Extra


「結局……使い道のある奴だけが、お情けで息をしてるってことさ……」

 己の存在価値を嗤って、少年はその身を放り出した。譜術障壁に守られたタルタロスから離れた体が、障気や星の圧力に呑まれていく。

 地核へ無造作に投げ捨てられた「生」をこの眼に焼き付けて、ボクは自分の中で「何か」がひび割れる音を聞いた気がした。






*****






 生ある限り死は当たり前に訪れ、それは物が壊れるのと変わらない現象だ。被験者だってレプリカだって、利用されるし使い捨てられる。そこに違いなんてありはしない。

(だからこそ奪わせない)

 ボクにとってはどうでもよくはなかった命が消えて、それを目の当たりにした人生初めての友人は涙を流した。兄弟のようなものだと口にした彼は、後にケテルブルクで少年の死から得た学びをボクに教えてくれる。

 「自分の代わりはいないと気付いた」と語り、「化け物」と知りながらボクに手を伸ばす。だからボクはその手を選んだ。どうでもよくない命が壊されると、ボクの中の「何か」が音を立てるから。ぎしぎしと軋んで、割れて、小さな破片が刺さって抜けないから。

(ボクを望んでくれるこの手を生かす)

 それがボクの全て。ボクのしたいことで、ボクのすべきこと。そのためには何だって支払おう。ボクにとって意味のある存在が他人に簡単に消費されるように、ボクも自分に価値のある存在を生かすために周囲を消費しよう。被験者もレプリカも関係ないと教えてくれたのは世界だから。それが誰であろうと構わない。

 命の価値はボクが決める。






*****






「アニスの様子、どう?」

 ボクの確認に、テセは眼を伏せて首をゆっくり横に振った。彼女の哀しみを想う顔に、ボクは「そっか」と短く相槌を返す。

 ヴァンを倒し、テセに望まれ、ダアトにいる。ボクの今の立場は導師補佐役で、形ばかりの役職に満足している。教団内の余計な干渉は避けられ、「導師のモノ」として守られている。なら、ボクも彼を守らなくちゃフェアじゃない。

「どうしてオリバーとパメラが……」

「事故じゃあしょうがないよ」

「………………」

 ボクの言葉を受けても彼の憂いは払われない。それも仕方がないのかなと思う。オリバーとパメラはアニスの両親だ。大層なお人好しで多額の借金を作り、それをモースが肩代わりしていた。

 そのため二人とアニスは教団でタダ働き同然であり、でもそれももう終わった。二人はほんの数日前に、「不幸な事故」で亡くなったのだ。だからアニスは凄く落ち込んでいるし、テセは胸を痛めてもいる。

(ごめんね。痛い思いさせちゃった)

 口には出来ない謝罪を彼に告げる。彼が痛みを抱えるのは望むところではない。優しい人だから、こうなることは分かっていた。でも必要なことだった。

 アニスの哀しみなんてどうでもいい。彼女の両親の命なんてどうでもいい。ボクにとって価値があるのはテセの命だけだ。取捨選択をする。利用して壊される前に、利用して壊してやる。

「テセ」

 名前を呼んで、彼に寄り添う。痛みが少しでも和らぐように。彼もボクに手を伸ばす。ボクの差し出す体温で生きていることを思い出すように。ソファに並んで座って、胸に抱かれながら言葉にする。

「……アニスは、暫く時間が必要だと思う。まだ十三歳の女の子に、両親の死は辛いよ」

「そう、ですね……僕も、彼女に無理をさせたくはありません」

 辛い時こそ何かに没頭する選択肢もある。でも彼女はまだ子供で、両親の死以来部屋にこもってばかりだ。導師守護役の役目なんて果たせていないし、もう必要もない。

「大丈夫。アニスが元気になるまで、ボクが一番近くでテセを守るから」

「アリア……」

 驚きを溢す声にそっと顔を見上げる。両親を亡くしたアニスを想って痛みを抱える瞳。兄弟の死に泣いて、ボクを選んだ優しい人。ボクが選んだ、たった一人。

「人は簡単に死ぬ。そんなこと分かってたけど、やっぱり哀しいからさ。君にまで何かあったらアニスは耐えられないだろうし……ボクも、凄く痛い」

 演じるのは苦手。でも出来ないわけじゃない。哀しいフリなんて寒々しくて、普段はする気にならないってだけだ。状況や相手に合わせて表情や声を作るのは、寧ろ得意。そうやってボクは何でも屋の仕事をして来たのだから。

