)

 尊い筈の人命を奪って笑う彼女の所業を見て。

 憤ることが出来ない自分が、何より分からなかった。










*****










 ティアがルークを庇い負傷した。一晩野営することになり、僕は焚き火の炎をぼんやりと眺める。

 アリアの行いは、この炎と同じだ。この炎は僕に温かさを、安心を与えてくれる。これがあれば凍えることはなく、魔物も不用意には近付かない。

 だがこの炎は本質的に、彼女が人を焼いた炎と同じものだ。同じように皮膚を焼くものであり、命を灰に変えてしまうもの。何も変わらない。

(アリアだって……何も変わらない)

 人を楽しげに焼こうが焼くまいが、その前後で彼女に変化などなかった。僕に優しさを示した顔のまま、場を包んだ戦慄に戸惑いを見せた。何も変わっていない。今だって、優しい彼女のままだ。変わってしまったのは、僕達の方だ。

 所在無さげにジェイドの側に腰を下ろす彼女の姿を見る。僕に幾度と優しさを渡してくれた少女。彼女に僕は……何も出来ていない。

「少し、よろしいですか」

 夜が深まった頃、ジェイドが静かに声を上げる。見ればアリアはその隣で丸くなって眠ってしまっているようで、僕の胸が小さく痛む。彼女以外の眼が、視線を集めようと声を上げた赤の瞳を見る。

「皆さんの心中はお察しします。しかし、私はアリアへの依頼を取り下げるつもりはありません」

「……そりゃどういうことだ。俺はあんた達のことをよく知りはしないし、今までルークを預かってくれてたことにも感謝してる。でも……そいつの同行は認められねぇ。いつ人を殺すとも知れない化け物を連れ歩けってのか」

「化け物って……ガイ! そんな言い方……」

「事実だろ。ルーク、お前は一緒に居たからって情が移っちまったんだよ。人の命を平気で奪う奴の肩を持つなんてやめておけ。俺は……そんな言葉は聞きたくない」

「ガイ……」

 ガイがどんな気持ちでそう口にしたのかは、僕には分からなかった。ただその顔にあるのは憎しみにも近い嫌悪であり、ルークの身を案じる優しさなのだと感じる。

「……それでも俺、アリアのことを化け物みたいには思えねーよ」

「……人を殺したのよ。貴方もそれを見たでしょう」

「でも! でも……それはティアやジェイドも同じだろ。必要だから殺したんだ。お、俺だって……」

 ルークが震える自身の両手を見下ろすのが、炎の明かりの中で見えた。彼の手には、まだ人に剣を振り下ろした時の恐れが残っているのだろう。

 ティアが静かに首を横に振る。

「同じじゃないわ。私も大佐も必要だから命を奪う。生きるために、戦い抜くために……それが軍人だから」

「……アリアは軍人じゃないって言いてぇのか?」

「そうよ。そして私達は人の命を奪う重さを忘れていない。その痛みを背負いながら生き残るの。誰かの未来を、誰かの大切な人を永遠に奪う重さを……忘れてしまったら、私は人ではないわ」

「………………」

 ティアの固い声と表情に、ルークも沈黙する。自身の手を見詰める彼に、今すぐ答えを出すことは難しいのかもしれない。人を殺したくないという優しさを持つからこそ、ティアは彼を庇って倒れたのだから。

(けれど……)

 僕は顔を上げ、声を発することにする。僕の考えが少しでも何か、よい結果に繋がるように期待する。今すぐ答えを出すことは難しい───それが答えだと、僕は思う。

「……アリアに時間を与えることは出来ませんか?」

「導師イオン……」

「彼女が人を殺す姿を見たのは僕も初めてです。その様子が普通だったとは……言えません。ですが、僕は知っています。彼女がここまでの道程で僕らに示してくれた優しさを……確かに、見てきたんです」

「………………」

 少し前と同じく沈黙が場を包んだ。だがそれは「どうして」という重い沈黙とは少し違っていて、「どうしよう」と迷うような静寂に思えた。僕の言葉を吟味するような、小さな希望。

 ぱちぱちと、僕らを温める火の爆ぜる音だけが耳に届く。最初に口を開いたのはジェイドだった。

「先程。アリアに私との契約中、人命を奪うなと命じました」

「だから見過ごせって? どうせ理由なんか理解しなかっただろ」

「ええ。ですが彼女は約束をしましたよ。理由が分からずとも、確かに」

「……そりゃあんたが雇い主だからだろ」

「そうかもしれません。しかし、そうではないかもしれない。イオン様のお言葉をお借りするわけではありませんが……彼女には時間が必要なんです」

 そう囁いたジェイドが何を思ったのかなんて、やはり僕には分からない。分かるのは彼が僕と同じく、アリアに時間を与えたいと思っていること。そしてルークとティアも、僕がアリアを見てきたように彼女を見てきていたということだ。

「……分かりました。私は構いません。アリアの雇い主は大佐ですし、導師イオンの御心にも従います」

「ティア……ありがとう」

 まだ緊張のある顔だけれど、ティアがそう答えを出してくれてホッとする。このままアリアを放り出してしまいたくない。僕に優しさをくれた人を……一人きりにしてしまいたくないと思う。

「俺も……俺もアリアがいていいと思う」

「おいルーク」

「分かってる! 俺自身まだ答えを出せてねぇってのに、こんなことを言うのは順番がちげーのかも知れねぇけど……!」

 でも、とルークは顔を上げた。

「俺、アリアにいて欲しいんだ。人を殺したくねぇ俺と、平気で人を殺せるあいつ……近くで見てれば、何か分かる気がする」

「……お前に何かあったら俺がシュザンヌ様やナタリア姫に顔向け出来ないんだぞ」

「お前に迷惑はかけねーよ!」

「今の状況で言われてもって感じだが……お前にヘソを曲げられるわけにはいかないからな。やれやれ」

 ルークの希望に折れたように、ガイが肩の力を抜く。アリアが旅に同行を続けることに関して、全員の合意がとれたようで安堵する。僕の眼は自然と離れた場所に眠る彼女へと向いた。

 焚き火の明かりが微かに届く程度の闇の中に横たわる姿。その近くへ僕はまだ行けない。彼女が手渡してくれた優しさに報いれない。それでも、何も出来ないままではいたくないから。

(ジェイドに感謝しなくては)

 僕一人ではきっと何も出来なかった。何も言えず、彼らの心をアリアから遠ざけてしまっていたかもしれない。僕は……心を持たない、作り物の存在だから。

(……貴女が人を殺さずに済むように)






 導師として、彼女の明るい未来を祈った。
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