「人が死んで学ぶのがそれって、不謹慎なのかもしれないけど……ボクは今、君が生きてることが嬉しいよ」

 ボクの躊躇いがちの言葉に、彼はそっと微笑む。そして優しくその躊躇いを否定し、喜びを肯定する。ボクが彼を想うことを受け入れてくれる。

「不謹慎などということはありませんよ。僕も、今貴女が隣にいてくださることに感謝をしていますから」

 背の温もりが少しだけ力を増して、言葉を補強する。ボクは何もしない。振り払わないし、余計な言葉もしまっておく。目蓋を閉じて、この身を包む彼の優しさを享受した。彼がいるならなんでもいい。何が死んだって構わない。

(奪わせない)

 ボクの居場所。失うと痛いモノ。生きていて欲しい人。次は何を壊そう。何の時間を奪おう。足枷は壊した。これでアニスは何もしてこない。でもまだモースが生きている。どこかで壊さなくちゃ。彼を使い捨てようとする存在は、全てボクが壊す。

 ボクが彼を望むから、奪わせない。






*****






 一ヶ月ぶりにルークとティアが訪ねてきて、地核が活発になっている話をする。ヴァンのレプリカ計画がまだ動いている気がすると彼女が口にして、ボクも警戒を上げる。ヴァンは人もレプリカも使い捨てる人間だ。生きているなら殺さなくちゃならない。

 ガイにも会って、六神将が生きているかもしれないと聞く。ああ、まだ終わってない。ちゃんと片付けなきゃ。リスクは排除しよう。

「陛下達に謁見しよう。ピオニー陛下もインゴベルト陛下も、モースに下るような人じゃない筈だ」

 新生ローレライ教団なんてものの立ち上げをモースが宣言して、ボクとテセは一時的に仲間達と共にダアトを離れることを決める。ローレライ教団はモースを認めないと、両国に示す必要があった。

「人々は預言ではなく自らの意志で歩くのだと、今度こそ三国で話し合いの場を持ちましょう」

 和平の使者を買って出たように、彼は二国へ直接赴き働きかけた。預言の廃止が決まり、三国同盟が結ばれる。障気の中和も成され、ルークの音素乖離がゆっくりと始まり、プラネットストームの停止へと作業を移した。

「じゃあみんな、よろしくね」

「お気を付けて」

 テセと二人でダアトに残る。導師とその補佐役の仕事は終わりだ。後はエルドラントに突入してヴァンや六神将をちゃんと消せばいい。それで全部片がつく。未来がやってくる。






*****






「本当にエルドラントへ行くつもりですか?」

 ゲートへ向かった仲間の帰りを待つ間にテセに問われる。頷き返す。当たり前だ。人任せになんて出来ない。勝率は少しでも高い方がいい。テセの表情は晴れなくて、心配なのだと伝えられた。

「大丈夫だよ。必ずここに帰ってくる。君の傍がボクの居場所で、君がいなくちゃボクはいられない」

 アリア、と彼がボクを呼んで千歳緑の瞳が揺れる。その眼にある熱の理由をボクは知らない。でも、なんだって構わない。彼がボクにそう望んでくれたように、ようやくボクも分かったから。傍にいてくれるなら、なんでもいい。

 唇が触れて、ボクの中の何かが彼へ移る。それが彼を守ってくれるように思えて安堵した。これで、ずっと一緒だ。

「……アリア。僕の、愛しい───」






*****






「ごめんね」

「……なんで、アンタが謝るのさ……」

「どうしてだろう。でも君に……謝りたくて」

「………………」

 エルドラントで、倒れ伏す少年をボクは見下ろす。死んだ筈の命。ヴァンによって無理矢理生かされ、何度でも使い捨てられる彼。助けることは出来ない。彼は空っぽ故にボクらに破れたし、ボクらは選ぶものがあるからここにいる。

「じゃ……一つ、引き受けてくれない?」

「なぁに?」

「アンタが、ボクを殺して」

「どうして?」

「ボクを見付けたのが、アンタだからだよ」

 自分なんてどこにもいないと叫んだ彼が、得るものなど何もなかったと嗤った彼が、ボクの言葉に幻を見たと教えてくれる。その幻を一緒に終わらせて欲しいと願う。それだけは持って消えたいとでも言うように。

「分かった」

 音素乖離を起こしている体に、譜歌を唱える。もう痛みは要らない。放っておいてもただ消えるだけなのだから、眠るように送り出そう。第一音素と第七音素で鎮魂歌を詠う。その死をボクは背負わない。選ばなかったのは、ボクだから。

「おやすみ。シンク」

 星に還ろうとした輝きを闇が呑み込む。それはきっとこの星の生命としては正しくない死で、でも彼は安心したみたいに笑ってた。少しだけ満たされた顔で、彼はそっと消えた。






*****






 栄光の大地が崩れ、ボクはダアトへ戻る。テセに迎えられ、日常へ戻る。導師補佐役として、彼が尽力する教団の再生を手伝う日々だ。けれどその中で今年の終わりがやってくる。ボクはテセの私室へ招かれ、誕生日を祝われた。

「十六歳の誕生日、おめでとうございます。アリア」

「ありがと。テセ」

 誕生日といってもボクはレプリカなので、本当の誕生日というわけではない。ただ一年の終わりには必ず歳を重ねているということで、概念として末日に数えることにはしていた。

 その数字に彼は意味を見出だす。渡された誕生日プレゼントは、花のあしらわれた指輪だった。

「僕が十六歳になるまで、着けていて欲しいんです」

 その意味をボクは知っている。この世界で、結婚が許されるのは男女共に十六歳を超えた時だ。彼は今年で十五歳で、まだ一年の猶予がある。だから結婚が可能となったボクに指輪を贈るのだ。婚約の証として、他の誰にも譲る気はないのだと。胸の奥が温かくなって、頬を緩める。

「喜んで。君が望んでくれるなら、ボクは君の傍にいる」

 指を差し出して、婚約指輪を受け取る。縛られることに恐れはない。もう知っている。誰に教えられずとも、自分が誰と在るべきなのかを。恋なんて知らなくても問題ない。ボクには彼だけで、彼にもボクだけなのだから。

 ただ一人を選ぶ愛さえあれば、全てを差し出すことは難しくなかった。






*****






 教団を変えるのはボクではなく彼で、その彼を献身的にサポートすることで周囲の見る目も変わり、詠師会にも受け入れられるようになった。導師の婚約者として顔や名も売れ、「始祖ユリアの生まれ変わり」なんて街の人達には噂されるようにもなる。

 でもボクに神託を望む声はない。預言廃止を決めた、敬愛すべき導師が健在だからだ。その導師がボクを愛しているから、この世界に神託は要らない。

 世界を変えるような大きな力も必要ないし、ルール違反のペナルティもない。無茶をしてこなかった体はおかしくなることもなく、師の術式で平和に回る。それもテセが引き継いで、ボクを生かすのは彼になる。

 ボクは導師補佐役として、婚約者として、そして「化け物」でなく人として、彼に飼われることを選んだ。彼がいなくちゃ生きられなくて、彼がいなくちゃ居場所がない。ボクがボクでいられるのは、彼のお陰。彼がボクに注いでくれる愛が、ボクの全て。

「共に在ることを誓います」

 お互いに言葉にして、宣誓する。口付けを交わして微笑み合う。かつての仲間に、教団や二国に、街の人や世界の人に。祝福されて、未来を描く。

 明るい場所で常しえの愛に溺れながら、暗い場所で彼以外を轢き殺す。命は平等じゃない。たった一人を選んで守り抜かなきゃ、奪われる。

「幸せにします」

「もう幸せだよ」

 満ち足りている。ここは温かくて、この世界がどんなに救いがたくとも、救う必要だってない。ボクは君のためだけの花だから。

 君のために咲いて、君のために散る。君に愛され、君を愛す。あとは何も要らない。世界も、運命も、意志も。ボクはもう、君だけの伴侶だ。

「愛してる」

 囁いて、もう一度口付ける。唇を通して、互いに特別な愛を渡し合う。唇に、言葉に、呼吸に、脳に、心臓に。全てに愛を誓う。これはボクが君に贈る呪い。君がボクに与えた未来で、ボクが預言を逃れた世界。

 星の記憶は綴られず、希望の祈りもありはしない。失われることもなく、それを取り戻す唯一の花になる必要もない。ボクは君と、ボクだけを書き換えて意志を放り出す。永劫の祝福だけを享受する。







 ボクはもう、「アリア」じゃない。
2/5ページ
スキ